三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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(※本文を少し大きめに修正しました)
(※すでに読んでくださった方には申し訳ありませんが、戦闘描写や一部の流れを調整しているため、改めて読んでいただけるとありがたいです)
(※この前書きは数日後に削除予定です)


17.マグマの世界の歩き方

 熱い。

 

 中層に足を踏み入れるのは、これが初めてじゃない。

 火耐性の訓練で、少しだけなら入ったことはある。

 

 けど、地龍カグナから逃げ込む形で、準備も休憩もなしに来るのとは話が違った。

 

『あっつ!? やっぱりあっついんですけど!?』

 

『同感だ!』

 

『どうにかして!?』

 

『できるならしてる!』

 

 蜘蛛子が地上を駆ける。

 俺はその後を追う。

 

 背後から地龍カグナの気配は、もう追ってきていない。

 多分、あいつもわざわざ中層まで突っ込む気はなかったんだろう。

 

 それは助かった。

 

 助かったんだが。

 

 前にはマグマ。

 横にもマグマ。

 下手に進めば熱で死ぬ。

 戻れば地龍がいるかもしれない。

 

 やっぱり最悪じゃねぇか。

 

『影蛇! あれ!』

 

 蜘蛛子の声に、【探知】の意識を向ける。

 

 マグマの中。

 赤く揺れる液面の下に、動いている反応があった。

 

 【鑑定】で確認する。

 

 エルローバラドラードだ。

 

 火属性の魔物。

 俺の覚えている中層の魔物と同じなら、マグマの中から火球を撃ってくるタイプだ。

 倒すなら、撃たせてMPを削って、地上へ出てきたところを狙うのが基本になる。

 

『やる?』

 

『いや、待て。中にいる間は不利だ』

 

『待つの?』

 

『こっちからマグマに飛び込むよりはマシだ』

 

『それはそう』

 

 マグマの中にいる相手へ、こっちから近づくのは論外。

 蜘蛛子の糸も熱で弱る。

 俺の影も、火の光が揺れすぎて安定しない。

 

 なら、出てくるまで待つ。

 

 そう考えた直後、マグマがぼこりと泡立った。

 

『撃ってくるぞ!』

 

『げっ!』

 

 火球。

 

 赤い塊が、一直線に飛んでくる。

 

 蜘蛛子が跳ぶ。

 俺も横へ滑る。

 

 さっきまでいた地面に火球が直撃し、熱と破片が飛び散った。

 

『影蛇、あれ連発されたら面倒なんだけど!』

 

『だから撃たせる。MP切れ狙いだ』

 

『うわ、地味!』

 

『生き残るための地味さだ。ありがたく思え』

 

 蜘蛛子は不満そうにしながらも、物陰へ飛び込む。

 俺も別の影に潜り、火球の軌道を【探知】で拾う。

 

 火球が飛ぶ。

 避ける。

 隠れる。

 また飛ぶ。

 また避ける。

 

 相手に撃たせながら、地形を確認する。

 足場、逃げ道、火球の間隔、相手の浮上位置。

 

 ……と、そこでふと思った。

 

 待つ必要、あるか?

 

 蜘蛛子の糸は届きにくい。

 近づけば焼かれる。

 マグマの中にいる相手へ、蜘蛛子が飛び込むわけにもいかない。

 

 けど、俺の魔法なら届く。

 

『蜘蛛子、少し試す』

 

『何を?』

 

『魔法なら、マグマの中にも届く』

 

『あ、確かに。でも――』

 

 蜘蛛子が止める前に、俺は闇魔法を撃ってしまった。

 

 黒い弾が、マグマの中に沈む魔物へ叩き込まれる。

 続けて毒魔法を薄く広げる。

 

 効きは浅い。

 マグマの中にいる相手へ通る威力なんて、たかが知れている。

 

 けれど、無意味ではないだろう。

 

 すると、魔物の意識がこちらへ向いた。

 

『影蛇! めっちゃそっち見てるよ!』

 

『見てるな!』

 

 次の瞬間、火球が俺へ飛んできた。

 

 影へ沈む。

 だが、火の光で影が揺れる。

 足場も悪い。

 魔法を撃った直後で、反応が一拍遅れた。

 

 まずい。

 

『こっち!』

 

 蜘蛛子の糸が俺の体に絡む。

 引っ張られる。

 

 直後、さっきまで俺がいた場所を火球が焼いた。

 

『危なっ!?』

 

『危ないのはこっちの台詞なんですけど!?』

 

『悪い!』

 

 そこからは、酷かった。

 

 俺が魔法を撃つ。

 敵が俺を狙う。

 蜘蛛子が糸で引く。

 俺が土魔法で壁を作る。

 蜘蛛子が横から牽制する。

 

 魔法は届く。

 攻撃はできる。

 削ることもできる。

 

 ただし、当然ながら敵意がこっちに向く。

 

 中層で、火属性魔物のヘイトを蛇一匹で受け持つのは無理があった。

 

『影蛇、また来る!』

 

『分かってる!』

 

 土魔法で壁を作る。

 火球がぶつかり、土壁が砕ける。

 

 熱風が吹き抜ける。

 風魔法で押し返す。

 

 その隙に闇魔法を撃つ。

 さらにヘイトがこっちに向く。

 

 駄目だ。

 これは駄目だ。

 

 理屈としては間違っていない。

 けど、俺の回避能力が足りていない。

 

『出るぞ!』

 

『今度こそ!』

 

 何発も火球を撃った後、魔物の動きが鈍った。

 マグマの中から、赤熱した体が這い上がってくる。

 

 地上に出た。

 なら、こっちの番だ。

 

 蜘蛛子が前に出る。

 俺は距離を取ったまま、土魔法で足元を崩す。

 

 風魔法で火の粉を散らす。

 影魔法で視界の端を揺らす。

 外道魔法で相手の意識をそらす。

 そこへ闇魔法を叩き込む。

 

 黒い弾が、赤熱した鱗にぶつかって弾けた。

 

 続けて、毒魔法を細く絞る。

 赤熱した体表にできた傷口へ、毒を流し込む。

 

 蜘蛛子が踏み込む。

 毒をまとわせた爪に、【破壊強化】と【斬撃強化】を乗せる。

 

 真正面から長く触れるのは危険だ。

 だから一撃だけ。

 

 赤熱した体表にできた傷口を、蜘蛛子の爪がさらに裂いた。

 蜘蛛子はそのまま踏み込みすぎず、すぐに横へ跳んで距離を取る。

 

 俺の闇魔法がもう一度撃ち込まれる。

 敵の体が大きく揺れた。

 

 そこへ俺が毒魔法を重ね、内側から動きを鈍らせる。

 

 エルローバラドラードが地面に崩れる。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【火耐性LV1】を奪取しました》

《【火耐性LV1】が【火耐性LV1】に統合されました》

 

 お、来た。

 

 火属性の魔物なら、火に耐えるためのスキルを持っている。

 それを【強欲】で奪う。

 

 自然に焼かれて【火耐性】を上げようなんて考えたら、先にこっちが焼け死ぬ。

 だったら、火の中で生きている奴らから奪った方が早い。

 

 我ながら、実に【強欲】らしい耐性の強化法だと思う。

 

『影蛇、平気?』

 

『平気じゃないけど、少しはマシになった気がする』

 

『それ平気って言わないんだよなぁ』

 

『奇遇だな。俺もそう思う』

 

 中層攻略開始、まずは一戦。

 

 勝った。

 勝ったんだが……。

 

『今の、次もやる?』

 

『……やり方を変える』

 

『でしょうね』

 

 蜘蛛子の呆れた声が刺さる。

 

 魔法で攻撃はできる。

 けど、ヘイトが俺に向く。

 

 この中層で、魔法を撃ちながら火球を避け続けるのは危ない。

 蜘蛛子の糸がなければ、今のは普通に焼かれていた。

 

『選択肢は二つだな』

 

『ほう。聞こうじゃないか』

 

『一つは、相手のMP切れを待つ』

 

『地味だけど、安全だね』

 

『もう一つは、俺が魔法で削る。ただし、その時はお前に動きを任せる』

 

『私に?』

 

『【影憑】を使う』

 

『却下』

 

 早い。

 当然だろうな。

 

『まあ、最後まで聞け』

 

『聞いてから却下する』

 

『それは却下前提じゃないか?』

 

『内容次第で却下しない可能性がほんの少しだけある』

 

『低いな』

 

『日頃の行い』

 

 言い返せない。

 

『猿戦の時みたいなやつじゃない』

 

『じゃあ何?』

 

『表層接続――まあ名前は今つけたんだが、【影憑】を完全に通す前の入口だけを使う』

 

『入口だけ?』

 

『ああ。お前の影に引っかかるだけだ。感覚は読まない。MPもSPも流さない。魂の奥にも踏み込まない。動きは全部お前任せ。俺は魔法と【探知】に集中する』

 

『じゃあ、私の中に入るわけじゃない?』

 

『入らない。お前の影に憑くだけだ。見える位置は近くなるけど、感覚は読めない。指示も【遠話】で出す必要がある』

 

『じゃあ猿戦の時のアレとは違う?』

 

『違う。あの時は、表層だけじゃ足りなかった』

 

 猿戦の時は、敵の数も、圧も、死角も多すぎた。

 

 蜘蛛子の糸。

 回避。

 反応。

 敵の重心。

 俺の探知。

 俺のMPとSP。

 

 あの状況で全部を噛み合わせるには、感覚まで重ねるしかなかった。

 

『まあ、あの時はこっちも余裕なかったしね』

 

 蜘蛛子が、少しだけ声を落とす。

 

『猿多すぎ。死角多すぎ。糸も回避も、外から指示されてるだけじゃ間に合わなかったと思う』

 

『だろうな』

 

『だから、あれは仕方ない。……怖かったけど』

 

『悪い』

 

『今回はそこまでしないってことね?』

 

『ああ。やる必要がないなら、やらない。お前が避ける。俺が撃つ。それだけだ』

 

『……私を乗り物扱いしてない?』

 

『してない』

 

『今の間、絶対してるやつ』

 

『してない』

 

『まあ、理屈は分かったけど』

 

 蜘蛛子が少し考えるように黙る。

 

 嫌なのは当然だ。

 俺だって逆の立場なら嫌だ。

 

 自分の影に、別の何かが憑く。

 それだけで普通に気持ち悪い。

 

 まして、俺には【魂欲】がある。

 

 蜘蛛子の魂は近い。

 近すぎる。

 

 触れたい。

 噛みつきたい。

 喰らいたい。

 

 そう思ってしまう。

 

 けれど、同意状態の【影憑】では喰えない。

 喰えないから安全、なんて言う気はない。

 喰えないだけで、欲が消えるわけじゃない。

 

 だから、表層だけ。

 感覚も、魔力も、魂も、必要以上には繋げない。

 喰う方向へは絶対に踏み込まない。

 

 蜘蛛子の動きに乗るだけ。

 

『嫌なら、MP切れ待ちでいい』

 

『……変なことしたら即切る』

 

『分かった』

 

『奥まで入ったら殺す』

 

『入らない』

 

『感覚とか読んだら?』

 

『読まない』

 

『魂とか喰おうとしたら?』

 

『それは論外だ』

 

『ならよし!』

 

 蜘蛛子は文句を言いながらも、完全には拒まなかった。

 

 そのことに、少しだけ安心する。

 

 同時に、少しだけ怖くなる。

 

 安心できてしまうことが、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、俺たちはしばらく中層を進んだ。

 

 足場を探す。

 マグマの流れを避ける。

 熱が少しでもマシな場所を選ぶ。

 蜘蛛子の糸がどの程度まで耐えられるか確認する。

 

 戦闘よりも、環境確認の方が多かった。

 

 途中で何度か火属性の魔物を見つけたが、全部と戦ったわけじゃない。

 

 面倒そうなら物陰でやり過ごす。

 倒せそうなら、相手のMP切れを待つ。

 早めに削れそうなら、俺が魔法で攻撃する。

 

 ただし、その時は表層接続を使う。

 

 蜘蛛子の腹下に落ちた影へ触れる。

 影の表面に、自分を引っかける。

 

 奥には入らない。

 感覚は重ねない。

 MPもSPも流さない。

 

 蜘蛛子の動きに乗るだけだ。

 

 蜘蛛子が跳べば、俺の視点もその影についていく。

 蜘蛛子が壁を走れば、俺の魔法の起点もその影に引かれて動く。

 俺は【探知】で周囲を読み、【遠話】で指示を飛ばしながら、魔法を撃つ。

 

『右』

 

『はいよ』

 

 蜘蛛子が跳ぶ。

 火球が外れる。

 

 俺はその移動に乗ったまま、闇魔法を撃った。

 

 黒い刃が、マグマの中の魔物へ突き刺さる。

 効きは浅い。

 けれど、意識はこっちへ向く。

 

『次、左』

 

『了解』

 

 蜘蛛子が避ける。

 俺は撃つ。

 

 移動は蜘蛛子。

 攻撃は俺。

 

 役割を分けるだけで、かなり楽になった。

 

 いや、楽と言っても、中層基準での話だが。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【火耐性LV1】を奪取しました》

《【火耐性LV1】が【火耐性LV1】に統合されました》

《スキル【強欲】の効果により、対象からSPを奪取しました》

《SP最大値が微上昇しました》

《スキル【強欲】の効果により、対象から平均防御能力を奪取しました》

 

 全部が狙い通りというわけじゃない。

 

 火耐性を狙って、SPが来る。

 火耐性を狙って、防御能力が来る。

 火耐性を狙って、別のものが来る。

 

 相変わらず、【強欲】は都合よく選ばせてくれない。

 

 それでも、火属性の魔物を倒すたびに、俺はできる限り奪う方向を寄せた。

 

 火に耐える力。

 熱に焼かれない性質。

 この中層で生きるための適応。

 

 少しずつ。

 本当に、少しずつ。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【火耐性LV1】を奪取しました》

《【火耐性LV1】が【火耐性LV1】に統合されました》

《熟練度が一定に達しました。スキル【火耐性LV1】が【火耐性LV2】になりました》

 

 ようやく、上がった。

 

 これで楽勝。

 

 ……なんてことはないが、それでも楽になった。

 

 その間にも、何度かレベルは上がっていた。

 けれど、進化可能になるにはまだ届かない。

 中層の魔物は強い。経験値も多い。

 それでも、次の進化までは遠かった。

 

 倒した魔物は、肉を食べるか【影憑】で魂を喰う。

 肉は食べなければ体が保たない。

 魂の方は、俺の【魂欲】を少しだけ静かにしてくれる。

 

 とはいえ、魔物食は基本的に不味い。

 それはもう、上層でも下層でも嫌というほど分かっている。

 中層の魔物も例外ではなく、熱いし、食べにくいし、だいたい不味い。

 

 けど、食べなければ進めない。

 

 そう思っていた時だった。

 

『影蛇、あれ』

 

『……お』

 

 マグマの中から、ぬるりと出てきた魔物。

 口がでかい。

 見た目は、ナマズみたいな何か。

 

 【鑑定】で確認する。

 エルローゲネセブンだ。

 ステータスもスキルも、知っている範囲内。

 

 けど、俺の中ではその情報より先に、別のことが頭に浮かんでいた。

 

 ナマズ。

 

 原作で蜘蛛子が美味しくいただいた、中層の当たり食材。

 あくまで知識として知っているだけなので、味まで俺が分かるわけじゃないが、少なくとも食料として期待はできるはずだ。

 

『やるぞ』

 

『え、急にやる気』

 

 ナマズがマグマの中で身をくねらせる。

 大きな口が開いた。

 

 火球じゃない。

 こっちを丸ごと飲み込むつもりの動きだ。

 

『来るぞ!』

 

『口でかっ!?』

 

 ナマズが地上へ這い上がり、そのまま大口を開けて突っ込んでくる。

 

 蜘蛛子が跳ぶ。

 避ける。

 けれど、完全には離れない。

 

『蜘蛛子、口だ!』

 

『口!?』

 

『毒を入れろ! 中からなら通る!』

 

『なるほど分かりやすい!』

 

 ナマズがもう一度、大口を開けて突っ込んでくる。

 

 蜘蛛子はギリギリまで引きつけた。

 俺は横から風魔法で火の粉を散らし、土魔法で足場を少しだけ盛り上げる。

 

 突進の角度が、ほんのわずかにズレた。

 

 その瞬間、蜘蛛子の前に、液体の球状になった蜘蛛毒が生まれる。

 【毒合成】で作った、蜘蛛子自身の毒。

 

 ナマズは、蜘蛛子の代わりにその毒の球を丸ごと飲み込んだ。

 

 直後、ナマズの巨体が大きく跳ねた。

 

『うわ、効いた!?』

 

『効いてる!』

 

 ナマズが苦しげにのたうち回る。

 マグマの熱をまとった体が地面を叩き、火の粉が散った。

 

 俺は闇魔法を撃ち込む。

 蜘蛛子は距離を取りながら、さらに毒を重ねる。

 

 【毒合成】で生み出した蜘蛛毒の球が、もう一度ナマズの顔へ落ちる。

 口元から入り込んだ毒が、内側からナマズを蝕んでいく。

 

 ナマズが大きく痙攣し、動かなくなった。

 

『……食べていい?』

 

『いいぞ』

 

『では、いただきます』

 

 蜘蛛子が食べる。

 俺も食べる。

 

 ……うまい。

 

 魔物食は基本的に不味い。

 それはこの世界に来てから嫌というほど思い知らされている。

 けど、これは例外だった。

 

 熱いし、見た目は完全に魔物だ。

 けど、味だけなら転生してから一番まともだった。

 

 なるほど。

 これは確かに、原作の蜘蛛子が探し回るわけだ。

 

『影蛇』

 

『何だ?』

 

『このナマズっぽいやつ、あり』

 

『ありだな』

 

『次から見つけたら狩ろう』

 

『中層攻略の目的が増えたな』

 

『美味しいものは正義』

 

 蜘蛛子のテンションが、目に見えて上がった。

 

 気持ちは分かる。

 中層は暑い。きつい。最悪だ。

 

 でも、たまに美味いものが食える。

 

 それだけで、進む理由が少しだけ増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、俺たちは少しずつ中層での戦い方を形にしていった。

 

 蜘蛛子が前。

 俺が後ろ。

 

 蜘蛛子が毒をまとわせた爪で切り込み、俺が魔法で足場や壁を作る。

 敵がマグマに潜った時は追わず、必要なら火球を撃ち尽くすのを待つ。

 早く倒したい時は、表層接続で蜘蛛子の動きに乗り、俺が魔法で削る。

 

 土魔法で足場を作る。

 風魔法で火の粉を散らす。

 影魔法で視界をずらす。

 外道魔法で相手の意識をそらす。

 闇魔法で直接削る。

 毒魔法で傷口を蝕む。

 

 蜘蛛子も糸は使えないわけじゃない。

 けれど、中層の熱では長く保たない。

 だから拘束ではなく、一瞬の牽制や回避補助に使う程度に留める。

 

 ただし、表層接続は万能じゃない。

 

 感覚を重ねない以上、細かい動きは【遠話】頼りになる。

 伝え方を間違えれば、蜘蛛子の回避と俺の魔法は簡単にズレる。

 

『次、下』

 

『下!? 下ってどっちの下!?』

 

『足元!』

 

『最初からそう言え!』

 

 蜘蛛子が跳び、火球が足元を焼いた。

 

『悪い』

 

『あとで反省会ね!』

 

『はい』

 

 それでも、何度か繰り返すうちに、言葉は短くなっていった。

 

『右』

 

『はい』

 

『上』

 

『了解』

 

『待て』

 

『止まる!』

 

 何度か繰り返すうちに、表層接続の使い方も少しずつ分かってきた。

 

『今回は削る。表層で行くぞ』

 

『りょーかい。乗客は暴れないように』

 

『乗客じゃない』

 

『さっき乗り物扱いしてたくせに』

 

『してない』

 

『はいはい』

 

 蜘蛛子の影へ憑く。

 

 火球が飛ぶ。

 蜘蛛子が避ける。

 俺が闇魔法を撃つ。

 敵が地上に出たところで、蜘蛛子が毒をまとわせた爪で切り込む。

 長くは触れない。裂いて、離れる。それだけだ。

 

 何度か繰り返すうちに、俺たちの動きは少しずつ噛み合っていった。

 慣れた、というには早い。

 安全になった、なんて言う気もない。

 

 けれど、猿戦の時みたいな拒絶はもうなかった。

 

 その事実に、少しだけ安心する。

 

 同時に、少しだけ怖くなる。

 

 蜘蛛子の魂は、やっぱり近い。

 

 表層接続では、魂の奥までは入らない。

 感覚も重ねない。

 ただ憑いているだけ。

 

 それでも、近いものは近い。

 

 触れたい。

 喰らいたい。

 

 その欲は、完全には消えない。

 

 だから、俺はそのたびに【自己理解】で切り分ける。

 

 戦闘補助。

 魔法の照準。

 火球の回避。

 蜘蛛子の魂。

 

 それらを混ぜるな。

 

 混ぜたら、いつか間違える。

 

『影蛇』

 

『何だ?』

 

『今、変なこと考えてない?』

 

『……考えてない』

 

『間があった』

 

『気のせいだ』

 

『ふーん?』

 

 蜘蛛子の声は軽い。

 

 けど、たぶん全部が冗談じゃない。

 

 俺が危ういことを、こいつは少しずつ分かってきている。

 それでも、拒絶しない。

 

 それがありがたい。

 同時に、重い。

 

 ……いや。

 今は考えるな。

 

 中層でやるべきことは単純だ。

 

 進む。

 倒せる敵を倒す。

 火耐性を奪う。

 魔法を試す。

 表層接続の加減を覚える。

 そして、死なない。

 

 それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナマズを食べてから、蜘蛛子のやる気は明らかに上がった。

 

『ナマズー』

 

『探すな』

 

『ナマズー!』

 

『気持ちは分かるが、食欲で動くな』

 

『美味しいものは大事』

 

『否定はしない』

 

 否定はしない。

 実際、あれは美味かった。

 

 けど、美味いものを探して死んだら意味がない。

 

 そう思っていた矢先だった。

 

『蜘蛛子』

 

『……うん?』

 

 俺の【探知】に反応があった。

 

 マグマの流れの向こう側。

 細長い何かが、ぬるりと動いていた。

 

 ナマズじゃない。

 もっと長い。

 もっと速い。

 

 【鑑定】で確認する。

 

 エルローゲネレイブ。

 

 鰻みたいな見た目の中位竜。

 たしか、ナマズの進化系に近い相手だ。

 

 これは、本来なら気軽に手を出す相手じゃない。

 ただ、向こうはもうこっちに気づいていた。

 

 鰻が身をくねらせる。

 次の瞬間、火球が飛んできた。

 

『速い!』

 

『避けろ!』

 

 蜘蛛子が跳ぶ。

 俺も土魔法で壁を作る。

 

 火球が地面に当たり、爆発する。

 

 さっきまでの火属性魔物とは違う。

 火力も速度も、明らかに上だ。

 

 逃げるか。

 戦うか。

 

 考える暇は、ほとんどなかった。

 

 鰻がマグマから這い上がる。

 細長い体が地面を滑るように動き、大口を開けて迫ってくる。

 

『影蛇!』

 

『表層で合わせる!』

 

『了解!』

 

 蜘蛛子の影へ憑く。

 

 奥には入らない。

 感覚は重ねない。

 けれど、蜘蛛子の動きに乗って、【探知】と魔法を合わせる。

 

『右!』

 

『はい!』

 

 火球を避ける。

 闇魔法を撃つ。

 

『下がれ!』

 

『うわっ!?』

 

 鰻の尾が地面を叩き、破片が飛ぶ。

 風魔法で火の粉を散らし、土魔法で足場を作り直す。

 

 鰻は速い。

 硬い。

 しつこい。

 

 まともに削るのはきつい。

 

『口を狙う!』

 

『また!?』

 

『ナマズと同じだ。外から削るより、中に毒を入れた方が早い!』

 

『分かりやすいけど危ない!』

 

『危ないから合わせる!』

 

 鰻が火球を吐く。

 蜘蛛子が避ける。

 俺が風魔法で火の粉を散らす。

 

 その隙に、蜘蛛子が【毒合成】で液体の球を作る。

 

 ナマズの時よりも、タイミングはずっと厳しい。

 相手が速い。

 口を開ける時間も短い。

 

 それでも、やるしかない。

 

『来る!』

 

 鰻が口を開け、突っ込んでくる。

 

 蜘蛛子は真正面から迎えた。

 もちろん、まともに受け止めるためじゃない。

 ギリギリまで引きつけて、毒を口に入れるためだ。

 

 俺は土魔法で足場を少しだけせり上げる。

 風魔法で火の粉を払い、影魔法で一瞬だけ視界をずらす。

 

 鰻の突進が、わずかに乱れた。

 

『今!』

 

『食らえ!』

 

 蜘蛛子が作った液体球状の蜘蛛毒が、鰻の開いた口へ飛び込む。

 

 鰻がそれを飲み込んだ。

 

 直後、鰻の体が大きく跳ねる。

 

『効いた!』

 

『まだだ!』

 

 鰻が暴れる。

 地面を叩き、火の粉を撒き散らし、苦し紛れに火球を吐く。

 

 俺は土壁を作る。

 蜘蛛子が横へ跳ぶ。

 表層接続のまま、俺は闇魔法を口元へ撃ち込む。

 

 蜘蛛子はさらに毒を重ねた。

 

 液体の球状にした蜘蛛毒。

 今度は口元ではなく、傷口へ。

 それでも、内部に入った最初の毒が効いているのか、鰻の動きは明らかに鈍っていた。

 

『もう一押し!』

 

『分かってる!』

 

 蜘蛛子は糸を使わず、鰻の動きが鈍った一瞬を狙って踏み込んだ。

 

 毒をまとわせた爪に、【破壊強化】と【斬撃強化】を乗せる。

 口元の傷へ、毒をまとわせた爪を叩き込む。

 

 長く触れれば、こっちが焼かれる。

 だから、切り裂いた瞬間に蜘蛛子は跳び退いた。

 

 俺の闇魔法が重なる。

 さらに毒魔法を傷口へ流し込む。

 

 鰻の巨体が、最後に大きく痙攣した。

 

 そして、動かなくなる。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からMPを奪取しました》

《MP最大値が微上昇しました》

 

 ログが流れる。

 

 その直後、蜘蛛子がぴたりと動きを止めた。

 

 ほとんど同時に、俺の頭にも声が響く。

 

《経験値が一定に達しました。個体、スモールグレイヴウンブラペントがLV8からLV9になりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》

《スキルポイントを入手しました》

 

《経験値が一定に達しました。個体、スモールグレイヴウンブラペントがLV9からLV10になりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》

《スキルポイントを入手しました》

《条件を満たしました。個体、スモールグレイヴウンブラペントが進化可能です》

 

『……来た』

 

 蜘蛛子が、短く言った。

 

 それだけで、だいたい分かった。

 

 レベル。

 いや、多分それだけじゃない。

 

 進化。

 

 蜘蛛子も、とうとうそこまで来た。

 

『進化か?』

 

『うん』

 

 同時。

 

 たぶん、本当に同じタイミングだった。

 

 俺は一度、先に進化している。

 スモールウンブラペントから、スモールグレイヴウンブラペントへ。

 その分だけ、レベルは一度リセットされて、そこからまた積み直してきた。

 

 しかも、俺には【強欲】がある。

 倒した魔物から、経験値だけじゃなく、能力やスキルも奪っている。

 

 なのに、蜘蛛子は俺と同じタイミングで進化可能になった。

 

 【傲慢】。

 

 原作知識としては知っていた。

 経験値と熟練度を増加させる、最悪に便利で、最悪に危険な支配者スキル。

 

 分かっていた。

 分かっていたつもりだった。

 

 けど、隣で見ると話が違う。

 

 こいつの成長速度は、おかしい。

 

『影蛇?』

 

『いや』

 

 俺は熱で荒れた息を整えながら、蜘蛛子を見る。

 

『俺も進化できる』

 

『おお! じゃあダブル進化じゃん!』

 

『同時にはしないぞ』

 

『えー』

 

『片方が進化している間、片方が見張りだ』

 

『それはそう』

 

 蜘蛛子が少し不満そうにしながらも頷く。

 

 進化。

 

 この体が変わる。

 種族が変わる。

 

 もしかしたら。

 

 この魂を欲しがる感覚も、ここで少しは変わるのかもしれない。

 

 そんな期待が、ほんの少しだけ胸の奥に浮かんだ。

 

 中層の熱は、相変わらず俺たちを焼いている。

 

 けれどその時だけは、少しだけ。

 先へ進める気がした。




TIPS:【影憑】の接続段階

【影憑】は、影を媒介として対象へ憑くスキルである。
ただし、一口に【影憑】と言っても、接続の仕方によって危険度と効果は大きく変わる。
もっとも軽い使い方は、影蛇が便宜上「表層接続」と呼んでいるもの。
これは、対象の影に憑くだけの状態である。
対象の体を動かすことはできず、感覚を読むこともできない。
MPやSPを流すこともできず、魂の奥へ踏み込むこともない。
あくまで、対象の影に引っかかり、その移動に乗るだけである。
そのため、影蛇は蜘蛛子の動きに任せて回避しながら、自分の【探知】と魔法に集中できる。
ただし、感覚共有はないため、細かい指示は【遠話】で行う必要がある。
指示が遅れたり、言葉が曖昧だったりすれば、蜘蛛子の動きと影蛇の魔法は簡単にズレる。

一方、猿戦で使ったものは、表層接続よりも深い「共存接続」とでも呼ぶもの。
あの時は、敵の数、圧、死角が多すぎた。
外からの指示だけでは間に合わず、蜘蛛子の糸、回避、反応、敵の重心、影蛇の探知、MP・SPの補助まで噛み合わせる必要があった。
そのため、感覚まで重ねた。
共存接続では、感覚の共有や、MP・SPの補助が可能になる。
連携精度は大きく上がるが、その分だけ魂の距離も近くなる。
影蛇の【魂欲】が刺激されやすく、蜘蛛子にとっても違和感や不快感が強い。

さらに深く踏み込めば、魂へ干渉する「深層干渉」となる。
これは弱った敵や無抵抗の相手に対して、魂へ干渉するための使い方であり、蜘蛛子相手には基本的に使ってはならない。
整理すると、以下のようになる。

表層接続。
対象の影に憑き、移動に乗るだけ。
安全性は比較的高いが、感覚共有や補助はできない。

共存接続。
感覚、MP、SPの一部を重ねる。
戦闘補助としては強力だが、魂の距離が近くなり危険。

深層干渉。
魂そのものへ踏み込む。
捕食や魂干渉に繋がるため、蜘蛛子相手には論外。

なお、同意状態の【影憑】では、対象の魂を喰らうことはできない。
しかし、喰えないことと、欲が刺激されないことは別である。
蜘蛛子の魂は、影蛇にとって強く惹かれるものだ。
だからこそ影蛇は、表層接続であっても【自己理解】によって、自分の欲と戦闘補助を切り分ける必要がある。
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