温泉開発部のモブとしてもな   作:てぐめん

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3. いざ温泉開発部(前編)

 勧誘を受けた日の放課後。噂の温泉開発部なる組織の部室に、メグさんと訪れた。部室棟の隅っこにある一室に入ると中には縦長ロッカー何個か、ねずみ色の机何個か、それと奥にホワイトボード。

 

 土木系の事務所っぽい感じだ。いよいよ会社めいてきた。既に何人か集まっており、気後れが無きにしも非ず。メグさんもそうなんだが、皆さん中々ご立派ですね。僕が小さいだけでもあるんだけど。何ってそりゃ、身長がね。

 

「じゃ~ん、こちら新入部員の塩屋ユキちゃん!」

「よ、よろしくお願いします」

 

 メグさんに紹介されて、カチコチになりながら挨拶する。パチパチパチとまばらな拍手で迎えられた。ゲヘナにしてはみんな良識的な雰囲気で助かる。強いて言うなら全体的にチャラいというか怖いというか、柄が悪い風な人が多めなのが不安を煽らなくもない。

 

 そして先輩軍団から一人、くるくるした白髪が特徴的な、ヘルメットを被った上級生と思わしき人がこっちに来る。部長かな。この人も温泉開発部特有の白タンクトップを着ていて、その、目の毒といいますか。視線が重力に従って下に落ちるのに抗わなければならない。健康的な色気が眩しい。すごい。でっかい。うお……。

 

「お〜、可愛いお嬢ちゃんじゃない! メグから話は聞いてるよ。温泉が好きなんだってね!」 

 

 こちらもまた快活な調子で、気さくに話しかけてきてくれた。明るくハキハキしていて人当たりが良さそうだ。

 ていうか僕って温泉好きなの?知らなかったなあ。これ何の話?とメグさんに視線で問うがいつもの純粋笑顔が返ってくるのみ。よう分からん、この場は空気に合わせておこう。

 

「あはは、そうなんですよ~」

「温泉好きなら誰でも同志さ! 歓迎するよ!」

 

 バシィッッッ!!! ありえない力で背中をはたかれた。背骨が粉砕されたかと思った。ギリギリ直立できているので、まだ死んではいないらしい。笑顔を維持しているつもりだが、冷や汗が噴き出るのと青ざめるのは止められなかった。

 

 た、体育会系コミュニケーション……。あまり馴染みのない世界かも。吹き抜ける一抹の不安。わずかに腹痛。

 

「早速で悪いけど、色々と覚えてもらおうかな。 メグ、明日いい?」

「大丈夫!」

「じゃあユキちゃん、明日の朝に~……場所は後で送るから、そこ集合で! よろしくね~」 

 

 推定部長は手をひらひらしながらどっかへ消える。当事者の僕を置いてきぼりにして、あっという間に予定が決まった。部員たちとモモトークを交換し、グループに入れてもらい、そういえばまだだったねとメグさんとも友達登録を済ませ。

 道具や制服がひとまとめに詰められた大きなバッグこと温泉開発部員セットを渡され、本日は解散となった。

 

 印象重視で笑顔を保つのに全リソースを注いでいたため聞き損ねたが、明日は具体的に何をするんだろう。いったん見学会で合ってるか。それとも実務もやらされるのか。できたら前者で願いたいが、果たしてそれは叶うのか。

 

 なんとなく中小企業チックな部活だった。最終的に全部員が揃っても10人程度という人数規模もそうだし、言外に即戦力を求められている雰囲気もそう。メグさんの人が欲しかったの発言は、シンプルに人手不足を示していたようだ。

 僕に出来ることはあるのだろうか。見てみないことには何も分からないけれど。

 

 体育会系ね。肉体労働的な属性を踏まえるとそのような人らが集まるのは自然であり、意外でもなく予想通り。だけれども、実際やってけるかどうかはまた別の話で。以上の情報を総合し、僕の考えは一つにまとまりかけていた。

 部活間違えちゃったかなあ。

 

 

 

 

 

 

 扇情的と健康的の境界線上にあるような温泉開発部の制服を着用し、翌朝モモトークで指定された場所に到着。ゲヘナ高等部からそんなに離れていない小さな山々の一つ、その麓だ。余裕を持って、指定時刻の30分前にやってきた。

 

 朝早くに自然を浴びるのは気持がいい。大きく息を吸いこんで、新鮮な空気を取り入れる。画面にMPが表示されていたらぐんぐん回復していたことだろう。ただ、ちょっと落ち着かない。このユニフォームのせいである。

 

 タンクトップが悪いのだ。僕は控えめでやってきたので色気を感じる要素はない。メグさんや先輩たちの醸し出すお姉さんらしさはゼロで、田舎の悪ガキといった様相。

 ただ、ヘソが出ている。これが非常に居心地が悪い。いっそのこと上裸であれば気楽なのに、胸部は隠れヘソだけが露出しているのがいただけない。まるで狙って見せているみたいだ。いや、そういう服なんだろうけど。

 

 女社会で舐められないため、組織の一員感を強めるため……己に言い聞かせはしたが照れるものは照れる。交換可能であれば隠したい。

 

 その一方、下半身はいい感じである。上半身の軽装さとは対照的に露出している部分は一切なく、シルエットの出る乗馬ズボンにイカしたブーツ。ゲヘナの制服全体がそうなのだが、軍服のような感じがあり男児心を大変にくすぐられる。ついでに先輩らを真似してジャケットを腰巻きにしてみたけどカッコいい以上に意味あるんだろうか。

 

 目印の看板近くでソワソワしていたら、白髪くるくる先輩が、メグさんを引き連れてやってきた。そしてこの先輩はやはり部長らしい。モモトークで部員らから呼ばれていたから間違いない。裏取りできたので、これで安心して部長と呼べる。

 

 ちなみに待ち合わせの看板、立ち入り禁止って書いてあるけど、気にしなくてもいい感じ?まあゲヘナで守る人の方が少ないか。

 

「おはよう! ずいぶん早いねぇ〜、気合十分ってワケだ!」

 

 今日も白髪くるくる先輩改め部長の声がデカい!温泉開発部はみんなそうなのか?

 再び背中をブッ叩かれそうになったので間合いを取った。一回やられたら十分だよもう。キヴォトス人でなければ臓器をぶち撒ける威力だったって。おはようございます、と挨拶を返しながら笑顔という名の威嚇を維持し、絶妙な距離を保っていたら部長も諦めた。それでいい……。

 

「私も待ちきれなくて早く来ちゃった! ユキちゃんと一緒に温泉開発できるの楽しみだな~♪」

 

 メグさんも相変わらずニッコニコのピュア笑顔。心が洗われるようだ。この治安が終わり銃弾怒号爆弾飛び交うゲヘナでも、変わらず溌剌でいられるのは何故なのか、見習いたい所存である。僕は既にやさぐれつつある。内から溢れ出す自然な笑顔もどんなだったか思い出せない。

 

 集合してちょっとしたアイスブレイクを済ませた後、じゃあ目的地に行こうかということで三人で移動し始めた。部長とメグさんに挟まれて、捕まった宇宙人図のような凹型の並びになった。色々と大きな二人に挟まれると相対的に僕がかなりの子供に見えるため、あまり嬉しくない陣形。まあまあ遺憾である。

 

 納得いかなさを携えながら木々の中を歩き進む。部長曰く、目を付けている源泉がこちらの方にあるので、そこで基本的な流れを見て確かめてほしい、そして自分に何が向いてそうか確かめてほしい。それまでは軽く登山。これが本日の概要らしかった。

 

 あぁよかった、どうやら見学しているだけで乗り切れそうだ。温泉好きなら分かるよな?なんてぶっつけ本番を要求されたらどうしようかと思った。

 流されるままに今この場所にいるような所があるため、極めて適当な心構えしかできていない。準備時間があるのは大助かりだ。

 

 三人そろってぼちぼち歩き、そんなにかからず目的地に到着。といっても景色としてはそこまで最初と変わらない。山頂付近らしいのだが、傾斜ゆるやかな小山だから歩いた感は全くない。疲労感もゼロに近く、初心者に対する配慮を感じる。ありがたい話だ。

 

「ユキちゃんも良いタイミングで来てくれた。乾期だったらここは無理だったろうからねぇ、いやぁ~幸運幸運!」

 

 山でも響く声で部長が言う。温泉のほとんどは自然を巡る水、つまり雨水で、今年は雨も多く温泉開発が捗る、だからユキちゃんは運が良いといったような話を道中に聞いた。少なくとも、現部員が温泉に困ることはなさそうだと。はえ~そうなんですね?それは忙しくなりそうだ。

 

 さて、本日のメインメニュー、ユキちゃんのための温泉開発・見学会。

 

 流れは大きく三つくらいあり、最初は何と言っていたか。うーむ、と思い出そうとする僕の傍ら、やる気十分のメグさんが部長の指示で動き出す。彼女は武器、火炎放射器を構えて大きく一声──。

 

「じゃあまず、森を焼き払いま~す!」

 

  あ、そうそう、撤去ね。

 

 勢いよくあちこちに放たれる炎、あっという間に焼き尽くされる木々。大自然に囲まれたピクニックは、ほんの数分で激しい火の海、灼熱地獄に大変身した。

 持ち合わせている倫理観に反する光景を脳が拒絶するが、悲しいかな、常識とは多数派の規範によって定まるもので、この場において僕は間違いなく少数派側だった。

 

 大好きな撤去をこなして気持ちよさそうにしているメグさん、手早く自然を破壊する彼女を朗らかに褒める部長、すすけた顔の僕。

 

 ……。

 

 まあ、とりあえず、撤去は僕向きではないかな……。

 

 

 

──そして爆破。

 

「アタシの方で爆弾は準備したから、あとは押すだけ。せっかくだからユキちゃん、起爆やんない?」

「あーっと手汗がすごいもんでしてぜひ次の機会でお願いしますね!」

「そう?」

 

 部長にお目当ての源泉を掘り起こすための起爆スイッチを渡されるも、罪を背負えず辞退したり。

 

──次に整備。

 

「岩で囲むのはやんなくてもいいんだけどね〜、あった方が温泉っ!って感じするよね! あれ、ユキちゃん、大丈夫?運べる?」

「お気、に、なさ、らず……ッ!」

 

 湧いたお湯を岩で囲み景観を作る作業では、メグさんが両手に抱える何個もの岩石のうち、一番小さいサイズくらいのものを、風が吹いたら折れそうな体で一つ運び。

 

──最後に広告。

 

「規模によってはもっと派手に色々やるし、アタシはそういうのがもっと好きだな! 今回は雰囲気作りで看板っぽいのを……」

「ぶちょーっ、ユキちゃんダウンしてるよ!?」

「おっとごめんよ!休憩しようか。 ユキちゃ〜ん、生きてるか〜」

「あい……」

 

 運営にまつわる作業の触りとして看板作りなんてレジャーが残されていたが、景観作業で満身創痍、地面で派手に大の字になっていたところ、両頬を部長とメグさんに突かれたり。

 このようにつつがなく、ユキちゃんのための見学会は進んでいった。

 

 あの、話が違いますよね?見てるだけでいいって言ってたよね?でも実際にやってみた方が適性は分かりやすいというのはごもっともで、お給金欲しさに目が眩みポイント稼ぎに自主性を発揮した結果、見事に醜態を見せつけたのであった。

 

 

 

 

 

 

「くぁぁぁ~……生き返り……」

 

 激務で要介護生徒と化した僕は、メグさんらにお世話してもらい、作り立てほやほやの小温泉へと担ぎ込まれた。重労働(当社比)の後の温泉ほど気持ちよく入れるものはない。

 そりゃ口からおじさんめいた声も出るというもので、これが本当に気持ちいいんだ。醜態はいったん忘れた。

 

「見てよ部長、ユキちゃんいい反応するでしょ~!」

「いやぁ、こっちも作った甲斐があるねぇ……」 

「こんなリアクションくれる人が温泉好きじゃないわけないよ! ねっ!」

 

 あ僕?僕に話しかけてるメグさん? ノリを合わせて「はい」と答えておく。というか、なるほど、そういう解釈。だから彼女らの中で僕は温泉好きということに……。そんなに見世物になる反応してんのかなぁ。

 お風呂も温泉も人並みには好感を持っているので、嘘ではない。ただ特別かと言われると代替可能なのが正直な感想で、メグさん基準の要求値に届いているかと言うと……。

 

「ユキちゃん見てたら温泉掘りたくなってきた!」

「メグさん?」

「ちょっと行ってくるね! あんまり遠くには行かないから~!」

「メグさん!?」

 

 僕の何が彼女をそうさせるのか。ただ温泉に入っているだけで彼女の温泉開発筋を刺激してしまい、入浴してそれほど経っていないにも関わらず、また源泉を探しに行ってしまった。

 すんごいバイタリティ。服を着こむスピードが速すぎてマジックかと思った。「お~行ってら~」なんて部長は気楽に送り出すし、よくあることなんだろう。

 

 そして、これが意味することは──僕と部長が水入らずスタイルで入浴中、という現状。

 うーむ、気まずい。話すことってあったかしら。いやあるにはあるけど、この流れでお喋りできる関係値に我々はないというか、ね?ほら……難しいよね……。

 

 僕は沈黙全然気にしていませんよと平常さを装ってどこも見ていないフリをし、お湯に浮かぶ部長の豊かな豊かさを意識から追い出そうとしていると、向こうの方からやってきて、あー本当にごめんなさいと思いながらチラチラ不可抗力に吸い込まれる目線。そんな挙動不審にも関わらず、彼女は気さくに話しかけてきてくれた。

 

「今日は付き合ってくれてありがとねぇ、疲れたっしょ?」

「あはは、いやそんな」

「みんな最初なんてこんなもんだから! 気にしないでゆっくり慣れてって!」

 

 部長はガハハ!と豪快に笑いながら和ませトーク。喋りやすくしてくれてありがたい。

 

「やりたいパートは見つかった?」

「うーん……まぁ整備、の設計っぽいのとか、広告あたりは気になりますが……」

「おおっ、いいね! ウチは現場やりたい子が多くて、そこの枠って空きがちだから助かるよ~!」

 

 というようなことを言われると、こちらも気分が良くなってくるもの。「ユキちゃんは優等生だねぇ」だなんてまた褒めて、この人なんでも肯定してくれるなあ好きになっちゃいますよと思わずにはいられなかった。自己肯定感が潤ってくるぜ。

 そして、部長がさらに体を寄せてきて、ああちょっとえっちすぎますよなんて思ってる所にぼそり。

 

「──で、実際のところ、温泉好き?」

 

 うっすらにやりとした顔で聞いてきた。急にぶっこまれてへぇえ?なんて間抜けな声が出た。ば、バレていらっしゃる……?

 

「メグがね~、いつもああやっていろんな娘をつれてきてくれんだけど~……」

 

 僕が初めての女じゃないんだという複雑な気持ち、メグさんはそれでいいという後方腕組み面の気持ち、双方が引き分けて、僕は外から見て何の変化も起こらなかった。部長はおもむろに空を眺めながらぼんやりと喋る。

 

「ほとんどはね、早々に逃げ帰る。だから、ここまで付き合ってくれてんのはユキちゃんくらい。それは本当に感謝だ」

 

 「ありがとねぇ」と呟いた後、ふぅと一息。少しの間。そしてちょっと真面目な顔でこちらを向いて。

 

「ただ、実際はまだ迷ってるだろ? 優しいのは嬉しいけどね……ウチは特に相性があるのもそうだから。何も脅してるわけじゃなくて、一回考えてみて欲しいんだよねって話さ」

 

 それは、確かにそうだった。何も言わずにいるのも居心地が悪く、そうですね、とだけ相槌を打った。

 

「入部届ってまだもらってなかったろ?」

「あ、はい……」

「だから、言えるうちに言っとかんとな~って。 まあ気楽にしてほしいのさ!入るも辞めるもユキちゃんの自由で、好きにするのが一番良い!」

 

 アンタまだ1年なんだから選びたい放題なんだよ、部長はそう言ってニコニコしていた。

 

 

 

 なんと受け取ったらいいものか。

 困惑を全て覆い隠せるほど僕は成熟しておらず、間の悪さをお湯に深く浸かることで誤魔化す。

 

 まず、優しい拒絶だな、と思った。

 言葉通りの意味を捉えれば、僕への配慮に溢れている。書類上はまだ入部していないことをよく把握して、高等部一年の可能性をできるだけ狭めることのないように、あえて言葉にして熟慮を促した。黙って部員にしてしまえばよかったのに。

 

 しかし、その配慮が引っかからないこともない。身体的な適性か、精神的な相性か、あるいはそれら両方を見て、思うところがあったのだろう。僕もここが最適ではないと思うのは同じで、保留にする判断に異論はない。

 言い切らない態度にちょっぴり寂しさを覚えるが、そこをあえて曖昧にした所を、彼女の優しさとして受け取った。

 

 だから、ちゃんとリーダーしてる人だな、とも思った。

 部を引っ張る勢いと、知識と力を持ち合わせながら、全体を見渡す冷静さも忘れない。相手に合わせて会話の温度を調整する。技術力が最も優れているからピラミッドの頂点にいるのではなく、人を見る目も動かす力もあるから、彼女は部の長の座についている。そう思ってもよさそうだった。

 

 少し見ていれば分かることだが、ゲヘナだからと言って、全員が滅茶苦茶するわけではない。働きアリのうんぬんみたいな話で、いかなる環境の下でも、必ず一定数はしっかりした人が現れる。むしろ、平常が混沌のゲヘナだからこそよく見える。多くはないが、確かにいるのだ。

 分かりやすい例を挙げるなら、そう、例えば── 

 

「ごめ~ん!風紀委員の子に見つかっちゃった~!」

「ここは進入禁止だぞ! 即刻立ち退け!」

 

 ──今まさにメグさんが連れて来たような、風紀委員とか。

 

 えっ、風紀委員?




先代部長は温泉開発部の白髪モブちゃんがネームドに進化したようなイメージです。
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