4. 悪名轟く
カチ、カチ。手持ち無沙汰で、意味もなくボールペンの芯を出したり入れたり。大体の必要事項は記入したので、あとは部活名を書いて出すだけ。
「ん〜……」
ゲヘナ学園高等部、埃の舞う図書館の1スペースにて、入部届とにらめっこ中。必要書類に限って電子化が進んでおらず、少なくともゲヘナ高等部の入部届はアナログで記入する必要があった。
温泉開発部・入部への道は、あと書類的手続きを済ませて完了となる。部内の人間とも繋がりを作ったし、服も道具も一通りもらった。普段着も例の作業着にして心持ち的には既に部員であるから、書いてパッと出したら終わり。部活名のところを空白にして粘ってるのは、単に書類を書くのが面倒になってきて後回しにしてるだけだ。
なーんかこういう公的なもんって積んじゃうんだよなぁ。いい事ないって分かってるのに。困ったもんだね全く。
よし、書く。今書く、ほーら書くぞ書くからな……部活名の空白に黒ボールペンで……温、泉、開、発、部、はい、おしまい。
見直して誤字もない、あとはゲヘナ生徒会?の人に出せば本日のタスクは全部終わり!
卓上に紙とペンを置いて一息ついた。あー、やってしまった感がある。これで正真正銘、温泉開発部の塩谷ユキが誕生するのだ。つまり温泉テロリストの……妙に書き進まなかったのは、この肩書きに対する迷いだったのかもしれない。もう何もかも遅いけど。
勢いづいているうちに全て終わらせてしまおう。シュッと立ち上がってシュッと提出するだけ、さぁ決めたならキビキビ動く!
とか言いながら緩慢な動きで席を立ち、荷物をまとめて椅子を戻した。一応、音には気を遣いつつ。
自分の教室で書いてもよかったけど、常時学級崩壊クラスでは妨害が予想されるので、静かな場所で確実に終わらせる方を取った。何かとつけて図書館に来ては色々やっているため、ホーム的な安心感があるのだ。似た考えの生徒の憩いの場になっているらしくこの建物内だけ真面目組>やんちゃ組の比率が成立する。そもそも腕白生徒は図書館に来ない。静かで大変よろしい。
ゲヘナでの数少ない憩いの場、図書館の秩序を守るために静かに移動した。同じようにマナーを守っている少数派な同校生徒たちを見て勝手に親近感を覚える、たまに目線がかち合う等、いつも通りの放課後、そのはずだったが。
「あっ」
大人しそうな一般生徒がチラッと僕の服を見て、声を漏らし、近寄らんとこ……と言わんばかりに離れていった。
これなんだよなぁ。
メグさんと同じ服、温泉開発部の所属を示す作業服を着用し始めたその日から、それとなく避けられる現象が発生している。まるで犯罪者を街で偶然見かけてしまった、みたいな顔して青ざめながらどっかに行く。どうしてなのか、ゲヘナの生徒は多かれ少なかれ片足突っ込んでいるのではないのか。
僕たちは仲間じゃなかったのかよ、な、仲間だよな、暗に張り巡らされた同族意識に則り肩組みしに来た僕を突っぱねるように、容赦なく周囲から人が消えていった。現実は非情である。こうして憩いの場が世界から一つ消えたのであった。かなしいなあ……。
それでもまだ残っているのは……僕と同じくらいの身長、同じ細さの、随分とモフモフした白髪をお持ちの彼女か。
あの人も図書館出現率が高い。僕が訪れた時はたいてい館内のすみっこにいて、タブレットと大量のテキストに囲まれてずうっと作業している。学生というか、もはや過労死寸前のハードワーカーと言った方が適切で、目つきの鋭さ相まって人を近づけないオーラがある。
今日も相変わらず重労働中の彼女の近くを通るが、微動だにしない。これが王者の風格か……人を寄せ付けない者同士、仲良くやっていきましょうね、と話かけもしないのに一方的に絆を育んだのであった。もちろん、心の中で。
「おーい、ユキちゃーん!」
ちょちょちょ……窓の外からメグさんが……。急いでしーっとジェスチャーを送るが、メグさんは首を傾げ頭上にはてなマーク、多分あんまり伝わってない。現にものすごい笑顔でそれは大変かわいらしい、とか言ってる場合ではなく、ビビりながらハードワーカーさんの方を向くと、予想を遥かに超える恐ろしい目付きでこちらをギロリと睨んでいた。
こわっっっ。
「すみません……」
「いえ」
氷点下の眼差しに反しクールな返答。意外と気にしていないのかもしれない可能性半分、いや内側では溶岩の如く怒りがグツグツ煮えたぎっている可能性半分、よってサッサと退館するのが吉、ビクビクしながら足早に出口へ逃げ去った。君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。
「メグさん……」
「んー?」
外でニコニコ、飼い主を待つ大型犬のように僕を待ち構えていたメグさんと合流する。見てくださいよこの笑顔を。なんて邪気のない……これを前にしてしまっては、図書館ではお静かになんて注意は無粋だと思いませんか。こうして人は無秩序へ向かって行くんだ。
「どうかしました?」
「見かけたから声かけただけだよ~! もしかして忙しかった?」
「いや、大丈夫。特にそんなことないです」
「よかった! ね、一緒に帰らない?」
「いいですよ。ただその前に、ちょっと寄り道いいですか? 入部届を出しておきたくて」
「もちろん!」
「これでユキちゃんも本当に温泉開発部だねっ!嬉しいな~♪」なんて鼻歌混じりでルンルンのメグさん。これほど喜んでもらえるのなら入った甲斐があるというもの。なんとなく前向きな気分をおすそ分けしてもらいながら、横並びで第一校舎の方に向かった。道行く際に出会う風紀委員の下っ端の方々はいっそう青ざめた感じで僕らを避けている気がしないでもないが、悪評でも広がってる? いや、まさかね。
そして入部届をゲヘナ生徒会の適当な人に提出する際にも、受付の人にチラっとこちらを見られたのであった。なんですか。僕わるいテロリストじゃないよ。
◇
ぽてぽてと二人そろって歩くゲヘナ学園の帰り道。火山の多さゆえか気持ち暖かめの外気温は、徐々に快適な範囲から外れつつあった。5月も終わりに向かっているし、夏はいったいどうなってしまうのか。あまり考えたくない所存だ。
メグさんは帰り道に発破用の爆薬を補充をしたいとのことで、ちょっと大きめの武器店に寄った。武器店ってなんなんだろうという疑問は遥か昔に捨て去った。本当にどこにでもある。コンビニの次くらいにある。馴染みの感覚で例えれば、スポーツショップに部活の道具を買いに行くような、そういう気楽さでプチお買い物タイムと相成った。
メグさんが業務サイズの買い物かごにドサドサ爆薬等を積み込んでいる傍ら、店内を適当に眺める。種類豊富な銃に弾薬、爆薬にドローンにグレネード、物騒な品の数々の隣に陣取る、武器をデコレーションするためのペイントグッズやシール、ぬいぐるみ。最もあるはずのない組み合わせに目を眩ませ情報量の濁流から逃れるべく目線を壁にやると、今期生徒会長を称揚するポスターの数々が、武器類の広告を追いやらんとしている所だった。
うーむプロパガンダ。すごい光景である。
「雷帝ってどんな人です?」
絶賛お買い物中のメグさんに聞くと、ガサゴソ弾薬棚を漁りながら「だーれ?」と返ってきた。今年の生徒会長みたいですよと伝えれば、「そうなんだ、知らなかった!」なんて潔い答えが。
まあ、こんなもんなんだろうか。基本的にゲヘナ自治区は極まった個人主義かつ無政府状態がスタンダードだから、この温度感は珍しいものじゃない。むしろ安心まである。メグさんほどの温泉一筋、仕事一本の人が雷帝に興味を持っているようなことがあれば、それは行政がとんでもない事になっている可能性が高い。
自ら情報を集めに行かなくても、うっすら他の自治区と関係が怪しいようなノリを感じてはいるのだが、僕も今は世界への適応に忙しいもので。そんなまさか、忙しさで考える余裕を奪われて、その裏でとんでもない為政者が生まれてるだなんて、まさかそんなね。ちょっと実力行使の気は強いかもしれないが、そんなのキヴォトスじゃ今更でしょう。よし、平穏だな。
今期生徒会長こと雷帝。噂ではすごい発明家だとか、すごい奇策家だとか、なんかすごいみたいな感じだった気がするが、基準がないからすごさが分からん。似た感じで、連邦生徒会長なる人もめっちゃすごいらしいが……。同じ世界とは思えない、ファンタジーのような規模感の話だ。
「ユキちゃーん! お店出るよー!」
あっという間に買い物を済ませたメグさんは、持参した温泉開発部印のバッグ何個かをぱっつぱつにしてお店を出ようとしている。はやい。僕が遅いとも言う。洗練されたお買い物ムーブに置いてかれないように、早歩きで彼女の元へと向かった。
「ごめんなさい、バッグ持ちますよ」
「ううん、だいじょーぶ! ありがとう! ていうかユキちゃん、持てる?」
これ重いよ~、なんてからかう感じでニヤニヤのメグさん。何を言うか、僕キヴォトス人ぞ、そう思って肩掛け部分を握って持ち上げようとしてみるが、激激重バッグとメグさんの肩でプレスされて指が数本すり潰されるところだった。クッソ痛い、謹んで辞退いたします。温泉開発部への貢献は、何か別の形で……。
「こんなに大量に買い込んで、今度はどこに使うんですか?」
「色々かな〜! これも一度に使っちゃうんじゃなくてね、前みたいな山頂でもやると思うし~……」
彼女は喋りながら辺りをぐるりと見渡して、お目当ての場所を見つけて言う。
「あそこ!」
メグさん。あなたが指差しているのは何の変哲もない、別の武器ショップなのですが。
「ここも今度開発しに行くって部長が言ってたよ!」
この市街地のど真ん中で?
「……武器ショップの人も困るのでは?」
「そうなの? うーん、でも温泉ができた方がもっと嬉しいと思う!」
メグさんは「お店の人も一緒に入ったら喜ぶよっ!」と続けるけどいやそんな訳あるかい! そう言いたい僕の常識に反し、実際に大団円になったケースが少なからずあるとのことで。それでいいのかゲヘナ民。自分の大切なお店が跡形もなくなるんだぞ、補修費が出るとかでもないんだろう、温泉に入れるだけで元は取れるのか?もっと抵抗とかしたほうがいいんじゃないのか?
いいの? そっか……まあ、君らがそれで良いと言うのなら……。
歩くそばから「あそこも! あとね~、あそこも開発予定なの!」とあちこち指さし教えてくれるメグさん。山も、川も、街も、学校も、包括していない属性はないのでは、と思うほどあちこちに予定地が点在していた。途中から感覚が麻痺して、うんうん、そうですね、楽しみですねと純な気持ちで言えるようになった。ピクニックを前に心躍る子供を前にしたような、微笑ましい気持ちである。
まさしく日進月歩。このようにして僕の価値観はゲヘナと馴染み、チューニングされていくのであった。
青春あんさんぶる Vol.17に収録のボイスドラマ 「開発!ボーダーランド湯~園地!」がよかったのでオススメです。メグの濁点付きまくってる大声が疲れた体に染み渡ります