三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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(これから更新再開します。出来るだけ投稿していきたいと思います)


15.中層攻略開始!……できませんでした!

 中層攻略、開始。

 

 蜘蛛子はそう宣言したのだが……。

 

『熱っ!? 無理! これ無理!』

 

 開始数秒で、撤退した。

 

 いや、本当に数秒だった。

 五秒か、七秒か、その辺り。

 

 まあ細かい数字はどうでもいい。

 どちらにせよ、攻略開始とは名ばかりの即時撤退だった。

 

 目の前には、赤く煮えたぎるマグマ地帯。

 岩壁は熱を持ち、空気そのものがゆらゆらと揺れている。

 

 下層が終わった。

 それはめでたい。

 

 だが、目の前に広がる中層は、どう見ても別方向の地獄だった。

 

 暗くて強敵だらけの下層。

 赤くて熱くてマグマだらけの中層。

 

 ……この迷宮、基本的に俺たちを歓迎する気がない。

 

『熱い! 普通にHP減るんだけど!?』

 

『だろうな』

 

『だろうな!? なんでそんな落ち着いてるの!?』

 

『見れば分かるだろ、マグマだぞ』

 

『それはそうだけど! HP減るのはまた別問題じゃん!』

 

『まあ、それは分かる』

 

 中層が熱いことは知っていた。

 蜘蛛子がここで火耐性や自動回復系を鍛えながら進んでいたことも、覚えている。

 

 けれど、知っていることと、実際にこの赤い地獄を目の前にすることはまるで違う。

 

 俺だって熱い。

 

 熱感知がうるさいだけじゃない。

 

 普通に熱い。

 岩も熱い。

 空気も熱い。

 

 なんなら影に半分沈んでも熱い。

 

 いや思わず影の中に入ったのに、そこまで熱いってどういうことだよ!

 影はもっとこう、冷たくて暗くて落ち着く場所であってほしい。

 

 だが、現実の影は断熱材ではなかった。

 とても残念である。

 

 中層がこういう場所だとは知っていた。

 けれど、知識と体感は別物だった。

 

 マグマ地帯。

 火属性ダメージ。

 糸の劣化。

 火耐性上げ。

 

 言葉にすればそれだけだ。

 

 だが実際は、鱗の内側まで熱が染み込んでくるような地獄である。

 

『これは、無理だね』

 

『即断だな』

 

『いや、無理でしょ。入った瞬間にHP減るんだよ? こんなところ突っ込んだら、私、消し炭になるよ? てか糸も燃えてる!』

 

『それは困るな』

 

 というわけで、俺たちは中層の入口から少し戻った。

 

 下層ほど暗くはない。

 中層ほど熱くもない。

 その境目あたりに、蜘蛛子が新しい仮拠点を作る。

 

 前の高所ホームほど立派なものではない。

 どちらかと言えば、訓練用の簡易拠点。

 

 中層に少し入る。

 熱でダメージを受ける。

 戻る。

 回復する。

 

 その繰り返しをして、耐性を上げるための場所だ。

 

 原作でも、ここは準備期間だったはずだ。

 

 なら、俺たちも地道に準備するしかない。

 

 命大事に。

 三度目の人生における最重要スローガンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮拠点を作り終えた蜘蛛子が、糸の上に転がった。

 

 中層から少し離れたとはいえ、熱気はまだ届いている。

 蜘蛛子はさっきから、焦げかけた糸を何度か張り直していた。

 

 糸が生命線の蜘蛛子にとって、中層はそれだけで相性が悪い。

 

 俺にとっても、もちろん悪い。

 

 影に沈めば多少はマシだ。

 けれど、完全に熱を遮れるわけではない。

 

 そもそも、今の俺は影に沈みっぱなしになるのも避けたい。

 あれは楽だ。

 楽すぎる。

 だからこそ危ない。

 気を抜くと、体の輪郭どころか、自分の輪郭まで薄くなっていくような感覚がある。

 

 ……というより、マグマのせいでそもそも影がほとんど無いんだよな。

 いざという時に【影魔法】を使わないと影に入れないのは、それはそれでキツイ。

 

『あー、無理。熱い。中層、無理』

 

『同意する』

 

『攻略開始、即終了』

 

『開始したかどうかすら怪しいな』

 

『そこは雰囲気でいいの!』

 

 蜘蛛子が前足で糸をつつく。

 

 ぷつ、と細い糸が切れた。

 

『うわ、やっぱりダメージ入ってる。最悪』

 

『糸が生命線だもんな』

 

 などと思っていると、蜘蛛子がふと動きを止めた。

 

『で』

 

『で?』

 

『猿の時のあれ』

 

『どれだ?』

 

『「どれだ?」じゃないが!』

 

 来た。

 まあ、来るよな。

 むしろ、ここまでよく待ってくれた方だ。

 

『後で話すって言ったよね?』

 

『言ったな』

 

『今、後じゃない?』

 

『判断が早いんじゃないか?』

 

『待った方だよ!?』

 

 それはそう。

 猿戦からここまで、蜘蛛子はかなり待ってくれていた方だ。

 

 俺は少しだけ考える。

 どこまで話すか。

 

 支配者スキル。

 管理者D。

 神化。

 原作知識。

 

 そんなところまで含めて全部は、流石に話せない。

 だが、何も話さないのは違う。

 

 猿戦で、俺は蜘蛛子の影にいた。

 俺は蜘蛛子の感覚に触れたし、蜘蛛子も多少俺のことを感じたはずだ。

 あの時の異常を、蜘蛛子がまったく感じていないわけがない。

 

 なら、最低限の説明は必要だ。

 

『【強欲】ってスキルを取った』

 

『ごうよく?』

 

『欲張りの強欲』

 

『七つの大罪のやつ? 名前からしてアウトじゃん』

 

『否定はしない』

 

『しないんだ』

 

『できない』

 

 蜘蛛子が少しだけ体を起こした。

 焦げた糸をつついていた前足が、今度は俺の方を向く。

 

 目が多い。

 圧も多い。

 

『で、何ができるの?』

 

『倒した相手から、色々奪う』

 

『色々』

 

『ステータス、MP、SP、スキルポイント。そのあたりは実際に増えた』

 

『うわ、便利』

 

 蜘蛛子が羨ましそうな雰囲気を出してる。

 

 まあ、そうなる。

 俺だって、他人がそんなスキルを持っていると聞いたら、まずそう思う。

 

 便利。

 強い。

 欲しい。

 

 けれど、それで終わらないから困っている。

 

『便利だが、問題がある』

 

『便利なのに?』

 

 蜘蛛子が首を傾げるような気配を出す。

 

 俺は一拍置いて続けた。

 

『前にも少し話したと思うが、俺には【自己理解】がある』

 

『自分のことが分かるやつ?』

 

『だいたいそんな感じだ』

 

『だいたい』

 

『スキルの説明文が全部出るわけじゃない。けど、自分に起きていることとか、スキルの感覚は分かる』

 

『便利じゃん』

 

『便利だな』

 

 蜘蛛子が、わざとらしくこっちを見た。

 

『便利スキル多いなあ』

 

『その分、変なのも多い』

 

『返品しなよ』

 

『返品ってどこにだよ』

 

『さあ?』

 

 軽口を挟んだおかげで、少しだけ話しやすくなった。

 

 さっきまで焦げた糸をいじっていた蜘蛛子は、今はじっとこちらを見ている。

 茶化してはいるが、ちゃんと聞いている。

 

『で、【強欲】は便利だけど、使うと欲が強くなる感じがある』

 

『欲?』

 

『もっと欲しい。もっと奪いたい。そういう方向に寄る』

 

『名前通りじゃん』

 

『名前通りだな』

 

『分かりやすく嫌』

 

『俺も嫌だ』

 

 蜘蛛子は茶化した。

 けれど、さっきより気配は軽くない。

 

 これは便利スキルの話ではなく、俺の中身の話だ。

 俺自身が、何かに引っ張られるかもしれないという話だ。

 

 そこから先を言うべきか、少し迷った。

 

 これからのことを考えたら、怖がらせすぎるのは違う。

 だが、隠しすぎるのも違う。

 

 俺は言葉を選ぶ。

 

『俺の場合は、そこに【魂欲】も混ざる。だから余計にまずい』

 

 蜘蛛子の動きが止まった。

 

『私の魂がどうこうってやつ?』

 

『それ』

 

『そこは普通に怖い』

 

『すまん』

 

『謝られると困る』

 

『すまん』

 

『追加で謝るな』

 

 蜘蛛子が前足を振る。

 たぶん、やめろという意味。

 

『つまり、強いけど危ないスキル?』

 

『そんな感じだ』

 

 蜘蛛子はそう言いながら、少し黙った。

 

 重い話を、重いまま飲み込まない。

 茶化して、文句を言って、それから少し考える。

 蜘蛛子らしいと思う。

 

 俺はそれを見ながら、さっきの説明を頭の中で確認する。

 

 言いすぎてはいない。

 少なくとも、支配者スキルの体系や原作知識には触れていない。

 

 【自己理解】で分かる範囲。

 猿戦で実際に起きた範囲。

 

 それだけを話した。

 たぶん、これでいい。

 大丈夫なはずだ。

 

 そう思ったところで、蜘蛛子が「あ」と声を上げた。

 

『どうした』

 

『いや、今の話聞いてたら、なんか気になってさ』

 

『何が』

 

『スキル候補』

 

 嫌な予感がした。

 

 いや、嫌な、ではないか。

 むしろ、来るべきものが来た感覚。

 

 蜘蛛子は糸の上で少し身じろぎする。

 

 多分、候補を見ている。

 ならば、あれを見つけてる筈だ。

 

『なんか、名前がすごいのある』

 

『名前がすごい?』

 

『【傲慢】』

 

 来たか。

 俺は、そう思った。

 

 顔には出さない。

 まあ蛇に表情はないけど。

 

『随分と不穏な名前だな』

 

『【強欲】に言われたくないけどね』

 

『効果は?』

 

『経験値とか、熟練度とか、成長が増えるっぽい』

 

 蜘蛛子の声が弾む。

 名前への警戒を、効果への欲が押し返している。

 

 当然だ。

 

 この世界で、成長速度が上がる。

 それは生存率が上がるということだ。

 

『……強いな』

 

『強いよね?』

 

『強い』

 

『取るべき?』

 

『それはお前が決めろ』

 

『そこは助言してよ』

 

 蜘蛛子が不満そうに言う。

 

 だが、ここで俺が「取れ」と言うのは違う。

 

 原作通りなら、蜘蛛子は【傲慢】で大きく伸びる。

 だから、取ってほしい気持ちはある。

 

 いや、正直に言えば、かなりある。

 

 俺がいることで、原作通りに経験値を得られる保証はない。

 戦闘の流れも変わる。

 成長速度も変わる。

 

 蜘蛛子が原作のように強くなるためには、むしろ【傲慢】は必要だ。

 

 けれど、それを俺が説明するのは不自然だ。

 だから、言えるのはこの程度。

 

『名前は危ない。効果は強い。俺の【強欲】みたいに、何かしら精神に影響がある可能性はある』

 

『うげ』

 

『ただ、強くならないと死ぬ』

 

『だよねえ』

 

 蜘蛛子は中層の方を見る。

 

 赤く煮えたぎる、熱の地獄。

 それだけで、答えは半分出ているようなものだった。

 

『火で焼かれて死ぬのは嫌』

 

『俺も嫌だ』

 

『猿みたいなのがまた来るのも嫌』

 

『それも嫌だ』

 

 蜘蛛子はそこで一度黙った。

 

 軽く跳ねるようだった気配が、少しだけ落ち着く。

 

 考えている。

 

 名前。

 効果。

 危険。

 生存。

 

 その全部を、蜘蛛子なりに並べている。

 

 そして、ぽつりと言った。

 

『影蛇がまた変なスキル取って無茶するのも嫌』

 

『それは別問題じゃないか』

 

『別じゃない。私も強くなった方が、影蛇が変なことしなくて済むでしょ』

 

 不意に、言葉が詰まった。

 

 蜘蛛子は軽く言った。

 たぶん、深く考えずに言った。

 

 けれど、俺には少し重かった。

 

 猿戦で、俺は無茶をした。

 

 【強欲】を取った。

 蜘蛛子の影に入った。

 蜘蛛子を喰いかけた。

 

 助けた、とは思う。

 でも、それだけではない。

 蜘蛛子も、たぶんその危うさを感じている。

 

『……そうだな』

 

『うん。だから取る。こんなの、取らない方が怖いし』

 

 蜘蛛子の答えは早かった。

 

 けれど、軽くはなかった。

 

 名前が不穏でも。

 精神に影響があるかもしれなくても。

 強くならないと死ぬ。

 

 それが、この世界の答えだ。

 

『変な感じがしたら言えよ』

 

『影蛇もね』

 

『俺はもう変だろ』

 

『自覚あるならなおさら言え』

 

『はい』

 

『よろしい』

 

 蜘蛛子が意識を向ける。

 

 俺には通知は聞こえない。

 だが、蜘蛛子の気配が一瞬だけ変わった……気がした。

 

『取った』

 

『どうだ?』

 

『んー……なんか、すごいの取っちゃった感』

 

『名前からしてな』

 

『あと、ちょっとテンション上がる』

 

『危険な兆候では?』

 

『強くなれるならテンションくらい上がるでしょ』

 

『まあ、それはそう』

 

『でしょ?』

 

 蜘蛛子はそう言って、もう一度中層の方を見た。

 

『よーし。じゃあ、まずは焼けないようになるところから!』

 

『いきなり目標が低い』

 

『生存目標としては高いんだよ!』

 

 それもそうだ。

 この世界の生存目標は、だいたいいつも高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蜘蛛子と俺は、中層の熱に慣れる訓練を始めた。

 

 少し入っては戻る。

 少し長めに入っては戻る。

 

 蜘蛛子は糸を出して、熱でどれくらい劣化するか確かめている。

 毒も試しているようだが、やはり勝手が違うらしい。

 

 俺は影に沈んだ時と実体でいる時の差を確かめる。

 ついでに、熱の中で集中が切れないか、魔力を軽く動かして魔法の感覚も確認する。

 

 地味。

 とても地味。

 だが、ここで格好つけて暴発しました、では笑えない。

 

『熱い! 戻る!』

 

『俺も戻る!』

 

『え、影蛇も?』

 

『俺もHPが減ってた』

 

『仲間!』

 

『嬉しくない仲間意識だな』

 

『中層被害者の会、結成!』

 

『会員二名しかいないぞ』

 

『今なら会長と副会長を独占できる』

 

『嬉しくない』

 

『私も別に嬉しくはない!』

 

 蜘蛛子が糸の上に転がる。

 俺も岩陰で体を丸める。

 

 熱い。

 とにかく熱い!

 

『うわ、やっぱ減ってる!』

 

『こっちもだ』

 

『熱に弱いコンビじゃん』

 

『名前が弱そうだな』

 

『でも事実なんだよねえ』

 

『認めたくない事実だ』

 

 文句を言いながら、また中層へ入る。

 

 熱が体に絡みつく。

 鱗の隙間から、じわじわ焼かれているような感覚。

 蜘蛛子もきつそうだった。

 

 足先を動かすたびに、ほんの少し動きが鈍る。

 糸を出せば、いつもより早く傷む。

 

 中層は、今までのやり方をそのまま許してくれない。

 だから、ここで合わせる必要がある。

 合わせる必要がある、のだが。

 

『……耐性が全然出ない』

 

『こっちもだ』

 

『え、【火耐性】ってこんな渋いの?』

 

『渋いな』

 

『いやいやいや、私たち今かなり頑張ってるよ? 熱いよ? 痛いよ? 普通にHP減ってるよ?』

 

『減ってるな』

 

『なら上がろうよ! 熟練度くん!』

 

『たぶん、俺たちの火への適性が終わってるんだろうな』

 

『終わってるとか言うな! 薄々分かってたけど!』

 

 実際、相性は最悪だ。

 

 蜘蛛子も、そして俺も恐らく、火が苦手だ。

 中層との相性はひどい。

 

 熱に炙られているのに、通知は沈黙したままだ。

 

『これ、私たちが慣れるより先に心が折れない?』

 

『折れたら焼けて終わりだな』

 

『最悪の二択!』

 

 マシかどうかは分からない。

 

 だが、他に道もない。

 

 すぐに強くなれるわけじゃない。

 すぐに慣れられるわけでもない。

 

 それでも、やるしかなかった。

 

 中層攻略。

 開始はした。

 したのだが。

 

 本格的にできるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうだった。




TIPS:スモールグレイヴウンブラペントの属性適性

属性適性は大きく偏っており、外道属性、影属性/闇属性、空間属性への適性が高い。
特に影属性と外道属性を得意とし、影に沈むこと、気配を薄めること、魂や精神へ干渉することに向いている。
一方で、火属性と光属性への適性は低い。
そのため、火と高熱に満ちたエルロー大迷宮中層は、スモールグレイヴウンブラペントにとって相性の悪い環境である。
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