三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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蜘4.戦いの後、影が少し遠い

 勝った。

 勝ったのだ。

 

 あの猿どもに。

 あの数に。

 あの投石に。

 あの大猿に!

 

 そして、地上百メートル近い岩壁とかいう、落ちたら即終了な地獄みたいな戦場で!

 

 私は生きてる。

 私は、逃げなかった。

 

 いや、逃げられなかったとも言う。

 

 そこは認める。

 認めるけど。

 

 逃げられない戦いを、逃げずに勝った。

 今なら、何が来ても勝てそうな気さえしてくる。

 

 勇者でも魔王でもかかってこいって言うもんよ!

 

 ……まあ、地龍は勘弁ね!

 

 あれは無理。

 普通に無理。

 調子に乗るにも限度というものがある。

 

 でも。

 それでも。

 私は勝った。

 

 もう一度、私は喜びを噛み締める。

 

 私は生きてるぞー!

 生きて、勝ったぞー!

 

 ……と、全力で喜びたいところなんだけど。

 

 体が動かない。

 いや、動く。

 一応動くんだけど、動きたくない。

 

 糸を出しすぎた。

 毒も使いすぎた。

 避けすぎた。

 落ちかけすぎた。

 猿多すぎた。

 大猿も多すぎた。

 

 何あれ。

 猿業界の総力戦?

 

 私、猿に何したの?

 

 いや、一匹倒したね。

 倒したけどさ。

 一匹で一族郎党総出の復讐は重いって。

 

 そして、その総力戦をやり切ったあとに来た称号が【無慈悲】と【魔物の殺戮者】。

 

 重い。

 名前が重い!

 

 やってることは間違ってない。

 あいつら、こっちを殺すまで止まる気なかったし。

 殺らなきゃ殺られてたし。

 

 後悔はない。

 ないけど、勝利のファンファーレにしては字面が物騒すぎる。

 

 もっとこう、【生還者】とか【頑張った蜘蛛】とか、そういうのはないんですかね?

 

 ないんですね。

 知ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、ひたすら猿の肉を食べたところだ。

 

 味?

 今それを聞く?

 戦闘直後の食事に味を求めるのは贅沢というものだ。

 

 燃料である。

 SPである。

 生き残った者の義務である。

 

 とはいえ、あのタニシ虫よりは遥かにマシ。

 

 あれと比べたら、だいたい何でもごちそうになる気がする。

 比較対象が最低すぎるだけとも言う。

 

 影蛇も食べていた。

 ただし、少し離れた場所で。

 

 さっき、あいつは言った。

 

『食う。けど、少し離れる』

 

 その時は、あー、としか返せなかった。

 

 理由は、なんとなく分かったからだ。

 近すぎるとまずい。

 蜘蛛子の魂を近くに感じ続けるのはよくない。

 

 たぶん、そういうことなのだと思う。

 

 猿戦の最中。

 影蛇は、私の影の中に入った。

 

 【影憑】。

 

 あれは怖かった。

 普通に怖かった。

 だって、「お前の影を入口にして、感覚だけ重ねる」とか言われたのだ。

 そんなの怖いに決まってる。

 

 しかも相手は、魂がどうとか言ってる黒い蛇。

 冷静に考えなくてもホラーである。

 蜘蛛目線でもホラーである。

 

 けど。

 

 影蛇は、私の体を勝手に動かさなかった。

 私の体は、最後まで私のものだった。

 糸を出したのも、毒を落としたのも、避けたのも、踏ん張ったのも、私。

 ただ、見えない場所が分かった。

 

 死角から来る猿の腕。

 

 飛んでくる石の軌道。

 

 大猿が跳ぶタイミング。

 

 糸が切れそうな場所。

 言葉になる前に、危ない方向が分かった。

 

 右。

 下。

 今。

 引け。

 跳ぶな。

 

 そういうものが、頭の中というより、体の奥へ直接流れてくる感じ。

 

 念話とも違う。

 

 自分の考えとも違う。

 

 でも、完全に他人の声でもない。

 

 気持ち悪い。

 怖い。

 便利。

 助かった。

 

 感情が忙しい。

 

 影蛇は危険。

 それは変わらない。

 

 でも、危険だから全部駄目、というわけでもない。

 

 少なくとも、あの時の私は、影蛇がいなかったら死んでいた。

 

 私は食べながら、さっきの戦いを思い出す。

 

 逃げられなかった。

 でも、勝った。

 

 地龍にぶっ飛ばされた時の私は、逃げた。

 逃げて逃げて逃げて、運良く生き延びた。

 上層で危ない魔物に追われた時も、だいたい逃げた。

 

 逃げるのは悪くない。

 死ぬくらいなら逃げる。

 それは今でも変わらない。

 

 だけど、今回は逃げられなかった。

 

 だから、戦った。

 そして、勝った。

 

 私一匹の勝利じゃない。

 影蛇がいなければ、たぶん死んでいた。

 

 それは認めるしかない。

 認めるしかないんだけど。

 

 ……なんか悔しい。

 

 影蛇を少し信用してしまった自分が悔しい。

 

 いや、信用してない。

 してない……かな?

 してないこともない?

 

 うーん。

 考えるのが面倒になってきた。

 

 私は猿肉を飲み込んだ。

 

 考えるのは後。

 まずは食べる。

 食べて回復。

 

 お残しダメ、絶対。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、進化だ。

 

 そう!

 私はレベル10になったのだ!

 

 めでたい!

 超めでたい!

 

 死にかけまくった結果のレベル10である。

 全然めでたくない気もするけど、めでたいことにしておく。

 進化できるのだから。

 

 猿戦でボロボロになって、食べて、ようやく一息ついたところで進化。

 

 忙しいな、私の蜘蛛生。

 もう少し休ませてくれてもいいのでは?

 まあ、進化中は眠るようなものだから、休みと言えば休みか。

 本当に休みになるかは知らないけど。

 

『今から進化する』

 

 影蛇に念話を送る。

 

『分かった。見張っておくよ』

 

『近づきすぎ注意で』

 

『分かってる』

 

『ほんとに?』

 

『今までよりさらに分かってるさ』

 

 その返事に、少しだけ笑いそうになった。

 

 影蛇の返事が、さっきより少しだけ軽かったのが嬉しかった。

 

 猿戦の最中は、ずっと切羽詰まっていた。

 

 今も疲れているのは分かる。

 でも、少しだけいつもの調子が戻っている気がした。

 

『じゃ、寝る』

 

『寝ろ』

 

『襲われそうだったら、猿の時みたいに起こしてね』

 

『進化中って起こせるのか?』

 

『それは……どうなんだろ?』

 

『まあ、できれば頼らずに済む展開がいい』

 

『それはそう』

 

 私はホームの残骸を補修し、どうにか寝られる場所を作った。

 

 正直、ホームと呼ぶにはだいぶ壊れている。

 

 仮ホームの残骸。

 元ホーム。

 ホームだったもの。

 

 ……悲しいので、ホームと呼ぶことにする。

 

 糸を重ねる。

 体を丸める。

 

 そして、スモールポイズンタラテクトへの進化を選ぶ。

 

 意識が、ゆっくり沈んでいく。

 

 深く沈む前、少し離れた場所に、黒い気配があった。

 

 近すぎない。

 でも、遠すぎない。

 

 多分、見張りをしている。

 まあ、今はそれでいいか。

 私は、その気配を最後に感じながら、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

《進化が完了しました》

《種族スモールポイズンタラテクトになりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《進化ボーナスにより、スキル熟練度を取得しました》

 

 ︙

 

《スキルポイントを入手しました》

 

 おはようございます。

 無事目覚めることができました。

 ということで、進化・完了!

 

 いやー、体が軽い。

 軽いというより、強くなった感じかな?

 

 全体的に一回り性能が上がった。

 

 よし。

 いい。

 これはいい。

 猿戦で死にかけた分、ちゃんと報酬がないとやってられないからね!

 

 とはいえ、感動に浸っている暇はない。

 進化後だから、進化前に食べたところなのにまたお腹空いてきた。

 ここはやはり、残ってる猿どもに私の糧になっていただこう。

 

『起きたか』

 

『起きたよ』

 

『問題は?』

 

『多分なし。進化成功』

 

『よかった』

 

 短い返事。

 でも、安心している感じは伝わった。

 

 影蛇は、やはり少し離れた岩場にいた。

 影の中ではなく、岩の上。

 

 進化前より、少しだけ気配が落ち着いている。

 もしかしたら、私が寝ている間に何かしていたのかもしれない。

 

 けど、詳しく聞くのはやめた。

 

 魂がどうとか、影がどうとか。

 今聞いても、たぶん私の頭が追いつかない。

 

 それに。

 私が寝ている間、影蛇はちゃんと見張っていた。

 それで今は十分だ。

 

『影蛇は?』

 

『生きてる』

 

『それは見れば分かる』

 

『なら問題ない』

 

『問題ない返事じゃないんだけど』

 

『細かいことは追々』

 

『追々が多すぎる』

 

『俺もそう思う』

 

 うん。

 やっぱり、少しだけ調子が戻っている。

 さっきまでより軽い。

 

 でも、距離はまだ少し遠い。

 そこは変わらない。

 

 近すぎず、遠すぎず。

 今のところは、それが影蛇の決めた距離らしい。

 

 まあ、いい。

 完全にいなくなるよりは、ずっといい。

 戦力的に。

 

 うん。

 戦力的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、私たちは移動を再開した。

 壊れたホームに長居する理由はない。

 

 猿の死体も食べた。

 進化も終わった。

 なら、先へ進むしかない。

 

 下層は相変わらず広い。

 

 強そうな反応は避ける。

 食べられそうな魔物は狩る。

 危ないなら逃げる。

 

 この辺は、もう慣れてきた。

 

 影蛇は、以前より少し離れた場所を移動することが増えた。

 

 でも、索敵はしてくれる。

 危険な反応があれば教えてくれる。

 私が狩る時には、必要なら外道魔法や影魔法で補助してくれる。

 

 つまり、役には立つ。

 やっぱり便利。

 

 そして、ちょっと遠い。

 

 この「ちょっと」が、妙に気になる。

 別に寂しいとかではない。

 ない。

 たぶん。

 

『右奥、大型反応』

 

『避ける?』

 

『避ける』

 

『了解』

 

 即決。

 命大事に。

 

 猿戦の後だ。

 今の私は、危険に挑む気分ではない。

 いや、普段からあまり挑みたくはないけど。

 

 影蛇は時々、影から出て岩の上を這っていた。

 

 それが少し変だった。

 

 黒い蛇が影に潜らず、普通に這っている。

 

 いや、それが普通なんだけど。

 影蛇の場合、普通じゃない。

 

『影に入らないの?』

 

『入りすぎるとまずい』

 

『そっか』

 

『便利だからって使いすぎると碌なことにならない』

 

『それは分かる』

 

 便利なスキルほど危ない。

 そんなこともあるだろう。

 

 私も実感している。

 【探知】とか。

 

 ……うん。

 あれは便利なスキルというより、情報量で脳を殴ってくる危険物だけど。

 

 まあ、それは横に置いて。

 

 影蛇の【影憑】も、多分その類だ。

 

 便利。

 強い。

 でも、長く使うと危ない。

 

 影蛇自身も、それを分かっているのだろう。

 

 だから、距離を取っている。

 影にも沈みすぎない。

 

 分かる。

 分かるんだけど。

 やっぱり、少し落ち着かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとは、しばらく平和だった。

 

 いや、エルロー大迷宮下層で平和って何?

 自分で言ってて意味が分からない。

 でも、本当にしばらく魔物には出会わなかった。

 

 猿の群れに巻き込まれたせいか。

 それとも、あれだけ大騒ぎしたから周囲の魔物が離れたのか。

 理由は分からないけど、進むなら今しかない。

 

 ただ歩いているだけなのも暇なので、移動しながら上げられそうなスキルを使う。

 

 糸を少し出して、操る。

 毒を確認する。

 感覚を確かめる。

 

 影蛇も、少し離れたところで、影以外の魔法らしきものを色々と使っていた。

 土っぽいものや風っぽいものが動いていたので、あいつもあいつで訓練しているらしい。

 

 そんなことをしながら進んでいると、空気が変わった。

 

 最初に気づいたのは、熱だった。

 

 暑い。

 

 最初は気のせいかと思った。

 戦闘後で体が熱いだけかもしれない。

 進化した影響かもしれない。

 そんなことを思った。

 

 でも、違う。

 進むほど、確かに暑くなっている。

 

『暑くない?』

 

『暑いな』

 

『影蛇も暑いんだ』

 

『まあそりゃな。それに、熱感知がうるさい』

 

『なるほど』

 

 影蛇が暑さにうるさいのか、熱感知がうるさいのかはともかく、暑いものは暑い。

 周囲の岩も、少し赤みを帯びているように見える。

 空気が乾いている。

 

 肌……いや、外殻?

 体表?

 とにかく体に熱がまとわりつく。

 

 嫌な暑さだ。

 エアコンが切実に欲しい。

 夏場はエアコンの効いた部屋で半分引きこもるタイプだった私に、この暑さはきつい。

 

 そして、道。

 道が、少しずつ上向きになっている。

 上り坂だ。

 

 今まで下層をさまよっていた私たちが、上へ向かっている。

 

 上。

 つまり!

 

『もしかして……』

 

『ああ』

 

 影蛇の声が、少しだけ明るくなった気がした。

 

『下層の終わりが近いかもしれない』

 

 その言葉を聞いた瞬間、体の奥から力が湧いた。

 

 下層の終わり。

 この地獄みたいな下層が?

 あの地龍とか、猿とか、強敵だらけの下層が?

 終わる?

 

 マジで!?

 

 私は足を速めた。

 

『ちょ、速い!』

 

『だって下層終わるかもしれないんだよ!?』

 

『油断するなよ!』

 

『分かってる! でも急ぎたい!』

 

『気持ちは分かるが、死んだら終わりだぞ!』

 

『それはめちゃくちゃ分かる!』

 

 分かる。

 死にたくない。

 

 でも、進みたい。

 

 この先に下層の終わりがあるなら。

 中層があるなら。

 地獄が一つ終わるなら。

 

 足が勝手に進む。

 坂を登る。

 熱が増す。

 空気が揺らぐ。

 岩の色が変わる。

 

 赤い。

 熱い。

 

 黄のスタミナが減る。

 速く走りたいのに、長くは続かない。

 速度があっても、持久力がないとこうなるのか。

 これ、地味に弱点だ。

 覚えておこう。

 

 でも今は、それよりも!

 

 坂の先に、光が見えた。

 いや、光というより。

 

 揺らめく赤。

 熱の赤。

 

 私は、坂を登り切った。

 その先に広がっていたのは、今までの下層とはまったく違う景色だった。

 

 広い空間。

 赤く照らされた岩壁。

 地面を流れる、眩しいほどの熱。

 

 マグマである。

 

 うん。

 なるほど。

 暑いわけだ。

 

『……中層?』

 

『多分な』

 

 影蛇が答える。

 

 私は、しばらくその赤い景色を見つめた。

 

 下層が終わった。

 あの地獄みたいな場所を抜けた。

 猿戦も越えた。

 進化もした。

 

 そして、ついに。

 

『下層、終わったああああああああ!!』

 

 全力で、念話で叫んだ。

 

 影蛇が少し黙った。

 

『……元気だな』

 

『元気にもなるよ! 下層終わったんだよ!?』

 

『まあ、気持ちは分かる』

 

『でしょ!?』

 

『ただ、目の前はマグマだ』

 

『うん』

 

『次の地獄が始まったとも言う』

 

『言わないで!?』

 

 でも、今だけはいい。

 

 今だけは、喜ばせてほしい。

 

 下層は終わった。

 

 次は中層。

 

 暑そう。

 いや、めちゃくちゃ熱い。

 

 マグマとか見えてるし。

 

 というか、あれ?

 今、HP減ってない?

 

 ……減ってる。

 

 え?

 ただ立ってるだけで?

 この距離で?

 嘘でしょ!?

 

 やっと下層を抜けたと思ったら、地形ダメージありのマグマ地帯?

 

 神様、蜘蛛に厳しすぎない?

 

 いや、神様がいるかどうかは知らないけど!

 

 でも。

 私たちは、下層を抜けた。

 猿の群れを越えた。

 

 生き残った。

 だから、今はそれで十分だった。

 

 中層攻略、開始だ!




次回は主人公周りの設定をまとめた、設定集①です。
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