温泉開発部のモブとしてもな   作:てぐめん

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5. 救急医学部と!

 週の後半、午後の授業をこなした後に、救急医学部の大きな病室を訪れた。患者役のバイトを果たすためである。先に到着していた同じく患者役たちが暇を持て余して雑談に興じているのを横目に、救急医学部の人に軽く挨拶、そして適当なベッドに横たわる。

 

 金欠への緊急的な対応策として随所にねじ込んであったこのバイトも、部に所属した今では必要ないかもしれない。後でセナさんあたりを経由して、頻度を減らす等をお願いしようか。

 

「では各自、訓練を進めてください」

 

 上級生の合図を受け、患者役の人と、あと便乗して雑談に混ざっていた救急医学部の新入生っぽい人も、はぁ~しょうがねぇやるかぁ~みたいな感じでダルそうに動き出し、各々の配置についた。ゆるい部活の感じである。医療従事者に対する不安が募る締まりのなさだが、上の指示に従うだけまだ良い子が集っていると思われる。

 

 僕の側にも医者役の子が来てバイトが始まるけれど、こちらとしては本当に気楽なもんだ。横たわった状態で軽い問診的な応答をする、医者役がタブレットに記録する、一通りの診断が済んだら上級生にフィードバックを貰い、必要に応じ部分的に復習して次のターンへ。この繰り返し。

 

 時には気絶して応答が難しい生徒役と称して目を瞑っているだけでいい場合もあり、これなんて昼寝とほとんど変わらない。ゲヘナでの世紀末的な治安で絶え間なくうっすら緊張させられ疲弊した精神を癒す、貴重なお休みタイムと認識している。

 

 部に入ったとはいえ辞めてしまうのは惜しいか。なんせ寝ているだけでお金が降ってくる、こんなに美味しい話はないのだから。

 

 さて、練習もつつがなく進み、休憩に入る前の一人が来た。この子の番が終われば一息だ。サクッともう一眠りしてしまおう。

 

「ラッキー! 死体さんじゃん!」

 

 根明な感じの新入生、医者役の子が喜ぶ。もちろん死体さんとは僕のことである。

 

 お行儀よく応答し、無駄なくじっと練習台をやっていたらこんなあだ名が横行していた。悪口か、いじめなのか、そもそも医療従事者が使ってもいいのか、様々な思惑飛び交うグレーゾーンな名称だが、セナさんの代の内輪ネタみたいな感じらしく。概ね彼女らからは好意的な対応を受けている。むしろ訓練がしやすいと有り難られているほどだった。身長差ゆえマスコット扱いの気配もある。

 

 今は応答できない患者役のターンなので、黙って寝たふりをしよう。無駄な動作を削ぎ落とし、時には手順をサポートし、この訓練をスムーズにしてみせる。死体さんのあだ名は伊達ではないことをお見せしよう。

 

「聞こえますか〜?」

 

 黙って待つ。

 気絶しているという体で、受け答えすらしなくていいこのボーナスタイム、逆に起きたままでいるのが難しいという所はある。病室は涼しくベッドの寝心地も悪くない、早くもウトウトしてきた。しかし今回の医者役の子の声が大きく、何だか馴染みのある陽の雰囲気で、ほどよく耳に響くため寝落ちせずに済んでいる。

 

「え〜っと、反応がない時……反応がない時は〜……」

 

 肩を叩いたり、気持ち大きな声で刺激を与えて様子を見る、そんな感じだったはず。思い出すのが難しそうなら、こっそり教えてあげたほうがいいかもしれない。救急医学部の先輩らって殺伐としたバリキャリ風でなんか怖いし。

 効率化を極めた先輩方、そしてセナさんのようなパワフルな人たちは、気絶した負傷者に対し鉛玉をブチ込んで意識チェックする時もある。ついでに指導的弾丸も飛ぶ。

 

 しかし今回は室内かつ大人しい子たちの訓練と聞いているから、銃火器の出番はないだろう。穏健派の僕としても一安心だ。

 

「あ、撃てばいいんだっけ!」

 

 何か、ありえない言葉が聞こえてきたな。もしかしてこのお医者様の卵、僕にも鉛玉を撃ち込んで意識度チェックしようとしてないか? いやしかし、今回の患者バイトには強硬派はいないはずじゃ……。

 

 あ~そんなこと言ってる場合じゃなくなってきた、今ものすごく銃のリロード音が聞こえる。今まさに銃を撃たんとしている。早く止めないと蜂の巣にされかねない、もう止める、すぐ止める、今日は死体さんは店じまいです。痛いのは勘弁願いたい。

 

 訓練なんだから実弾は使わなくていいんだよ、音も響くし弾薬がもったいないよ、ね、やめよう? 

 

 そのように伝えようとして目を開くと──至近距離に銃口があった。

 

 たらり、冷や汗が伝う。

 ベッド周りの狭い空間でAR(アサルトライフル)系の銃をアレコレしていたら偶然そういう位置取りになった、きっとそうなのだろうが、こんなにも銃口そのものと向き合ったことがなく、緊張感。流されるがままに巻き込まれる市街戦や、逃げるのに忙しい風紀委員戦とも違う、じっくりと、本物の死をまじまじ眺めさせられるような嫌な圧。僕らはこの程度じゃ死なないはずなのに、万が一の可能性に思いを巡らせる余裕があって、それが悪く働いた。息が詰まり、時間が引き延ばされて感じて、トリガーを引こうと伸びる指が妙にゆっくりして見える。拍動する心臓の音がうるさい。体が強張って動かない。神経が張り詰めて過敏になっている。

 

 経験則は言う、こんなに怖がる必要はない。もちろん、分かっている。ただ、この場の問題としては、差し迫った事態に対応しようにも、体を動かす勢いを捉え損ねてしまった所にある。

 

 ダメだ、間に合いそうにない。

 無駄な抵抗をするように、強張った筋肉で小さくきゅっと縮こまった。

 

 

 

 銃声。

 病室に香る硝煙の匂い。

 けれど衝撃は訪れず、何かと思い目を開けば、そこに居たのはダウンした根明風の新入生と、銃を構えたセナさんだった。

 

「うちの部員が失礼いたしました。大丈夫ですか?」

「……あ、ありがとうございます」

 

 唖然とする僕の傍ら、「彼女には死体役をやってもらいましょう。静かですし、都合がいいですね」と言ってダウンした子を回収していくセナさん。業務を通して洗練された鮮やかな手つきで、あっという間に行ってしまった。

 

 たす、かったけど。なんだったんだ、今の嵐は。周りの生徒たちもしんと静まり返ってしまっている。

 そうかと思えば、わずかな間を置いて研修再開と雑談の声、すぐに元通りの空間へ。大して気に留めた様子もなく、状況から察するに、珍しい出来事ではないのだろう。僕は初めて遭遇した。とりあえず周りから浮かないように、平常を装ってはみるけども。

 

 これが噂の指導的弾丸……セナさんもその使い手だったとは。流石に強硬手段が過ぎるんじゃないだろうか。独裁制的なものに片足突っ込んでいるような気もする。しかし助けてもらった身としてはそのような言い草は恩知らずかもしれず、でも武力弾圧が日常化してる医療系バイトってどうなんだやっぱり来るのやめようか。

 

 ベッドで横になりながらもんもんとする。危険な場所と分かり逃げ出したい気持ちが湧くが、まずは動悸が落ち着いてからにしたい。ありえないくらいバクバクしている。ちょっと体もぷるぷるしている。本当に口から心臓が飛び出るかと思った。あ〜、おっかない。

 

「抵抗してもいいんですよ」

「どわあーーっ!?」

 

 今度こそ心臓飛び出し間違いなしの間抜けな悲鳴を上げた。いつの間にかセナさんが戻ってきていたらしい。なんだなんだと周りの人らがこっちを見て訝しんでいるがさっきの武力行使より変な目で見られているのは納得いかないぞ!

 そしてセナさんはビビった家猫よろしく飛び起きた僕を前にしても表情が変わることなく、この人のこの顔以外って見たことないかもなぁなんて妙な感心に近い感情を起こしたのだった。

 

「抵抗と言いますと……?」

「撃たれる前に撃ち返して良い、ということです」

「や、や~、悪いじゃないですか。 救急医学部さんにはいつもお世話になってますんで」

「優しいですね、ユキさんは。 しかし実際問題、ああいう生徒もそれなりにいるのが実状です。私もいつも見ている訳ではないですし、ご自身で対処いただくのが最善かと」

 

 無駄のないド正論に返す言葉もなく、あはは……と曖昧な笑みでお茶を濁した。殺られる前に殺れ、ゲヘナというよりキヴォトス人として生きていく上では欠かせない心掛けだ。分かる。とてもよく分かる。だから困っている。実質生まれたてみたいなところがあり、銃の扱いも同様にレベル1の有様なのだ。緊急事態で反射的に構えて先に撃つなんて、体に覚えさせて初めてできるような高度なテクニックは持ち合わせていない。

 

 ここを追求されると非常に分が悪いので、話を逸らす必要がある。別な話題を振らなければ。なんかないかなんもないがとキョドっていたら、セナさん側から振ってくれた。

 

「次の模擬死体、ではなく模擬患者研修は来週末を予定しているのですが、そちらはいかがでしょうか」

 

 ていうか、断ろう。やっぱり怖いよこのバイト。

 

「あー、それなんですけど……来週は遠慮しようかと。 ちょっと忙しくなってきて」

「そうですか」

 

 セナさんはチラリと目線を僕の服に向け、「部活に入られたんですね」と納得した。一目で所属が分かるユニフォームはこういう時便利だと思う。いまだにヘソ出しは落ち着かないが。

 

「では、来週以降の研修にも参加するのは難しいかもしれませんね」

「かもしんないです。 急で申し訳ない」

 

 お気になさらず、セナさんはそう言った後、少しの間をおいて平坦な調子で続ける。

 

「残念です。 ユキさんとは仲良くなれたかと思っていましたので」

 

 えっ。

 

 えーっ。

 何だそれは。急に心情に訴えかけてくるじゃん。

 そこは貴重な死体がいなくなって困るとか、そういう実利に訴えかけるもんじゃないのか。僕らって医者患者やバイト雇用主のビジネスライクな関係性だと思ってたけどそんなことなくて見えない何かが育まれてた?僕って疎くて分かんないんだけど女子高生的にはそういうもんなの?

 想定問答と真逆の方向に展開されて、言葉以上に揺さぶられてしまった。そう思うとセナさんもなんだか寂しそうに見える。いつもの無表情だけど、これは実は悲しい時の無表情なのか。分からない。関係性が浅いから……。

 

 こうも明け透けにド直球で、寂しいです、と伝えられると考え込んでしまう。真顔で声色も一定だから、ジョークなのか判断に困るし。なんとなく、本音のように思えるけど。そういうことを言わなさそうな人が言うものだから、いっそう真実めいて感じるだけかもしれない。流石にそれは意地悪な見方だろうか。

 

 実際、どうなんだろう。

 セナさんの方を見る。

 

 変わらぬ無表情を貫いて、じっとこちらを見つめている。

 

 ……。

 

 うーん。

 

 ……まあ。

 

 急に辞めてしまうのも変なのかな。

 かかりつけ医的な人がいるのはありがたいことに違いはないし、仲良く?なりつつある相手なら尚更。わざわざ気まずくなるような事はしなくてもいいかもしれない。

 

 バイトが物騒なのはもう、仕方ないだろう。今更だ。キヴォトスがキヴォトスなんだから、ここで生きていく以上は向き合っていくしかない。

 それに、温泉開発部のこともある。怪我が増えるのも確定していて、お世話になる回数は減るどころか増える一方だろう。だったら円滑でいた方がいい。考えるほど現状維持が望ましく思える。

 

 そして何より、辞めるにしてももっとなんかある。徐々に頻度を落としていくとか。セナさんの反応を素直に受け止めるのなら、このままハイさよならはあんまり良くない気がする。別に嫌な気持ちになってほしい訳ではない。お世話になっているのだし、どちらかといえばその逆だ。

 

 だったら、答えは簡単で。

 

「……まあ、金欠がすぐになくなる訳でもないですから」

 

 セナさんを横目に、それから、どこを見る訳でもなく続ける。

 

「もうしばらくはお世話になると思います」

「……そうですか」

 

 つらつらと続ける理由を探したけれど、結局のところ、セナさんとの交友関係が薄まるのが惜しかっただけかもしれない。この世界で僕を惜しんでくれる人がいたのが嬉しくて、同時に、そんな人がいなくなることが惜しかったのだ。なんて。ちょっと大げさだろうか。

 

 撃たれる前に撃ち返す、は善処しよう。限りなく前向きに検討を重ねようと思う。ただどうせすぐにはできないので、可能な限りセナさんの近く、彼女の守備範囲内に滑り込む。ここいらが落としどころと考えよう。

 

 何となく、気持ち笑っているような、いややっぱりいつも通りの無表情でセナさんは言う。

 

「ありがとうございます。 やはり、ユキさんのような優秀な死体は貴重ですので」

 

 あ、それ言うんだ。どこまでも一貫性のあるセナさんに安心感。やっぱりこの人はこうでなくっちゃね。こちらもにこやかな気分になるというもの。まあ、セナさんは笑ってないんですが。日常はこういう感じでいいんですよ。

 

「ユキさんがこのような性格で助かりました」

「あはは」

 

 誰が流されやすいですって?

 

 誰よりも意志が固い自信があるんだけどなぁとか思いながらヘラヘラしていたら「優しい、という意味です」と釘を刺された。読心術は、やめようね。

 

 

 

 

 

 

 寮の自室で、今後の連絡もかねて交換したセナさんの個人モモトークを眺める。

 あー、友達ってこうやって増えてくんだっけなあなんて絶妙な感慨にふけっていると、温泉開発部グループの方に新しい通知が来る。部長からの定期連絡のようだ。

 

 えーっと何々、来週の開発予定は……おや、帰りに銭湯へ寄るだけの日があるな。これは一体なんだろう。敵地視察的な? ざっと読んだ印象だとそんな感じを受けるが。

 

 ああ、いいね。

 食堂のすっぽん料理が有名らしい。温泉で育ったすっぽんは、大きくて肉も柔らかく絶品なんだとか。

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