三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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(後書きのステータスは参考程度にしてください)


22.二匹で、炎海の主

 炎海が、盛り上がった。

 マグマの表面が大きく波打ち、その下にあった巨大な熱源が、ゆっくりと姿を現す。

 

 火竜。

 赤黒い鱗。岩みたいに分厚い体。喉奥で渦巻く、濃すぎる火の魔力。

 鰻をさらに竜へ近づけたような、長い竜体。

 もう魚類のような姿でなく、完全に竜種と呼ぶべき姿だった。

 

 その巨体がマグマの中から身を起こした瞬間、周囲の反応が一斉に変わった。

 鰻。ナマズ。タツノオトシゴ。

 今まで中層で散々見てきた魔物たちが、ばらばらに暴れているのではなく、火竜を中心にして動き始める。

 【統率】。

 さっき見えたスキル名が、嫌でも頭に浮かぶ。

 

 蜘蛛子の【叡智】が拾った盤面が、共存接続を通して流れ込んでくる。

 敵の数。足場。マグマの流れ。火球の軌道。逃げ道。

 広く、早い。

 けど、それだけじゃ足りない。

 

 俺はその盤面の上から、火竜の魔力の流れを深く見る。

 火竜から配下へ伸びる、細い命令の線。タツノオトシゴの喉奥に集まる火の魔力。鰻が身を捻る前兆。マグマの下でナマズが跳ねる直前の揺れ。

 全部が、繋がっている。

 

『右』

『罠』

『うげ』

 

 言葉はそれだけでよかった。

 右の岩場は、確かに空いている。けど、火竜の魔力がそこへ伸びていた。

 蜘蛛子の意識に、その流れを渡す。

 火球。着弾。砕ける足場。

 まだ起きていない光景が、起きる可能性として繋がる。

 未来が見えたわけじゃない。ただ、このまま動けばそうなると分かるだけだ。

 

『左下』

『りょ』

 

 蜘蛛子が右へ跳ぶ寸前で足を止め、左下へ体を流す。

 直後、右の岩場に火球が落ちた。

 岩場が砕け、破片がマグマへ沈む。赤い飛沫が跳ね上がり、熱風が蜘蛛子の体を煽った。

 そのまま右へ行っていたら、逃げ場ごと潰されていた。

 

『性格悪っ』

『同感』

 

 返す言葉も短い。

 長々と説明する必要はない。

 俺が見たものは、接続越しに蜘蛛子へ流れている。蜘蛛子が拾ったものも、俺へ流れてくる。

 蜘蛛子が広く見る。俺が深く読む。蜘蛛子が動く。

 それだけでいい。

 

 火竜が咆哮した。

 その声に合わせて、タツノオトシゴたちが一斉に顔を上げる。

 喉奥に火が灯り、火球が弾幕のように並ぶ。

 ただ正面から撃つだけじゃない。蜘蛛子が避ける先へ、順番に火球が置かれている。

 上へ逃げれば、タツノオトシゴ。左へ抜ければ、鰻。下へ落ちれば、ナマズ。右へ戻れば、火竜の火球。

 逃げ場があるようで、ない。

 

『誘導』

『見えた』

 

 蜘蛛子が低く返す。

 その直後、蜘蛛子は逃げるのをやめた。

 避けるのではなく、崩す。

 糸が飛ぶ。熱で長くは保たない。けど、一瞬なら使える。

 岩場へ。鰻へ。タツノオトシゴの首元へ。

 

 蜘蛛子が空中で体を捻り、火球の間を抜ける。

 火球が追ってくる。着弾すれば、岩場が砕ける。逃げ道がまた一つ消える。

 だが、蜘蛛子は消える前にそこを蹴っていた。

 火球。鰻。ナマズ。また火球。

 避けるたびに詰められる包囲の中で、蜘蛛子は逆に糸を残していく。

 細い糸。すぐ焼ける糸。けど、全部が無駄じゃない。

 

『左、切れる』

『使う』

 

 蜘蛛子が焼けかけの糸を引く。

 タツノオトシゴの一体が、わずかに姿勢を崩した。

 そこへ、俺は毒霧を流し込む。

 紫がかった霧が、熱に揺れながら広がる。

 普通なら、熱で散る。火球の爆風で飛ばされる。マグマの上では、長く留まらない。

 だから、ただ撒くだけじゃ意味がない。

 蜘蛛子が残した糸。火球の爆風。マグマから立ち上る熱の流れ。火竜の統率で、タツノオトシゴたちが通らざるを得ない位置。

 その全部を見て、毒霧を置く場所を決める。

 

『乗せる』

『ん』

 

 蜘蛛子が糸を引き、タツノオトシゴの進路をわずかにずらす。

 俺はそこへ風を流し、毒霧を押し込んだ。

 タツノオトシゴの群れが、毒霧へ突っ込む。

 数体が暴れ、火球を吐き損ねる。別の火球が味方に当たり、爆発が起きる。包囲に穴が開いた。

 

 穴が開いたなら、広げる。

 俺は蜘蛛子の影から、さらに魔力を伸ばした。

 まずは土。足場そのものを作るほどの余裕はない。けど、岩場の縁を崩し、マグマの飛沫を上げるくらいならできる。

 土魔法が岩場を砕く。跳ねた破片とマグマが、タツノオトシゴの進路を塞いだ。

 

 次に風 火球を消すことはできない。火の勢いが強すぎる。けど、軌道をほんの少し歪めることならできる。

 俺の流した風が、タツノオトシゴの火球を蜘蛛子の脚一本分だけ外す。

 

『助かる』

『次、右』

 

 短く返して、闇を撃つ。

 黒い槍が、火球を吐こうとしていたタツノオトシゴの喉元へ突き刺さる。

 火の魔力が乱れ、火球が形になる前に潰れた。

 直撃で倒すほどの威力じゃない。けど、それでいい。

 蜘蛛子が動くための隙を作る。それが今の俺の役目だ。

 

『開いた』

『行く』

 

 蜘蛛子が抜ける。

 俺の毒霧が群れを崩し、土が足場を乱し、風が火球をずらし、闇が敵の喉を潰す。

 その隙間を、蜘蛛子が糸と機動で広げていく。

 そこへ、俺は【強欲】を差し込む。

 

 まず狙うのは、まだ持っていない火属性系のスキル。

 【火攻撃】。【火強化】。

 俺と火属性の相性は良くない。影、魂、境界。俺の方向性はそっちであって、火を振り回す方向ではない。

 けど、中層にいる今だからこそ、火属性系のスキルは手に入れやすい。後になって欲しくなっても、同じように都合よく取れるとは限らない。

 それに、戦闘用として微妙でも、研究用なら価値はある。

 火の魔力がどう攻撃へ変わるのか。火属性の威力を、スキルがどう底上げしているのか。スキルがどこを補助して、どこから先を自分で制御しなきゃいけないのか。

 せっかくだし、取れる時に取っておく。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【火攻撃LV1】を奪取しました》

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【火強化LV1】を奪取しました》

 

 よし。欲しいものは取れた。

 後はスキルポイントだ。

 以前なら、欲しいものとは違うものを掴むこともあった。けど、今は見える。

 【慧眼】で、相手の内側にあるものの輪郭を見る。【強欲】を、そこへ差し込む。

 大きくはない。けど、タツノオトシゴは数がいる。一体一体から少しずつでも、積み重なれば十分だ。

 

 タツノオトシゴが落ちる。火球が減る。弾幕に隙間ができる。

 

『次』

『鰻』

 

 蜘蛛子が短く言う。

 鰻が火をまとって突っ込んでくる。速い。硬い。熱い。

 真正面から受ければ、それだけで危ない。けど、見えている。

 鰻の突進。火竜の命令。火球の射線。

 全部が重なる場所へ、蜘蛛子が糸を置いた。

 鰻が糸を焼き切る。けれど、その一瞬で軌道がずれる。

 火球が、鰻の横腹に当たった。

 爆発。鰻の体が大きく揺れる。

 

『今』

『はいよ』

 

 蜘蛛子が飛び込む。

 毒をまとわせた鎌が、鰻の口元へ叩き込まれる。

 俺も【強欲】を向けた。奪うものは決めてある。

 【竜鱗】。

 鰻が持つ、竜種の鱗のスキル。今の中層では、防御の手札はいくらあってもいい。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【竜鱗LV1】を奪取しました》

 

 よし。

 体の表面に、薄く魔力が巡る感覚が刻まれる。

 鱗が急に硬くなったというより、鱗に魔力を通して守るための感覚が増えた。

 劇的ではない。けど、使える。

 

『取れた?』

『取れた』

『よし』

 

 鰻が最後に暴れ、マグマを跳ねさせる。

 蜘蛛子が糸で体を引き、俺が影で足場の感覚を返す。

 紙一重で避けた。

 そのまま鰻の巨体が、マグマへ落ちる。沈めるには惜しい。

 

 俺はすぐに影を伸ばした。マグマの光で揺れる影を、無理やり鰻の体へ引っかける。

 熱で影の形が揺らぐ。鰻の体も重い。長くは持たない。

 だから、土魔法で岩場の縁を少しだけ盛り上げる。落ちる鰻の体を、そこへ引っかけた。

 完全に止める必要はない。沈むまでの時間を稼げればいい。

 

『食材』

『固定』

『りょ』

 

 蜘蛛子の糸がそこへ絡み、焼け切る前に固定した。

 戦闘中に食料を気にする余裕がある。それが、今の俺たちの違いだった。

 

 火竜が咆哮した。

 包囲の一角が崩れたことで、統率の流れが強くなる。

 火竜の意識がこちらに向いた。

 

『来る』

『本体?』

『そう』

 

 火竜の喉奥に魔力が集まる。

 ブレスほどではない。圧縮された巨大な火球。

 それが、こちらへ向けられている。

 

 蜘蛛子が逃げ道を拾う。

 右。左。上。全部、潰される。

 火竜の火球は正面。タツノオトシゴの残りが上。ナマズが下。火竜の長い胴体が、左の足場を叩き砕く流れも見えた。

 なら。

 

『下』

『ナマズ?』

『使う』

『りょ』

 

 マグマの下から、ナマズが跳ねた。

 蜘蛛子はそれを避けない。むしろ、近づく。

 火竜の火球が飛ぶ。ナマズが跳ね上がる。蜘蛛子が糸を投げる。

 ナマズの体に糸が絡み、軌道がずれる。火球の射線へ押し込まれる。

 直撃。

 ナマズの巨体が爆ぜ、火球の勢いが乱れる。その陰に隠れるように、蜘蛛子が横へ抜けた。

 

 そのままマグマへ沈めるには惜しい。

 俺は影を伸ばし、沈みかけたナマズの体を岩場の方へ押す。

 さらに風魔法でマグマの飛沫を払い、土魔法で足場の縁を削って引っかかりを作る。

 蜘蛛子の糸がそこへ絡み、焼け切る前に固定した。

 

 火竜の統率。鰻の突進。タツノオトシゴの火球。マグマの下から跳ねるナマズ。

 一匹で相手にしていたら、食料を気にする余裕なんてなかったはずだ。

 けど、今は違う。

 蜘蛛子が広く見て、俺が逃げ場を潰す流れを読む。詰まされる前に、こちらから包囲を崩す。

 その結果、逃げるだけで終わらない。倒せる。拾える。食える。

 

 蜘蛛子がナマズの残骸へ毒を流す。

 動きが完全に止まる前に、俺は【強欲】を向けた。

 狙うのは【火竜】。

 ナマズが持つ、火属性の竜種としての性質をまとめたスキル。種族限定の特殊スキルだが、今の俺には見える。選べる。奪える。

 

《スキル【強欲】の効果により、対象からスキル【火竜LV1】を奪取しました》

 

 入った。

 火竜になったわけじゃない。ただ、火属性の竜種が持つ性質の一部が、スキルとして俺の中に刻まれる。

 熱への馴染み。火の魔力の流し方。竜種特有の魔力の巡り。中層ではかなりありがたい。

 

『それも?』

『取れた』

『なら続行』

 

 蜘蛛子が次の足場へ跳ぶ。火竜が追う。残ったタツノオトシゴが火球を吐く。

 けど、もう最初ほど詰んでいない。

 弾幕は薄くなった。鰻は減った。ナマズも削れた。

 火竜の統率はまだある。でも、動かす駒が減れば、包囲は雑になる。

 

『本体』

『行ける?』

『今なら』

 

 火竜の【逆鱗】は厄介だ。鱗の表面に流れる魔力が、魔法の形を乱す。

 真正面から魔法をぶつければ、蜘蛛子の毒魔法でも削られる。

 なら、正面から押さない。

 俺は火竜の足元へ土魔法を差し込んだ。

 硬い岩場の下。マグマに浸された脆い層。そこを、薄く削る。

 火竜の重みで、岩場が沈んだ。

 巨体がわずかに傾く。ほんの一瞬。けど、その一瞬で火竜の喉元が開く。

 

 さらに、毒霧。

 火竜を毒霧だけで倒すためじゃない。視界を揺らし、意識を散らし、喉元へ集まる魔力の流れを乱すためだ。

 熱で毒霧が焼かれ、すぐに薄くなる。けど、それでいい。

 火竜の目が、ほんの一瞬だけ霧を追う。

 

 そこへ闇魔法。

 黒い刃を、鱗の隙間ではなく、火竜の視界へ走らせる。

 傷をつけるためじゃない。意識をそらすためだ。

 

『喉』

『ん』

 

 蜘蛛子が動く。

 糸を張る。岩場。火竜の首元の鱗。鱗の隙間。

 すぐに焼ける。けど、一瞬でいい。

 蜘蛛子が火竜の正面へ飛び込む。

 正面から受けるためじゃない。ギリギリまで引きつけて、毒を入れるためだ。

 

 火竜が火球を吐こうとする。

 その寸前、蜘蛛子の毒が口内へ叩き込まれた。

 火が乱れる。毒が弾ける。火竜の喉奥で、魔力の流れが歪む。

 

 俺はそこへ影を流した。

 止めるんじゃない。縛るんじゃない。ほんの少し、火の流れをずらすだけ。

 火竜の火球が暴発した。

 炎が口元で爆ぜる。火竜自身の首元に、熱と毒が跳ね返る。

 

 咆哮。怒り。統率の乱れ。

 蜘蛛子の邪眼が、その隙を捉える。

 完全には止まらない。相手は火竜だ。耐性もある。力もある。

 それでも、一瞬だけ鈍る。

 

『畳む』

『合わせる』

 

 蜘蛛子が毒魔法を重ねる。

 俺は【慧眼】で、毒が通る隙間だけを見る。

 鱗の重なり。喉元の傷。火球の暴発で乱れた魔力の膜。

 そこへ蜘蛛子の毒が滑り込む。

 

 火竜が暴れた。

 岩場が砕ける。マグマが跳ねる。残ったタツノオトシゴが巻き込まれて消える。

 それでも、蜘蛛子は離れない。

 糸を張り直す。毒を重ねる。邪眼を切り替える。火球を避ける。

 その情報の全てが、俺の中にも流れてくる。

 糸の張力。足場の熱。蜘蛛子の回避タイミング。火竜の魔力の偏り。

 

『次』

『右下』

『りょ』

 

 蜘蛛子が右下へ抜ける。

 火竜の長い首が、唸るように振られる。その巨体が岩場を削り、足場が砕けた。

 

『今』

『終わり!』

 

 蜘蛛子が火竜の喉元へ飛び込む。

 毒魔法。邪眼。糸。それらが一点へ重なる。

 火竜の喉奥で、毒と火が混ざり、暴れる。今度の火球は形にならない。

 内側で爆ぜた。

 火竜の巨体が大きく揺れる。マグマの海が波打つ。赤黒い鱗の隙間から、火と毒が漏れる。

 最後の咆哮は、炎ではなく苦痛だった。

 

 火竜が倒れた。

 

《経験値が一定に達しました。個体、リーメン・ヴェインがLV11からLV12になりました》

《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキルポイントを入手しました》

《条件を満たしました。称号【竜殺し】を獲得しました》

《称号【竜殺し】の効果により、スキル【生命LV1】【竜力LV1】を獲得しました》

《【生命LV1】が【身命LV1】に統合されました》

 

 声が重なって流れる。

 蜘蛛子側にも、いくつか流れた気配があった。接続越しに、意識が一瞬跳ねる。

 けど、今見るべきはそれじゃない。

 倒れた火竜。エルローゲネソーカ。

 俺は【慧眼】で、そいつの内側を見た。

 

 スキルじゃない。【逆鱗】は今取るものじゃない。【火竜】も、もうナマズから取った。

 狙うのは、スキルポイント。

 エルローゲネソーカが持っているスキルポイントは、11250。

 【強欲】で奪えるのは、その一割。

 十分すぎる。

 俺は【強欲】を、そこへ差し込んだ。

 火竜の中から、まとまった力が引き剥がされ、俺の中へ落ちる感覚があった。

 

 これで、エルローゲネソーカから1125。それにタツノオトシゴたちから細かく抜いた分を足せば、今回【強欲】で得たスキルポイントは1500ほど。

 予想通り。それでも、十分に大きい。

 これだけあれば、選択肢が増える。

 もちろん、何でも好きに取ればいいわけじゃない。相性が悪いスキルは必要ポイントが跳ね上がる。条件が絡むスキルも多い。

 けど、保険にはなる。

 

『勝った?』

『勝った』

『火竜に?』

『火竜に』

『よし』

 

 蜘蛛子の返事は短かった。

 けど、その奥で、勝ったという実感が一気に膨らむのが伝わってくる。

 俺も同じだ。勝った。

 中層の主みたいな顔をしていた火竜に。統率された包囲に。逃げ場を潰す火球の弾幕に。

 蜘蛛子と、俺で。

 

 火竜が倒れたことで、統率は切れた。残った少数の魔物たちが、ばらばらに動き始める。

 

『残り』

『向かってくるのだけ』

『食材』

『確保』

 

 蜘蛛子が動く。

 火竜ほどではない。統率もない。数も減っている。

 それでも、中層の魔物だ。油断すれば普通に死ぬ。

 だから手早く処理する。

 毒。糸。邪眼。火球の残り火を避け、マグマの波を越え、向かってくるやつだけを倒す。

 

 タツノオトシゴからは、取れる時にスキルポイントを抜く。大した量じゃないけど、こういうのは積み重ねだ。

 そして、確保できそうな鰻とナマズは逃がさない。

 食材になりそうなものがマグマに沈みかけるたび、俺は影を伸ばし、土魔法で岩場の縁を作り、風魔法で飛沫を払った。

 完全に引き上げる必要はない。蜘蛛子の糸が届くまで、少しだけ持たせればいい。

 蜘蛛子の糸がそこへ絡み、焼け切る前に固定する。

 その繰り返しで、どうにか食料を確保していった。

 

 戦闘が完全に落ち着いたところで、俺は戦闘用の深い接続から抜けた。

 蜘蛛子の影に重ねていた感覚を、いつもの距離へ戻す。

 そのついでに、蜘蛛子へと【奇跡魔法】をかけておく。

 ここからは普通に遠話でいい。

 

『……勝ったー』

 

『勝ったな』

 

『いや、勝ったね。勝ったよ。火竜に勝ったよ』

 

『ああ』

 

『で、食料もある』

 

『そこ大事か』

 

『大事でしょ。めちゃくちゃ大事でしょ』

 

 蜘蛛子の声が、いつもの調子に戻っていく。

 火竜の死体。確保した鰻。ナマズ。

 どれもマグマに沈めるには惜しすぎる。

 まずは火竜の体をどうにか安定した足場へ引き上げることにした。

 

 これが、地味に大変だった。

 でかい。重い。熱い。硬い。

 蜘蛛子の糸は熱で焼ける。俺の影も、マグマの光で揺らぐ。

 糸を張る。影で支える。切れる前に張り直す。沈む前に引く。

 命懸けで倒した火竜を、マグマに沈めてたまるか。

 

『重い!』

 

『重いな』

 

『熱い!』

 

『熱いな』

 

『共感が雑!』

 

 なんとか火竜の体の一部を引き上げ、鱗の状態を確かめる。

 ただ、すぐには食べられそうになかった。

 鱗が硬い。硬すぎる。切り分ける以前に、まず鱗を剥がさないと肉に届かない。

 

『これ、すぐ食べられないね』

 

『鱗が邪魔だな』

 

『倒した後まで面倒くさいとは』

 

『強い魔物だったからな』

 

『そこは美味しさで報いてほしいなぁ』

 

『味を見るのは、鱗をどうにかしてからだな』

 

『大変そうだなぁ』

 

 火竜の味は、次の楽しみに回すことになった。

 ただ、俺は知っている。

 少なくとも、前世で読んだ記憶の中では、火竜の肉は期待ほどの当たりではなかったはずだ。

 強い魔物だから美味い。竜だから美味い。

 そんな都合のいい話ではなかった。

 だから、蜘蛛子が今から火竜に期待しているのを見ると、少しだけ申し訳ない気分になる。

 ……まあ、言わないけど。

 今ここで「それ、あんまり期待しない方がいいぞ」なんて言ったら、絶対に理由を聞かれる。

 

 今は、硬い火竜に苦戦するより、食べやすくて美味い方を先に食うべきだ。

 

『先にナマズ食べるか?』

 

『え、いいの?』

 

『火竜の肉は逃げないしな』

 

『やった。やっぱり持つべきものは相棒だね』

 

『食べ物で評価が上がるのか』

 

『食べ物は大事』

 

『それは否定しない』

 

 蜘蛛子が確保していたナマズへ向かう。

 戦闘中なら、その動きに合わせて俺も感覚を重ねていた。

 けど、今はもう、そこまで深く繋いではいない。

 それでも、蜘蛛子が近くにいるのは分かる。

 影の距離。魔力の気配。糸が動く感覚。

 その距離が、今はただ心強かった。

 

 火竜を倒した。共存接続はうまくいった。蜘蛛子の動きを通せた。

 なら、この距離は間違っていない。

 少なくとも、今の俺にはそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやーそれにしても、今回もまた変な称号手に入ったね』

 

『称号?』

 

『【竜殺し】はいいよ? 火竜倒したんだから、それは分かる。むしろちょっとかっこいい』

 

『まあ、分からなくはない』

 

『でもさ、【恐怖を齎す者】って何? ひどくない?』

 

『俺はないぞ』

 

『……は?』

 

『【竜殺し】はあるけど、【恐怖を齎す者】はない』

 

『はー!? なんで!? 一緒に戦ったよね!?』

 

『俺はお前の影にいたし、表に出てたのはお前だからな』

 

『納得いかない!』

 

『判定的には、お前が恐怖を齎したんだろ』

 

『嫌すぎる!』

 

 蜘蛛子が本気で不満そうに言う。

 けれど、周囲の魔物たちが近づいてくる気配はない。

 マグマの向こうにいた魔物たちは、こちらを見ても寄ってこない。

 

『……これ、もしかして効いてる?』

 

『多分な』

 

『うわー……。敵にはいいかもしれないけどさ、これ敵以外にも効くんでしょ?』

 

『効果を見る限りはな』

 

『ダメじゃん! 私の姿見ただけで怖がるってことでしょ!?』

 

『俺には効いてないけどな』

 

『なんで!?』

 

『【外道無効】のおかげだろ』

 

『ずるい! 私だけ変な称号押しつけられてる!』

 

 蜘蛛子はそう言いながら、確保していた食材の元へ向かった。




TIPS:現在の影蛇のステータス

《リーメン・ヴェイン LV12 名前 なし(黒巳怜士)
 ステータス
 HP: 428/ 428(緑)
 MP:2680/2680(青)
 SP: 485/ 485(黄)
   : 418/ 418(赤)
 平均攻撃能力: 506
 平均防御能力: 548
 平均魔法能力:2575
 平均抵抗能力:1726
 平均速度能力: 462
 スキル
【魂欲】【火竜LV1】【龍鱗LV1】【HP自動回復LV7】【MP高速回復LV4】【MP消費大緩和LV4】【魔力精密操作LV6】【魔闘法LV1】【SP回復速度LV9】【SP消費緩和LV9】【影流操作LV3】【火強化LV1】【毒強化LV4】【気闘法LV2】【竜力LV1】【火攻撃LV1】【毒攻撃LV3】【腐蝕攻撃LV1】【外道攻撃LV4】【毒合成LV8】【投擲LV3】【連携LV8】【遠話LV8】【命中LV8】【回避LV6】【思考の極み】【万象演算】【探知LV10】【隠密LV10】【隠蔽LV4】【無音LV8】【影憑LV9】【風魔法LV8】【土魔法LV8】【外道魔法LV10】【影魔法LV10】【闇魔法LV8】【毒魔法LV9】【奇跡魔法LV5】【遊泳LV3】【飽食LV1】【打撃耐性LV1】【斬撃耐性LV1】【火耐性LV3】【風耐性LV3】【土耐性LV3】【闇耐性LV9】【猛毒耐性LV2】【麻痺耐性LV4】【石化耐性LV2】【酸耐性LV4】【腐蝕耐性LV5】【気絶耐性LV2】【恐怖耐性LV5】【外道無効】【苦痛無効】【痛覚軽減LV3】【聴覚強化LV7】【嗅覚強化LV3】【味覚強化LV4】【触覚強化LV6】【身命LV1】【魔蔵LV7】【瞬発LV7】【持久LV9】【剛力LV3】【堅牢LV3】【道士LV9】【護法LV8】【縮地LV1】【強欲】【慈悲】【慧眼】【征服】【安寧】【神性領域拡張LV6】【自立】【自己理解】【禁忌LV8】【n%I=W】
 スキルポイント:2540
 称号
【異例な魂】【神希望】【悪食】【暗殺者】【魔物殺し】【毒術師】【強欲の支配者】【魂へ触れる者】【無慈悲】【魔物の殺戮者】【慈悲の支配者】【慧眼の支配者】【竜殺し】》
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