多重世界の特命係   作:ミッツ

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今更ですが今回のエピソードは「School Days」とのクロスです。

アニメ版の最終回はいろんな意味で衝撃的でした。今エピソードを書く上で初めてアニメをすべて見たうえで、原作ゲームを含めた設定を集めて勉強したんですが、思ってた以上に登場人物たちの背景が真っ黒で正直引いた。


彷徨えるサロメ 3

「西園寺世界ですか?」

 

「はい。先生から見て彼女はいったいどのような生徒でしたか?」

 

 男子生徒たちから話を聞いた杉下たちは当初の予定通り誠と西園寺の担任の元へと行き、まず初めに伊藤誠について聞いたのち、西園寺世界の事を聞いた。

 

「えーと、まあ、いい生徒だと思いますよ。明るくて友達も多くクラスの行事にも率先して行動する子です。成績も悪くありませんでした。」

 

「では、彼女が伊藤誠君の子供を妊娠したという噂はお聞きになった事はありますか?」

 

「ああ、それですか…ちゃんとした根拠がないただの噂話としか思っていませんでしたし、何より西園寺や伊藤が何も相談に来なかったんでしばらく様子を見ることにしたんです。」

 

 それは面倒事になるのを嫌って放置しただけじゃないのか、という言葉をカイトは寸でのところで飲み込んだ。どうもこの教師は放任主義というか、生徒に対しては極力干渉せず問題が起きても見て見ぬ振りをする傾向にある事がその口ぶりから伺い知れた。典型的な事なかれ主義と言ってもよいだろう。

 

「では、伊藤君がそれ以外に何かトラブルを抱えていたり、クラス内で騒ぎが起こったなどはありませんでしたか?」

 

「さあ、心当たりがあませんねえ。私も今朝、伊藤が死んだと聞いて驚いたんですから。」

 

「…そういえば、西園寺さんとは連絡がついているのでしょうか?」

 

「いや、それが昨日の夜から家にも帰ってないらしくて携帯にも出ないそうなんですよ。こんな事件が起きたばかりですから心配です。」

 

 口では心配だと言いつつ、めんどくさいと言いたそうな顔を隠しもしない担任教師にカイトはイラつき始めていた。

 その後もいくつかの質問をしたがどれも満足のいく答えは返ってこず、大した収穫もないまま担任教師との話は終わった。分かった事と言えば、学園側は伊藤誠が抱えていた問題の一切を認識していなかったという事である。

 

「なんつうか、あそこまで他人事だと怒りを通り越して呆れちゃいますよ。」

 

「ええ、学校がもう少し親身になって生徒たちから話を聞いていれば今回のような事件は起きていなかったかもしれませんねえ。」

 

「いずれにしてもその西園寺って生徒を探す必要がありますね。」

 

 そう結論付けると、杉下たちはいったん本庁に戻るために昇降口へ続く廊下を歩いていく。そんな二人の耳に背後から近づいてくる複数の足跡が聞こえてくる。

 

「あの、すいません!警察の方ですよね?」

 

 声のした方を振り向くと、そこには榊野学園の制服を着た二人の女子生徒と一人の男子生徒がいた。男子生徒は女子生徒に挟まれるように真ん中に立っており、特命係に声をかけてきたのは男子生徒の右側に立つポニーテールの少女のようだ。少々目が吊りあがりきつめの印象を与えるが顔立ちは整っており美少女と言って差し支えない容姿である。

 その反対側に立つ少女はツインテールの両端を輪型に巻いた非常に特徴的な髪形をしている。

 そして彼女らの間に挟まれているのは、先程杉下たちが話を聞いた男子グループの中で澤永と呼ばれていたサイトであった。その時から顔色は優れず、酷く動揺した様子であったが今では額に脂汗を浮かべ目の焦点もどことなく虚ろである。

 

「君たちは?」

 

「…刑事さん達に聞いてほしい事があるんです。その…」

 

 ポニーテールの少女は言いづらそうに一旦下を向くが、意を決したように顔を上げると言った。

 

「私たち、伊藤を殺した犯人に心当たりがあります。」

 

「なっ!どういうことだよっ!」

 

 予想外すぎる酷薄にカイトは冷静さを失い、堪らず声を上げる。一方で杉下は少女の言葉の意味を冷静に噛み締めると、表情を変えずに口を開いた。

 

「わかりました。ここではなんですので場所を変えて詳しい話を聞かせてください。」

 

 杉下の申し出に少女たちは黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杉下とカイトは三人を連れて1回の保健室へと移動した。全校集会は終わっているため殆どの生徒は既に帰宅しているが一応念を入れて人気の無い場所を選んだ。

 まず初めに3人はそれぞれ自己紹介をした。

 

「私は加藤乙女と言います。」

 

「黒田光です。」

 

「…澤永泰助っす。」

 

「加藤さん、黒田さん、澤永さんですね。お三方は全員同じクラスなのですか?」

 

「いえ、私だけが1年4組で黒田さんと澤永は1年3組です。」

 

「という事は黒田さんと澤永君は伊藤誠君と同じクラスだったというわけですね。」

 

 杉下が確認をとると3人はそろって頷いた。

 

「ところで、伊藤誠君を殺害した犯人に心当たりがあるという事でしたが、どういった事でしょうか?」

 

 改めて3人に尋ねると3人はお互い目配せをし、加藤と名乗ったポニーテールの少女が口を開いた。

 

「伊藤はすごく女の子たちから人気がありました。1学期の頃は本人はあまり自覚がなかったみたいなんですけど…2学期になってからいろんな子たちに手を出してたみたいで…」

 

「あたしや加藤さんもお手付きにされちゃったんですよね。とはいっても、最近じゃ殆ど相手にする女子はいなくなったんですけど。」

 

「それは、西園寺世界を妊娠させたっていう噂と関係しているのかい?」

 

 カイトが質問するとかとうは頷き肯定を示す。

 

「はい。その、西園寺さんが妊娠したって伊藤に伝えた時、伊藤は何で妊娠なんかしたんだって言って突き放したみたいなんです。それで、女子はみんな熱が冷めたっていう感じで…」

 

「愛想が尽きたってわけか。」

 

「しかしながら、伊藤君が高校生である事を考えれば彼自身もまた、自分の子供が出来たという現実を受け止められずパニックになっていたのかもしれませんねえ。おっと、話がそれてしまったようですね。それで、伊藤君が殺害される理由を持つきっかけとなったのなんだったのでしょう?」」

 

 杉下が話を戻すとかとうはチラリと横に座る澤永の方を見る。澤永は相変わらず脂汗を流し視線を彷徨わせている。

 

「伊藤には彼女がいたんです…そして多分、その子が伊藤を殺したんだと思います。」

 

「えーと、それは西園寺って子の事じゃないのかい?」

 

「いいえ。西園寺さんの前に桂言葉って子と伊藤は付き合ってたんです。その子が多分、伊藤にとって初めての彼女だと思います。」

 

「桂言葉…その子が伊藤君と付き合ってたのはいつ頃からか分かりますか?」

 

「確か…夏休み前にはもう付き合ってたと思います。」

 

 夏休み前となると伊藤誠が急にモテはじめ複数人の女性に手を出し始める以前という事になる。その頃に付き合ってた女性である桂言葉という少女がどのように伊藤誠殺害に繋がっていくのか、それが今回の肝だと杉下は直感した。

 

「伊藤は始め桂さんと普通に付き合ってました。桂さんも伊藤の事がすごく好きそうでしたし。それが文化祭前くらいになって伊藤と西園寺さんが急接近したんです。それこそ、二人が恋人みたいに…だから周りの人間は伊藤が桂さんと別れて西園寺さんと付き合いだしたんだなと思ったんです。けれど、桂さんは伊藤と別れたつもりはなかったみたいで、ずっと『誠君は私の彼氏です。』って、言ってました…」

 

「……それで、どうなったんだい?」

 

「学園祭の時も伊藤は西園寺さんとばかりいっしょに居て、桂さんの事はほったらかしでした。だから伊藤は西園寺さんと付き合っていて、桂さんは別れたのにずっと伊藤に付きまとっているってみんなから思われたんです。」

 

「…あなた方の話から察するに、桂さんは周囲からあまり良く思われてなかったのではないでしょうか。」

 

「はい。桂さんは美人で成績もよくて、おまけに家も裕福だったから女子からは妬まれてました。私も何度かきつく当たった事があります…だから、桂さんにが伊藤に付きまとってるって噂になった時も誰も彼女の見方をしなかったんです。」見方→味方

 

 カイトは話を聞いていて胸糞が悪くならずにはいられなかった。と同時に桂言葉に対する同情を禁じえなかった。一人の男性に恋をし、それを裏切られてなお相手を信じ周囲を敵に回し、その結果が男が別の女性を孕ませていたとならば殺意の一つや二つは湧きそうなものだ。

 桂言葉には伊藤誠を殺害し得る動機がある。

 

「おまけに桂さんは後夜祭の時にこいつにレイプされたんです。さっき教室で桂さんが犯人じゃないかって話題が出たとたん、やたら動揺してたから問い詰めたらあっさり白状しました。」

 

 そう言って黒田光は横に座る澤永泰助を睨み付けた。

 

「レイプだって!おい君、それは本当なのか!」

 

「っ!だ、だってよ、何度も伊藤の奴は西園寺と付き合ってて言葉とはもう別れたつもりでいるって言ったのに信じようとしないから!俺はずっと言葉の事が好きだったのに!」

 

「…好きだったなら、なおさら傷つけるような真似をしちゃ駄目だろうが、馬鹿野郎…」

 

 カイトがそう吐き捨てると澤永は目に涙を浮かべ項垂れるとやがてすすり泣き始めた。

 

「わかってます…自分がとんでもない事したってことくらい。今になってやっと理解できました。でもだからって殺されたくなんかないっす…刑事さん、俺どうしたらいいんすか?」

 

「君は先ず警察署に行くべきです。そこなら安全ですし、反省する時間も十分に取れるでしょう。」

 

 どうやら澤永は桂をレイプした自分が次に狙われるのだと思い、怯えているらしい。

 しかし、なぜそこまで怯える必要があるのか?杉下たちが疑問に思っているとそれを察したようにかとうが説明する。

 

「…ちょうどそのころ位なんです。桂さんがおかしくなったのは。」

 

「おかしくなった?」

 

「浮かれてるっていうか、すごく嬉しそうに私は誠君の彼氏なんだって言うんです。でも目は笑ってなくて。それに繋がっていないはずの携帯で伊藤と話していたのを見た人もいるんです。」

 

「なるほど、桂さんは度重なる精神的ダメージにより、行動にまで影響が出始めていたというわけですね…」

 

 そうだとするなら、犯行現場のちぐはぐな状況もある程度説明がつけられるし、強い恨みに駆られた桂が自分を傷つけた者たちを殺そうとしているとも考えられる。遺体の首が取られていたのも、伊藤誠に対して強い恨みがあったからだという風にも考えられる。

 

「ところで、西園寺世界さんと桂言葉さんの写真などはお持ちではないでしょうか?実は僕たちはお二人の顔を拝見していないもので。」

 

「あります。ちょっと待ってください。夏にクラスでプールに行った時に撮ったやつがあったはず。」

 

 そう言って黒田光は携帯を操作し画面に写真を表示した。屋内プールで撮ったもののようで、画面には黒田や伊藤、澤永など複数の男女が水着姿で映っていた。

 

「どの子が西園寺さんと桂さんなのでしょうか?」

 

「えっと、こっちのアホ毛が立ってるセミロングの子が西園寺さんで、こっちのロングヘアの子が桂さんです。」

 

「ん?あっ、この子!?」

 

 突然カイトが驚いたように声を上げ、近くにいた黒田がビクリッと肩を竦ませた。

 

「どうしたんですかカイト君?」

 

「杉下さん、俺昨日この子を現場に来る途中でみました。一人で夜道を歩いてたから気になってたんです。」

 

 写真の中で笑う黒髪のロングヘアの女の子は、印象こそ大きく違うものの、間違いなく昨晩現場に行く途中に出会った少女だとカイトは断言できた。

 

「カイト君の証言が正確なものだとするなら、事件当夜に桂言葉さんが現場近くにいたという証拠になります。黒田さん、加藤さん、澤永君、あなた方の証言も事件を捜査する上で極めて重要なものになります。応援を呼びますので、警察署でもう一度今の話をしてください。いいですね。」

 

 強い口調で言われ、三人は黙って頷くしかなかった。

 

 

 

 

 保健室に三人を残し部屋を出ると、杉下とカイトは廊下で相談を始めた。内容は当然、三人から得た情報の整理である。

 

「あの三人の話を聞いてると、どうしても桂言葉が気になってしまいますね。」

 

「まだ彼女が実行犯と断定するわけにはいきませんが、現場の近くにいたことからも何かしら事件に関わっている可能性が高いと言えるでしょう。」

 

「それにしても、あの写真を見る限りは西園寺世界も桂言葉も、仲の良い友達グループの二人っていう感じに見えたんですけどね。」

 

「案外、二人はよい友人であったのかもしれませんねえ。」

 

「だとすると猶更だ。友人に自分の彼氏を寝取られたんだから、恨みたくなる気持ちもあったじゃないっすか。」

 

 軽口交じり、たいして考えもせずカイトが言った言葉。しかし、その言葉を聞いて杉下の動きが止まる。

 

「そうです…なぜ、西園寺世界ではなく伊藤誠だったんでしょうか?」

 

「…杉下さん?」

 

「確かに桂言葉にとって伊藤誠は自分を裏切った男性ではありますが、同時に深く愛した男性でもあります。恨みの強さで言うなら彼よりも寧ろ彼を奪った相手、そう西園寺世界の方がずっと強いはずです。」

 

「でも杉下さん、実際に殺されたのは伊藤誠の方で西園寺世界は…」

 

 そこでカイトはハッとする。1年3組の担任教師は確かに言った。西園寺世界は昨夜から帰っていないと…

 

 ふと、カイトは校舎の外が騒がしい事に気が付いた。窓から外をのぞいてみると、まだ帰っていない生徒たちが校舎に沿って作られている側溝に集まっているのが見えた。

 

「なんですかね?」

 

「行ってみましょう。」

 

 そういうと杉下は窓を乗り越え人だかりに歩いていく。カイトも慌ててその後を追って行った。

 人だかりに近づくと杉下はそれに向かって声をかけた。

 

「失礼します。何かあったのですか?」

 

 突然の部外者の登場に集まっていた生徒たちは慌てて道を開ける。彼らが集まっていた場所には配水管があった。

 本来であれば屋根や屋上にたまった水を地上に送り、側溝へと流す役目を持つそれであるが、プラスチック製の円筒を伝って落ちてくるのは粘着性のある、どす黒い赤色の液体であった。

 

「これは…」

 

「…おそらく血液でしょう。この排水管はどこに繋がっているかご存知の方はいらっしゃいますか?」

 

「えっと・・確か屋上だったと…」

 

 その答えを聞くと、杉下は再び窓を乗り越え校舎に入ると猛然と階段を駆け上がり始めた。カイトもその後を追っていく。

 1分もしないうちに屋上と校舎内を隔てるドアの前に立つと手袋を装着し、ゆっくりとドアノブを回す。ドアには鍵がかかっておらず、力を入れると簡単に扉は開いた。

 そして、その先にあったのは…

 

「ああっ!!」

 

「これはっ!」

 

 血まみれになった女性と思われる死体であった。


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