三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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9.下層探検開始!

『待って待って待って!』

 

 蜘蛛子が慌てて急停止した。

 

 白い身体が岩陰へ飛び込み、そのまま周囲を警戒するように脚を動かす。

 

『どうした?』

 

『いや、どうしたじゃないからね!?』

 

 蜘蛛子の念話には焦りが混じっていた。

 

『さっきの絶対ダメなやつだった!』

 

『まあ、俺もそう思う』

 

『なら止めてよ!?』

 

『突然走り出したお前を止められる気がしなかった』

 

『否定できない!』

 

 蜘蛛子がぐぬぬみたいな気配を出した。

 

『いやだって、怖かったし!?』

 

『それは分かる』

 

『なんか気が抜けた反動というか、テンションおかしくなってたんだよ!』

 

『俺も少し気が緩んでた』

 

 蜘蛛子と遭遇して。

 会話が成立して。

 仮とはいえ協力関係になった。

 

 精神的にかなり大きかったのは事実だ。

 

 だが、ここはエルロー大迷宮下層。

 

 上層とは比較にならない危険地帯だ。

 さっきみたいに走り回るのは、自分から化け物に居場所を教えるようなものだった。

 

『なので!』

 

 蜘蛛子がビシッと言った。

 

『これからは慎重に行きます!』

 

『賛成だ』

 

 本気で。

 

 この辺りからは、下手をすると本当に一瞬で死ぬ。

 

 蜘蛛子は原作でここを単独突破している。

 だが、それは結果論だ。

 それで安心できるほど、この場所は甘くないと思っている。

 

 実際には何度も死にかけているし、運もかなり絡んでいた。

 そして今は、原作には存在しなかった俺までいる。

 

 変数が増えている以上、原作通りを期待する方が危険だろう。

 

『……というか』

 

 蜘蛛子が小声みたいな念話を飛ばしてくる。

 

『ここ、なんか嫌な感じしない?』

 

『する』

 

 空気が重い。

 

 広い空間。

 巨大な岩場。

 響く振動。

 

 上層より静かなのに、むしろ危険を感じる。

 

 上層とは空気そのものが違う。

 

『なんかさ』

 

 蜘蛛子が周囲を見回す。

 

『広くない?』

 

『上層よりずっとな』

 

『だよね?』

 

 蜘蛛子が少し黙る。

 

『……大きい魔物がいるから、とか?』

 

『可能性は高い』

 

『うわぁ……』

 

 蜘蛛子の気配が露骨に沈む。

 

『ないわぁー……』

 

『本当にな』

 

 出来るだけ早く上層に帰りたいものだ。

 

 だが、帰れない以上は進むしかない。

 

『とりあえず、岩陰沿いに移動する』

 

『オッケー』

 

『あと、強い反応が来たら即逃げ』

 

『異議なし』

 

『戦闘は最低限』

 

『むしろ避けたい』

 

『特に大型は絶対避ける』

 

『全力で逃げます』

 

 よし。

 

 ちゃんと危機感は共有できている。

 

 蜘蛛子は基本的にノリが軽いが、死が近い場面ではちゃんと慎重になる。

 

 そこは原作通りだった。

 

 蜘蛛子がゆっくり動き始める。

 

 今度はさっきみたいな高速移動じゃない。

 

 岩陰から岩陰へ。

 周囲を警戒しながら、足音を抑えて進んでいく。

 

 ……それでも普通に速いんだが。

 

『やっぱ速いな』

 

『ふふーん』

 

 ちょっと得意げだった。

 

 俺は少し距離を取りながら、影を中継して移動する。

 

 近づきすぎない。

 それくらいが丁度いい。

 

 蜘蛛子も俺を警戒しているし、俺自身も【魂欲】を完全には信用していない。

 

 だから今は、このくらいの距離感が安全だ。

 

 影へ意識を沈める。

 すると、周囲の影からぼんやりと情報が伝わってきた。

 

 熱。

 魔力。

 生体反応。

 

 完全に見えているわけじゃない。

 

 だが、影同士が繋がっている範囲なら、ある程度の位置や動きが感覚的に伝わってくる。

 

 ……【熱感知】と【魔力感知】が、影を媒介に広がってる感じか?

 

 まだ曖昧だ。

 

 距離が遠いとぼやけるし、岩越しだとかなり分かりにくい。

 

 だが、少なくとも近距離の索敵には使える。

 

 【自己理解】のおかげか、その辺りの感覚も少しずつ把握できるようになってきていた。

 

『影蛇?』

 

『ん?』

 

『ちゃんといる?』

 

『いるぞ』

 

『なんか急に気配薄くなるから怖いんだけど』

 

『影の中だからな』

 

『それが怖いの!』

 

 まあ、分からなくもない。

 

 自分でも、影の中に潜っている感覚はかなり不気味だと思う。

 

 【影憑】へ進化してからは特にだ。

 

 影に潜るというより、自分の存在そのものが薄くなっている感覚がある。

 長時間使い続けるのは危険かもしれない。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

《熟練度が一定に達しました。スキル【念話LV1】が【念話LV2】になりました》

 

『……ん?』

 

 俺の【念話】のレベルが上がったタイミングで、蜘蛛子が急に足を止めた。

 

『どうした?』

 

『いや、なんかスキル取れた』

 

『スキル?』

 

『【念話LV1】』

 

 ああ。

 

 なるほど。

 

『あー……会話しまくってたからか?』

 

『え、そういうので取れるの?』

 

『多分な』

 

 スキルは、行動や経験によって獲得できる。

 今まで俺の【念話】に応答する形で会話していたから、その条件を満たしたのだろう。

 

『でもさ』

 

 蜘蛛子が不思議そうな気配を出す。

 

『私、今まで普通に喋れてたよね?』

 

『多分、俺が先に繋いでたからだな』

 

『繋いでた?』

 

『多分、【念話】は持ってる側から会話を始めるスキルなんだと思う。相手は持ってなくても返せるけど、自分からは繋げない』

 

『え』

 

 蜘蛛子が固まった。

 

『じゃあ私、今まで返事してただけ?』

 

『そうなるな』

 

『うわぁ……』

 

 蜘蛛子がなんとも言えない気配を出す。

 

『じゃあ今まで、私からは話しかけられなかったってこと?』

 

『多分そうだ』

 

『なるほどねー』

 

 蜘蛛子が少しだけ考える。

 

『じゃあ、これで私からも話しかけられる?』

 

『試してみるか?』

 

『お、実験』

 

『一回こっちから切るぞ』

 

『その言い方ちょっと怖いんだけど』

 

『そういうつもりじゃないんだが』

 

 俺は意識的に念話の繋がりを緩める。

 

 頭の中にあった蜘蛛子の気配が、少し遠くなった。

 

 静かになる。

 

 数秒後。

 

『あー、あー。聞こえますかー?』

 

 蜘蛛子から念話が飛んできた。

 

『聞こえる』

 

『おおー! すごい! 自分から話しかけられた!』

 

 蜘蛛子が少し嬉しそうな気配を出す。

 

『感覚は分かるのか?』

 

『なんとなく。相手に意識を伸ばす感じ?』

 

『俺も似たような感じだな』

 

『へー』

 

 蜘蛛子が少しだけ感心したようだった。

 

『じゃあ、これからは私からも連絡できるんだ』

 

『索敵中とかは助かるな』

 

『確かに』

 

 少しだけ空気が落ち着く。

 

 だが、落ち着きすぎるのは危険だ。

 

 俺たちはまだ、仮同盟。

 

 蜘蛛子は俺を警戒しているし、俺も自分を信用していない。

 

 そこだけは忘れるべきじゃない。

 

『何かいる?』

 

 蜘蛛子が周囲を見ながら聞いてきた。

 

 俺は意識を広げる。

 

 小さい熱反応が、いくつか遠くで動いている。

 

 そして、さらにその奥。

 大きい反応が複数。

 

 直接こちらへ向かってくる様子はない。

 だが、近づきたくもない。

 

『前方に反応。小さいのがいくつか。その奥に大型がいる』

 

『大型?』

 

『今すぐこっちに来る感じじゃない。多分、別の魔物とやり合ってる』

 

『うわぁ……』

 

『確認だけするか。見つからない範囲で』

 

『できれば遠くからね。超遠くからね』

 

『同意』

 

 岩陰から岩陰へ。

 俺たちはさらに慎重に進む。

 

 音を殺し、気配を薄くし、見つからないように。

 

 そして。

 

『……いた』

 

 蜘蛛子が岩陰からそっと覗く。

 

 俺も影から顔を出し、前方の様子を探る。

 

《熟練度が一定に達しました。スキル【暗視LV9】が【暗視LV10】になりました》

《条件を満たしました。スキル【暗視LV10】からスキル【視覚領域拡張LV1】が派生しました》

 

 視界がわずかに広がる。

 その瞬間、見えた。

 

 巨大な蟷螂型の魔物。

 

 それを取り囲むように飛ぶ蜂型の魔物。

 

 蜂も十分大きい。

 だが、蟷螂はそれよりさらに大きい。

 

 六本の鎌が、近づく蜂を次々に牽制している。

 

『なにあれ』

 

『蟷螂、だな』

 

『いや、蟷螂なのは分かるけどさ。でかくない?』

 

『でかいな』

 

『帰りたい』

 

『俺もだ』

 

 蜂が一匹、空中から突っ込んだ。

 

 だが、次の瞬間。

 

 鎌が閃く。

 

 蜂の体が、あっさり両断された。

 

『うわぁ……』

 

 蜘蛛子の気配が引きつる。

 

『あれ、私の糸も切られそうなんですけど』

 

『多分切られるな』

 

『ですよねー』

 

 蜘蛛子が震えるように身を縮めた。

 

『あれと戦うのは?』

 

『無理』

 

『即答だな』

 

『無理なものは無理!』

 

 全く同意見だ。

 

 あれは今戦う相手じゃない。

 というか、関わるべきではない。

 

『鑑定してみる?』

 

『やめとけ。反応される可能性がある』

 

『あ、そっか。鑑定って不快なんだっけ』

 

『それに俺、鑑定が原因っぽいので地龍に追われたんだよ』

 

『え、こわ……』

 

『距離があるとはいえ、あのレベル相手に余計な刺激はしたくない』

 

『賢明!』

 

 蜘蛛子が素直に引っ込む。

 

 よし。

 

 今の判断はありがたい。

 

 前なら勢いで鑑定していたかもしれない。

 

 そう思った瞬間。

 

 蟷螂がまた蜂を斬った。

 

 一撃。

 本当に一撃だ。

 

『……この下、やばくない?』

 

『やばいな』

 

『あれで中堅とか言わないよね?』

 

 言うんだよなぁ。

 

 原作知識がある俺は、その答えを知っている。

 

 だが、今ここで言う必要はない。

 

『……だといいんだけどな』

 

『言い方が不穏!』

 

 その時だった。

 

 蟷螂の背後。

 

 岩陰から、さらに巨大な影が現れた。

 

 蜘蛛だ。

 

 巨大な蜘蛛型の魔物。

 蟷螂よりもなお大きい。

 

『……は?』

 

 蜘蛛子の気配が止まる。

 

 巨大蜘蛛は、蟷螂へ牙を突き立てた。

 

 蟷螂が暴れる。

 

 だが遅い。

 

 蜂を蹴散らしていたあの蟷螂が、今度は一方的に噛み砕かれていく。

 

『……え、なにあれ』

 

『蜘蛛……だな』

 

『いや見れば分かるよ!?』

 

 蜘蛛子の念話が震えていた。

 

『私、ああなるの?』

 

『進化先としては、可能性あるんじゃないか?』

 

『マジかぁ……』

 

 目の前の光景は、正直かなり衝撃的だった。

 

 蜂を両断していた蟷螂。

 その蟷螂を、さらに上位の蜘蛛が噛み砕く。

 

 弱肉強食。

 

 いや。

 

 弱肉強食という言葉すら生ぬるい。

 

 ここでは、強者ですら食われる。

 

『……移動しよう』

 

『賛成。超賛成』

 

 俺たちは岩陰から静かに離れる。

 

 蜘蛛子から、しばらく念話が飛んでこなかった。

 

 それだけ、今の光景が効いたのだろう。

 

『……影蛇』

 

『なんだ?』

 

『ここ、絶対ヤバい場所だよね』

 

『ああ』

 

『上層と空気違いすぎない?』

 

『違うな』

 

『広いし、いる魔物もおかしいし……』

 

『少なくとも、上層より危険なのは間違いない』

 

『ないわー……』

 

 蜘蛛子が本気で嫌そうな気配を出した。

 

 気持ちは分かる。

 

 俺だって嫌だ。

 

『……で、これからどうするの?』

 

『基本は隠密。勝てる相手だけ狩る。勝てない相手は避ける』

 

『うん』

 

『休む時も、派手な巣は作らない方がいい。目立つ』

 

『だよねー……』

 

 蜘蛛子がしょんぼりする。

 

 巣は安心できる場所なのだろう。

 

 だが、ここで目立つ巣を作るのは危険すぎる。

 

『簡易巣ならありだと思う』

 

『ほんと?』

 

『見えにくい場所で、すぐ捨てられるくらいなら』

 

『なるほど。使い捨てホーム』

 

『そんな感じ』

 

 蜘蛛子が少しだけ元気を取り戻す。

 

 そして、岩陰から周囲を見回した。

 

『じゃあ、方針は決定だね』

 

『ああ』

 

『隠密第一。戦闘は選ぶ。休憩は簡易ホーム。ヤバいの来たら逃げる』

 

『完璧だ』

 

『完璧だけど内容が悲しい!』

 

 それもそうだ。

 だが、生き残るためにはそれしかない。

 

 下層探検開始。

 

 いや、探検なんて呑気なものじゃない。

 

 これは、生き残るための隠密行動だ。

 

 俺たちは互いに一定の距離を保ったまま、岩陰の奥へ静かに進んでいった。




TIPS:【念話】

【念話】は、対象へ直接思考を送信するスキルである。
ただし、念話による通信は、スキル保持者側からのみ接続を開始できる。
接続された側は、【念話】を保有していなくても会話へ応答すること自体は可能。
しかし、【念話】を所持していないと、自分から通信を開始することはできない。
そのため、一方のみが【念話】を保有している場合、会話の主導権は基本的に保持者側へ偏る。
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