多重世界の特命係   作:ミッツ

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歌姫の守り人 5

「あ、あの、それは一体どういうことですか部長?」

 

 警視庁の一室、そこで伊丹は戸惑ったように机越しに椅子に座った内村刑事部長に問いかける。それに対し内村は不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「聞いていなかったのか?四条貴音に対しての捜査はこれ以上必要ない。今後は容疑者を切り替え捜査を続行しろと言っているんだ。」

 

「捜査を続行するのは当然です。ですが、なぜこのタイミングで四条貴音を容疑者から外さなきゃならないんですか?彼女にはアリバイがないんですよ。」

 

「彼女のアリバイは既に立証されている。これは捜査本部とは別筋で得られたものだが信頼できる。よって、四条貴音を捜査対象から外すことには何の問題もない。」

 

「はあ!?いったい何なんですか、そのアリバイってのは!」

 

「それに付いては高度な政治的事情があるため話せん。いわゆる、トップシークレットというやつだ。」

 

 今度こそ伊丹は開いた口がふさがらなかった。

 このようなことは初めてではない。過去に捜査対象者を巡って警察組織に圧力がかかることはたびたびあった。しかし、そう言った場合の対象者とは大抵は大物政治家だったり超法的立ち位置にいる人物がほとんどで、間違っても人気アイドルなどという人物はいない。

 そうなると、問題の対象は四条貴音個人ではなく、彼女の実家が関わってきているのではないかと伊丹は思い至った。

 

「こらっ!伊丹ッ!返事はどうした!」

 

 伊丹が言葉を返せないでいる様子を、内村の指示を不服としていると受け取ったのか、内村の横に控える中園が叱責する。

 

「す、すみません。しかし…」

 

「まあ、お前が不満を覚えるのも分からないでもない。だが、今回の事件に四条が関わっていないのは確定した事実だ。これ以上あそこと係るのは、今後の捜査にも影響が出る。」

 

「……やはり、四条貴音の実家に何かあるんですね?」

 

「それについてはトップシークレットだ。」

 

 結局部長からは色よい返答が得られないまま、伊丹は部屋を出るほかなかった。

 

 

 伊丹が内村たちの部屋を出て、捜査本部に帰るまでの道すがら脳内で事件についての情報を整理していた。

 現場検証を行った鑑識からの報告によると、傷痕の角度や深さなどから察するに被害者は転んだのではなく、別の人物から押し倒されたか投げ飛ばされた可能性が高いという結果が出た。これで殺人、あるいは傷害致死事件として捜査を進めて間違いはないわけだ。

 問題となるのは被害者が柔道の経験者で黒帯の所持者という事実だ。いくら酒に酔っていたとはいえ、素人が黒帯所持者を押し倒したり、投げ飛ばすのはかなり厳しいと言わざるを得ない。となると、犯人もまた何かしらの格闘技を経験していた可能性が高いと考えられるのだが、最近まで渋澤と関わりのあった人物で格闘技経験のある者はいない。

 そんな中、捜査線上に浮かび上がってきたのは四条貴音だ。彼女が渋澤を警察署前で綺麗な一本背負いを決めた様子は全国で放送されていた。過去にゴシップを報じられていたという動機も存在する。だからこそ四条貴音を有力な容疑者として追ったのだが、結果はこのざまである。

 

「…こりゃ聞き込みからやり直す必要があるかもしれねえなあ。」

 

 一瞬頭の中に特命係係を頼るという選択肢が現れたが、すぐさまそれを打ち消す。あくまでもこのヤマは捜査一課の扱うべきもの。安易に特命を頼るのは一課の沽券にかかわる。

 そう自分を戒め、捜査本部への道を再び歩き出す伊丹の前に駆け寄ってくる人物がいる。後輩の芹沢だ。 

 

「先輩、例の渋澤の記事を掲載した出版社で面白い証言が取れました。」

 

「……なんだ?」

 

 話が周りに聞かれないように芹沢が口元を隠し、小声でその情報を伊丹に伝えると伊丹の表情が一変する。

 

「そりゃ本当か!?」

 

「ええ、裏も取ってあります。」

 

 芹沢が確信を持った表情で頷くと、伊丹は顔をにやけさせる。

 

「そうかあ…よし、すぐに対象に話を聞きに行くぞ。場合によっては引っ張ってくる必要があるなあ。」

 

 悪人面でそう呟く伊丹は警察というよりも、どこぞの秘密結社の大幹部に近い雰囲気をまとっていた。いずれにせよ、警視庁捜査一課もまた特命係とは違う糸口から事件の真相にたどり着こうとしていた。

 

 

 

 

 一方当の特命係の二人はというと、再び765プロのもとを訪れていた。今日も高木社長とプロデューサーは不在であったが、事務員からプロデューサーはすぐに戻ってくると聞き、二人はお茶を飲みつつプロデューサーの帰りを待っていた。

 約20分ほど応接間で待機していると、慌てた様子でプロデューサーが姿を現した。

 

「すいません。お待たせしたみたいで。」

 

「いえ、こちらこそ突然お邪魔したもので。お仕事にご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 

「いえ。定例ライブは明日なんで自分やることは最後の確認位ですから。後はアイドル達のことを信じるしかありません。」

 

 そう話すうちに息を落ち着かせると、プロデューサーは真剣な面持ちとなって二人に相対する。

 

「それで、今日はいったいどのようなご用でしょうか?まさか、まだ貴音の事を疑っているんですか?」

 

「本日は如月千早さんのことについてお話を聞きに来ました。彼女はまだ休養中ですか?」

 

「ええまあ。というより今度は千早なんですね…」

 

 プロデューサーは露骨に眉を潜ませ渋面を作る。連日にわたって自社のアイドルを容疑者扱いされれば致し方ないが、ここは捜査の一環として割り切ってもらうほかない。警察の捜査には市民の協力が不可欠なのだ。

 

「申し訳ありません、お手間をおかけします。それにしても、さすが新世代の歌姫と言われるだけはありますねえ。」

 

「え?」

 

「如月さんの事です。先日、知人から彼女の曲を聞かせてもらいました。歌の技術はもちろんのこと、歌詞に込められた思いが歌声に乗せられていて、実に素晴らしいものでした。」

 

「はあ、ありがとうございます…」

 

 唐突に所属アイドルの事を誉められプロデューサーは困惑した様子だったが、僅かに口元が上を向いているのが見て取れた。

 

「しかしながら、一点どうしても気になる事があります。」

 

「…いったい何ですか?」

 

「如月さんの歌は曲によって乗せられている感情に大きな差がありました。彼女が得意としていたのは『蒼い鳥』といったバラード系の曲。一方、アップテンポな明るい曲となると、どうしても曲にうまく感情を乗せきれていない印象を受けました。」

 

「………」

 

「すると、次のような推測が生まれました。如月千早の歌に対する思いは本物である。しかし、それは歌うことが楽しいといったような好意的な感情ではなく、自分は歌わなければ価値がないといった、ひどく閉鎖的な感情からくるものではないかと。そのため彼女は明るく楽しい歌に感情を込めることを苦手にしているのではないかと。」

 

「刑事さん、それがいったい事件の捜査と一体何の関係があるっていうんですか。」

 

 プロデューサーの声には明らかに苛立ちが混じっていた。しかし、杉下は表情を一切動かさない。

 

「今回の事件の発端には、被害者が掲載に関わった記事が影響しているのではないかと僕は考えています。あの記事の影響を最も受けたのは間違いなく如月さん本人です。事実、彼女は今も休養を続けている。如月さんの内面に迫る事こそ事件の解決の糸口になると我々は考えています。」

 

 杉下の言葉は本心であり、そのことをプロデューサーに伝えようとしているのが見て取れた。

 プロデューサーは苦しげに顔を歪めている。彼の胸中を思うと悩むのも仕方がない。最悪の場合、今度は千早が事件の容疑者とみられる恐れがある。だからと言ってこの問題を放置すれば、千早の心にまた新たな傷を作るかもしれない。彼の心の中では二つの思いが激しく拮抗していた。

 やがてプロデューサーはゆっくりと視線を上げると、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「…初めて千早と会った時、あいつはこう言ったんです。自分には歌しかないって…」

 

「歌しかない?」

 

「最近になってようやくその意味が分かりました。あいつが歌を歌うのは亡くなった弟さんが千早の歌が好きだったからなんです。もしかすると、あいつにとって歌というのは死んだ弟との繋がりなのかもしれません。」

 

「確かに死んだ人の事を思いながら楽しく歌を歌うなんて、難しいことですからね…」

 

 カイトが納得したように頷く。

 楽しそうに歌を歌えない。それはアイドルにとって致命的な弱点になりかねないものだ。しかし、そのような欠点がありながらも国内きっての歌姫と称されるのだから、如月千早の歌唱力は本物なのだろう。

 

「…千早さんの現在どのような様子でしょうか?」

 

「家に閉じこもったまま出てきません。千早にとって家族のことに触れられるのはそれだけショックなことだったんです。自分やほかのアイドル達も千早を励まそうとしているんですが…」

 

 うなだれたように視線を下げるプロデューサーの様子から結果は芳しいものではないことが窺いしれる。ただ杉下はプロデューサーだけでなく、ほかの所属アイドルも如月千早を励まそうとしていることに食いついた。

 

「やはり、ほかのアイドルの方も如月さんの事が気になっておられるんですか?」

 

「そりゃそうですよ。うちの事務所は人が少ないんですけど、その分個人個人の繋がりはかなり強いんです。だからこそ、このような手段で千早を傷つけたことを内心ではかなり憤っているはずです。」

 

「それは、あなた自身も同様なのでしょうか?」

 

 杉下の問いを受けプロデューサーは顔を上げる。その表情は柔和な顔立ちにひどく不釣り合いな厳しいものだった。

 

「はい、そうですね。殺してやりたいって気持ちが理解できるくらいには…」

 

 

 

 

 

 

 事務所から出て階段を降りると、杉下は見送りに来たプロデューサーに対して深々と頭を下げた。

 

「お忙しい中お付き合いいただき本当にありがとうございます。いずれまた、お話を聞きに来ることがあるかもしれませんので、その時はどうぞよろしくお願いします。」

 

「かまいませんよ。私も事件が無事解決されることを願っていますので。それでは、失礼します。」

 

 プロデューサーは頭を下げると事務所へと戻っていった。その後姿を見送ったのち、カイトは杉下に話しかける。その際、僅かに周りの様子を気にする素振りを見せた。

 

「さて、この後はどうしますか?」 

 

「一度、如月千早さんに会っておく必要があるでしょう。幸い彼女の住所を知ることが出来たので、今すぐ向かってみます。」

 

「ですね。じゃ、行きましょうか。」

 

 そう言って二人は徒歩で事務所から遠ざかっていく。そんな二人の様子をうかがう人影が一つ。人影は二人に見つからないようにしながら特命係の後を追った。特命係がそれに気づいている様子はない。

 そのまましばらく人影は特命の後を追っていたが、ほどなく十字路に差し掛かり、特命係の二人はそこを左に曲がった。二人の姿が見えなくなったことに焦ったのか、人影は駆け足でその後に続いた。のだが、

 

「どうもはじめまして。不躾ですが、あなたがどこの誰だか教えていただけますか?」

 

 左に曲がった先では杉下とカイトが人影を待ち構えていた。

 

「あなた、この前俺たちが765プロの事務所に行った時もずっと俺たちの事を見ていましたよね。今日も似たような視線を感じたんで試しに如月千早の名前を出してみたんですけど…」

 

「どうやらうまくいったようですねえ。」

 

 二人は自分たちの跡を尾行している者がいることなど最初から知っていた。最初はスクープを狙っている記者かと思い適当に巻こうと思っていたのだが、一向に接触してくる気配がないのを不審に思い、不意を衝いて接触することにしたのだった。

 

「な、何なんだあなた達は!」

 

 不意を突いた効果は十分にあったらしく、二人の跡を付けて来た中年の男性は激しく動揺した様子だった。

 杉下は男の様子を観察する。男性の身長は標準的なものであり、体格はやせ形。体調があまりよくないのか、肌は白く、頬はこけ、目の下には大きな隈が出来ている。だが、着ている服は決して粗末なものではなく、使い古されてはいるものの、物自体はそこそこいいものを使っていることが窺えた。

 と、ここで杉下は男性の顔立ちにとある人物の面影を感じた。それはこの事件において中核を握っているかもしれない人物のものである。

 

「…もしやあなたは、如月千早さんのご家族ではないですか?」

 

 杉下たちは如月千早をじかに見たことはない。しかし、写真で見られた雰囲気、特に男性の耳や口元の形は如月千早の物とよく似ていたしていた。

 男性は杉下の問いに言葉を詰まらせる。それから杉下とカイトの顔を何度か見比べ、静かに首を縦に振った。

 それを受け、杉下は男性に場所を移動することを提案し、男性はそれを了承した。

 

 

 

「如月優介です。如月千早の…父親です。」

 

 近くの公園に移動した三人は互いに自己紹介を行い、杉下たちは自分たちの身分を明かした。杉下たちが警察であることを知って優介は驚いた様子であったが、現在杉下たちが追っている事件の話をすると納得した様子を見せた。

 まずは最初にカイトが優介の行動について質問する。

 

「如月さん、あなたは以前もあそこで765プロを見張るようなことをしていましたけど、あなたはいったい何をしていたんですか?」

 

「はあ…実は娘があそこに来るんじゃないかと思って待ってたんです…娘がどこに住んでいるのか知らないものでして…」

 

「如月さんは離婚されていたんでしたね。娘さんとは普段会ったりしなかったんですか?」

 

「妻と離婚し、親権が妻に移ってからは一度も…娘自身も私のことを避けていたようでしたので…」

 

 優介は自嘲気味に笑ってみせる。あの記事に書いてあったように家族関係はあまり芳しいものではないようだ。

 

「離婚の原因はやっぱり息子さん、如月優君の事故だったんですか?」

 

 その質問を受け、優介は顔を伏せる。その表情には悲壮感がありありと浮かんでいた。

 

「あの事故から、私たち家族は変わってしまった…妻は子供たちから目を離してしまった自分の責任だと己を責め、娘は自分が何もできなかったせいで優が死んだと思い込んでしまったんです。私はそんなことはない、あれは不幸の事故だと二人に言い聞かせたんですが、あまり意味はありませんでした。

 それまで日が差したように明るかった家が、拭い去り様のない影を背負ってしまたようになってしまった…

 私はもう一度あの明るい家を取り戻したくて、いつまでも優の死にとらわれてはいけない、前を向いて生きようと二人に言いました!

 そしたら、お父さんは優の事を忘れてもいいの、って言われて…その後は口論ばかりでした…娘の前でも随分口汚く罵り合ったものです。私だって優の事を忘れたことなんて一度もなかったのに…気づいたら修復できない溝が出来ていた…本当に、あの事故さえなければ…」

 

 そう言って項垂れる優介にカイトは掛けるべき言葉を見つけれずにいた。どこにでもある、ありふれた事故。明日にでも自分や周りの人の身に起きても不思議ではない事故によって、この男性は大切なものをいくつも失ってしまった。そんな彼に、今の自分が声をかけていいのだろうか?カイトは答えを出せないでいた。

 

「…事務所の前で娘さんを待っていたのは、例の記事の事で心配だったからでしょうか?」

 

「…はい。どうしても気になってしまって…娘の携帯の番号は知っているんですが、繋がらないんです。出来る事なら、これを機会にアイドル活動をやめさせようと思っています。」

 

「えっ!娘さんに芸能界を引退させるんですか?」

 

「千早が歌を歌うのは優への鎮魂、いや、贖罪なんです。あの事故からもう7年もたつんだ。いい加減、千早も妻も事故の呪縛から解かれていいはずです!」

 

 優介の叫びは悲痛だった。その様子から彼が今でもバラバラになってしまった家族の事を思っていることが窺いしれる。アイドル活動を辞めさせようとするのも娘への愛情からくるものだろう。それは他の家族も同様なのかもしれない。母と娘は死んだ弟の事を思い、父は家族のこれからを思った。皆が皆、家族を愛してたがゆえに離散せざるおえなかった。何とも皮肉な運命の悪戯だろうか…

 とその時、杉下とカイトは背後から近付いてくる人の気配を感じ、後ろを振り向いた。

 

「なんで特命係は我々の行く先々に現れるんですかねえ~警部殿?」

 

「これはどうも伊丹さん、芹沢さん。我々と捜査一課は同じ事件を捜査していますので、捜査範囲が被ってしまうことは仕方がないことかもしれません。」

 

「できれば被らないようにしてほしいんですがねえ。」

 

 そうやって一通り特命係を睨み付けたのち、伊丹と芹沢は状況がよくわからず困惑している優介の方を向きなおった。

 

「如月優介さんですね。我々も警察なんですが少しお話を伺ってもよろしいですか?」

 

「…なんですか?」

 

「あなた先日、如月千早、あなたの娘さんのスキャンダルを掲載した雑誌の出版社を訪れてますね。それは間違いないですか?」

 

「そ、それは…」

 

 途端に優介は顔色を失う。眼は所在なさげに泳ぎ、額にはじんわりと汗がにじんでいる。いったい何がこれほどまでに彼を動揺させているのだろうか?

 

「出版社の方の話によると、随分お怒りだったそうじゃないですか。担当者を呼んでこいだとか、この記事を書いた記者を出せとか。結構乱暴な言葉を使ってたみたいですね。」

 

「最後は警備員を呼ばれて、出版社を後にしたみたいですね。その際、殺してやるってあなたが言ってたのを複数の従業員が聞いてますよ。」

 

「…くっ!そ、その時は頭に血が上ってて…だって仕方がないじゃないですか!人の家庭の事をあんな風に掻き立てられて冷静でいられるわけが…」

 

「まあ落ち着いてください。あなたのお気持ちも十分理解できますよ。ところで一昨日の夜10時ごろ、あなたがどこで何をしていたか教えていただいてよろしいですか?」

 

「私の事を疑っているんですか!」

 

「関係者には全員聞いて居る事なんでいちいち声を荒げないででください。それに、アリバイが証明できれば我々もあなたの事を疑いませんので。」

 

「……一昨日の夜は自分の家にいました。」

 

「それを証明できる人は?」

 

「いません。今は一人暮らしなので…」

 

「そうですか…如月さん、一応あなたの指紋と毛髪を採取させていただいてもよろしいですか?鑑識に回しますので。」

 

「……どうぞお好きにしてください。」

 

 投げやりな様子ながらも優介は伊丹たちに同意した。優介から指紋と毛髪を採取し終わると伊丹たちは満足げにその場を後にした。

 

「じゃあ、私はこれで。」

 

 優介もまた、特命係に頭を下げると足早にその場を後にした。そして公園には特命係以外誰もいなくなった。

 

「…なんか思ってた以上に複雑ですね。」

 

「ええ。もしかすると、僕たちは大きな見落としをしていたかもしれません。」

 

「見落としですか?」

 

「僕たちは当初、如月千早さんの家庭問題について報じたあの記事が事件の発端になったのではないかとみていました。しかし、プロデューサーさんの証言や如月優介さんの話によると、記事に書かれていた如月優君の死は、当事者たちにとっては今も影を落とし、影響を与え続けていることがわかりました。もしかすると、本当の事件の発端は7年前の事故にあるのかもしれません。」

 

「となると、事故について調べてみる必要がありますね。」

 

 そうと決まれば善は急げ。杉下とカイトは一路本庁を目指し歩き始めた。

 

 

 

 

 警視庁へと戻ってきた特命係は、すぐに7年前の事故に関する資料を集め、特命係の部屋にある机に広げた。今は杉下が当時の鑑識の報告を、カイトが事故の裁判記録を読み始めたところだ。

 

「よっ!暇……じゃないみたいだな。」

 

 そんなことを言って部屋に入ってきたのは生活安全課の角田課長である。角田は特命係が熱心に資料を読み込んでいるのを見やると、勝手に部屋にあったコーヒーカップに注ぎそれを飲み始めた。

 

「そういえばあんたたち、765プロを調べているらしいじゃない。どう?アイドルには会えたかい?」

 

「ああ、まあ一応一人だけには会えました。なんかライブ前で忙しそうでしたけど。」

 

「ほんと!いったいどの子?」

 

「ええと、確か四条貴音って子でしたよね、杉下さん?」

 

「ええ、確かに四条さんで間違いありません。」

 

 杉下がカイトの答えを肯定すると、角田は興奮したように声を上げる。

 

「ウソっ!貴音ちゃんと!いいなぁ、それ。なあ、もしまた会う機会があったらさ、サインもらってきてくれないかなあ?子供が喜ぶんだよ。」

 

「そんな事したら、また上からどやされますよ。捜査中に何してんだって。マスコミなんかにすっぱ抜かれたら最悪ですよ。」

 

 そう角田をあしらいながらカイトは資料に目を戻す。次の瞬間、カイトは資料のある一転を見つめ動きを止めた。

 

「ん?どうしたの?」

 

 カイトのただならぬ様子に不安になったのか角田が声をかける。だがカイトはその問いを無視すると、角田を押しのけながら杉下に近づく。

 

「ちょっと何すんだよ!」

 

「杉下さん。これを見てください!」

 

「はい?………これは!」

 

「あの人も7年前の事件の関係者だったんです。でもそうすると、なんであの人があそこにいたのか…」

 

「それは確かに気になります。しかし、この人を調べてみなければいけないのは明白です。7年前の事件の関係者であり、彼女の近くにいたのですから。」

 

 杉下は確信に満ちた表情で頷く。事件の真相に触れたという確信に…

 

「何?いったい何がどうしたっていうんだ?」

 

 ただ一人、角田だけが頭に?マークを浮かべていた。


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