温泉開発部のモブとしてもな   作:てぐめん

1 / 6
温泉開発部を自給自足するために書き始めました。
カスミ以前の小規模期、カスミ以後の拡大期、本編付近の安定期の大まかに三つを描けたらと思っています。捏造多めとなりますが、何卒よろしくお願いいたします。


プロローグ
1. 爆弾魔たち


「醬油ラーメンで……はい、硬さも普通で」

 

 発券した紙切れを店主と思わしきアンドロイドに渡し、カウンターの適当な椅子に座る。似たようなタイミングで入店した学生を真似て、スカートを抑えながら気持ちお淑やかに。尻尾もくるりと椅子に沿わせる。

 

 妙な夢だな、と思う。もう1カ月は続いているだろうか。

 まず、どこを見ても見目麗しい学生で溢れかえっている。僕が覚えている限りでは、人間という種族は外見的特徴にもっとばらつきがあったはず。なのにあっちを見ても美少女、こっちを見ても美少女。目の保養ではあるけれど、こうも高水準に平均化されると違和感が先立つ。

 

 そもそも、彼女たちは人間なのだろうか。同然のように角や尻尾、羽などのファンタジーめいた部品が見受けられる。極めつけに、この光輪。学生の頭上には、様々な幾何学的形状を伴った発光する輪っかが浮いている。天使ということなのか。では、ここは天国?

 それにしては、治安がよろしくないと思うけども。

 

「あ……どうも」

 

 ごとり。不愛想な店主ドロイドが、無言でラーメンを運んでくる。

 手を合わせていただきますした後に、使い古された黒い箸をとって食べ始める。

 

 もういい加減に慣れてきたが、麺類をすするためには頭をやや前に傾けた状態で維持する必要があり、同時に垂れてくる長い金髪を耳にかけ、よけなければならない。また、髪をよける手の位置にも気を遣う。下手に動かすと、側頭部の大きな巻き角にぶつかってちょっと痛い。

 

 ずずず、と控えめに醤油ラーメンをすすった。うん。うーん。あんまり美味しくもなく、不味いわけでもなく……平々凡々な町中華のラーメンそのものである。値段が高めなのが難点だが、帰り道で適当に入ったお店ゆえ、文句がある訳でもなし。

 

 そもそも、この天国(仮)の物価としては、この価格は高いかどうかも確信がないのでなんともだけど。まあ腹を満たせれば満足ですよ。どうせ夢なんだし、多少羽振りをよくしても問題ないでしょう。

 

 そうなのだ。

 これが夢でなかったらなんだと言うのだろう。

 

 だっておかしいところしかない。住民の半分近くは学生だし、誰も彼もが顔整い、亜人に天使に悪魔でいっぱい、かく言う僕も恐らく悪魔だ。記号的な悪魔の巻き角、色素の薄い金髪に発育足らずの薄い体、かと思えば不似合いな太い尻尾がついていたりと、強いんだか弱いんだか分からないキメラボディともそれなりの付き合い。もちろん頭上には謎の光輪。

 

 では、もう半分の住民に目を向けると、顔が猫や犬の獣人、近未来なアンドロイド、だけど男はどこにもいない。強いて言うなら、この者たちが男性的な役割も担っているように思うけど。アンバランスにもほどがあるだろう。

 

 ここはまさしく夢の世界だ。

 それは理想が全て叶う世界、という意味ではなく、無作為で行き当たりばったりに組み合わされた、記憶のキメラで構成された奇妙な世界、という意味で。

 

「うぷ」

 

 お腹いっぱい。まだ半分も食べてないけど、もういらないかもな……。

 本当は男の学生かなんかだったと思う。いや社会人か?きっと今の身体よりは大きくて、だから食べる分量をよく間違えてしまうんだと推測している。このお店に関しては、味が口に合わなかったのもあるかもしれない。あー分からん。食に興味があるタイプではないからなぁ。

 

 食べる気の起きない麺を箸で掴んで、戻し、小さくため息。軽くかき混ぜ、ゆっくり回る麺を眺めた後、行儀を気にしてそれもやめる。

 

「生きてるんだか、死んでるんだか……」

 

 白く小さな手のひらを見つめて、握ったり、開いたり。

 

 実は女学生だったかもしれない。もしくは女社会人。

 ぼーっと生きてきて、何がある訳でもなく成長して。そして、気が付いたらちんちくりん悪魔として再スタート。もしかしたら、最初からこれが本当の姿で、この奇妙な世界から見ていた夢が、元の面白味のない世界だったかもしれなくて……。

 

 

 

 まあ、どっちでもいいかな。考えても仕方のないことだ。

 このラーメンは潔くごめんなさいしよう。ちょっと気まずいけど、このゲヘナ自治区なる場所は極めてアナーキーでカオスな街、もっと態度の悪い顧客だっているだろう。怒られないと願いたい。

 

 すっと立ち上がり、一応一声かけてお店を出ようと顔を上げると、隣の、長い艶やかな銀髪を持った女学生が呟くのが聞こえて──。

 

「不味いですわね」

「は?」

 

 ──瞬間、店内が閃光に包まれた。

 遅れて衝撃、熱波。強烈な爆音。激しく吹き飛ばされる体。

 

「……ぁぁぁあああーーーーー……ッ!」

 

 なんか多分いま僕って叫んでると思うんだけどもう自分が何言ってる分かんねえよもうこの世界本当にこういうところがさあ……っ!

 アナーキーとは言ったけどテロまで日常なのはどうかしてるんじゃないか!?せめて銃撃戦で終わらせてくれよ!!

 

 痛い!瓦礫いっぱい当たった!毎回思うけどどうなってんだこの身体なんでこんな硬い!

 

「ぐえっ!」

 

 ブッ飛び時間が終わるとエビの様な姿勢で体の側面から地面に着地。もちろんめちゃくちゃ痛い。

 

 これは……これは、たまにある。

 見聞きした情報によると、ゲヘナ自治区では爆破テロが他より数倍に留まらない程度に多いそうだ。なんだそのデータ。地域の違いじゃ説明が付かないだろう。国民性ならぬ生徒性とかのせいなんじゃないかと疑っている。

 

 特に、今年のゲヘナ高等部一年に在籍する生徒。すなわち僕と同学年のどこかに、食に異常なこだわりを見せる美人テロリストがいると聞いた。絶対に彼女だろう。もう二度と関わりたくないし顔も覚えたからとにかく避けるようにしよう、というか、夢から醒めたら全部解決なのになぜ醒めない?

 

「うぐ……」

 

 ぐったり。全身を苛む痛みで起きる気にならない。ああもう、本当にもう。

 ここの住民みんな硬いとか、例に漏れず僕も頑丈みたいな話があるが、それとして痛いものは痛い。

 

 本当に全員この痛みに耐えているんだろうか。たしかに見た目はかすり傷しか残らないが、それと因果関係が結べないほど毎回痛い。痛いから、うっすら夢でないという気もしている。

 それとも、僕だけがおかしいのか。

 

 地面にうずくまっていると、背後から明るく元気な声。

 

「源泉はっけーん! せーのっ!」

「は?」

 

 同時に閃光。次いで爆風。

 これはたまにもない。もうしらん。

 

 

 

 

 

 

 あつ。

 

 あつい。

 

 なんか熱くない?

 顔が、これ、温水か何かがべちゃって。

 

「ふがごごっ」

「あ、やっと起きた! ごめんね~、打ち所が悪かったのかな?」

 

 近くで誰かが何かを言っている。声が大きくて頭に響く。

 

 非常に重い瞼を開くとそこには、赤髪ポニテでぱっちりおめめの学生が。これは、どういう状況だろう。恐らく僕は横になっていて、その真上に彼女の顔があって……介抱されているということ?視界の半分を埋める巨大な二つの山は一体?

 というか、あなたは誰ですか?

 

「私はメグ、温泉開発部の1年だよ!」

 

 あ、そう、メグさん。

 僕はね、ユキって言いまして……塩谷(しおや)ユキって言うらしく……。多分あってると思うんだけど。

 

「ユキちゃんでいいのかなっ!」

 

 うーん。

 まあ、そうですね、未だに受け入れがたい所多く。

 いや、それはよくって。

 

「というか、メグさんは大丈夫でしたか? この辺で、ものすごい爆発があったと思うんですけど」

「ああ、私の爆薬だね!」

「わた……」

 

 そうじゃないといいな、と思ってたんだけど。薄々分かってたけどね。もういいけどね。

 テロリストかあこの人……!

 

 もうたくさんだよ。今日はもうお腹いっぱいだよ。ラーメンもそうだけど、一日に二人もテロリストと出会うなんてすいぶん幸運だ。一生分の幸せを使い果たしたことだろう。もういいから、適当に切り上げてここから帰りたい。

 とにかく体を起こすところから。そう思い、力を込めるけど。

 

「いだだだだだッ!」

 

 ひどい激痛!生き地獄!!

 一瞬で起きる気が失せた。ダメージ蓄積してるんじゃん。覚えてる限りでは最も苦しんだね。あ、もう煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。ここは天国ではなく地獄でした、そういうオチなんだろうきっと。

 

 ぐてんと脱力して目を瞑る。ついでに涙もほろりと落ちる。完全に服従の姿勢。どのような結果も受け入れましょう。

 

「ダメだよ~、急に動いたら! うーん、どうしようかな……私、医療キットとか持ってるワケじゃないんだよね。 痛み、痛み……あっ、そうだ!」

 

 裁きをじっと待っていると、素晴らしき爆弾魔のお方は何か閃いたご様子。できることなら、爆発以外の何かでお願いしたいところだけど。

 にこやかな彼女は、こちらに近づいてきた後、連続爆破を受け止めて随分すすけた僕の制服のボタンをぷちぷちと外し……。

 

「え、ちょ、な、なんですっ!?」

「温泉、入ろうよ! 痛みにも効くかもしれないよ!」

「温泉!?」

 

 困惑しながら服をひん剥かれる僕、こんな市街地に温泉なんてあるはずもなく、何をおっしゃるこのお方と周りを見渡せば、確かに小温泉が湧いている。最初に僕の顔にかけた温水はここからだったのか。

 

 メグさんの爆破はこの温泉目当てだったんだなぁとか、だからといって市街地で、そも爆発は、などと思考を巡らせているうちにあっという間に素っ裸、ついでに彼女も制服を脱ぎ、そのままお姫様だっこのような姿勢で共に小温泉へと連れ去られた。この一瞬で一体何が?

 

 街のど真ん中で正気か、と思ったけれど、爆発の後だからか周りに人はおらず、人の気配のある建物もなく。なんだか温泉街の片隅にある、天然温泉に入っているような風情があった。

 川辺にそういうのってあったりするよね。まあ、ここにあるのは河原の石ではなく瓦礫の山なんですが。

 

 

 

「いたい……」

「あはは、最初はちょっとしみるかもね~!」

 

 しおしおの電気ネズミの如く、梅干し顔をして湯に浸かる。あははと笑うけどあなたのせいですからね?と言いたい気持ちはある。しかし、彼女はいつでも僕をもう一度爆破して吹き飛ばせるのだ、不興は買わないようにしよう、そのような防衛本能を働かせ、へへへ等と曖昧な笑みを返した。

 

 まあ、悪い気がしないのも実際そうで。

 ただ爆破して、その穴にお湯が溜まっているという原始的な温泉、ではない。明らかにもっと本格的で、適度な深さ、適度な囲い。即席ではあるけれど、一通りの使用が可能なレベルまでには整えられている。

 

「これは全部、メグさんが?」

「そうだよ!」

「はあ、それはすごいことで……。確かに、体の疲れが取れるような気がします」

「そっか、よかった~!」

 

 温泉の効能、というものを信じていいのかはあまり分からない。ただ、しばらく続いていた緊張から解き放たれているのは間違いなく、それは確かに温泉に入ったから得られた効果だった。端的に言えば、リラックスできている。キヴォトスに来てから初めてリラックスしている。

 目の前にテロリストがどうとか、そういうことを一々気にしていたらやっていけない、薄々分かってきてもいる。

 

 もっと気楽でいいのかもしれない。いいのかなぁ。

 

「メグさんもゲヘナ学園なんですよね」

「うん!ユキちゃんも同じで、1年生だよね」

「あ、はい」

「ていうか同じクラスだよね?」

「へぇ?」

 

 あれ、そうだっけ!?

 

「私、ユキちゃんの後ろの席だよ?」

「あれ、お名前……下倉メグさん!? メグさんって、下倉さん!?」

「そうそう!」

 

 やっぱり気付いてなかったかぁと少し意地悪そうな顔で笑うメグさんに、すみませんすみませんと頭をぺこぺこ下げる僕。

 

 僕が塩谷(しおや)で、その次が下倉(しもくら)さんで……うわ、何で気付かなかったんだ!?だってこの世界って生徒に付属する情報が多すぎて、というか適応するのが、なんていうのは全部言い訳だ。誠心誠意、謝ることしか僕にはできない。申し訳ない。この通り。

 

「本っ当にすみません……」

「いーって!あんまり気にしないで! それより、どうかな?」

「と言うと……?」

「体の痛み!」

 

 それは。

 

「……いたく、ない?」

「お、もう効いてきたんだ! そうなの、やっぱり温泉って体にいいからさあ──」

 

 

 

 え、いや。

 

 おかしいでしょう。

 

 そんな訳なくない? そんな訳なくない!?

 

 だって、僕がどれだけ()()に苛まれたと思ってるんだ。

 恐らく他のキヴォトス人は悩まされていないであろう、銃火器の刺激が長く残る、ある種の幻痛のような苦しみ。医療部に行っても、医療機関を訪れても変わらなかった。

 長期的に精神面へアプローチするような診断ばかりで……それが、この、クラスメイトの温泉一つで、解決するはずが……。

 

 呆然とする僕、笑うメグさん。

 

「んふふ。ユキちゃんが気持ちよさそうに浸かってるの見たら嬉しくなっちゃった!

 私、これからもいっぱい温泉掘ると思うからさ、また入りに来てよっ! 歓迎するよ!」

 

 

 

 

 これが僕と下倉メグさん──メグちゃんとの真のファーストコンタクトだった。

 

 僕の学園生活を方向づけた決定的な瞬間であり、また、これがなければ、あの悪辣怜悧なカスミ部長と出会うこともなかったのかもしれない。

 

 折に触れて思い出す、大切な青春の1ページ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「温泉に入ったら治った?」

 

 翌日、救急医学部の一室にて。僕は今、丸椅子に座り、凍てつくような表情のナースさんに詰問されている。名を確かセナさんと言ったはずだ。若手だが経験豊富だからと下級生にして既に多くの患者を捌いているそうで、比較的扱いが難しい症状と判断された僕もこの人が担当となっている。

 

「なるほど。ではお大事に」

「随分あっさりな……」

 

 後ろが詰まってますので、と言われてしまえばその通りなんだけど。ここゲヘナでは、ご存知すばらしい治安を誇っており、毎日多数の負傷者を輩出しているため、一分一秒が惜しいのだろう。

 

 自己申告にしろ何にしろ、寛解が確認できればよし終わり、次の患者様どうぞ。一見冷酷にも思えるこの判断力こそが、彼女を優秀たらしめる素質なのかもしれない。

 のそのそと診察室の外へ向かい始める。これから授業あるし。

 

「ああ、それと、ユキさん」

「はい?」

「今週も救急医学部の新入生向け訓練があります。患者役をお願いできますか?」

「いいですよ~、僕でよければ」

「ありがとうございます。優秀な死体……ではなく、負傷者役を引き受けていただけるのは非常に助かりますので」

 

 しれっとまろび出たデスジョークはさておき、模擬患者のご案内。実は先週も受けてみている。訓練の相手なんて気楽なもんで、基本は寝転がって処置を受けるマネキン役をしていればよい。

 

 多少の応答めいたことはするが、多くは求められず下準備も必要なし。誰でもできる簡単なお仕事、と思っていたのだが。腕白で暴れん坊が標準スタイルのこの学園では、長時間じっとできる、それだけでかなりの逸材扱いなのだ。

 かく言う僕も、微動だにしない優秀な死体として早くも名を馳せている。

 

 他にも需要ある枠としては、救急車両へのタダ乗りを企む狡賢い生徒役。実際かなりいるらしく、迅速な対応策として、一発鉛玉を撃ち込んで反応を見るそうだ。真に救護が必要な患者は一発撃っても寝たきりで、偽物であれば慌てて起き出す、最高効率の判断法、とはセナさん談。どこから突っ込めばいい。おかしいのはどっちなんだ?僕はそれにはなりたくない。

 

 しかしこの練習台。マネキンにしろ死体撃ちにしろ非常に美味しい話でもあり──なんとお給金が出るのだ。

 

「来週も足りてなかったら言って下さいね。遠慮なく受けますんで! なんならその次も!!」

「それはありがたいですが……今月厳しいんですか?」

 

 ニコ。

 愛想笑いをかまして即撤退、診察室から引き上げた。アー忙し忙し、学生の身空だからなあ、今日も授業をいっぱい受けなくっちゃ、等と適当言って不都合を受け流すのは慣れているつもりだったが、物事には限度がある。いい加減に向き合わなければならないらしい。

 

 お金が、ないということに……。

 

 

 

 

 

 

 ちょっと状況整理。

 

 一般通過ゲヘナ学園高等部1年生、塩谷ユキ。この地域では珍しくともなんともない悪魔系の人類で、オプションはデカい巻き角と爬虫類タイプの太い尻尾。

 色が薄くて長い金髪に、風が吹いたら倒れそうなうっすい体を持ち合わせているが、日常生活を送る分には不都合を感じてはいない。生徒ということで、もれなくヘイローなるものも所持。

 

 こんな妙ちきりんな姿が現実なわけあるかいと決めつけごっこ遊びをするが如くしばらく過ごしていたが、どうにも醒める気配がない。

 加えて先日のメグさんとの邂逅は、嫌と言うほど鮮烈な印象を脳に焼き付け、同時に現実感のような感覚も芽生えさせた。

 

 実際、そろそろ一ヶ月は経っているはずなのだ。遊び半分でぼんやり過ごしていたため季節感などはまったく感じていなかったが、それでも視界の隅に映る広告から桜が消え、気持ち夏の気配を感じさせる爽やかな掲示物が増えているのは分かる。なんか時間が経っている。

 

 では、このまま世界が続いていくと仮定した場合、目下気にしなければならない問題は大きく二つ。

 

 一つ、痛みへの過敏な反応。

 

 具体的に言えば銃火器類に由来するネガティブな外部刺激が、キヴォトス人よりも長く残ること。色んな人たちを観察したところ、僕のように長時間ぐったりしている存在はレアに思える。

 

 どんな爆発も平然と跳ね除ける超人類か、潔く気絶するかの二択が最もよく見られ、外傷がないのに意識を残してダウンし続けるのはおかしいと判断して良さそうだった。複数のお医者様判断もそんな感じ。

 

 一応、個人的な仮説も立ててみてはいる。それはつまり、飯の量を見誤る現象と同じ構造なんじゃないだろうか。

 例えば元々は健康的な一般サイズの若者だったとして、それ相応の一食の量があるはず。体が満腹量を把握しており、意識せずとも、どころか無意識であるほどそれに準じた食事を半自動的にパクパク食べるのが普通*1。僕が大体そんな感じだった。

 

 しかしちびほそ悪魔と化したことで、自動化された規定量とギャップが生じバグっている。これがご飯食べすぎ仮説。

 

 同じ仕組みで、定着していた痛みの回路とキヴォトス界での外刺激量の不釣り合いが、現在の僕のような痛み過敏をもたらしていると考えている。

 釣り合わない二つの処理を、なんかずっと痛いという振る舞いで解消しようと体が試みているのではないか。脳が吊り橋上のドキドキを、相手への好感と解釈してしまうように。

 

 平たく言えば適応不足。楽観的には時間をかけて生活すれば慣れそうと言えるし、即時の解決が望めないとも言える。

 

 そっかあじゃあ仕方ないなめっちゃ痛くて本当に嫌だけど適応不足じゃなあ──なんて諦めていた矢先に登場したのが、温泉テロリストのメグさんだ。

 再現性とか、細かいことはわからないけれど。彼女の作り出した温泉に入った時だけ今までにない回復が見られた。

 

 なんか分からんけど温泉入ったら治るんだわは民間療法感がすごいが、おしっこ飲んでデトックスうんぬんよりは全然抵抗のない部類だ。今はこれにすがるしかないだろう。解決の兆しあり、要データ取集。

 

 

 

 では、二つ目の問題。お金である。

 

 やばいのである。お金がなくてやばいのである。

 

 ヌッとこの世界に放り出されたからには生きるしかなく、生きていくためにはお金が必要だった。幸い塩谷ユキには身分証も口座もあり、当分暮らしていくには困らない金額が確認できた。

 それが今ではどうだ。僕の見通しでは、来月過ぎには飢え死にする。

 

 違う。僕は計画なしではない。様々な可能性を検討し、リスクを織り込んだ上で、これが最も人生を豊かにすると信じて遊んだのだ。

 自ら望んで金欠へと突き進んだのであり、誇り高き計画的貧乏を恥じる必要はない。僕はそう信じている。

 

 あぁコンビニで本物の銃グッズが売ってるすげえ買っちゃお、どうせなら服も買ってみようアラかわいい、帰り道に寄るよく分かんねえラーメン屋は最高だな、ついでに活字あと漫画──そのような見通しの甘い衝動的消費には、全く心当たりはない。

 

 誰だ僕に財布の紐を握らせたやつは。甘やかされたら果てしなく堕落してしまうのだからもっと手綱を握っていてほしい。セーフティさえあればもっと経済を回してみせる、パトロンはいつでも募集中。大体そんな感じだった。

 

 過ぎてしまったことは仕方なく、柔軟に計画を立て直すしかないかな、と開き直り半分、餓死への本能的危機感半分で、真剣に考え始めたのが最近である。

 

 しかし同学園の生徒の皆さんは一体どうしているのだろうか。生活に困窮している様子はそんなに見受けられない。むしろ積極的に消費活動をエンジョイしている。

 仕送りがあるのか、勤労学生なのか。それとも奨学金なのか。面と向かってお金の話をするのは憚られると避けていたが、そんなことを言ってる場合ではないかもしれない。

 

 奥ゆかしさを捨てて聞けば何か変わるかも。でもちょっと気まずいんだよなぁだって僕日本人だし謙虚だからなぁと右往左往しながら、心理的抵抗の少ない患者役のバイトで小銭稼ぎしている。

 根本的解決には一定以上の持続する収入が必要なため、そこん所に繋がる何かをしなければ。何かって何だろうねと思い悩んでいる現状。

 

 こちらは解決の糸口もつかめておらず、進捗芳しくないという認識だ。

 

 また、上記二点に加え、”この世界は現実か”という大問題も潜んでいるのだが……無理難題、僕の手に余る。

 そもそも、以前の世界が本物だった証拠なんてどこにあるというのだろう。あの平凡平和な愛すべき世界だって、5分前に生まれたかもしれない。このふざけた世界も同様。5秒前に全てを用意された可能性を否定する根拠は?誰にも証明できる領域ではない。とりあえず今のところは。

 

 よって、優先すべき問題は一つ。お金をいかにして確保するか。

 

 

 

 

 

 

「それが分かれば苦労しないんですけどねぇ……」

 

 以上、教室で勉強が一切捗らない僕による脳内散歩であった。

 

 だってさあ、捗るわけないじゃんね。教室めっちゃうるさいんだもん。時間割的には授業中のはずなのだが、平気でみんな歩き回るし、お喋り喧嘩もやりたい放題。今はBDで歴史系の学習時間となっているが、そんなの学級崩壊してくださいと言っているようなものだ。

 

 僕としては、お勉強は結構好きな方なんだけど。でもお金がね。金欠問題がずっと脳裏を駆け回ってるもんだから、ちょっとでも気が散る要素があると、そっちを考えてしまうのだ。早く何とかしたいけど。

 

「どうしたもんかなあ。 ねぇメグさん。メグさんはバイトとかしてるんですか?」

「んぇ……?」

 

 背後のメグさんが大爆睡からお目覚めのようなので、気分転換がてら話かけることにした。もはや喋る人間が二人増えたところで教室の秩序は変わらないだろう。彼女は眠そうな目をこすり、あくびをした後に、平常通りの快活な調子で返事をしてくれた。

 

「してないよ~! 温泉いっぱい掘りたいし!」

「授業も結構抜け出してますもんね」

「まぁね!」

 

 褒めとらんが。まあこれもキヴォトス学園生活の一つの形なのか。部活を通した自己実現……眩しいぜ。

 

「お金が、ないんですよねぇ……」

 

 ぐんにゃり。後ろのメグさん側にむけて捻った体を脱力させ、軟体動物さながらのぐにゃんにゃんの姿勢になった。あ~本当にどうしよう。藁にも縋りたいが縋る藁がないので困る。

 

「ユキちゃんは部活入ってないの?」

「ないですねぇ」

「じゃあ大変だ。私も温泉開発部なかったら厳しいもん!」

「……ん?」

「ウチもお金持ちじゃないんだけどね~、でもゴリゴリくんは買えるから!」

「えーっと、部費でおやつを買う話してます?」

「部費っていうかお小遣いかな! あれ? 部活ってお金くれるよね?」 

 

 首を傾げ疑問顔のメグさん。んん、何か、認識の相違のようなものが……?

 

 違和感を元にメグさんの話を掘り下げる。すると発覚するのは信じがたい世界の真実、学園の部活に所属するとお金が、それも僕が望んでいる金額を超えるお金が、毎月入ってくるらしいのだ。そんなうまい話があっていいのか。ありえるのか。

 いいのである。なぜならここはキヴォトスだから。

 

 自治区を仕切っているのは学園だ。ならば部活は部活ではなく、会社に近いものと捉えてもよさそうだった。社会への影響範囲も大きく、部費はもはや給料に近い。聞いた限りでは、部活全体の活動費の他に個々人にもお金が配られている。

 

 もっと早く気付けばよかった。焦りの余り、常識にとらわれ過ぎていたのだ。

 ではどうやって部活に入るか、どの部活に入るか──結論から言えば、悩む必要すらなかった。目前のメグさんがニコニコ笑顔で喋り出す。

 

「あ、じゃあさじゃあさ、ユキちゃんも温泉開発部に入らない? 今ちょ~ど人が欲しかったのっ!」

 

 藁はここにあったらしい。断る理由なんてあるはずもなかった。

*1
n=1。




旧一話と二話を統合しました。キリがいいため
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。