【慧眼】。
それは、俺が望んだようで、望んでいなかった、けれど確かに今の俺に与えられた目だった。
見ようと思えば、以前よりも様々なものが見える。
ただし、何もかもが分かるわけじゃない。
蜘蛛子の【叡智】みたいに、知りたい情報を探して、拾い上げて、整理する感覚とは違う。
あっちは広い。知覚範囲内にある情報をまとめて拾い、必要なものへ辿り着く力だ。
俺の【慧眼】は、深い。
一つの対象を視界に収めて、その奥にあるものを覗き込む。
魔力の流れ。スキルの形。存在の境界。魂の輪郭。
そういうものを見て、見えたものを【思考の極み】で整理し、【万象演算】で読み解く。
間違いなく便利だ。
けど、だからこそ、少し怖い。
『つまり、私が広く探して、あんたが細かく見る感じ?』
隣から蜘蛛子の声が飛んできた。
いや、正確には声じゃない。遠話で届く、いつもの思念だ。
中層の暑さは相変わらずだ。マグマの光が岩肌を赤く照らし、空気そのものが熱を持っている。
進化したことで多少は楽になったとはいえ、快適とは程遠い。
蜘蛛子は岩場の上で前足を動かしながら、こっちを見ていた。
『だいたい合ってる』
『だいたい?』
『俺も【探知】はあるから、敵の反応そのものは拾えるからな。けど、地形込みで全体を整理するなら、お前の【叡智】の方が早い』
『ほうほう』
『逆に、群れの空きが本当に安全か、敵の中心がどこか、ブレスの前兆がどこに出てるか、そういう細かいところは俺の方が見やすいと思う』
『つまり?』
『お前が盤面を見る。俺が怪しい場所を深く見る』
『盤面担当と粗探し担当?』
『言い方』
『でも合ってるでしょ?』
『……まあ合ってるか』
認めると、蜘蛛子が少し得意そうに前足を動かした。
盤面担当と粗探し担当。何とも言えない呼び方だが、役割としては分かりやすい。
蜘蛛子が全体を見る。俺が細部を見る。
蜘蛛子が敵の位置を拾う。俺がその配置の意味を読む。
蜘蛛子が動く。俺がその動きを通すための隙を探す。
そう考えると、かなり噛み合う。
蜘蛛子は【叡智】で広く見る。俺は【慧眼】で細部を読む。
どちらか片方だけでは足りない。
蜘蛛子が拾った盤面があるから、俺は読むべき場所を選べる。
俺が細部を読めるから、蜘蛛子はその盤面をどう使えばいいか判断できる。
なら、悪くない。
少なくとも、俺の目は蜘蛛子の【叡智】の下位互換ではない。役割が違う。
それが分かっただけでも十分だった。
『それにしても、お互い目指すべき進化先が見えたわけかー』
蜘蛛子が軽く言う。
そう。【叡智】と【慧眼】で、お互いの進化先や条件もある程度見えていた。
もちろん、全部ではない。
名前。条件。通常進化ツリーとは別枠かどうか。
見えるのはそれくらいだろう。
進化した後にどうなるのか。どんな姿になるのか。どんなスキルを得るのか。そこまでは分からない。
蜘蛛子の方には、アラクネ。
俺の知っている流れで言えば、人型の上半身と蜘蛛の下半身を持つ、半人半蜘蛛のような特殊進化だ。
今の蜘蛛子に見えている情報だけでは、そこまで詳細には分からないはずだ。
ただ、名前からして、蜘蛛のままではない何かに近づく進化だという想像はしやすい。
蜘蛛子にとっては、人に近づけるかもしれない進化。
俺にとっては、原作知識の中でも特に大きな転機として覚えている進化。
正直、少し羨ましくないと言えば嘘になる。
俺も、このままずっと蛇のままというのは困る。神を目指すにしても、人間社会に関わるにしても、蛇の体だけではできることに限界がある。
ラミア……は、どちらかと言えば女性型の印象が強い。なら、ナーガとか、テュポーンとか。
そういう名前が進化先に見えていたなら、人型に近づく可能性も想像しやすかった。
けれど、今の俺に見えている特殊進化先は、どちらもアラクネみたいに分かりやすく人型要素を連想できる名前ではない。
まあ、最悪
この世界にはスキルという抜け道がある。進化先に見えないからといって、可能性が完全にないと決まったわけじゃない。
そしてそのアラクネだが、進化条件は重い。
小型、または中型の蜘蛛型モンスターであること。
レベル50以上であること。
そして、【傲慢】の保持。
……【傲慢】が条件に入っている時点で、普通の進化ではない。
俺の方にも、通常の進化ツリーとは違うものが見えている。
一つは、ファフニール。
条件は、蛇型モンスターであること。
レベル50以上であること。
そして、【強欲】を保有していること。
名前からして、分かりやすい。
欲に呑まれ、財宝を抱えた竜。俺の知っている神話や物語では、そんな扱いだったはずだ。
偶然なのか、それともDが地球側の神話から面白がって引っ張ってきたのかは分からない。
ただ、【強欲】だけで開く進化先にその名前が付いている時点で、方向性は嫌でも分かる。
奪う。溜め込む。満たされないまま、さらに欲しがる。
……ろくでもない。
もう一つは、ウロボロス。
条件は、蛇型モンスターであること。
レベル50以上であること。
【強欲】を保有していること。
そして、【慈悲】を保有していること。
奪う【強欲】。救う【慈悲】。
一見、正反対のスキルだ。
けれど、どちらも普通の力じゃない。どちらも、命の表面だけじゃなく、その奥にある魂へ触れる。
奪うために魂へ触れるのか。救うために魂へ触れるのか。
方向は違う。でも、触れている場所は近い。
その両方を条件にする蛇。
名前だけでも分かる。これ、絶対に普通の進化じゃない。
『ファフニールにウロボロス、ねえ』
蜘蛛子が、改めて俺の方を見る。
『名前の圧がすごい』
『アラクネも大概だろ』
『いや、アラクネはまだ分かりやすいじゃん。人っぽくなれそうだし』
『人っぽく、か』
『だって、このまま一生魔物ばっか食べるの嫌じゃん。人間の料理とか食べたいし』
『そこか』
『大事でしょ。超大事でしょ』
『まあ、目的としては分かりやすいし、確かに大事だな』
『でしょ? それに、そっちはファフニールとウロボロスじゃん。名前だけで重い』
『条件に【傲慢】が入ってる進化先も十分重いと思うが』
『ぐっ』
蜘蛛子が詰まった。
『いや、私は傲慢じゃないし』
『条件に入ってるし、今スキルとして持ってるだろ』
『そうだけど! 私は謙虚な蜘蛛なので!』
『謙虚な蜘蛛は、自分で謙虚とは言わない』
『うるさい』
蜘蛛子が前足を軽く動かす。
『というか、そっちの【強欲】単独も大概だけど、【強欲】と【慈悲】が両方必要な方、かなり変じゃない?』
『変だな』
『奪うのと救うのでしょ? 真逆じゃん』
『真逆に見える。けど、どっちも魂に触る』
『……あー』
蜘蛛子の声が少しだけ落ちる。
『そっか。あんたのスキル、そっち系だもんね』
『ああ。だから、多分ウロボロスは、奪うか救うかじゃなくて、その両方をどう扱うかなんだと思う』
『何それ。やっぱり重いじゃん』
『否定はしない』
『しないんだ』
『できないからな』
蜘蛛子は少し黙って、それから軽く言った。
『まあ、目標が見えるのはいいことじゃない?』
『……そうだな』
目標が見える。それは、確かにいいことだ。
その道がまともかどうかは別問題だが。
◇
『で、魔法の練習しよう』
蜘蛛子が話題を切り替えた。
相変わらず軽いし切り替えが早い。
『もう使えるのか?』
『使えるっぽい。というか、【叡智】で調べたら手順が出るしね』
『本当に便利だな、それ』
『便利すぎて怖いよねー』
蜘蛛子はそう言いながら、少し離れた岩へ向き直った。
『まずは小さく』
『暴発するなよ』
『失礼な。私を誰だと思ってるのさ』
『割とよく無茶をする蜘蛛』
『否定できないのが悔しい』
蜘蛛子の周囲に、魔力が集まる。
それは、今までの蜘蛛子にはなかった動きだった。
正確には、魔力自体は前からあったが、今は違う。
魔力がただ漏れているわけでも、スキルに任せて流れているわけでもない。
意図を持って集まり、形を作ろうとしている。
俺は【慧眼】でそれを見る。
魔力の流れ。術式の形。スキルが補助している部分。蜘蛛子自身が制御している部分。
なるほど。こうなっているのか。
本来なら、魔法——魔術はただ魔力を流せば発動するものじゃない。
魔力を制御し、術式の基礎を把握し、構築し、接続し、魔力を注ぎ、満たし、必要に応じて変化させ、最後に発動する。
その面倒な工程を、システムとスキルがかなり肩代わりしている。
だから、魔力感知と魔力操作と魔法スキルがあれば、普通の魔法は発動できる。俺も実際、魔法は使える。
けれど、今見えている蜘蛛子の魔法は、それとは少し違った。
【魔導の極み】。
魔法系スキルの頂点であるそれが、蜘蛛子の魔力の流れを整えている。
無駄な揺れを抑え、術式の形を補い、発動までの道筋をほとんど最適解に近い形で通している。
俺の【魔力精密操作】も育ってはいるが、それでも【魔導の極み】には絶対に届かない。
だからこそ、見る意味がある。
スキルに補助された魔術が、理想に近い形で組み上がる瞬間。それを【慧眼】で観測できる。
神になれば、システムの補助から外れる。この世界が俺の知っている流れと大きく変わっていないなら、そこは避けて通れない。
その時に必要になるのは、スキル名を選んで魔法を撃つ感覚じゃない。
魔力がどう流れ、術式がどう組み上がり、どこをシステムが補助しているのかを理解することだ。
それは、かなり贅沢な、魔術の教材だった。
『いっけー』
蜘蛛子の前方に、小さな毒の弾が生まれた。
それが、岩へ向けて飛ぶ。
べちゃっ。
音を立てて、毒弾が岩に当たった。
岩肌がじゅう、と嫌な音を立てる。
『おお』
『おおー!』
俺と蜘蛛子の声が重なった。
『できた!』
『できたな』
『ついに私も魔法使いデビュー!』
『毒を飛ばして岩を溶かしてる時点で、魔法使いっていうより毒蜘蛛感が強いけどな』
『実際に毒蜘蛛だから問題なし!』
確かにそれはそうか。いや進化したから違うのか?
まあいいか。
『ただ、狙いと出力はまだ荒いな』
『分かる?』
『見える。術式の組み上がりはかなり綺麗だ。けど、撃つ方向と威力の調整はまだ雑かもな』
『むむ。便利な目め』
『便利な【叡智】持ちに言われたくない』
『それもそう』
蜘蛛子がもう一発、毒弾を作る。
今度は少し小さい。だが、先ほどより形が安定している。
発射。
毒弾はさっきよりまっすぐ飛び、別の岩に命中した。
『お、今の良かったんじゃない?』
『さっきよりも狙いがしっかりしてるな』
『ふっふっふ。私、天才では?』
『否定はしない』
『そこはもっと全力で肯定してもいいんだよ?』
『調子に乗るだろ』
『もう乗ってる!』
『知ってる』
軽口を交わしながらも、俺は蜘蛛子の魔法を見続ける。
見える。魔法の形が見える。
スキルがどう補助しているのか。魔力がどう流れているのか。
どこで無駄が出ているのか。どうすれば安定するのか。
全部ではない。まだ分からない部分も多い。だが、見える。
『これ、戦闘でも使えるよね?』
蜘蛛子が毒弾を見ながら言った。
『使えると思う』
『私が全体を見る。敵の位置とか、地形とか、反応とか』
『ああ』
『あんたは、その中で怪しいところを見る。群れの空きとか、敵の中心とか、ブレスの前兆とか』
『そうだな』
『で、必要な方が魔法を撃つと』
『その形が一番いいだろうな』
『おー。役割分担、完成』
『まだ試してないけどな』
『今から試せばいいじゃん』
蜘蛛子は軽く言う。
軽いが、間違ってはいない。
実際、俺たちの新しい役割分担は、実戦で試さないと意味がない。
ただし、問題が一つある。
『表層だけだと、多分足りない』
『だよね』
蜘蛛子の返事は早かった。
分かっていた、というより、最初からそこまで含めて考えていたような反応だった。
表層接続。
今まで中層では、俺が蜘蛛子の影に浅く乗る形で移動し、必要な時に補助することがあった。
影に引っかかり、移動に乗る。そこまでなら、蜘蛛子の中へ深く踏み込むわけではない。
だが、【叡智】と【慧眼】をリアルタイムで重ねるなら、それでは足りない。
蜘蛛子が拾った戦場全体の情報。俺が見た対象の詳細。
敵の位置。攻撃の軌道。魔力の流れ。糸の張力。回避のタイミング。
そういうものを重ねるには、もっと深く繋ぐ必要がある。
『深く繋ぐ必要がある』
『ん。いいよ』
蜘蛛子は即答した。軽すぎるくらい、あっさりと。
『……いいのか?』
『いいって言ってんじゃん』
『いや、でも』
『今さらでしょ』
今さら。その一言が、妙に胸に残った。
『あんたが変なことするなら、とっくにしてるでしょ』
『……信用されてるな』
『信用してなきゃ、今も一緒にいないっての』
蜘蛛子は当然のように言った。
当然のように。
それが、少しだけ怖くて、嬉しかった。
『それに、必要なら使う。私が全体を見る。あんたが細かく見る。便利じゃん』
『便利で済ませるのか』
『便利は正義』
『雑だな』
『生き残るためなら雑でもいいのです』
蜘蛛子らしいかもな。重く考えていたのは俺だけだったのかもしれない。
いや、違う。重く考えるべき問題ではある。
深く繋ぐということは、蜘蛛子の魂との距離が近くなるということだ。
今の俺は蜘蛛子を喰いたいわけじゃない。
それでも、欲望が無くなったわけではない。
近くにいたいと思ってしまう。繋がっていたいと思ってしまう。置いていかれたくないと思ってしまう。
それが、怖い。
けれど、蜘蛛子はそれを恐れていない。俺を恐れていない。
その事実が、思った以上に深く刺さる。
『……分かった。必要な時は、深く繋ぐ』
『ん。ちゃんと働け、うちの蛇なんだから』
『……うちの蛇って何だよ』
『うちの蛇はうちの蛇でしょ。相棒なんだから』
『……そうか』
何気ない言葉だった。多分、蜘蛛子は深く考えていない。
けど、俺はその言葉を、思っていたより重く受け止めてしまった。
やめろ。そういうところだぞ、俺。
勝手に意味を重くするな。蜘蛛子はただ軽口を言っただけ。それだけだ。
なのに、魂の奥が少し落ち着いてしまう。
近くにいていい。そう言われた気がしてしまう。
違う。多分違う。でも……。
……なんてウジウジ考えていても仕方ないか。
ひとまず後回しにしよう。
生き残るために。前へ進むために。
◇
『さて、と』
蜘蛛子が前を向く。
『魔法も試した。目の使い方も確認した。進化先も見た。次は?』
『狩りだな』
『ナマズ?』
『ナマズ大好きだな』
『ナマズは美味いから仕方ない』
『否定はしない』
中層は厄介だ。
熱い。足場が悪い。マグマの中に潜られると、攻撃手段が限られる。
それでも、今の俺たちは前より強い。
蜘蛛子は【叡智】で周辺を広く探れる。俺は【探知】で反応を拾い、【慧眼】で対象を深く見られる。
必要なら、接続を深めて情報を重ねられる。
なら、進める。
そう思った、その時だった。
『……ん?』
先に反応したのは、蜘蛛子だった。
俺の【探知】にも、熱と魔力の反応は引っかかっている。
数が多い。それくらいは分かる。
けれど、その数がどう配置されていて、どう動いているのか。地形と合わせて一気に整理する速さは、蜘蛛子の【叡智】の方が上だった。
『どうした?』
『反応がある。多い』
『こっちにも引っかかってる。けど、まだ数が多いくらいしか分からないな』
『ナマズもいる。鰻っぽいのもいる。あと、タツノオトシゴみたいなのも』
『中層の火属性魔物か』
『うん。けど、動きが変』
『群れか?』
『ただ群れてるっていうより、配置されてる感じ』
その言葉で、俺は影へ意識を落とした。
ただの群れなら、ここまで引っかかる言い方はしない。
蜘蛛子の【叡智】が拾った違和感。
複数の魔物。配置。中層の足場。マグマ。
嫌な条件が揃っている。
『蜘蛛子』
『ん』
『深く繋ぐ。盤面をくれ。俺が細かく見る』
『りょーかい』
返事は軽い。本当に軽い。
けれど、その軽さの奥に、確かな信頼があることを感じてしまう。
感覚を沈める。
表層だけではない。もっと奥へ。猿戦の時の深さへ。
あの時ほど荒く、強引ではない。
蜘蛛子が許した分だけ。蜘蛛子が渡してくる分だけ。
俺は蜘蛛子の影に、自分の感覚を重ねる。
熱。魔力。敵の位置。岩場の形。マグマの流れ。逃げ道。足場。包囲の薄い部分。逆に、薄く見えるだけの罠。
蜘蛛子の【叡智】が拾い、並列意思たちが整理した情報が、必要な形に絞られて流れ込んでくる。
俺はそれを受け取る。
蜘蛛子の中へ踏み込むわけじゃない。並列意思に触れるわけでもない。蜘蛛子の体を奪うわけでもない。
渡された盤面を見る。
その盤面の中で、怪しい場所を選ぶ。
群れの空き。魔物の動きの偏り。マグマの下で揺れる魔力。複数の魔物を繋ぐ、薄い流れ。
そこへ【慧眼】を向ける。
見る。
マグマの下。赤く揺れる熱の奥。
そこに、中心があった。
複数の魔物を繋ぐ、薄い流れ。命令。統率。火の魔力を帯びた、強い個体。
ただのナマズじゃない。ただの鰻でもない。
群れの中心にいる。
炎海の主。
『……統率されてる』
『やっぱり?』
『ああ。俺たちを囲むように動いてる。中心に、【統率】スキルと【逆鱗】スキルを持った火竜がいる』
『【逆鱗】』
蜘蛛子の声が少し低くなる。
軽口が消えた。俺も、息を整える。
火龍ではない。だが、中層のこの段階で出てくるには十分すぎる強敵だ。
しかも、単体じゃない。配下がいる。統率がある。足場の少ないマグマ地帯で、火球の弾幕を張られたら厄介どころじゃない。
『逃げる?』
蜘蛛子が聞く。
俺はもう一度、【慧眼】で流れを見る。
魔物たちの配置。包囲の閉じ方。マグマの動き。火竜を中心に広がる、薄い統率の脈。
逃げ道はある。だが、完全ではない。
今見えている空きのいくつかは、火竜があえて残している。そこへ逃げれば、上から火球が降る。
別の空きは、マグマの流れで足場がすぐ消える。
蜘蛛子が拾った盤面の中から、俺がその意味を読む。
広く見るだけでは分からない。深く見るだけでも足りない。二つを重ねて、ようやく見える。
『いや』
俺は答える。
『やるの?』
『短く終わらせる』
『いいね。長期戦は暑いしね』
『そこか』
『大事でしょ』
『大事だな』
蜘蛛子が前足を構える。
俺は影の中で、さらに感覚を研ぎ澄ませる。
蜘蛛子と俺、二つの視界を重ねて、炎海の主を突破する。
『私が全体を見る』
『俺が細かく読む』
『で、私がぶっ飛ばす』
『頼もしいな』
『相棒なので!』
蜘蛛子が笑うように言った。
次の瞬間、マグマが大きく盛り上がった。
赤い火の海を割って、巨大な影が浮かび上がる。
火の魔力。統率の流れ。複数の魔物の反応。
すべてが、一つの中心へ繋がっている。
火竜。炎海の主が、俺たちを見た。
熱が跳ね上がる。戦闘が始まる。
TIPS:ファフニールとウロボロス
【叡智】と【慧眼】は、どちらも進化先や進化条件を確認できる。
ただし、見える情報には限界がある。
名前。
条件。
通常進化ツリーとは別枠かどうか。
今の自分に届くかどうか。
基本的に見えるのはその程度で、進化後の姿や具体的な能力までは分からない。
影蛇に見えた特殊進化先は、ファフニールとウロボロス。
ファフニールは、【強欲】のみで開く進化先である。
奪うこと、溜め込むこと、満たされないまま先へ進むこと。
名前と条件だけでも、そういう方向の危うさは感じ取れる。
一方、ウロボロスは【強欲】と【慈悲】の両方を条件とする進化先である。
奪う【強欲】。
救う【慈悲】。
一見すると正反対のスキルだが、どちらも魂に触れる力という共通点がある。
その両方を条件とする以上、ウロボロスもまた普通の進化ではない。
ただし、その先で影蛇が何になるのかは、まだ見えていない。