三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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14.二匹で、地上100メートルの攻防戦・終結

 そこから先は、消耗戦だった。

 

 蜘蛛子が糸を出す。

 俺が影を伸ばす。

 毒が落ちる。

 猿が落ちる。

 

 大猿が跳べば、軌道をずらす。

 普通の猿が群がれば、糸と毒でまとめて落とす。

 

 俺はそのたびに、崩れかけた魂へ【強欲】を差し込んだ。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からMPを奪取しました》

《MP最大値が微上昇しました》

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からSPを奪取しました》

《SP最大値が微上昇しました》

 

《スキル【強欲】の効果により、対象から平均防御能力を奪取しました》

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキルポイントを奪取しました》

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【投擲LV1】を奪取しました》

 

 ︙

 

 

 ……全部が狙い通りではない。

 

 MPを狙って、スキルポイントが来る。

 SPを狙って、防御能力が来る。

 魔力を寄せたつもりで、スキルの欠片が引っかかる。

 

 けれど、【魂へ触れる者】を得てからは、魂の輪郭が前より見える。

 

 魔力に近い部分。

 肉体を動かす力に近い部分。

 スキルや経験の残滓。

 

 完全な選択ではない。

 それでも、ただの運任せではない。

 

 俺は必要なものを、必要なだけ、猿からかき集めた。

 

 蜘蛛子の糸が、岩壁を白く染める。

 猿の群れが、そこへ押し寄せる。

 

 毒が落ちる。

 影が押す。

 大猿が落ちる。

 

 一体。

 また一体。

 

 大猿どもも、馬鹿みたいに同じ動きだけを繰り返してはこない。

 

 跳ぶ角度を変える。

 通常猿を先に走らせる。

 投石で逃げ道を塞ぐ。

 死体すら足場にして、無理やり距離を詰めてくる。

 

 けれど、もう最初ほど押し込まれはしなかった。

 

 蜘蛛子が糸を出す。

 俺が影で軌道をずらす。

 毒が口へ、目へ、膝へ叩き込まれる。

 

 巨体が岩壁を削りながら落ちていく。

 その衝撃が、地上から遅れて響いた。

 

『あと、何体!?』

 

『大猿は残り一体! 普通の猿は数えるな!』

 

『数えたくもないわ!』

 

『同感だ!』

 

 その一体が、仲間の死体を踏み越えて跳んできた。

 

 大きい。

 速い。

 しぶとい。

 

 けれど、もう見えない攻撃ではなかった。

 

 熱。

 筋肉の動き。

 重心。

 岩壁にかかる足の力。

 

 俺が読む。

 蜘蛛子が動く。

 言葉より先に、意図が滲む。

 

 落ちろ。

 右じゃない。

 下。

 糸は一拍遅らせろ。

 毒はまだ。

 影で押す。

 

『無茶!』

 

『やれ!』

 

『やってる!』

 

 蜘蛛子が糸を切る。

 体が落ちる。

 大猿の腕が空を切る。

 

 俺は影を伸ばし、大猿の脇腹へ押し込む。

 

 蜘蛛子が足首に糸を出す。

 大猿の体が空中で捻れる。

 

 そこへ毒。

 毒玉が、大猿の開いた口へ落ちた。

 

「GAAAッ!?」

 

 咆哮が詰まる。

 岩壁に爪を立てようとした腕を、俺が影で弾く。

 

 重い。

 だが、今なら押せる。

 

 MPを流す。

 SPを流す。

 蜘蛛子が糸を引く。

 

 大猿が落ちる。

 途中で猿を巻き込みながら。

 最後の巨体が、地上へ叩きつけられた。

 

 熱が流れ込む。

 経験値が流れ込む。

 俺の中にも届く。

 

《経験値が一定に達しました。個体、スモールグレイヴウンブラペントがLV3からLV4になりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》

《スキルポイントを入手しました》

 

 レベルが上がった。

 

 戻る。

 

 HPも。

 MPも。

 SPも。

 【強欲】で広がった器の分まで、全部。

 

 自分の輪郭が、また戻った。

 

 よし。

 よしよしよし!

 

 やはり回復は偉大。

 レベルアップ様ありがとうございます!

 

 でも、まだ終わらない。

 

 普通の猿が残っている。

 大猿を失っても、まだ登ろうとする猿がいる。

 復讐に取り憑かれたように、岩壁を掻く猿がいる。

 

『蜘蛛子!』

 

『分かってる!』

 

 蜘蛛子が糸を出す。

 俺が影を出す。

 毒が落ちる。

 猿が落ちる。

 

 また一匹。

 また一匹。

 最後の一匹が、なおも岩壁を登ろうとした。

 

 白い糸が、その首に絡む。

 蜘蛛子が引く。

 俺が影で背を押す。

 

 猿が落ちた。

 下の方で音がした。

 遅れて、静けさが来た。

 

 ……静かだ。

 

 猿の声がしない。

 投石の音もしない。

 岩壁を掻く爪の音もしない。

 

 熱反応も、動いているものはほとんどない。

 いや、まだ下には落ちた猿の熱が残っている。

 でも、登ってくるものはない。

 

 来ない。

 終わった。

 

『……終わった?』

 

 蜘蛛子が呟いた。

 

『終わった……と思う』

 

『ほんと?』

 

『熱反応、動いてるやつはない。多分』

 

『多分!?』

 

『いや、終わった。終わったんだよ』

 

 そう言った瞬間、蜘蛛子の気配が一気に緩んだ。

 

『勝った……?』

 

『勝った』

 

『勝った? 勝ったよね?』

 

『勝ったぞ!』

 

『勝ったああああああああああああ!!』

 

 蜘蛛子の念話が、頭の中で爆発した。

 

 うるさい。

 でも、今だけは文句を言う気になれなかった。

 

『生きてる! 私、生きてる!』

 

『俺も生きてる』

 

『やった! 勝った! 猿ざまあ! いや怖かった! ほんと怖かった!』

 

『同感だ。もう二度とやりたくないよ』

 

『同意しかない!』

 

 俺も、力が抜けた。

 影の中に沈みそうになるくらい、気が抜けた。

 

 勝った。

 生き残った。

 その事実が、遅れて体に染み込んできた。

 

 猿戦。

 原作でも死闘だったイベント。

 それが、俺がいたせいで更に悪化した。

 

 正直、途中で何回か「これ終わったな」と思った。

 三度目の生もここまでか、と諦めそうになった瞬間もあった。

 

 だが、終わらなかった。

 生き残った。

 

 ……うん。

 

 やっぱり生きてるって素晴らしい。

 

 でも、できれば次からは、もう少し平和な形で実感したい。

 具体的には、昼寝から起きた時とか。

 そんな贅沢ができる場所じゃないけど。

 

 その直後。

 

《条件を満たしました。称号【無慈悲】を獲得しました》

《称号【無慈悲】の効果により、スキル【外道魔法LV1】、【外道耐性LV1】を獲得しました》

《【外道魔法LV1】は【外道魔法LV9】に統合されました》

《【外道耐性LV1】は【外道無効】に統合されました》

 

《条件を満たしました。称号【魔物の殺戮者】を獲得しました》

《称号【魔物の殺戮者】の効果により、スキル【剛力LV1】、【堅牢LV1】を獲得しました》

《スキル【強力LV2】が【剛力LV1】に統合されました》

《スキル【堅固LV1】が【堅牢LV1】に統合されました》

 

 無慈悲。

 魔物の殺戮者。

 

 ……なるほど。

 確かに、あれだけ殺せばそうなるか。

 

 蜘蛛子の方からも、変な気配が来た。

 

『……なんか、変な称号来た』

 

『【無慈悲】と【魔物の殺戮者】か?』

 

『え、なんで分かるの?』

 

『こっちにも来た』

 

『……ほんと、嫌な称号名』

 

『同感だ』

 

 無慈悲。

 魔物の殺戮者。

 勝利の証にしては、随分と物騒な名前だ。

 

 いや、実際にやったことを考えれば、何も間違っていない。

 

 俺たちは、猿の群れを殺し尽くした。

 復讐に来た群れを。

 こちらを殺すまで止まらなかった連中を。

 

 そこに後悔はない。

 後悔している余裕もない。

 

 ただ、称号の存在を知ってはいたけど、称号名の圧が強すぎる。

 生存報告の直後に【無慈悲】は、さすがに温度差がひどい。

 

『……食べる?』

 

 蜘蛛子が聞いてきた。

 

 目の前には、落ちた猿の死体がある。

 

 数は多い。

 食べればレベルアップ後に消耗したSPも戻るだろう。

 

 それに、今回は【影憑】で猿の魂を喰ったわけじゃない。

 【強欲】で奪った猿の死体は、塵にならずに残っている。

 つまり、食料はある。

 

 ありがたい。

 ありがたいんだが。

 

『食う。けど、少し離れる』

 

『え?』

 

『ちょっと、近すぎるというか……』

 

『……あー』

 

 蜘蛛子は、それ以上聞かなかった。

 

 猿戦で、俺が何を怖がっていたのか。

 完全には分からなくても、少しは伝わったのだろう。

 

 離れるといっても、この場から逃げるわけじゃない。

 そんなことをすれば、俺も蜘蛛子も、普通に死ぬ可能性がある。

 

 だから、共闘は続ける。

 見張りもする。

 必要なら、また背中を預ける。

 

 ただ、近づきすぎない。

 蜘蛛子の影に長く入らない。

 蜘蛛子のホームの奥へ入り込まない。

 蜘蛛子の魂を、近くに感じ続けない。

 

 そのくらいの距離を、意識して作らなければならない。

 

 そうしないと、俺は楽な方へ寄りかかる。

 蜘蛛子の魂が近くにある状態を、当たり前だと思ってしまう。

 それが、一番まずい。

 

 俺たちは安全を確認してから、落ちた猿の死体がある場所まで降りて、食事を始めた。

 ただし、俺は蜘蛛子とは離れた場所でだが。

 

 見張りができる距離。

 念話が届く距離。

 けれど、蜘蛛子の魂を近くに感じ続けない距離。

 

 そこまで離れてから、ようやく肉へ牙を立てる。

 

 魂じゃない、普通の食事。

 味を気にしている余裕はない。

 というか、今さら猿肉の味を真面目に評価してどうするんだという話である。

 

 ただ、体の奥へ少しずつ力が戻っていく感覚だけは分かった。

 

 腹は満たされる。

 身体も、少しずつ戻る。

 

 でも、それで魂の空白まで埋まるわけじゃない。

 【強欲】で広がった器は、そのままだ。

 

 今回の猿は、ほとんど【強欲】で魂の一部を切り取っただけで、【影憑】で喰ったわけじゃない。

 

 だから、死体は残っている。

 だから、こうして肉として食える。

 

 けれど、魂の方は別だ。

 

 強欲で広げた器に空いた場所は、肉では埋まらない。

 生の魂のエネルギーがいる。

 

 経験値という形でゆっくり埋めるか。

 生きた魔物へ【影憑】して、直接補うか。

 

 少なくとも、蜘蛛子の魂に頼るのは駄目だ。

 

 まずは、蜘蛛子から離れたところで、弱った小型魔物でも狩る必要がある。

 

 蜘蛛子に寄りかからずに、自分で満たす。

 そうしないと、いつか本当に取り返しがつかなくなりそうだ。

 

 食事を終えて、いつもならそのまま影に沈む。

 影の中は楽だから。

 冷たくて、暗くて、落ち着くから。

 

 でも今は、それが怖かった。

 

 楽すぎる。

 落ち着きすぎる。

 このまま影に沈んだら、体の輪郭も、魂の輪郭も、曖昧なまま戻れなくなりそうだった。

 

 だから俺は、あえて岩の上に体を出した。

 

 蛇の体で、岩肌を這う。

 腹の鱗が岩を擦る。

 

 手がない。

 足もない。

 胴体をくねらせ、腹で進む。

 

 もう慣れていたはずの体だ。

 それなのに、妙に違和感があった。

 

 人間の頃とは違う。

 当たり前だ。

 そんなことは、とっくに分かっていた。

 

 でも、影の中にいる時は、その違和感をあまり感じなかった。

 

 影に沈めば、体の形なんて曖昧になる。

 手がないことも。

 足がないことも。

 蛇の体で這っていることも。

 どれも考えなくて済む話だった。

 

 だから、楽だった。

 

 ……だから、危ないと思った。

 

 自分の体に違和感を覚えることはおそらく危険だろう。

 俺はしばらく、影に潜る時間を減らした方がいい。

 そう思った。

 

『……影蛇、大丈夫?』

 

『大丈夫じゃない』

 

『そこは大丈夫って言ってよ』

 

『嘘つく余裕が戻ったら言うよ』

 

『じゃあまだ駄目じゃん』

 

『そうだな』

 

 蜘蛛子の声は、少しだけ弱かった。

 多分、こいつも限界だ。

 俺も限界。

 

 でも、生きている。

 勝った。

 勝ったのだ。

 

 ようやく。

 ようやく、俺たちは生き残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、ようやく自分を鑑定する余裕ができた。

 

 【鑑定LV10】。

 

 今までとは見える範囲が違う。

 

 ステータス。

 スキル。

 称号。

 今まで見えなかった細部まで、嫌になるほど見えてしまう。

 

 俺は自分を鑑定した。

 

 上がったスキルレベルやステータスなどの詳細な数値は、後で整理しよう。

 それよりも今は、称号欄だけで十分な情報量だった。

 

《称号

【異例な魂】【神希望】【悪食】【暗殺者】【魔物殺し】【毒術師】【強欲の支配者】【魂へ触れる者】【無慈悲】【魔物の殺戮者】》

 

 気になるものはいくつもあった。

 けれどもまず目に留まったのは、戦闘中に聞こえた、初めて知った称号だった。

 

 【魂へ触れる者】

 取得スキル:【外道攻撃LV1】【腐蝕攻撃LV1】

 取得条件:魂へ直接干渉する行為を一定回数行う

 効果:魂の輪郭を認識しやすくなる

 説明:魂へと触れし者に贈られる称号

 

 なんとも物騒な名前だ。

 

 ただ、効果は理解できる。

 

 猿戦の途中から、魂の輪郭が少しだけ見えやすくなった。

 【強欲】で何を奪うかを寄せやすくなったのも、多分これの影響だ。

 

 便利だ。

 便利だが、便利で済ませていいものではない。

 

 【外道攻撃】。

 【腐蝕攻撃】。

 

 特に腐蝕攻撃なんて、普通に使っていいものじゃない。

 

 次は支配者称号。

 

 【強欲の支配者】

 取得スキル:【鑑定LV10】【征服】

 取得条件:【強欲】の獲得

 効果:全ステータス微上昇。全スキルの熟練度に+微補正。支配者階級特権を獲得

 説明:強欲を支配せし者に贈られる称号

 

 【強欲】を取得したことで獲得した称号だ。

 見た感じ、記憶通りの称号だろう。

 

 全ステータス微上昇と、全スキルの熟練度に+微補正。

 

 【傲慢の支配者】ほど特化した称号でなくとも、全体で見れば十分強いだろう。

 

 その他の称号も、見た感じほとんどのものは分かる。

 

 【悪食】。

 【暗殺者】。

 【魔物殺し】。

 【毒術師】。

 【強欲の支配者】。

 【無慈悲】。

 【魔物の殺戮者】。

 

 【魂へ触れる者】も、今の鑑定で何となく分かった。

 

 問題は、最初の二つ。

 

 【異例な魂】。

 【神希望】。

 

 そんな称号、取得した覚えがない。

 通知も聞いていない。

 なら、生まれた時から持っていたか、俺が気づくより前に付与されていたものだ。

 

 俺は、まず【異例な魂】を見た。

 

 【異例な魂】

 取得スキル:【外道魔法LV5】【外道無効】

 取得条件:異例な魂を持っている

 効果:全スキルの熟練度に+補正。全能力成長値に+補正

 説明:この世に存在しないはずの魂を持っているものに贈られる称号

 

 この世に存在しないはずの魂。

 

 転生者だからか?

 原作で無かっただけで、転生者にはこの世界ではこんな称号が……?

 

 いや、それは無いだろう。

 

 転生者全員がこんな称号を持っているなら、蜘蛛子にもそれらしい兆候があっていいはずだ。

 少なくとも、蜘蛛子が【外道魔法LV5】や【外道無効】を持っているなんて話は聞いていない。

 

 なら、俺が『蜘蛛ですが、なにか?』を知っているからか。

 それとも、Dが俺のために用意した、特注の称号か。

 

 分からない。

 分からないが、偶然とはとても思えない。

 

 次は……。

 名前からして異質な気がするな……。

 

 【神希望】

 取得スキル:【自立】【神性領域拡張LV3】

 取得条件:【自己理解】の獲得

 効果:成長につれ神化へと至る手段が少しずつ理解できる

 説明:名無しの蛇(黒巳怜士)に贈られる称号

 

 黒巳怜士。

 そこに、俺の名前があった。

 この世界で名乗った覚えのない、人間だった頃の名前。

 

 それが、システムの称号説明に書かれている。

 

 息が止まりそうになった。

 

 いや。

 分かっていたさ。

 もしかしたらとは思っていた。

 

 でも、確定した。

 

 バレている。

 いや、違うか。

 最初から知られていた。

 

 少なくとも、この称号を用意した存在は、俺のことを知っていた。

 

 俺がただの蛇ではないことも。

 俺が異常な知識を持つことも。

 俺が神を目指そうとしていることも。

 

 おそらく、全部。

 

 そんな悪趣味なことをする存在なんて、一人しか思い浮かばない。

 

 管理者D。

 ……やっぱり、最初から見られていた。

 

 そして、もう一つ。

 

 【自己理解】。

 

 俺が最初から妙にスキルの感覚を掴めた理由。

 自分の状態だけは、鑑定以上に分かることがあった理由。

 スキルの危険性や、魂の状態を感覚的に理解できた理由。

 

 前から、これか【自立】が俺の固有スキルなのだろうとは思っていた。

 

 けれど、【神希望】の取得条件にまで書かれているのを見て、ようやく確信した。

 

 俺の固有スキルは、多分【自己理解】だ。

 

 力そのものではない。

 答えでもない。

 自分を理解するための道具。

 神へ向かうための道筋を掴むためのもの。

 

 ……最悪だ。

 

 助けられている。

 それは間違いない。

 

 けれど、力を渡されたというより、進む先を用意されている感じがする。

 

 道を用意されている。

 それが分かってしまったから、最高に気持ち悪い。

 

 俺はしばらく、称号欄を見つめたまま動けなかった。

 

 強くなった。

 生き残った。

 だが、同時に、逃げ場が減った気がした。

 

 Dは俺を見ている。

 

 俺はもう、それを疑うことすらできなかった。

 

 けれど。

 

 今すぐどうにかできる相手じゃない。

 考えたところで、あいつがこちらを見なくなるわけでもない。

 

 なら、今やるべきことは一つだ。

 

 自分を理解する。

 

 自分のスキルを整理する。

 【強欲】が何を奪い、何を広げたのか。

 【魂欲】がどこまで強まっているのか。

 影に沈みたい衝動が、どれだけ危険なのか。

 そして、蜘蛛子に頼りすぎないで済むようにする。

 

 魔物を倒し、経験値を得る。

 【強欲】で広がった魂の器は、それで少しずつ満たしていく。

 

 けれど、経験値だけでは足りない。

 

 俺の魂は、そもそも死へ偏っている。

 それを生の側へ引き戻すには、生きた魂のエネルギーが必要だ。

 

 だから、蜘蛛子ではない魔物を狩る。

 弱らせて、抵抗できない状態にして、【影憑】で魂のエネルギーを得る。

 

 蜘蛛子の魂に頼らずに。

 蜘蛛子の魂を使わずに。

 

 俺自身で、俺を満たす。

 

 蜘蛛子に迷惑をかけないために。

 蜘蛛子を喰わないために。

 俺が俺のまま生き残るために。

 

 Dのことは、今は置いておく。

 あいつが何を考えているのかなんて、考えたところで分からない。

 

 まずは、俺自身だ。

 

 自分の影に、飲まれないこと。

 自分の欲に、喰われないこと。

 

 そこから始めるしかなかった。




次回は蜘蛛子視点の話です。
その後、猿戦後時点の影蛇のステータスや種族設定等をまとめた設定集①を挟む予定です。
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