多重世界の特命係   作:ミッツ

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今回のエピソードでは少々ショッキングな描写をしています。
読む人にとっては非常に不快になられる事と思われますが、作者に特定の犯罪を助長する意志が無いことをご了承下さい。


魔獣 2

 広報課からイベント資料を手に戻ってきた杉下と冠城は、早速その中身を確認していく。

 とはいえ、内容的にはいたって普通の企画書と言ってよいものであり、じっくりと時間をかけて読み進めていくが、気になる点は一向に見つからない。

 

「というか右京さん、今更ですがなんで我々は冬の防犯週間キャンペーンの資料を読んでいるんでしょうか?我々は堀裕子ちゃんの夢の中で起きた殺人事件を調べていたのでは?」

 

「堀さんの話によると、彼女が正夢を見るようになったのは一週間前。それ以来、同じ夢を何度も見ています。何か彼女が正夢を見始めるきっかけがあったのでは、と思いまして。」

 

「そのきっかけに今回のイベントが関係してると?」

 

「時期的に考えれば、彼女が夢を見るようになったのは警視庁と打ち合わせをして以降です。何かあるとすればここだと思ったのですが……おや?」

 

 話している途中で気になる点を見つけたのか、杉下は資料の一部分を凝視する。

 

「何かあったんですか?」

 

「冠城君、ここの所、取材をした記者の所を見てください。」

 

 杉下が示したのは、打ち合わせの同日に行われたセクシーギルティへの取材に関する部分である。

 この取材は大手アイドル雑誌が行ったもので、元警察官という異色の経歴を持つ早苗と、彼女が所属するユニットが警視庁でイベントを行うことを大きく取り上げたものだ。

 杉下は、その取材を行った記者の名前を指差している。

 

「岩尾隆信…あれ?右京さん、自分この岩尾って記者の名前に何だか覚えがあるんですけど。」

 

「奇遇ですねぇ。実は僕も岩尾隆信という名前に聞き覚えがあるんですが、はてさてどこの誰だったでしょうか…」

 

 杉下としては冠城が知っていてくれれば助かったのだが、生憎冠城も岩尾隆信という名に覚えはあっても、具体的に何をした人物なのかは思い出せないらしい。

 仕方なくスマホで検索しようとすると、タイミングよく冠城のスマホが着信を知らせるため振動する。

 相手を確認すると青木からであった。冠城はスピーカーのボタンを押して電話に出る。

 

「もしもし?」

 

「冠城さん、例の夢の中の場所を特定出来ました。片桐さんたちはそこにいますか?」

 

「残念ながら彼女たちはお仕事中だ。ていうか、もう場所特定出来たのか?」

 

「杉下警部のいう通り、森があって、滝があって、夕日と海が見える場所は日本にそうありませんでした。恐らく、ここで間違いないと思いますよ。」

 

「果たして、そこはどこなのでしょうか?」

 

 勿体ぶる青木に杉下が催促するように聞くと、青木は嬉しそうにその場所の名を告げた。

 

「福井県美国島です。特命係のお二人も聞いた事があるんじゃ無いですか?なんせここは、警察不祥事の真相が眠っている場所かも知れないんですから。」

 

 嬉々とした青木の答えに杉下の脳内で閃くものがあった。

 思い出すのは10年前、世間を騒がし、世論を真っ二つに分けたセンセーショナルな事件である。

 冠城にも青木の報告に心当たりがあった。

 

「岩尾隆信に美国島……右京さん、これってまさかっ!」

 

「ええ、どちらもあの事件、少年M事件に大きく関わっています。」

 

 

 

 

 

 その日の晩、杉下と冠城、そして早苗と彼女のプロデューサーである坂本は、杉下の行き付けの小料理屋『花の里』に来ていた。

 杉下が彼らを誘ったのだ。尚、裕子が夢の中で見た場所を特定した青木は呼ばれていない。

 いじめ等ではない。ただ単に忘れられただけだ。

 

 四人が揃うと女将の月本幸子が其々の前にグラスを置き、ビール瓶を開ける。

 

「片桐さん、どうぞ、おつぎします。」

 

「あ、どうもありがとうございます。」

 

「いえいえ。ええと、そちらの方は…」

 

「ああ、僕は早苗さんを送らないといけないので結構です。」

 

「そうでしたか。でしたらソフトドリンクを用意しますね。何かご希望はありますか?」

 

「ええとじゃあ、ジンジャーエールはありますか?」

 

「はい。すぐにお持ちします。」

 

 そう言って幸子が奥に行くと、坂本は大きく息をつき、店内を見渡す。

 

「それにしても、良い雰囲気の店ですね。自分こういう店初めてですけど、贔屓にしたい位ですよ。」

 

「本当にね。普段は居酒屋の個室ばかりで、中々こんな落ち着いた店に来れないもん。」

 

 坂本と早苗は各々店の感想を述べるが、大変気に入った様子だ。

 これには杉下も満足そうに笑みを浮かべる。

 

「気に入っていただけたようでよかったです。」

 

「ところで杉下さん、そろそろ私達をこの店に誘った理由を教えてもらえませんか?もしかして、雫ちゃんやユッコちゃんには聞かせられない話でも?」

 

 冗談半分に早苗が聞くが、彼女の予想に反して杉下は姿勢を正し、真剣な面持ちになる。

 隣の席の冠城も同様だ。

 

「………あれ?これってマジな奴ですか?」

 

「お察しの通り、堀裕子さんの夢の件を調べていたところ少々厄介なことになってきました。込み入った話になりそうでしたので、先に片桐さんと坂本さんに聞いて頂こうと思いましてね。」

 

 表情と同じく話ぶりも真剣そのものである。

 その剣幕に押されて早苗は知らず知らずのうちに唾を飲み込み、坂本は背筋を伸ばす。飲み物を持ってきた幸子は坂本の前にグラスを置き、空気を読んで再び奥に消えた。

 幸子が見えなくなった事を確認した杉下は、おもむろに口を開く。

 

「片桐さんと坂本さんは10年前に起きた、少年Mの事件を覚えていますか?」

 

「少年M……確か、一時期ワイドショーで話題になってた事件ですよね。」

 

「私はあんまり。なんとなく聞いたことがあるくらいかな。10年前といったら公務員試験で忙しかった頃だもん。というより、その事件がユッコちゃんの夢と関係があるんですか?」

 

 早苗の問いかけに杉下は黙って頷く。

 

「いくつかの事象から考えた限り、その可能性が非常に高い事が分かりました。それについて説明する前に、まずは少年M事件の概要をお話ししましょう。」

 

 そうして杉下は、10年前に起こった悲惨な事件について語り始めた。

 

 

 

 全ての始まりは2006年12月24日、クリスマスイブの事である。

 その日、新宿区のとあるカラオケ店では有名私立校、早慶大学付属高等学校生徒達がクリスマスパーティーを行っていた。

 パーティーには早慶付属の生徒達以外にも、学校間で交流のある別の学校の生徒も参加し、大いに賑わっていたそうだ。

 その中の一人、明応高校2年生の桜沢春海も学校の友人に誘われ、この会に参加していた。

 

 クリスマス会の開始からか2時間ほどが経ち、そろそろ解散しようとしていた頃、春海は一人の少年から声を掛けられる。その少年こそ、のちにその名を全国に知られることとなる、早慶大学付属高等学校2年生の真嶋浩司であった。

 彼は近くの店で2次会を計画をしている旨を春海に伝え、彼女にも参加するように誘った。

 春海は当初、帰りの時間が遅くなるからと誘いを断っていたが、あまりにも熱心に誘われ続けたため最後には渋々と参加を了承した。また、彼女自身他校の学生が開く2次会に興味があったことも否定できない。

 

 そうして、春海は2次会の会場であるダーツ―バーに連れていかれた。

 早慶大学の卒業生が経営しているというダーツバーでは、店のオーナーが未成年と知っていながら学生たちにアルコールを提供していた。

 春海は海外のジュースと言われて次々と飲み口の良いが、アルコールの度数が高い酒を飲まされすぐに酩酊状態になってしまう。

 そんな状態の介抱するという名目で、真嶋はオーナーの許可を取り店の仮眠室を利用した。

 

 そしてそこから、春海の地獄が始まった。

 

 真嶋とその仲間は酩酊して抵抗できない春海を代わる代わるに犯し、性欲の捌け口にしたのだった。全てが計画的、最初から春海の体を好き勝手にするつもりで、店のオーナーもグルであったのである。

 一人が満足すれば、また別の誰かが自分の体にのし掛かってくる。

 いつ終わるのか分からない無限地獄が、春海の身と心を切り裂いていく。

 結局春海は翌朝まで10時間近くに及び、その身を汚され続けた。

 

 真嶋達から解放されたのち、春海は数日間にわたり自宅の部屋に閉じこもり、何一つ家族にも語らなかったのだという。

 だが数日後には部屋から出てくると、たった一人で家を出た。彼女が向かったのは最寄りの警察署、東新宿署である。

 彼女は受付で相談したいことがあると伝え、担当の警察官に思い切って自分が真嶋達から受けた仕打ちについて打ち明けた。

 担当の警察官は事実確認をしなければいけないので年明けにもう一度来るように言い、いったん家に帰した。

 そして年明けに春海がもう一度東新宿署を訪ねると、今度は二人の警察官が春海の話を聞くことになっていた。

 だがしかし、この二人の警察官が傷ついた彼女の心をさらに踏みにじる事となる。

 以下は後にネット上で発見された、当時の様子を記した彼女の手記から抜粋した警察官の言葉である。

 

『よく知らない男の誘いにホイホイついて行くなんて不用心すぎるよ。最初からそうなるのは分かってたんじゃないの?』

 

『逆に考えれば、痛みを感じない状態で大人にしてもらったんだから、今回の事は勉強出来たとでも思って胸にしまってた方が君も余計な手間が省けていいと思うよ。』

 

『本当は、結構君も楽しんでたんじゃない?最近多いんだよね。その時は自分も楽しんだみたいな雰囲気だして、あとから無理矢理やられたって訴えてくる子。』

 

 レイプ被害者に対する第三者からの謂われ無き中傷、俗にいう『セカンドレイプ』を春海は警察官から受けた。

 

 話が終わったあと、春海は訴えを取り下げる旨を警察に伝え、顔を俯けたまま署を出ていったという。

 僅か数十分の聴取で春海の心は完全に砕かれてしまったのだ。そして、それは最悪の結果を招く。

 

 彼女が警察の聴取を受けた翌日、桜沢春海は東新宿署の屋上から身を投げ、冬の空の下に若い命を散らした。

 

 

 

「もしかすると桜沢春海さんは、自分は警察に殺された、と伝える為に警察署から身投げしたのかもしれません。傷ついた彼女に聴取をした警察官が投げ掛けた言葉は、あまりにも容赦が無く、無配慮なものでした。」

 

「……ひどい。いくらなんでも酷すぎるわ!警察がレイプの被害者を余計に傷つけて自殺させるなんて、絶対にあっちゃいけないことよ!」

 

 早苗は怒りのままにコップを持った手をテーブルに叩きつける。

 中のビールが跳ね上がり彼女の手にかかるが、早苗にそれを気にする余裕は無い。

 

「警察は桜沢さんの死を突発的な自殺としか発表しませんでした。遺書も残されて無かったので自殺の理由も不明と。」

 

「何が不明よ。誰がどう考えてもレイプしたガキ供と、アホな警官の責任じゃない。本当に腹が立つわ!」

 

 杉下の説明を聞いた早苗は、怒りと酔いの為か普段では口にしない悪態を吐く。

 そして怒りを冷ますかのようにビールを煽った。

 

「マスコミは当初、警察の発表を信じて桜沢さんの自殺をあまり報じていませんでしたが、一人のジャーナリズムが桜沢さんの死に疑問を感じ調査を開始しました。

 その人物とは当時写真週刊紙の記者だった岩尾隆信さんです。」

 

 

 

 岩尾隆信は当時若者の自殺を特集する連載記事を担当しており、警察署から女子高生が投身自殺したという話に興味を持ち、春海が自殺した理由を探ろうとしていた。

 だが、肝心の警察からは禄な情報を得られず、むしろ事件から自身を遠ざけようとする警察の対応に疑問を持つようになる。

 そして春海の両親からクリスマスパーティーから帰ってきたころから娘の様子がおかしくなったこと、友人たちからパーティーが終わった後早慶大学付属高等学校の生徒たちに2次会に誘われていたことを聞き、パーティーの主催者である少年たちに疑惑を強めていった。

 そして、両親の許可を取って閲覧した春海のパソコンの履歴から、岩尾記者は彼女が書き残した手記を発見した。

 そこに書かれていたのは、クリスマスイヴの晩に春海の身に起きた出来事の詳細、そして警察が発見されていないとした春海の遺書であった。

 その手記を読んだ岩尾記者は怒りに燃えた。無論、春海の心と体を汚した心なき少年たちと、警察の怠慢にである。

 

 絶対にこの理不尽を世間に知らせねばならぬ。

 

 ジャーナリストとしての使命感に火が付いた岩尾記者は春海の両親に許可を取り、手記を元にした記事を書いた。

 その記事はクリスマスイヴの丁度1か月後の1月24日に発売された週刊誌に掲載された。

 17歳の少女を襲った穢れた欲望、警察のお粗末な対応。

 そして何より反響を呼んだのは主犯とされる真嶋浩司の名前と顔写真、そして彼の父親が東新宿署の警察官であったことを包み隠さず公表した事である。

 以下は当時の記事を一部抜粋したものである。

 

『本来であれば、少年法に准じ主犯である真嶋浩司の名前は伏し、顔写真の公表は避けるべきである。しかし、被害者の少女が屈辱と絶望の中で死を選び、彼女を辱めた者たちが法の楯で守られ続ける現状は、弱者を守るべき法の大いなる矛盾であり、到底受け入れられない物であった。

 何故、人の尊厳を踏みにじり、一人の少女に死を選ばせた者たちが、若すぎるからという理由で国が定めた法で守らなければならないのか。筆者にはこの少年たちが人間には見えない。差し詰め、欲望のままに他者を騙し、その血肉を啜る『魔獣』である。』

 

 悪質な少年犯罪が起きた際、常に付きまとうのが少年法の是非である。

 少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的としている少年法であるが、成人が犯罪を起こした場合に比べて加害者の人権を重んじる性格が、被害者を軽視しているとたびたび議論となる。

 代表的な例として、加害少年の情報が規制されるにも拘らず、被害者の情報が一切規制されない為に被害者遺族が矢面に立たされる等があげられる。

 岩尾の記事はそう言った被害者軽視の現状に一石を投じたものとなり、世論を二分するセンセーショナルな話題となった。

 岩尾の行いを称賛する者、批判する者。

 だがいずれにしても、世間の多くの人々は真嶋浩司の非道に憤り、記事の一文から引用し彼らの事を『魔獣』と称すようになった。

 

 ここに至って警察も動き出さずにはいられなかった。

 東新宿署は漸く捜査本部を立ち上げ、春海を襲った少年たちを補導し、現場となったダーツバーを立ち入り捜査した。

 なお、桜沢春海に対する取り調べは正常に行われたものだとし、質問の内容もやや配慮に欠けていたものの、婦女暴行の捜査では必要なことだと発表している。

 

 一方で次々と少年たちが補導される中、真嶋浩司の行方は一向に掴めなかった。

 そして記事が出てから2週間後、東京から遠く離れた福井県美国島の『儒良の滝』の滝つぼから、真嶋浩司の遺体が地元住民により発見される。

 死因は水死。胸部に打撲や手足の骨折も見られたため、滝から飛び降りて自殺を図ったものと思われた。

 近くを捜索したところ、滝の上流にある島民の共有倉庫から真嶋がここで生活した痕跡と、直筆の遺書が発見される。

 遺書の内容は自分の仕出かした罪の後悔と、被害者への謝罪の言葉であった。

 筆跡鑑定でも真嶋浩司が書いたもので間違いないとされ、事件は容疑者死亡で終結した。

 

 

 

「しかしながら、表面上の事件は終結しても、残された人たちの地獄は終わりませんでした。被害者の桜沢春海さんの家族は度重なる取材攻勢に辟易し、親戚の住むアメリカに移住したそうです。

 一方で加害者である真嶋少年の父親である真嶋巡査部長は警察を辞めざる負えなくなり、長年住んだ場所も逃げるように去らなければいけなかったようです。さらには、真嶋少年の兄は事件の影響で就職に失敗し、当時付き合っていた恋人とも別れなければいけなくなり、次第に精神を病んでいくようになりました。そして事件から半年後の7月、一人暮らしをしていたアパートで首を吊って亡くなりました。夏場で発見が遅れたために、家族であっても判別が難しい状態にあったそうです。その1年後には母親が心労で倒れ、治療の甲斐も亡くなくなってしまいました。

 こうした事が世間で知られるようになるにつれ、人々はあれほど怒りの矛先を向けていた真嶋浩司の話題を次第に口にしないようになり、いつの間にか真嶋浩司という名では無く、少年Mと呼ぶようになったんです。

 そして、何一つ関係者からは有力な情報を得る事は出来ず、真相を明らかにすることもできないまま、この事件は人々の記憶から消えていきました。」

 

 杉下が全てを語り終えた後、店内には沈痛な静寂に包まれた。

 早苗と坂本は自分が知っていたこと以上の話に戦慄し、冠城は当時の事を思い出し神妙な表情をする。

 

「…なんというか、コメントに困る事件ね。真嶋とかいう子がやったことは許せないけど、その子は自分がやったことを正しく認識して、自殺するほど後悔したのよね。まぁ、気付くのが遅すぎたけど。それに、いくら犯罪者の家族だからって、無関係の人間が攻め立てるというのもね…少なくとも、死ぬほど追い詰めるのは間違っているわ。」

 

 普段とは全く違った消沈した様子で溜息をつく片桐を、心配そうに坂本が顔を覗き込む。

 

「大丈夫ですか、片桐さん?」

 

「ああ、うん。思っていた以上に話がヘビーだったからね。お姉さんには流石にきつい話だわ。」

 

 何とか空気を変えようと軽口を叩いているようだが、声に覇気がない。

 普段の明るく、年上として周囲の盛り上げ役を買って出る事も多い早苗を知る坂本としては、現在の彼女の様子は意外であった。

 

「さて、ここからが重要なのですが、堀裕子さんが夢の中で見たという殺人現場、その場所が真嶋浩司が自殺した場所と極似しているのです。」

 

「…ちょっと待ってください。真嶋浩司が自殺したのは10年前のことですよね?それが裕子の正夢と何の関係が…」

 

 予期せぬ杉下の言葉に坂本が困惑するが、横で聞いていた早苗はハッと何かに気が付く。

 

「もしかしてユッコちゃんが見たのは、正夢じゃなくて過去の情景だったってことですか?」

 

「その可能性は十分にあると思います。」

 

 杉下は口元に笑みをたたえ、その答えの根拠を上げていく。

 

「人は時として自身の記憶に蓋をし、記憶自体を無かった事にしようとすることがあります。これは目の前で起きた衝撃的な出来事に脳の処理が追い付かず、キャパシティーをオーバーしそうな時に起こる一種の自己防衛機能の様なものだと言われます。10年前と言えば堀さんはまだ小学生に上がる前、その年頃の子供にとって殺人の情景はあまりにも衝撃的でしょう。記憶を閉じ込めたとしても不思議ではありません。」

 

 そして、もしその光景が10年前の美国島で起きたものだとしたら…10年前に事件を取材した岩尾隆信に出会ったことで記憶が夢という形で呼び起こされたのだとしたら…

 

「真嶋浩司の死は自殺では無く、殺人だった?」

 

 早苗の呟きを肯定するように、杉下は大きく頷いた。

 

 




 美国島という単語で勘づいた方もいるかもしませんが、今回は「名探偵コナン」とも微クロスしてあります。
 ですが主要登場人物は登場する予定はありませんし、舞台と一部の事件関係者が出てくるだけの別の世界線だと考えていただければ幸いです。
 「そして人魚はいなくなった」は原作でも特に好きなエピソードでした。犯人のキャラクターが作者の好みに合っていただけに、犯人が背負った悲しい宿命と、あまりにも衝撃的なラストは今に至るまで深く心に残っています。

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