三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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蜘2.二匹で、地上100メートルの攻防戦①

『大量の猿が来たぞ!』

 

 その単語だけで眠気が吹き飛んだ。

 いや、吹き飛んだというか、叩き潰された。

 

 大量?

 猿?

 来た?

 

 ……来た!?

 

『え、待って、何? 猿? 大量?』

 

『下だ。もう近い』

 

『下!?』

 

 私は慌ててホームの外を覗き込んだ。

 そして。

 

『……うわ』

 

 思わず声が漏れた。

 

《アノグラッチ LV7 ステータスの鑑定に失敗しました》

《アノグラッチ LV8 ステータスの鑑定に失敗しました》

《アノグラッチ LV6 ステータスの鑑定に失敗しました》

《アノグラッチ LV3 ステータスの鑑定に失敗しました》

 ︙

 

 いた。

 猿がいた。

 

 しかも、いっぱい。

 いっぱいというか、かなりいっぱい。

 

 いや、なにあれ。

 

 岩陰から出てくる。

 下の方の岩場から、ぞろぞろと。

 

 しかも、一方向じゃない。

 

 あっちからも。

 こっちからも。

 岩の裂け目みたいな場所からも、次々と猿が姿を現している。

 

 なんでこんなにいるの?

 もしかして、昨日のあいつの仲間?

 

 一匹倒しただけで?

 一匹倒しただけでこの数?

 猿社会、復讐心強すぎない?

 

『影蛇』

 

『なんだ』

 

『これ、絶対私たち狙いだよね?』

 

『だろうな』

 

『嫌なんだけど!?』

 

 猿どもは、迷いなくこっちを見ていた。

 

 このホームは岩で偽装してある。

 

 遠くから見れば、ただの岩壁の出っ張りに見えるはずだ。

 

 というか、見えるように頑張って作った。

 

 私の糸と、影蛇の影で。

 

 なのに。

 

 猿どもは、まっすぐこっちを見ている。

 

 完全にバレている。

 なんで?

 

 あれ?

 

 昨日、影蛇が言ってたよね?

 

 あの猿、死ぬ時にめちゃくちゃ大声出してたから、魔物が寄ってくるかもって。

 

 確かに言ってた。

 言ってたけど。

 これは、そういうレベル?

 寄ってくるかも、で済む数?

 

『昨日の咆哮のせい?』

 

『可能性は高い』

 

『高いじゃなくて絶対でしょこれ!?』

 

『断言はできない』

 

『こういう時だけ慎重!』

 

 嫌だ。

 非常に嫌だ。

 でも、文句を言っている場合じゃない。

 

 下の猿どもが動き始めた。

 

 一匹が岩壁へ手をかける。

 

 続いて、二匹。

 三匹。

 十匹。

 もっと。

 

 岩肌に爪を食い込ませ、ゆっくりと登ってくる。

 

 速いわけではない。

 

 でも、確実に登ってくる。

 

 しかも数が多い。

 多すぎる。

 

 下から見上げてくる猿の目が、いちいち怖い。

 

『うわっ、登ってきた!?』

 

『来るぞ!』

 

『「来るぞ!」じゃないんだけど!?』

 

 いや、落ち着け私。

 

 こういう時は冷静に。

 

 まず逃げ道。

 そう、逃げ道だ。

 

 ホームは高所。

 地上から離れている。

 下から猿が登ってくるなら、上に逃げればいい。

 

 蜘蛛の機動力、舐めてもらっては困る。

 

 私は糸を上へ伸ばした。

 天井近くの、高いところの岩肌へ。

 

 粘着糸が伸びる。

 張り付く。

 

 ……はずだった。

 

 ぺた。

 ずるっ。

 

『あれ?』

 

 糸が滑った。

 

 もう一度。

 

 ぺた。

 ずるっ。

 

『あれあれ?』

 

 貼り付かない。

 

 いや、完全に貼り付かないわけじゃない。

 けど、いつもの粘着力が出ない。

 

 岩肌の表面が妙につるつるしている。

 糸が食いつかない。

 

 足を伸ばして、上側の岩に触れてみる。

 

 ずるっ。

 

『うおっ!?』

 

 危なっ!

 普通に滑った!

 

 え、なにこれ。

 罠?

 

 上の方だけワックスがけされてる?

 

 誰が?

 迷宮管理者?

 やめてくださいよ!

 

『上、無理! 糸も足も滑る!』

 

『やっぱりか』

 

『やっぱりって何!?』

 

『いや、こういう岩質なんだろ』

 

『今ちょっと知ってた感じ出たよね!?』

 

『気のせいだ』

 

『絶対気のせいじゃないやつ!』

 

 問い詰めたい。

 非常に問い詰めたい。

 

 でも今は後。

 

 上は無理。

 なら横だ。

 

 壁伝いに横へ逃げる。

 

 猿が下から登ってくるなら、こっちは横移動で距離を取る。

 

 そう思って、ホームの外側から岩壁へ足をかけた瞬間。

 

『右!』

 

『え?』

 

 ガンッ!!

 

 すぐ近くの岩が砕けた。

 

 石だ。

 

 下から飛んできた石。

 猿が投げた石。

 

『うひゃあ!?』

 

 私は慌ててホーム側へ引っ込んだ。

 

 下を見る。

 

 地上に残っている猿たちが、石を拾っている。

 

 投げる。

 また投げる。

 岩壁にぶつかる。

 

 砕ける。

 届いている。

 

 ここ、地上百メートル近いんだけど?

 

 届くの?

 その肩どうなってるの?

 猿じゃなくて投石兵では?

 

『横移動も無理っぽい!』

 

『移動中に当たれば落ちるな』

 

『分かってるよ!?』

 

 石そのものが即死級かと言われると、多分そこまでではない。

 

 痛いのは間違いないけど、即死ではないはず。

 

 でも、壁に張り付いて移動している時に当たれば話は別だ。

 

 落ちる。

 地上百メートルから落ちる。

 

 死ぬ。

 少なくとも、死ぬほど痛い。

 

 いや、死ぬ。

 

 うん。

 死ぬわ。

 

『つまり?』

 

『迎え撃つしかない』

 

『やっぱりそうなる!?』

 

 やっぱりそうなるらしい。

 

 上は無理。

 横も投石で危険。

 下は猿。

 

 詰みでは?

 

 いや、詰んでない。

 詰んでないと思いたい。

 

 ここにはホームがある。

 糸もある。

 高所という地の利もある。

 

 猿どもは登ってこなければ私たちに届かない。

 なら、登ってくる途中で落とせばいい。

 

 そう。

 

 落下ダメージこそ正義。

 

 高所防衛戦、開始である。

 

『影蛇、下の動き見て!』

 

『見てる。正面に多い。右側から回り込む個体もいる』

 

『右ね!』

 

『左下にも投石役。顔出しすぎるな』

 

『注文多い!』

 

『死ぬよりはマシだろ』

 

『それはそう!』

 

 私は糸を出した。

 

 粘着糸。

 

 壁に沿わせる。

 

 猿の進路を塞ぐように、横へ。

 縦へ。

 斜めへ。

 とにかく広く、蜘蛛の糸の壁を作る。

 

 登ってくるなら、登る場所を全部罠にしてやる。

 

 猿の一匹が、その粘着糸に突っ込んだ。

 べたり、と体が貼り付く。

 

 よし止まった!

 

 そのまま後続も詰まる!

 

 ……と思ったんだけど。

 

『え、待って!?』

 

 後ろから来た猿が、捕まった猿の背中を踏んだ。

 

 足場にした。

 さらに上へ登る。

 

 ちょっと待て。

 仲間だよね?

 仲間を足場にするの?

 助けるとかないの?

 猿社会、復讐心は強いのに仲間意識は雑なの?

 

『捕まったやつを踏んでくるんだけど!?』

 

『連携してるな』

 

『連携の方向性が嫌すぎる!』

 

 慌てて糸を追加する。

 踏み越えた猿の腕に絡める。

 足に絡める。

 

 さらに毒玉を作って、上から落とす。

 

 命中。

 猿が苦しむ。

 そのまま壁から剥がれ落ちた。

 

 落ちた猿が、下の猿を巻き込む。

 数匹が崩れる。

 

『よし!』

 

『左、投石!』

 

『はい!?』

 

 考えるより先に、体が動いた。

 影蛇の声を聞いた瞬間、私は横へ跳んでいた。

 

 直後、さっきまで頭があった場所に石がぶつかる。

 

 岩が砕ける。

 

 破片が体に当たって痛い。

 でも直撃はしていない。

 助かった。

 

『助かった!』

 

『次、正面。速いのが一匹来る』

 

『了解!』

 

 私は反射的に糸を出す。

 

 正面の猿が、予想より速く登ってきていた。

 

 糸が猿の腕へ絡む。

 猿はそれを力任せに引き千切ろうとする。

 

 強い。

 普通に強い。

 

『止まれっての!』

 

 さらに糸を重ねる。

 

 でも猿が止まらない。

 

 ほんの少しずつ、こちらへ近づいてくる。

 

『【幻痛】』

 

 影蛇の声が、低く響いた。

 

 次の瞬間、猿の腕がびくりと震える。

 

 傷はない。

 血も出ていない。

 

 けれど、猿はまるで腕を噛み千切られたみたいに顔を歪め、岩を掴む力を一瞬だけ緩めた。

 

『今!』

 

『分かってる!』

 

 私はさらに糸を出し、猿の腕と脚へ絡める。

 

 猿の体が壁から浮く。

 

 そこへ、影蛇のいる岩壁の裂け目から、黒い槍のようなものが伸びた。

 

 影。

 

 固まった影が、猿の横腹を叩く。

 

 刺すというより、押し出す一撃。

 

 それだけで、猿の体勢は完全に崩れた。

 

 猿が壁から剥がれる。

 落ちる。

 

『ナイス! 今の何?』

 

『さっき拠点作る時に使った、影魔法の応用だ』

 

『良いね! 便利!』

 

『便利だけど、燃費きつい!』

 

『あ、やっぱり?』

 

 影蛇の気配が、ほんの少し薄くなった気がした。

 

 今の一撃。

 

 見た目ほど気軽に使えるものではないらしい。

 

『連発は無理だ! 押し込むくらいなら何とか!』

 

『十分!』

 

《熟練度が一定に達しました。スキル【連携LV1】を獲得しました》

 

『……お?』

 

『どうした?』

 

『【連携】スキル、取れた』

 

『ん? あ、こっちにも来た』

 

 影蛇の声が、少しだけ意外そうだった。

 

 どうやら、向こうにも同じ天の声(仮)が聞こえたらしい。

 

 連携。

 

 うん。

 まあ。

 してるね。

 している。

 

 非常に不本意ながら、している。

 

『不本意ながら?』

 

『思考読むな』

 

『声に出てたぞ』

 

『出てた!?』

 

『念話だけどな』

 

『それは出てるのと同じ!』

 

 いや、落ち着け。

 今はツッコミしてる場合じゃない。

 

 猿はまだ登ってくる。

 

 どんどん登ってくる。

 

 捕まえても、落としても、次が来る。

 

 糸に引っかかった猿を踏み台にする。

 落ちた猿の死体を足場にしようとする。

 毒で苦しむ仲間すら乗り越えてくる。

 

 なんなのこいつら。

 

 怖い。

 普通に怖い。

 数が多いだけでも嫌なのに、動きが嫌らしい。

 

 投石でこちらの動きを止める個体。

 壁を登る個体。

 横へ回り込もうとする個体。

 捕まった仲間を足場にする個体。

 

 全部がバラバラに見えて、ちゃんとこっちを追い詰めている。

 

『右から三匹。中央は囮っぽい』

 

『囮とか使うな猿!』

 

『なら、右を崩す』

 

『崩す?』

 

 また、影蛇のいる裂け目から黒い影が伸びる。

 

 さっきほど鋭くはない。

 けれど、棒のように固まった影が、右側から登っていた猿の腕を横から弾いた。

 

「ギッ!?」

 

 猿の爪が岩肌から外れる。

 

 完全には落ちない。

 けれど、体勢は崩れた。

 

『そこ!』

 

 私はすぐに糸を出す。

 絡める。

 足を取る。

 

 猿がもがく。

 

 そこへもう一度、影が横から押し込む。

 

 猿が落ちた。

 

『ほんと便利!』

 

『だから燃費は悪いと言ってるだろ』

 

『でも便利!』

 

『否定はしないけどな。左下、投石準備してるぞ!』

 

『ほんと忙しい!』

 

 糸を出す。

 避ける。

 毒を落とす。

 また糸を出す。

 

 その間にも、天の声(仮)は何度か頭の中に響いていた。

 

《熟練度が一定に達しました。――》

《熟練度が一定に達しました。――》

 

 何かのスキルレベルが上がったらしい。

 

 多分、糸とか毒とか回避とか、その辺。

 

 けど、今は確認している余裕なんてない。

 

 通知を聞いて喜ぶ暇があるなら、次の石を避ける。

 スキルの確認は、死ななかった後でいい。

 

 影蛇の警告に合わせて体を動かす。

 考えるより先に動く。

 

 疑っていたら間に合わない。

 そのことが少しだけ悔しい。

 でも、助かっているのも事実だ。

 

 仮同盟。

 悪い隣人。

 役に立つけど怖い蛇。

 

 その声を、私はさっきから何度も信じて動いている。

 

 信じている、というより。

 信じざるを得ない。

 だって、信じなかったら死ぬ。

 

『蜘蛛子、正面抜ける!』

 

『分かってる!』

 

 私は正面へ糸をまとめて出した。

 

 猿が避ける。

 

 その避けた先へ、さらに糸。

 

 絡む。

 捕まる。

 落ちる。

 

 落ちた猿が、下の猿を巻き込む。

 

 よし!

 この調子ならいける!

 

 そう思った瞬間。

 

 下の猿たちの動きが変わった。

 

 正面へ集まっていた猿が、左右へ広がり始める。

 

 私の真下を避けるように。

 毒玉が落ちる場所を避けるように。

 糸の濃い場所を避けるように。

 

『……学習してる?』

 

『してるな』

 

『しないで!?』

 

 猿たちは、ただ突っ込んでくるだけじゃない。

 こちらの攻撃を見て、動きを変えている。

 

 それも、一匹二匹じゃない。

 群れ全体が、少しずつ攻め方を変えてくる。

 

 嫌だ。

 ものすごく嫌だ。

 

 この戦い、長引けば長引くほど不利になる。

 

 糸は無限じゃない。

 MPもSPも無限じゃない。

 

 影蛇だって、さっきから影に潜ったまま索敵と魔法を使っている。

 

 【不快】だけじゃない。

 【幻痛】に、影を固めた妙な槍。

 

 便利だけど、そのたびに気配が少しずつ薄くなっている気がする。

 

 気配を消している、というのとは少し違う。

 影の中へ、体ごと沈んでいっているみたいな感じ。

 

 ……正直、よく分からない。

 

 でも、なんとなく。

 あれは長く続けていいものじゃない気がした。

 

『影蛇、大丈夫?』

 

『まだな』

 

『その「まだ」やめて!?』

 

『右、来るぞ』

 

『はいはい!』

 

 糸を出す。

 猿を絡め取る。

 毒を落とす。

 投石を避ける。

 

 落とす。

 また登ってくる。

 また落とす。

 また来る。

 

 猿は減っている。

 確かに減っている。

 落ちた個体もいる。

 毒で動かなくなった個体もいる。

 

 でも。

 

 下を見ると、まだいる。

 まだまだいる。

 

 岩陰から、さらに来る。

 さっきより少し遠い場所から、また新しい猿が姿を見せる。

 

 終わりが見えない。

 

 高所。

 糸。

 毒。

 影蛇の索敵、【不快】と【幻痛】。

 それから、燃費の悪そうな影魔法。

 

 全部使って、なんとか押し留めている。

 

 でも、まだ始まったばかりだ。

 

 私は糸を出しながら、心の中で叫んだ。

 

 こんな数、聞いてないんですけど!?

 いや、誰に聞くんだという話だけど!

 

 下から湧き上がる猿の群れは、なおも岩壁を登り続けていた。




TIPS:【連携】

【連携】は、複数の個体が互いの行動を合わせることで獲得するスキルである。
単に同じ敵と戦うだけではなく、相手の位置、動き、攻撃のタイミングを把握し、自分の行動をそれに合わせる必要がある。
同種の群れや、長期間共に行動する個体同士は取得しやすい。
ただし、深い信頼関係が必須というわけではない。
一時的な共闘であっても、行動の噛み合いが一定以上に達すれば取得する場合がある。
スキルレベルが上がると、複数個体での攻撃・防御・回避に補正がかかる。
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