何とかゴールデンウィーク中に書き上げることが出来ました。
内容的にはまだ中盤にも差し掛かっていませんが、今後ともよろしくお願いします。
花の里で早苗達と会談をした数日後、杉下と冠城は都内の雑誌出版社を訪ねていた。
二人が訪ねた出版社は主に若者向けカルチャー雑誌を扱っており、発行するアイドル情報誌はアイドルファンの若者達からは必要不可欠なアイテムとして知られていた。
10年前、最初に桜沢春海の死を取り上げた岩尾隆信は、現在ではこの雑誌に記事を投稿するフリーのアイドル記者に転身しているらしい。
坂本に取り次いで貰いアポイントメントを取り付けた特命係は、受付の案内で編集部の横の個室に通された。
出されたお茶に口を付けてから約5分後、ドアがノックされ眼鏡をかけた長身の男性が部屋に入ってくる。
「お待たせしました。初めまして、岩尾です。お二人が警視庁の刑事さんでしょうか?」
その問いに杉下がゆっくりと頷くと、岩尾隆信は小さく笑みを作って頭を下げた。
その後ろから、腰の曲がった小柄な老人がオドオドとした様子で部屋に入ってくる。
老人は杉下と目を合わせると膝に手を当て深々と頭を下げた。
「初めまして。真嶋省吾です。」
しわがれた声で自己紹介したのは、元東新宿署巡査部長であり、少年Mこと真嶋浩二の父親であった。
「真嶋浩二君の事件…あの事件は私にとって、後悔してもしきれない事件です…」
机の上で手を組んだ岩尾は項垂れるように拳に頭を預けた。
彼の苦渋に満ちた表情から、その言葉が本心であることが窺え知れる。
真嶋省吾は何かに耐え忍ぶように膝に拳を載せ、じっと目をつむっている。
「後悔…ですか。それはやはり、真嶋浩二が自殺を選んだからでしょうか?」
「…はい。でもそれだけじゃないんです。あの事件で、私は事件には関係の無い浩司君のご家族を追い詰め、真嶋さんたちに取り返しのつかない災厄を招いてしまいました。私が殺したんです…私の所為で、浩司君と翔也君、それに真嶋さんの奥さんは死んでしまったんです。」
苦しげに絞り出した低くうめくような言葉に、杉下たちの顔も自然と強張る。
そうして岩尾は自らの罪を告白するかの如く、10年前の事件の詳細について語り始めた。
罪を憎んで、人を憎まず、という言葉があります。10年前の事件で私はその言葉の本当の意味を実感することになりました。
不思議な縁で桜沢さんの死に関わるようになり、彼女の死の真相を知った事で私は真嶋浩二に対する怒りに呑まれてしまったんです。
あんな人間が、国家に守られるなんて許せない。いや、あんなことが出来るやつは人間ですらない。
あいつは魔獣だ!何も知らない弱者を騙し、喰い物にして素知らぬ顔をする下劣な魔獣だと…
その魔獣を司法に代わって裁く事こそ、ジャーナリストとしての自分の役目だと…
「愚かな思い上がりです。真嶋浩二を社会的に抹殺する事こそ自分の使命だと勘違いした私は、彼の実名を出し糾弾しました。それがあんな結末を迎えるなんて、思いもしなかったんです。いや、予想は出来てたのにそれをあえて無視したのかもしれません。」
「…お気持ちお察しします。けれど、岩尾さんがあの事件を世間が知ることが出来たのではないかと。そのおかげで、桜沢さんの無念も…」
「いや、違うんです冠城さん!あれが全てではない。あの事件の根はもっと深いところにあったんです。」
かぶりを振って冠城の言葉を岩尾は否定する。強く喰いしばった歯が、彼の罪悪感と悔しさを表していた。
「……浩司君が自殺した後、私は初めて人としての真嶋浩二に向き合ったんです。そこで分かったのは、真嶋浩二という人間は、どこにでもいる普通の一般男子であったという事です。」
杉下たちを真っ直ぐに見つめ、岩尾はそう告げる。
彼は語る。かつて魔獣と言って糾弾した少年の本当の姿を。そして、桜沢春海を死に追いやった事件の裏側を。
「私はそこで初めて、なぜ真嶋浩二やその友人たちはあのような犯罪に走ったのかを調べ始めました。それで分かったんです。早慶大学の一部のサークルにはパーティーや飲み会の二次会に他校の生徒や新入生を誘い出し、強い酒を騙して飲ませて酩酊状態にし性的暴行を働くという行為を定期的に行っていたそうです。あの年のクリスマスの出来事も、大学に進学した浩司君の先輩からの指示があったそうで…」
「それはつまり、真嶋浩二はあくまでも場のセッティングを務めていただけで、実行犯や主犯は別にいたという事ですか?」
努めて落ち着いた口調で杉下が尋ねると、岩尾は黙って頷いた。
これまで、桜沢春海に対する一連の暴行は真嶋浩二が主犯であるというような報道がされてきた。
実名が報道されたのも彼一人だけである。全ての犯行が真嶋浩二が企画したものであり、彼こそが諸悪の根源だというのが世間の見方である。
「補導された他の少年たちの殆どは、自分は2次会には参加していないと主張しました。参加したという子たちも控室で何が行われていたのかは知らなかったと証言しています。その後、浩司君が自殺して事件が有耶無耶に終わり、浩司君たち以外の子たちは全員釈放されたんです。」
「そして全ての罪は真嶋浩二君にかぶせられたという訳ですか…」
ため息交じりに杉下が呟くと、場に重苦しい空気が流れる。
杉下と冠城の胸中に真嶋浩二に対して気の毒に思う気持ちが生まれると同時に、岩尾が自身の行いを悔いても悔い切れないと言った言葉の意味を察した。
岩尾は自らの手で真嶋浩二が日本中から恨まれる下地を作ってしまった。その結果、真嶋一家が地獄に突き落とされただけではなく、全てのヘイトが真嶋浩二に向かったことで関係者が全ての責任を彼に被せ、真相の究明が困難になってしまっているのだ。
その事実を知った岩尾は自身が招いた結果に絶望し、筆を折ろうとした。だが当時の上司から慰留され、社会部から芸能誌、それもティーンズ向けのアイドル雑誌を紹介されたのだった。
岩尾は上司の計らいにペン起こしたことはペンで取り返せ、と言われたように感じ、フリーに転身してからも人を喜ばせる楽しい記事を書く事を心がけてきた。
それでも、真嶋一家を不幸のどん底に叩き落してしまった事を忘れず、いまでも真嶋の父とは頻繁に連絡を取り合っていたのだった。
「息子がやったことは許される事ではありません…私達家族よりも理不尽に命を捨てなければならなかった桜沢さんのご家族の方がよっぽど…それでも…」
まるで自分に言い聞かせるように真嶋が静かに呟く。
杉下たちが真嶋に視線を向けると、彼は目尻の涙を拭い鼻を鳴らした。
「親の贔屓目があるとしても、浩司は出来のいい息子でした。だから最初の内は息子があんなことを引き起こしたなんて、とても信じられませんでした。でも、息子が死体で見つかって残された遺書から報道されていたことが事実だと知った時、私はどうしたらいいのか分からなくなった。」
何が真実なのか分からない。自分が普段から見てきた、物覚えが良く、家族に思いの自慢の息子は偽りだったのか?
そして自分や家族に投げかけられる罵詈雑言の嵐。容赦のないマスコミからの取材攻勢。
あらゆる憎悪をその身に背負うことになった一家は疲弊し、兄は自ら命を断ち、その後を追うように母も逝った。
残された父は世間から身を隠すようにひっそりと暮らし、自分以外に守るものがいなくなった家族の墓の傍に寄り添っている。
「杉下さん、本当に息子はあんな恐ろしい犯罪を犯したんでしょうか?私の知る息子と、マスコミが報じた息子がまったく一致しないんです。今日ここに来たのも、岩尾さんから警察があの事件を改めて調べようとしているかも入れないと聞いたからなんです。息子の罪を灌いで欲しいとは言いません。ですがどうか、妻たちの墓前に少しでも救いのある報告をしてやりたいんです…どうか…お願いします…」
テーブルに手のひらを付け深々と頭を下げる真嶋の姿に特命係は言葉を失う。
結局彼らは、この老いた体に計り知れぬほどの業を背負った男に何一つかけるべき言葉を見つけられなかった。
岩尾と真嶋との会合を終え警視庁に戻ってきた特命係であったが、帰庁して早々に刑事部長からの呼び出しを受ける事となった。
嫌な予感がしつつも警察は階級社会。無視するという選択肢がない以上、気の進まぬままに刑事部長室に足を運ぶと、案の定仏頂面の内村と中園が待ち構えていた。
「きょうの朝、警視庁の後方に問い合わせの電話が来たらしい。相手は346プロの堀裕子と名乗り、自分が依頼した夢の中で起きた事件は防げましたかと聞いてきたそうだ。対応した職員が詳しく聞いてみたところ、特命係という部署の人間が捜査しているそうだが、間違いないか?」
内村が開口一番に告げた言葉に杉下と冠城は天を仰いだ。まさか刑事部長の耳に入るとは…
恐らく坂本や早苗は少年M事件の性質を考えて裕子に事件の推移を話さなかったのだろうが、結果的に特命係の立場が非常に拙いものになってしまった。
最早誤魔化しは不可能と察した杉下は正直に堀裕子の夢の中で起きた事件の捜査をしていることを内村と中園に話す。
しかし、少年Mの事件が関係している可能性が高いことは伏せたままである。
杉下の話を聞き終えると、内村は心底呆れた様子で大きく鼻を鳴らした。
「ふん!特命係が暇な部署だとは知っていたが、まさか夢で起きた事件について調べていたとはな。いっそのこと、これからはそちらの方を本業にすればいいんじゃないか?」
「お前たちは全く!日々粛々と職務に励み、都民の安全な暮らしを守るために精勤している他の警察官に申し訳ないと思わないのか!」
「はい、大変反省しております。」
とにかくこの場を収めるためには謹んで反省した様を見せるほかないと考えた杉下と冠城は、沈痛な面持ちで深く頭を下げる。
実際にいくら市民からの依頼とはいえ夢の中で起きた事件を捜査するなど、現場の人間からすればふざけた話以外の何物でもないだろう。
「まあ、捜査を妨害するような事でもないし、反省しているならこれ以上私の口から言う事は無い。ところで、話は変わるがお前たち特命係は芸能事務所と関わりがあるのか?」
「関わりと言いますか、以前我々が捜査した事件の関係者に芸能関係の人物がいたのと、346プロに所属するアイドルに自分が警察学校の教官時代の教え子がいるという話です。」
「ほう、そうだったのか。そう言えばうちの孫娘が最近アイドル活動に興味を持っていてな。赤城みりあや島村卯月のファンなんだ。確か彼女たちも346プロの所属だったな。」
「あ、あの、部長?」
唐突にアイドル談義を始めた内村に特命係だけでなく中園も困惑した様子を見せる。
そんな3人に目もくれず、内村は机に身を乗り出し特命係に話しかける。
「将来はアイドルになるとか言ってるんだ。孫は私に似て器量は悪くない。よく私の前でテレビで流れるアイドルの曲を真似して歌ったり踊ったりするのだが、素人目から見ても筋はいいと思う。」
「は、はぁ…」
「そこでどうだろう。うちの孫を346プロに預けるというのは346プロ、強いては日本の芸能界にとっても非常に利益になると思うのだが。」
「あの、つまり、俺たちに刑事部長のお孫さんを346プロに紹介しろと?」
「誰がそんなことを言った!警察幹部の私が、孫の為とはいえ部下の縁故まで使って口利きなど依頼するわけないだろう!」
「これは失礼しました。」
「ただまぁ、いくらダイヤの原石とはいえ、発掘して磨かなければ意味がないからな。それとなく、話を通すというのは私の関知するところではない。」
そう言って何か期待するような視線を向けてくる内村に杉下と冠城は閉口し、中園は呆れた顔をするのだが、それに気付かぬのは内村のみである。
またぞろ厄介な依頼を受ける羽目になり、無意味に疲れを覚えた特命係はため息交じりに自分たちの部屋へと歩いて行く。
話題は自然と先程の依頼の件になる。
「まさか刑事部長があそこまで親バカ、いや、孫バカだったとはなぁ…てか、部長ってアイドルについて結構詳しかったですね。」
「孫に気に入られようと、子供に人気のゲームやアニメ、それにアイドルを勉強するシニア層は結構な数がいると聞きます。それこそ、子供よりも詳しい方もいるそうで。」
「へー……そういえば右京さんもプリキュアに詳しかったですね。勉強したんですか?」
「冠城君、一つ言っておきますがあれは捜査上必要な事を調べてただけで決して僕がプリキュアに興味があったという訳では…」
「でも、シールに書かれていたキャラを見ただけでそれがプリキュアだと分かったんですよね?ある程度知っておかなきゃすぐには判断できないと思うんですけど。」
「…………」
「…右京さん?」
「…………」
杉下右京は黙秘権を行使した。
「ようやくお帰りになられましたね、杉下警部。それに冠城巡査。」
結局あれから一言も発さぬまま自分たちの部屋に帰ってきた特命係を待ち構えていたのは、毎度おなじみ捜査一課の伊丹と芹沢である。
「これはこれは、今日はまたどういった御用件で?」
2人の来訪に内心驚きつつも当たり障りのない対応を杉下がすると、伊丹があくどい表情で二人に詰め寄る。
「決まってるでしょう。お二人が捜査しているという夢も中の殺人についてですよ。」
「あれ?もしかしてその話、結構署内に広まってます?」
「特命係は悪目立つする部署ですからね。まっ、大抵はまた特命が妙なこと始めたなと一笑してますけど。」
「ただ我々としては特命係が意味もなくこんな事件を調べるとは考えていないんですよ。何か裏があるんじゃないかとね。」
「ほら、正直に吐いちゃってくださいよ。」
どうやら何だかんだで勘の鋭いところがある捜査一課の名物コンビは、特命係の気まぐれめいた動きに嗅覚が働いたらしい。
刑事部長と違い既に重要な手がかりを特命係が掴んでいることも勘づいている。
「どうします、右京さん?」
「そうですねぇ、10年も前の事件ですし、僕たちだけで捜査を進めるのも限界があります。ここは一つ、お二人に手伝っていただきましょう。」
そう結論付けると杉下はここまでの捜査の経緯を伊丹たちに話し始める。
初めの内は興味深そうに話に聞き入っていた伊丹たちだったが、話が進むうちに徐々に表情が渋くなっていく。
そして岩尾と真嶋から話を聞いた話を告げると、伊丹たちは盛大に息を吐いた。
「はぁ、よりによって少年M事件ですか…聞かなきゃよかったなぁ…」
「あの事件警察は明確に捜査ミスを認めてませんけど、世間から見たら完全に警察が悪物ですからね。おまけに犯人の父親が警察官。身内を庇ったんじゃないかというマスコミも多かったですからね。それを掘り起こそうとしたなんてばれたら、最悪部長から怒鳴られるだけじゃすみませんよ。」
「てか、容疑者の餓鬼が自殺して他の奴らがそいつに罪を擦り付けているとして、それを証明する手段はあるんですか?十年も前のことですし、今更証言を翻させるような証拠も期待できませんよ。」
伊丹の言う通り、相手は死んだ人間に全ての罪を擦り付け、知らぬ顔で普通の生活に戻っていったような外道たちだ。彼らは自分が追い詰められない限り、自分たちの罪を認める事は無いだろう。
「確かに伊丹さんの言う通り、準強姦罪で当時の関係者を問い詰めても重要参考人である真嶋浩二君が死亡している以上新たな証言を得るのは難しいでしょう。しかし、別の罪を明らかにし、そこから芋づる式に彼らを罪に問う事は出来るかもしれません。」
「別の罪というと?」
「真嶋浩二に対する殺人罪です。」
「例の夢の中で堀裕子が見たと云う過去の目撃証言ですか?それだと流石に弱すぎますよ。遺書や医師の死亡診断書がありますし、とてもじゃないけど殺人だと断定できる証拠にはならない。」
真嶋浩二の死が自殺断定されたのは現場近くの小屋で発見された直筆の遺書と、医師の死体検案書の存在が大きい。10年前、5歳だった少女の証言ではこの二つを覆すのは難しいだろう。
しかし、杉下にはそのうち一つの前提を覆すことが出来ると確信していた。
杉下は当時の証拠資料から取り寄せた真嶋浩二の遺書の写しを取り出す。
「伊丹さん、先ず真嶋浩二君が残した遺書ですが、なぜあなたはこの文書を遺書だと思いましたか?」
「え?、なぜって言われても、自分が犯した罪の後悔と被害者への謝罪が書かれてますし、普通に遺書だと思いますけど。」
「では例えば、まだ真嶋浩二の死が明らかになっていない段階でこの文書が発見された場合、伊丹さんはどう思いますか?」
「そうですね…それだと遺書というよりむしろ…あっ!?」
「ええ、そうなんです。遺書とされているこの文書の中身は自身の後悔と被害者への謝罪に終始していて、自身の死を匂わせる文はどこにもないんです。筆者の死を以て遺書とみることが出来ますが、この文書単体ではむしろ謝罪文とみた方が妥当でしょう。」
「つまり、真嶋浩二は遺書してではなく、謝罪文としてこの手紙をしたためたという訳ですか……けど、死体検案はどうなんですか?あれは死体を検案した医師がハッキリと自殺だったと書き記してますけど。」
「それについてはまだ何とも言えません。」
あまりにもあっさりとし過ぎる杉下の言い草に伊丹と芹沢はずっこけかける。それを気にした様子も無く、杉下は今後の方針を述べる。
「ここは一つ、捜査の基本に立ち返ってみましょう。即ち、現場百回。真嶋浩二の死が殺人とするなら、その証拠は必ず現場である、美国島に残されているはずです。」