多重世界の特命係   作:ミッツ

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多分今エピソードはそんなに長くならないと思います。


彷徨えるサロメ 2

 現場に重い空気が流れる。被害者が未成年であることに加え、その遺体が無残にも首なしで見つかった事は家族にとってあまりにも残酷な現実であろう。

 言葉を失うカイトに対し、米沢に代わり杉下が説明を引き継ぐ。

 

「誠君は萌子さんとの二人暮らしだったようです。萌子さんは既に離婚されています。」

 

「…母親にとっちゃ唯一の家族を失ったわけかよ。クソッ!いったい犯人は何で首なんかをッ!」

 

「ええ、そこなんです。現場周辺の状況を見て回ったんですが、どうもちぐはぐな印象を受けるんです。」

 

「ちぐはぐな印象ですか?」

 

 カイトが理解できないでいると杉下はカイトと米沢を連れて廊下に出る。廊下には先ほどと同様に犯人のものと思われる血の足跡が玄関まで続いていた。

 

「このように足跡がつけられているのに加え、玄関のドアノブには血痕が残されており拭き取られた痕跡がありません。更に凶器がこの家の包丁である可能性が高い事を考えると、犯行自体は計画性のない突発的なものの印象があります。」

 

「まあ、確かに始めから殺害するつもりでいたならあらかじめ凶器は用意してる方が自然ですね…凶器はまだ見つかってないんですか?」

 

「はい、おそらく犯人が持ち去ったものだと思われます。ところが犯人は被害者の首を持ち出す凶行に至っています。人間の首を切断する行為には少なくない労力を必要とします。仮に犯行が突発的なものだとするなら、いつ他の住人が返ってくるかわからない状況で被害者の首を切り取り持ち去らなければいけない理由とはいったい何だったのでしょう?」

 

 そう言われカイトは杉下の疑問に納得する。犯行が突発的なものであったとするならなぜ犯人は被害者の首を持ち去らねばいけなかったのか?

 逆に計画的な犯行で最初から首を持ち去るつもりであったなら、なぜ犯人は有力な証拠になりえる手がかりを放置し、この家の包丁を犯行に使ったのか?

 なるほど、確かにちぐはぐな状況だとカイトは理解した。

 

「それともう一つ気になる点があります。」

 

 そういうと杉下はカイトを連れてリビングへと向かった。

 リビングでも数名の鑑識が作業をしている。それに交じって捜査員に指示を出していた伊丹はカイトたちが部屋に入ってきたのを見つけると顔をしかめ、手で追い払う様なジャスチャーをした。当然杉下は華麗にそれをスルーする。

 

「これは台所で見つけたものなんですが、ご覧の通りなかなか手の込んだ料理が纏めてごみ袋の中に放り入れられています。」

 

「ほんとだ…でもなんで…」

 

 ゴミ袋の中にはサラダやローストチキンをはじめ、とても一人では食べられない量の料理がぐちゃぐちゃの状態で入っていた。

 

「これってもしかして、クリスマスパーティーの料理じゃないですかね?」

 

 時期的なことも考えカイトがそう述べると杉下も同調するように頷いた。

 

「僕もそうではないかと思っていたところです。だとするなら、なぜそれがこのように捨てられているのでしょうか?」

 

「えっと…やっぱり必要がなくなったからとか…だとしても態々ごみとして出すかなぁ?」

 

「それは当事者にしかわからない事ですが、この料理がクリスマスを祝うために作られたものだとすると、昨日か今日に用意され、そして捨てられたものだと思われます。つまり、その間にクリスマスを祝うための料理を廃棄しなければいけない事象が誠君の周りで発生したと思われます。」

 

「警部殿、お話し中のところ申し訳ないんですがねえ、そろそろ出て行ってもらってもいいですか。こちらはまだ調査中なんですよ。あんまり邪魔はしてほしくないんですがね。」

 

 先ほどから無視され続けていた伊丹が額に青筋を立てて杉下に詰め寄る。対する杉下も慣れたもので涼しい顔を崩していない。

 

「邪魔する気持ちは微塵もありませんよ。ところで、被害者の母親の様子はどうですか?」

 

「ちっ!残念ながら精神的にかなりショックを受けてる様子なんで本格的な聴取は明日以降にするつもりですよ。」

 

「そうですか。では、誠君の携帯電話を知らないかだけでも聞いてもらってもよろしいですか?」

 

「携帯電話?」

 

「ええ、誠君の私物を拝見させてもらったのですが、その中に携帯電話がなかったんですよ。充電器があったのでまさか本体を持っていないという事はないと思います。となると、彼自身がどこかでなくしてしまったか…」

 

「あるいは誰かが持ち去ったってことですか?」

 

「その通りですよ伊丹さん!」

 

「…はあ、わかりましたよ。ちゃんと聞いときますし、電話会社に問い合わせてGPSが使えないかも確認しときます。」

 

「よろしくお願いします」

 

「要件はそれだけですね。じゃあ、さっさとここから出て行ってください。」

 

 そう言うと、伊丹は今度こそ特命係の二人をリビングから追い出した。

 仕方なく二人は再び誠の自室へと戻り、鑑識に交じって現場の調査を行うことにした。誠の部屋は男子学生の部屋としては特に変わったところはない。カイトも机の引き出しなどを開けてみるが、これと言って気になるものは見つけられずにいた。

 

「これと言って変わったところは無いですね。杉下さん、何か見つかりましたか?」

 

「いえ、たとえ目ぼしいものがあったとしてもすでに鑑識が回収しているかもしれませんねえ。」

 

「なら一回本庁に戻って…ん?」

 

 部屋の片隅にあるごみ箱が目に留まり、カイトの言葉が切れる。杉下もそれに気づくと二人は黙ってごみ箱の元へと近づく。

 ゴミ箱を上から覗くと、そこには丸められた大量のティッシュ、そして白い液状のものが付着した袋型のゴム製品が捨てられていた。

 

「………これって。」

 

「使用済みのコンドームですねえ。」

 

 そう言って杉下がごみ箱の中を漁るとほかにもいくつか同様の物が出てきた。カイトは何と言っていいのか分からず閉口してしまう。

 ただ、使用状況から見る限り誠少年は非常にお盛んだったことが窺いしれた。

 

「…………」

 

「ふむ。カイト君、君はこれについてどう思いますか?」

 

「え!?ま、まあこの年の男子だったら色々持て余すこともあるでしょうし、高校生だったら特別早いってわけでもないかと…」

 

「なるほど。誠君に肉体関係を持つ相手がいたとしても不自然ではないと君は考える訳ですね。しかしながら、もしかするとそれはあまり健全なものとは言えないものかもしれませんねえ。」

 

「いや、まあでも最低限避妊はしてたみたいですし…」

 

「その避妊具ですがどれも種類が違うようです。」

 

 そう言って杉下が取り上げた二つのコンドームは色や大きさが違っていた。他のコンドームもよく見れば別のメーカーが作ったものであったり、同じメーカーでも種類が違うものが含まれていた。

 

「あ、本当だ。でもこれって何か関係あるんですか?」

 

「先ほど誠君の部屋を捜索しましたが彼の私物にコンドームはありません。また、このごみ箱の中にがコンドームはあってもそれが入れられていた箱などはありませんでした。この事から推測するに誠君は行為に及ぶ際、避妊具を女性側に用意してもらっていたのではないでしょうか?」

 

「その避妊具の種類が違っていたってことは…もしかして!」

 

「誠君は複数の女性と肉体関係にあった可能性があります。」

 

 市販のコンドームが通常は複数個が箱入りで売られていることを考えれば行為の度に別の箱を開けるというのは学生の経済力では厳しいものがある。とするならば、別の女性がそれぞれ自分たちで用意していたと考える方が自然である。

 確かにそれはあまり健全な交友関係とは言えない。

 

「もし、実際に誠君が複数の女性と関係があったとするなら、クリスマス用の料理が捨ててあった理由も想像できます。」

 

「…修羅場があったって事っすね。でも、この状況証拠だけじゃ誠君に男女関係のトラブルがあったとは断定できませんよ。」

 

「その通り。ですので明日以降の調査は誠君の交友関係に絞って進めていきましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件発生の翌日、特命係は伊藤誠の通っていた私立榊野学園へと来ていた。

 本来であれば冬休み期間中で閑散としているはずの学園も今日ばかりは制服姿の学生たちが多く見受けられる。

 既に伊藤誠が殺害されたことはメディアを通し広く知れ渡っており、本日は全校生徒を緊急に集めての学年集会が体育館で行われている。

 杉下たちは学園側の許可を得て敷地内に入り、体育館の前で学年集会が終わって出てくる生徒を待ち構えていた。暫くすると体育館のドアが開き、クラスごとに教師に先導され生徒たちが出てくる。いずれのクラスも神妙に、だがやや興奮気味に小声で私語をし、中にはすすり泣く女子生徒の姿が見受けられた。

 その後、教師が学年で通夜に参加することを生徒たちに説明すると、その場で解散する流れとなった。

 それを見計らったようにカイトは杉下に話しかける。

 

「じゃあ、とりあえずまずは担任の先生から話を聞きに行きますか?」

 

「はい。まずは誠君の交友関係を把握したのち、親しい友人たちから話を伺うようにしましょう。上手くいけば彼の交際相手が分かるかもしれません。」

 

 そうやってお互いに確認をとると、二人は伊藤誠の担任教師の下に歩いて行こうとした。

 

 その時である。彼らの耳に男子生徒の話声が聞こえてきたのは。

 

「でも驚いたよな。伊藤の奴が殺されるなんて。」

 

「別に以外でもないだろ。どうせあいつは禄な死に方しないってみんな言ってたし。」

 

「まっ、多分自業自得って奴だろうな。」

 

 杉下たちが足を止め声のした方を向くと、4人の男子生徒が一塊になって談笑していた。会話の内容から彼らが伊藤誠に良い感情を持っていない事は明白である。

 杉下とカイトは顔を見合わせ頷き合うと、体の向きを変え彼らのもとに歩いて行った。

 

「その話、もう少し聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

 突然中年男性から声を掛けられ驚く生徒たちに杉下は警察手帳を見せる。それによって余計に男子生徒たちは緊張したのか、助けを求めるように目線を彷徨わせる。

 

「伊藤誠君が殺害された事件の捜査をしています。よければ伊藤君がどのような人なりだったのか教えてもらえないでしょうか?」

 

 先ほどと質問を替え、杉下は再度生徒たちに優しく話しかける。それが功を奏したのか、生徒たちの緊張は幾分和らぎ、ようやく一人の生徒が口を開いた。

 

「伊藤はおとなしい奴だったよ。特に目立つことも無くてなんか何時も教室の隅っこにいる感じの。」

 

「うん。別に悪い奴ってわけじゃなかったかな。」

 

「なるほど。ではなぜあなた達は伊藤君が死んだのは自業自得などと言ったのでしょうか?今の話からは伊藤君が誰かに恨まれるようなことはないように思えますが。」

 

 杉下の問いかけに生徒たちは再び閉口する。如何に嫌いな相手とはいえ、死んですぐに警察の前で悪口を言うのには抵抗があるのだろう。だが、じっと杉下に顔を見つめられてるうちに観念したように語り始めた。

 

「あいつ、1学期は本当に地味な奴だったんだ。それが夏休みが終わった位から途端にモテ始めて、なんかクラスの女子にも何人も手を出してたみたいなんすよ。なっ、澤永?」

 

「お、おう…」

 

 澤永と呼ばれた少年は動揺した様子で返事をする。一方でカイトは昨日杉下が語った推測が現実味を帯びだしてきていることに内心かなり驚いていた。流石にこうも簡単に裏付けが取れるとは思っていなかったのだ。

 

「元々顔は悪くないから女子からの受けは悪くなかったんすけどね。自分がモテるって自覚してから奥手だった性格が嘘だったみたいに調子に乗り出して、家に女子を連れ込みまくってたみたいなんすよ。そんなんだから男子からはほとんど無視されてましたよ。」

 

「ああ、しかも最近じゃ冬休み前の騒動で女子からも愛想を尽かされたみたいだったしな。」

 

「冬休み前の騒動って?」

 

 カイトが質問すると生徒は周りを見渡し声を潜めた。

 

「妊娠させたんっすよ、クラスの女子を。」

 

「はあ!妊娠って!?」

 

「はい。クラスでもちょっとした騒ぎになったんです。」

 

 生徒が妊娠したなんてちょっとした騒ぎじゃ収まらないだろう!と、カイトは声を上げそうになったが、それを予測したのか杉下がカイトの口を塞ぐと続けて質問した。

 

「それで、その妊娠した女子生徒の名前は何というのですか?」

 

「西園寺です。1年3組の西園寺世界です。」


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