納得いかない。
いや、火竜を倒したことじゃない。
そこはいい。
あれは強かった。
普通に死ぬかと思った。
だから【竜殺し】をもらえたのは分かる。
問題はもう一個の方である。
【恐怖を齎す者】。
名前がひどい。
効果もひどい。
私を見た相手に恐怖を与えるとか、完全に悪役の称号じゃん。
敵だけなら便利。
でも敵以外にも効くかもしれないって、困るでしょ。
私、いつか外に出る予定なんですけど?
見た目が蜘蛛な時点で討伐対象っぽいのに、さらに恐怖付与とか、過剰サービスにもほどがある。
しかも、うちの蛇には効かない。
外道無効。
便利だねー。
さすがだねー。
『まだ言ってるのか』
『言うよ。なんで私だけ恐怖担当なの』
『俺に聞かれても困る』
『あんたにも効けばよかったのに』
『それは困る』
『私も困ってる』
影から返ってくる声はいつも通りだった。
火竜戦で使った共存接続は、正直かなり便利だった。
私が広く見て、影蛇が細かく読む。
危ない場所や、攻撃が通る隙が、言葉にしなくても感覚で返ってくる。
あれがなかったら、火竜戦はもっと面倒だったと思う。
ただ、便利だから全部平気かというと、それは違う。
こいつが何を考えているのか全部分かるわけじゃないし、たまに妙な間がある。
何か隠してるんじゃないかと思うこともある。
まあ、今のところ勝手なことはしてこない。
踏み込める場所でも、踏み込んでこない。
だから、今はそれでいい。
それに、なんだかんだ言って、こいつが影にいると戦いやすい。
危ない場所を教えてくれる。
足場を作る。
魔法で援護する。
変なところで誤魔化すし、妙に重く受け取る時もあるけど、それでも、私の動きを邪魔しない。
むしろ、合わせてくる。
だからまあ、うん。
相棒としては、かなり優秀だと思う。
……いや、別に褒めすぎじゃないし?
実際便利だし?
うちの蛇が役に立つのは当然というか。
そう考えたところで、ちょっと引っかかった。
うちの蛇。
自分で言っておいてなんだけど、なんか私も大概では?
……まあいいか。
邪魔ならとっくに追い出してるし。
『で、ナマズ食べるか?』
『食べる!』
話題の変え方が雑!
でもナマズなら許す!
◇
ナマズは美味い。
中層に来てから得た数少ない真理である。
熱い。
マグマ危ない。
火属性魔物面倒。
でもナマズは美味い。
鰻も食べた。
こっちも美味い。
ナマズより食べるのが大変だけど、十分当たり。
そして問題の火竜肉。
硬い鱗を剥がすのにかなり苦労した。
糸で固定して、前肢を差し込んで、影蛇が隙間を教えて、ようやく少しだけ肉に届いた。
倒した後の方が面倒ってどういうことなの。
まあ、強敵の肉である。
期待はする。
だって火竜だよ?
火竜。
名前からして美味しそうじゃん。
いただきます!
……。
…………。
うん。
不味くはない。
不味くは、ないんだけど。
『微妙』
『そうか』
影蛇の返事が早い。
『あんた、知ってた?』
『何をだ?』
『火竜肉が思ったより微妙なこと』
『……いや』
今の間は何?
ねえ、今の間は何?
『怪しい』
『気のせいだ』
『怪しい』
『ナマズ、まだあるぞ』
『食べる』
食べるけど。
誤魔化された気がする。
まあいいか。
火竜肉が期待外れだったことは大問題だけど、いつまでもここにいるわけにもいかない。
中層は熱いし、危ないし、ナマズ以外の食生活に未来がない。
外。
そう、外である。
迷宮の外。
美味しいものがあるかもしれない外。
ついでに、アラクネへの進化を目指すなら、いつまでも中層でナマズ生活をしているわけにもいかない。
……ちょっと名残惜しいけど。
ナマズ美味いし。
と、その前に。
火竜を倒したことで、スキルポイントも増えている。
なら、ここで取るべきものは決まっている。
空間魔法プリーズ!
《スキル【空間魔法LV1】をスキルポイント500使用して取得しました。
残りスキルポイント0です》
よし!
これで空間魔法ゲット!
……まあ、LV1だから今すぐ転移できるとか、そういう都合のいい話ではない。
けど、取ったことが大事。
育てればいいのだ、育てれば。
まあ、並列意思の魔法担当に育てるのは任せよう。
『空間魔法取った』
『使えそうか?』
『うーん。今のところは別にって感じ? でも将来的に使えそうじゃない?』
『まあ確かにそうだろうな』
そういえば影蛇のスキルポイントも増えてたけど、何か取るんだろうか。
『で、そっちは新しいスキル取るの?』
『俺も取った。強欲で奪いにくいもので、魔法を中心にな』
『何取ったの?』
『1300ポイント使って、【空間魔法LV1】【氷魔法LV1】【重魔法LV1】。残りは1240ポイントだ』
……。
ポイント多くていいねぇ!
『ずるい!』
『何がだ』
『いっぱい取れてずるい!』
『お前も貯めればいいだろ』
『使える時に使う派なので。それにそっちがスキルポイント増えたのは【強欲】使ったからじゃん!』
『お前は【傲慢】で十分得してるだろ』
むう。
なんか納得いかない。
でも、空間魔法は私と同じ。
氷魔法はこの火だらけの中層だと便利そう。
重魔法は……重くする魔法?
名前からして分かりやすいような、分かりにくいような。
『使えるの?』
『LV1だから過信はできない』
『まあ、だよね』
『けど、ないよりはマシだ』
『それはそう』
火竜戦を終えたばかりだと、その「ないよりマシ」が大事なのは分かる。
それにしても、火竜か。
火竜を倒した。
つまり私は、竜を倒した蜘蛛である。
【竜殺し】である。
しかも影蛇と二匹がかりとはいえ、ちゃんと勝った。
……あれ?
もしかして、竜いけたなら、龍もいけるのでは?
そう思った瞬間、脳裏にアラバの姿が浮かんだ。
無理。
怖い。
あれは無理。
竜と龍は違う。
字面が似てるからって調子に乗ってはいけない。
竜殺しになったからといって、龍相手にイキっていい理由にはならない。
慢心、ダメ、絶対。
『どうした?』
『一瞬、竜いけたなら龍もいけるんじゃないかと思った』
『やめておけ』
『自分でも今やめた』
危ない危ない。
調子に乗るところだった。
さて。
食べられる分だけ食べた。
取るスキルも取った。
なら、次は移動だ。
『外、目指す?』
『そうだな。ここに長居する理由は薄い』
『ナマズは惜しい』
『それは分かる』
よろしい。
食の価値観が合うのは大事である。
ともかく、食事終了。
目指すは外。
まずは中層からの脱出である。
◇
移動は、思ったより楽だった。
中層の魔物が寄ってこない。
遠くに反応はある。
熱もある。
気配もある。
でも近づいてこない。
むしろ私たちを避けるように動いている。
【恐怖を齎す者】の効果だろう。
便利。
便利なんだけど。
ご飯も逃げる。
由々しき問題である。
『便利だけど不便』
『称号の話か?』
『ご飯が逃げる』
『確かにそれは重要だな』
『重要だよ!』
とはいえ、今は戦闘を避けられる方がありがたい。
火竜戦の直後だし、無駄な消耗は避けたい。
影蛇も無理に戦おうとは言わず、私の影に潜ったまま周囲を警戒している。
そうして、特に何事もなく数日が経った。
その途中で、私は大きく変わった地形を発見した。
穴。
ただの穴じゃない。
巨大な縦穴。
上も下も見えない。
壁面は遠く、マグマの光が底の方でぼんやり揺れている。
熱気が渦を巻き、穴そのものが息をしているみたいだった。
広すぎ。
この迷宮、本当に広すぎ。
私は、近づきすぎないようにしながら中を覗こうとした。
その瞬間、体の奥が震えた。
いる。
まだ見えていないのに分かる。
何かがいる。
大きい。
強い。
まずい。
『下がれ』
影蛇の声が硬い。
言われるまでもなく、私は下がっていた。
糸を伸ばし、岩陰に身を隠す。
影蛇も私の影の奥へ沈む。
来る。
巨大な影が、縦穴の中に現れた。
蜘蛛。
巨大な、蜘蛛。
私よりずっと大きい。
火竜よりも、なお大きい。
同じ蜘蛛型の魔物のはずなのに、存在感がまるで違う。
見た瞬間、理解した。
マザー。
私を産んだ、あの巨大蜘蛛。
生まれた直後に見た理不尽。
兄弟を当たり前みたいに食っていた怪物。
逃げるしかなかった相手。
その記憶が、体の奥から蘇る。
そして、それだけじゃない。
なんだろう。
見ているだけで、体が固まる。
足が動かない。
目を逸らしたいのに、逸らしたらその瞬間に見つかりそうで、逸らせない。
怖い。
ただ大きいからじゃない。
ただ強いからでもない。
生き物としての格が違う。
そう体が勝手に判断していた。
『……あれが?』
『マザー』
小さく答える。
『あれ、見すぎない方がいいんじゃない?』
『分かってる』
影蛇の声も硬い。
何をどこまで感じ取っているのかは分からない。
けど、あれが危険だということだけは、こいつにも分かっているらしい。
マザーは、私たちに気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか。
巨大な体で、縦穴を下へ降りていく。
逃げる。
絶対に逃げる。
関わらない。
見つからない。
そう決めた、その時だった。
熱が増した。
火の魔力。
竜の気配。
さっき倒した火竜とは違う、もっと濃くて重い熱。
火龍。
それだけじゃない。
配下と思われる中層の魔物も大量にいる。
そいつらが、マザーへ向かっていく。
おお!?
怪獣大戦争か!?
ここからじゃ鑑定できないけど、案外良い勝負するんじゃないか?
そんなことを一瞬だけ考えた。
その直後。
マザーが、口を開いた。
光が集まる。
え?
そう思った時には、もう遅かった。
ブレス。
そうとしか言えない何かが、縦穴を貫いた。
炎なのか、光なのか、衝撃なのか。
よく分からない。
ただ、分かったことが一つだけある。
あれは、当たったら死ぬ。
火龍も、その配下の魔物たちも、まとめて呑み込まれた。
さっきまで縦穴を埋めていた熱も、咆哮も、魔物の気配も、全部まとめて吹き飛ぶ。
爆発。
熱と衝撃が縦穴を満たす。
岩が砕け、炎が散り、マグマが跳ねる。
離れていたはずの私たちまで、余波で岩陰から引き剥がされそうになった。
『っ、伏せろ!』
影蛇の声と同時に、私は糸を岩に打ち込む。
体が吹き飛びかける。
影蛇が土魔法で足場を押さえ、重魔法で私の体ごと沈めるように支えた。
重い。
いや、助かった。
助かったけど、重い。
などと文句を言う余裕はなかった。
爆風が過ぎた後、縦穴の中にあった火龍軍は、ほとんど消えていた。
さっきまで火の魔力を撒き散らしていた魔物たちは、影も形もない。
岩壁は大きく抉れ、そこへマグマが流れ込んでいる。
たった一度。
マザーのブレス一つで、あれだけの軍団が壊滅した。
強い。
強すぎる。
あいつらが弱いわけじゃない。
絶対に違う。
あれだけの群れが、相手になっていない。
これが、マザー。
私の体が冷える。
熱い中層にいるのに、背中の奥が冷たくなる。
『動くなよ』
『分かってる』
影蛇の声が短く響く。
マザーは、火龍軍の残骸に興味を示すこともなく、そのまま縦穴の奥へ降りていった。
まるで、邪魔なものを軽く払っただけみたいに。
私はしばらく動けなかった。
逃げなきゃ。
今すぐ逃げなきゃ。
そう思っているのに、体が固まっている。
マザーが去った。
火龍軍は壊滅した。
今なら逃げられる。
そう考えた瞬間。
まだ、熱が残っていることに気づいた。
一つ。
火龍の反応。
まだ生きている。
マグマの中から、巨大な影が起き上がる。
片翼は潰れている。
体のあちこちが傷ついている。
近づいてきたからか、【叡智】の表示が引っかかる。
HPは、半分以上削られている。
それでも、その火龍は生きていた。
嘘でしょ!?
あれを受けて、生きてるの?
あれだけ削られて、まだ動けるの?
その火龍はマザーほどではない。
それでも、十分すぎるほど大きい。
そして、怒っている。
火龍がゆっくりと頭を上げる。
こっちを見るな。
私は心の底からそう思った。
見るな。
こっちを見るな。
私たちは関係ない。
マザーにやられたなら、マザーを追って。
いや、追わなくていい。
とにかくこっちを見るな。
けど。
火龍の目が、こちらを捉えた。
赤い瞳。
燃えるような怒り。
行き場を失った憎悪が、私たちへ向く。
ないわー。
これはない。
無理。
あんなの、無理。
『逃げるぞ、と言いたいが……』
影蛇の声。
分かってる。
私も逃げたいけど、難しそうだ。
火龍が、こちらへ向かって動き出す。
傷ついている。
弱っている。
片翼も潰れている。
それでも、火竜とは比べものにならない圧がある。
火龍。
マザーに敗れた、生き残り。
その怒りが、今、私たちに向けられていた。
TIPS:現在の蜘蛛子のステータス
《ゾア・エレ LV15 名前 なし
ステータス
HP: 602/ 602(緑)
MP:4196/4196(青)
SP: 622/ 622(黄)
: 622/ 622(赤)
平均攻撃能力: 606
平均防御能力: 703
平均魔法能力:4001
平均抵抗能力:4121
平均速度能力:2680
スキル
【HP自動回復LV7】【魔導の極み】【SP回復速度LV6】【SP消費緩和LV7】【破壊強化LV3】【斬撃強化LV3】【毒強化LV7】【魔闘法LV2】【気闘法LV4】【気力付与LV2】【竜力LV1】【猛毒攻撃LV3】【腐蝕攻撃LV1】【外道攻撃LV1】【毒合成LV8】【糸の才能LV4】【万能糸LV1】【操糸LV8】【投擲LV7】【連携LV5】【念話LV6】【立体機動LV9】【隠密LV8】【無音LV5】【集中LV10】【思考加速LV7】【予見LV7】【並列意思LV2】【高速演算LV3】【命中LV9】【回避LV9】【威圧LV1】【外道魔法LV6】【影魔法LV7】【毒魔法LV7】【空間魔法LV1】【深淵魔法LV10】【破壊耐性LV3】【打撃耐性LV3】【斬撃耐性LV3】【火耐性LV4】【闇耐性LV2】【猛毒耐性LV2】【麻痺耐性LV5】【石化耐性LV3】【酸耐性LV3】【腐蝕耐性LV4】【気絶耐性LV3】【恐怖耐性LV7】【外道無効】【苦痛無効】【痛覚軽減LV7】【視覚強化LV10】【望遠LV8】【暗視LV10】【視覚領域拡張LV3】【呪いの邪眼LV7】【麻痺の邪眼LV5】【聴覚強化LV9】【嗅覚強化LV7】【味覚強化LV7】【触覚強化LV8】【星魔】【身命LV1】【瞬身LV1】【耐久LV1】【剛力LV4】【堅牢LV4】【韋駄天LV4】【魔王LV1】【忍耐】【傲慢】【飽食LV1】【叡智】【断罪】【奈落】【禁忌LV8】【神性領域拡張LV4】【n%I=W】
スキルポイント:0
称号
【悪食】【血縁喰ライ】【暗殺者】【魔物殺し】【毒術師】【糸使い】【無慈悲】【魔物の殺戮者】【傲慢の支配者】【忍耐の支配者】【叡智の支配者】【竜殺し】【恐怖を齎す者】》