三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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11.原作はどこまで参考にしていいんだ……

 その日も、俺たちは下層を慎重に移動していた。

 

 岩陰から岩陰へ。

 

 蜘蛛子が先行し、俺は少し後ろの影を移動する。

 

 大型反応は避ける。

 戦闘は最低限。

 危険そうなら即逃走。

 

 その方針は変わらない。

 

 とはいえ、ずっと極限状態というわけでもなかった。

 

 下層での移動や休息にも、少しずつ慣れてきていたからだ。

 

『……なんかさ』

 

 蜘蛛子が岩陰から顔を出しながら念話を飛ばしてくる。

 

『最近ちょっとだけ下層に慣れてきた気がする』

 

『その台詞、死亡フラグっぽいからやめろ』

 

『えぇ……』

 

 いや、本当に。

 

 この世界、結構簡単に死ぬからな。

 その辺り、蜘蛛子も理解してるとは思うんだが……。

 

『でも実際、最初よりはマシじゃない?』

 

『それは否定しない』

 

 移動の仕方。

 危険反応の避け方。

 休憩場所の選定。

 

 そういうものは確実に上達している。

 

 蜘蛛子も、下層特有の立体地形にかなり慣れてきていた。

 

 ……まあ、普通に速すぎてたまに見失いそうになるけど。

 

『あと、影蛇の索敵便利』

 

『お前の機動力も助かってる』

 

『ふふーん』

 

 ちょっと得意げだった。

 

 そんなやり取りをしながら、俺たちは岩場を進んでいく。

 

 下層は広い。

 上層とは比較にならないほど。

 

 巨大な空洞。

 複雑な岩場。

 見えない天井。

 

 そして何より、空気そのものが重い。

 

 強い魔物が普通に生息している空間特有の圧迫感がある。

 

 だからこそ、油断はできない。

 

 ……そんなことを考えていた時だった。

 

『ん?』

 

 蜘蛛子が足を止めた。

 

『どうした?』

 

『あそこ』

 

 蜘蛛子が前方を示す。

 

 岩場の向こう。

 

 そこにいたのは。

 

 ――猿だった。

 

 二メートル近い体格。

 

 筋肉質な四肢。

 

 岩肌へ爪を食い込ませながら、こちらを見下ろしている。

 

《アノグラッチ  LV1

 ステータス

 HP:140/140(緑)

 MP:30/30(青)

 SP:100/100(黄)

   :90/90(赤)

 ステータスの鑑定に失敗しました》

 

 その種族名を見た瞬間、嫌な記憶が脳裏を過った。

 

 復讐猿。

 

 原作でも、蜘蛛子を地獄へ叩き落した相手。

 

『猿?』

 

 蜘蛛子はそこまで警戒していない。

 

 まあ、無理もない。

 

 単体でも強いが、そこまで理不尽な相手じゃない。

 

 問題は、そこじゃない。

 

 アノグラッチは、群れで来る。

 しかも、仲間を殺した相手を執拗に追う。

 原作知識が正しいなら、こいつを倒した後が本番だ。

 

『……影蛇?』

 

『なんだ?』

 

『なんか嫌な顔してない?』

 

『蛇の顔なんか分かるのか?』

 

『なんとなく』

 

 鋭いなこいつ。

 

 俺は猿から視線を外さないまま考える。

 

 どうする。

 

 避けられるなら避けたい。

 

 だが、猿は既にこちらを見ていた。

 

 しかも。

 ゆっくりと、岩を拾い上げている。

 

『……避けたい?』

 

『できれば』

 

『でも向こう、やる気っぽいよ?』

 

『……みたいだな。それより、石に注意した方が良さそうだ』

 

『石?』

 

 次の瞬間。

 

 ガンッ!!

 

 猿が近くの石を掴んで、投げた。

 

『うおっ!?』

 

 蜘蛛子が飛び退く。

 

 直後、さっきまでいた場所へ石が叩きつけられた。

 

『投石!? 狙い正確すぎない!?』

 

『次も来るぞ!』

 

 二投目が来る。

 

 今度は俺のいる影の近く。

 影の中に潜っていたから直撃はしないが、岩の破片が飛び散り、反射的に身を縮める。

 

 猿が岩場を蹴った。

 

 速い。

 

 そして、ただ突っ込んでくるだけじゃない。

 こちらの動きを見て、投石で牽制しながら距離を詰めてくる。

 

 単体でこれか。

 

『蜘蛛子、糸!』

 

『はいよ!』

 

 蜘蛛子が糸を飛ばす。

 

 猿は身体を捻って避けたが、完全には避けきれず、腕に絡む。

 

 それでも、猿はそのまま腕を振り抜いた。

 

『うおっ、力強っ!?』

 

 蜘蛛子の体がわずかに引っ張られる。

 

 危ない。

 力比べになったら不利だ。

 

『正面から止めるな! 一瞬でいい!』

 

『分かってる!』

 

 猿がさらに石を掴もうとした。

 その前に、俺は影から魔力を伸ばす。

 

『【不快】』

 

 外道魔法が猿の感覚へ滑り込む。

 

 火力はない。

 精神を壊すほど強くもない。

 

 ただ、ほんの一瞬。

 猿の意識がぶれた。

 

「ギッ!?」

 

 猿の足が岩肌を掴み損ねる。

 

『今だ!』

 

 蜘蛛子が飛ぶ。

 糸が猿の腕へ絡みついた。

 

 さらに胴体、脚へと絡みつかせていく。

 

「ギィィッ!」

 

『ほんと力強いなこいつ!?』

 

『長くは止められない!』

 

『なら短期決戦!』

 

 俺は影の中を滑る。

 

 猿の足元へ、そして背後へ。

 

 そして、影から飛び出し、毒牙を突き立てた。

 

 ガッ!!

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!」

 

 猿が絶叫した。

 

 耳を劈くような、凄まじい咆哮。

 

 断末魔。

 

 ……だが。

 

 俺には、それがただの断末魔には聞こえなかった。

 

『っ……』

 

『影蛇?』

 

『さっさと止めを刺すぞ!』

 

『う、うん』

 

 猿が暴れる。

 

 蜘蛛子がさらに糸を重ねる。

 

 毒が回る。

 

 動きが鈍る。

 

 そして最後は、蜘蛛子の糸で完全に拘束された猿へ、俺が喉元へ、蜘蛛子が体へ毒牙を突き立てて終わった。

 

『……はぁっ……』

 

 蜘蛛子が息を吐いた。

 

『怖っ! 普通に怖っ!』

 

『下層基準だとまだマシな方なんだろうな……』

 

『嫌すぎるんだけど!?』

 

 全くだ。

 

 猿の死体が転がる。

 

 そして……何も起きない。

 

 群れも来ない。

 異変もない。

 静かなままだ。

 

『……影蛇?』

 

『なんだ?』

 

『なんでそんな警戒してるの?』

 

 蜘蛛子が猿の死体を見ながら聞いてくる。

 

『念のためだ』

 

『念のためにしては、かなり警戒してるように見えるけど』

 

 鋭いな。

 

 だが、ここで中途半端に説明する方が怪しまれる。

 

 「こいつらは後で群れが来る」なんて断言すれば、何故そこまで知っているのかという話になる。

 

 だから今は言えない。

 言うべきじゃない。

 

『さっきの咆哮で敵が寄ってくるかもしれないからな。さっさと食べて、今日はもう休むぞ』

 

『え、まだ動けるけど?』

 

『休める時に休む』

 

『……まあ、確かに疲れたけど』

 

 蜘蛛子もかなり消耗しているらしい。

 

 俺たちは、そのまま休憩用の仮拠点を作ることにした。

 

 場所は、巨大な岩柱の側面の高所。

 

 地上から百メートル近い高さ。

 下から見上げても、岩肌の凹凸と影に紛れてほとんど見えない位置。

 普通の魔物なら、まず近づくことすら難しい。

 

『たっか……』

 

『安全第一ですので……うわ高っ、やっぱ怖っ』

 

 蜘蛛子はそんな事を言いながら、さっそく糸を張り始めた。

 

 まずは壁と天井の間へ粘着糸を網状に張り、外枠を作る。

 その内側へ寝床用の糸を重ね、さらに周囲の岩肌へ糸を伸ばして固定していく。

 

 だが、糸だけでは目立つ。

 

 白い塊が高所に浮いていたら、いくら下層でも発見される危険がある。

 

『岩で偽装するのか?』

 

『そういうこと』

 

 蜘蛛子は地上付近まで糸を垂らすと、近くの岩へ斬糸を巻きつけた。

 

 そのまま糸を振動させ、岩を薄く削り出していく。

 

『……器用だな』

 

『ふふーん。マイホーム作りには自信がありますので』

 

 切り出された岩を、蜘蛛子が糸で持ち上げようとして……少し止まった。

 

『……重い』

 

『流石に全部一人はきついか』

 

『影蛇、手伝える?』

 

『やってみる』

 

 俺は影の中から魔力を練る。

 

 使うのは【影魔法】。

 

 最近覚えたばかりの応用だ。

 

『【変影】、【固影】』

 

 【変影】で影の形を整え、【固影】でそれに硬さを持たせる。

 

 足元から伸びた影が、ゆっくりと形を持つ。

 液体みたいだった影が黒い板のように固まり、岩板の下へ潜り込んだ。

 

『おお……』

 

『まだ完全じゃないけどな』

 

 固めた影へ、さらに魔力を流す。

 

『【操影】』

 

 影が蠢く。

 

 黒い腕みたいに伸びた影が、岩板を押し上げ始めた。

 

 重い。

 かなり重い。

 だが、持ち上がる。

 

『うお、すご』

 

『お前も引け』

 

『はいよー!』

 

 蜘蛛子が糸を巻き上げる。

 俺は影で下から支える。

 

 黒い影と白い糸で、巨大な岩板を少しずつ引き上げていく。

 

『右! もうちょい右!』

 

『お前、雑すぎるだろ!』

 

『細かいことは雰囲気で!』

 

『落ちたら終わるんだぞこれ!?』

 

『落とさなきゃいい!』

 

『理論が雑!』

 

 グダグダだった。

 

 それでも何とか岩板を引き上げ、蜘蛛子はホームの外側へ貼り付けていく。

 

 白い糸の外殻が、少しずつ岩肌へ紛れていった。

 

 外から見たホームは、岩壁の出っ張りにしか見えなくなった。

 ぱっと見ただけなら、ただの岩の膨らみ。

 よほど注意して見なければ、そこに蜘蛛の巣が隠れているとは分からないはずだ。

 

『完成!』

 

『かなり疲れたな……』

 

『安眠のための重労働って何なんだろうね……』

 

『考えたら負けだろ』

 

『だよねー』

 

 今日は、アノグラッチを倒している。

 

 俺の知っている流れが正しければ、あいつらは来る。

 群れで、執拗に、こっちが死ぬまで追ってくる。

 だったら、下手に逃げ回るよりは、迎え撃つ場所を決めた方がいい。

 

 このホームは、休むための場所であると同時に、そのための防衛拠点でもあった。

 

 地上百メートル近い高所。

 限られた侵入経路。

 蜘蛛子の糸を最大限活かせる立体地形。

 

 正面から囲まれるよりは、よほどマシだ。

 

 そして、もし包囲されても、蜘蛛子なら糸を使って高速離脱できる。

 

 少なくとも、地上で囲まれるよりは遥かにマシだ。

 

 ……もちろん、原作通りなら、の話だが。

 

 俺がいて、蜘蛛子と合流している。

 移動経路も、戦闘位置も、休息場所も、既に細かくズレている。

 

 それでも、何も知らずに動くよりはいい。

 

 使える知識は使う。

 疑うべきところは疑う。

 今の俺にできるのは、その程度だ。

 

 どちらにせよ、蜘蛛子は疲れていて、俺も魔力と体力をそれなりに消耗している。

 休息は必要だった。

 

 休まなければ、次に本当に群れが来た時、戦うことすらできない。

 

『じゃ、おやすみー……』

 

 蜘蛛子がそう言って、ホームの中へ引っ込もうとする。

 

 けれど、その途中で少しだけ動きを止めた。

 

『……影蛇は?』

 

『俺?』

 

『いや、その……一緒に作ったし』

 

 蜘蛛子の念話が、少しだけ歯切れ悪くなる。

 

『完全に外っていうのも、なんか悪いかなーって』

 

 どうしたのかと思ったら……。

 そういうことか。

 

 別に、俺を中に入れたいわけじゃない。

 

 今でも、蜘蛛子にとってホームは自分の安全圏だ。

 そこに俺が入ることへ、警戒が完全に消えたわけではないだろう。

 

 けれど今回は、俺も作成を手伝った。

 影で岩板を支え、蜘蛛子の糸と合わせて偽装ホームを完成させた。

 だから、完成した瞬間に「じゃあ外で」と切り捨てるのは、少し気まずい。

 

 そんなところだろう。

 

 ……変なところで律儀だな、こいつ。

 

『俺は外でいい』

 

『いいの?』

 

『その方が索敵しやすい。影にも潜れるしな』

 

『あー、確かに』

 

『それに、いつも通りだろ。お前が寝る時は俺が外。俺が休む時だけ、端を借りる』

 

『……まあ、そうだね』

 

『だから気にするな』

 

『むぅ』

 

 蜘蛛子の気配が、少しだけ揺れた。

 

 安心したような。

 でも、それを素直に認めるのはちょっと悔しいような。

 そんな感じだった。

 

『じゃあ、いつもの範囲までなら使っていいからね』

 

『分かってる。そこから先には入らない』

 

『毎回言ってるけど、一応確認ね』

 

『毎回言われてるから覚えてる』

 

『よろしい』

 

 偉そうだった。

 

 だが、そのくらいの方がいい。

 

 変に気まずくなるよりは、いつもの軽口で済ませた方がお互いに楽だ。

 

『俺は近くの影か、岩壁の裂け目にいる。何か来たら起こす』

 

『見張り番?』

 

『そうだな』

 

『便利な悪い隣人だね』

 

『悪いは余計だ』

 

『でも否定はしないんだ』

 

『便利は否定しない』

 

『そこ?』

 

 蜘蛛子が呆れたような気配を見せる。

 

 それから、糸の奥へと引っ込んでいった。

 

『寝られる時に寝ておけ』

 

『はいはい。何か来たらちゃんと起こしてよ?』

 

『分かってる』

 

『勝手に一人で戦って死ぬのも禁止』

 

『それは善処する』

 

『そこは断言して!?』

 

『努力はする』

 

『言い換えても弱い!』

 

 そんなやり取りを最後に、蜘蛛子はホームの中で丸くなった。

 

 しばらくすると、気配が静かになる。

 

 完全に眠ったかは分からない。

 けれど、少なくとも休息には入ったらしい。

 

 俺は壁の影を渡り、少し離れた岩壁の裂け目へ移動した。

 

 蜘蛛子のホームから近すぎず、遠すぎない場所。

 そこに落ちる影へ、体を半ば沈める。

 

 俺が巣の中へ入るのは、蜘蛛子もまだ完全には落ち着かない。

 だから、最近はこうして外側の影に潜むのが定位置になっていた。

 

 蜘蛛子はホームの中。

 俺は壁の裂け目の影。

 互いに一定の距離を保ったまま休む。

 

 仮同盟らしい距離感だった。

 

 蜘蛛子の魂は、近くにあるだけで妙に落ち着く。

 

 温かい。

 なのに、死の匂いがする。

 生きているのに、死がある。

 死があるのに、濁っていない。

 何度感じても、変な魂だ。

 

 そして、危ない。

 

 落ち着くからこそ、近づきすぎるのは危険だ。

 

 蜘蛛子のためにも。

 俺自身のためにも。

 今は、この距離がちょうどいい。

 

 俺は影の奥で意識を薄く広げる。

 

 眠るわけじゃない。

 完全に起きているわけでもない。

 影に沈み、周囲の熱と魔力の揺れを拾い続ける。

 

 熱。

 魔力。

 生体反応。

 

 最初のうちは、何もなかった。

 

 遠くで小型魔物が動く反応。

 さらに遠くで、大型の何かがゆっくり移動する気配。

 

 だが、こちらへ近づいてくるものはない。

 

 静かだった。

 あまりに静かで、逆に不気味なくらいだった。

 

 ……やっぱり、来るのか?

 原作通りなら、来る。

 

 アノグラッチの群れ。

 蜘蛛子を追い詰めた、あの復讐猿たち。

 

 だが、来ない可能性もある。

 俺がいるせいで、原作からズレている。

 蜘蛛子と一緒にいるせいで、戦闘場所もタイミングも変わっている。

 

 そもそも、俺が知っている原作と同じ仕様とは限らない。

 【復讐】の発動条件も、群れの規模も、どこまで同じか分からない。

 

 逆に、もっと悪くなる可能性もある。

 

 ……嫌な考えだ。

 

 影の中は静かだ。

 

 冷たく、暗く、落ち着く。

 落ち着きすぎる。

 

 自分と影の境界が、少しずつ曖昧になるような感覚がある。

 

 だから俺は、自分の輪郭を意識する。

 

 俺は影じゃない。

 黒巳怜士だ。

 

 スモールグレイヴウンブラペント。

 死に偏りかけているが、まだ生きている。

 まだ、生きている。

 

 そう言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのかは分からない。

 

 影の中で、意識が浅く沈んでいた。

 

 蜘蛛子はまだ眠っている。

 ホームの中から、静かな気配が伝わってくる。

 

 俺は相変わらず、壁の裂け目の影に身を沈めたまま、周囲へ意識を広げていた。

 

 その時。

 遠くで、熱が揺れた。

 

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。

 

 岩場の下。

 地上近く。

 

 複数の熱反応が、こちらへ向かって移動している。

 

 嫌な予感が、形になる。

 

 来た。

 やっぱり来た。

 

 アノグラッチの群れ。

 

 原作通りなら、ここから「地上100メートルの攻防戦」が始まる。

 

 俺は即座に蜘蛛子へ念話を飛ばそうとして――。

 

 止まった。

 

 影を通して拾える熱反応が、さらに増える。

 

 ひとつやふたつじゃない。

 

 十。

 二十。

 三十。

 

 その辺りならばまだ良い。

 だが奥にも、まだまだいる。

 

 岩柱の影。

 地上の裂け目。

 遠くの岩場。

 そこから次々と、同じ熱が近づいてくる。

 

 原作でも、蜘蛛子を囲んだ数はかなり多かったはずだ。

 それは覚えている。

 

 何度も押し寄せて、蜘蛛子を本気で殺しかけた。

 だから、多いこと自体は想定していた。

 

 していた、はずなのに。

 

 これは。

 これは、多すぎないか?

 

『蜘蛛子、起きろ!』

 

 今度は迷わず念話を叩きつける。

 

『んぇ……? なに……?』

 

『下だ』

 

『下?』

 

『大量の猿が来たぞ!』

 

 蜘蛛子の気配が一瞬で覚醒する。

 

 ホームの中で、彼女が身を起こす気配。

 

 俺は影の中から、迫ってくる熱反応を数えようとして――。

 途中で諦めた。

 

 数える意味がない。

 

 多すぎる。

 

 下からだけじゃない。

 

 岩陰の奥から。

 横の崖沿いから。

 少し離れた岩場の向こうから。

 

 次々と、猿の反応が増えていく。

 

 原作でも、猿は多かった。

 蜘蛛子を殺しかけるほどの群れだった。

 それは覚えている。

 

 けれど。

 

 これは、少なくとも俺の記憶にある原作よりも、明らかに多すぎる。

 

 ……くそ。

 

 なんだよこれ。

 

 原作は一体、どこまで参考にしていいんだ。




TIPS:アノグラッチの群れ規模

アノグラッチは群れで行動する魔物であり、その危険性は単体性能ではなく「数」によって決定される。
また、【復讐】を持つ個体群であるため、仲間を殺害した対象へ執拗な追跡を行う性質を持つ。
ただし、群れの規模には大きな差がある。
蜘蛛子が本来遭遇した群れは、アノグラッチとしては最小規模だった。
主人公が知る「原作」は、上位世界で成立した物語である。
それが下位世界を観測した結果なのか、物語として描かれたことで下位世界へ影響を与えたのかは不明。
少なくとも、大筋はこの世界と強く重なっている。
しかし、細部まで完全に一致するとは限らない。
さらに今回は、
・主人公の介入
・移動ルートの変化
・戦闘位置の違い
・休息地点のズレ
といった差異が積み重なっている。
その結果、本来とは違う群れや、周辺のアノグラッチまで引き寄せてしまった可能性がある。
つまり。
原作知識は参考になる。
だが、攻略本にはなり得ない。
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