三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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蜘7.【禁忌LV10】

 影蛇と別れてから、私はまずマイホーム作りに取りかかった。

 

 糸が燃えない。

 地面が熱くない。

 空気を吸っているだけで削られない。

 

 素晴らしきかな上層。

 素晴らしきかなマイホーム。

 

 やっぱり蜘蛛には巣が必要なんですよ。

 

 中層では、まともに巣なんて作れなかった。

 糸は燃えるし、地面は熱いし、寝ている間にマグマへ落ちたら終わりである。

 

 それに比べて、ここは天国。

 

 まあ、天国と言っても迷宮だけど。

 

 それでも糸が燃えない。

 

 大事なことなので、もう一度。

 

 糸が燃えない!

 

 最高!

 

 私は中層への入口に近い、程よい広さの空間に糸を張った。

 

 久しぶりのちゃんとした巣。

 久しぶりのちゃんとしたマイホーム。

 

 これでようやく落ち着ける。

 

 ……落ち着ける、はずだったんだけど。

 

 巣の中は思ったより静かだった。

 

 いつもなら、影の中に気配があった。

 見えなくても、そこにいると分かった。

 糸を張る時、逃げ道を考える時、魔物の気配を読む時、どこかで影蛇の感覚が重なっていた。

 

 最初は一匹で生きていたんだから、大丈夫だと思ったんだけど……。

 

 ただ、完全に見失ったわけではない。

 

 意識を伸ばす。

 【叡智】で、別れる前に影蛇へ付けたマーキングを辿る。

 

 本来なら、マーキングした相手の位置はもっとはっきり分かる。

 マップ上に点が浮かぶみたいに、場所も距離も掴める。

 

 けれど、影蛇は違った。

 

 マーキングは切れていない。

 生きていることも分かる。

 遠くにいることも分かる。

 

 でも、マップ上に点として固定されるほど正確じゃない。

 方向も、距離も、どこかぼやける。

 

 支配者スキルのせいか。

 【慧眼】のせいか。

 影に沈むあいつ自身の性質のせいか。

 

 それとも、私には見えない何かがあるのか。

 

 分からない。

 

 ただ、今は追わない。

 

 マーキングを付けたことは、影蛇もたぶん気づいていた。

 けど、何も言わなかった。

 私も何も言わなかった。

 

 だって、別に。

 別にだから。

 

 ……いや、怪しいことをした自覚はありますけど。

 

 でも仕方ないじゃん。

 勝手に死なれたら困るし。

 勝手に消えられたらもっと困るし。

 

 私が認めたんだから。

 私の影にいたんだから。

 

 勝手に死ぬのも、勝手に消えるのも許さない。

 

 だから、見失うつもりはない。

 

 遠い。

 けれど、消えてはいない。

 

 生きている。

 

 なら、今はいい。

 

 追おうと思えば、追えるかもしれない。

 でも、追わない。

 

 あいつが勝手に決めたように、私も勝手に決める。

 

 ただし、死にそうになったら話は別。

 

 その時は問答無用で引きずり戻す。

 

 これは決定事項。

 異論は認めない。

 

 というわけで。

 

 私は私で進む。

 

 一匹で。

 

 ……一匹で、か。

 

 並列意思たちはいても、思ったより静かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日、ホームを拠点にして過ごした。

 

 食べる。

 休む。

 周辺を確認する。

 また食べる。

 また休む。

 

 中層を突破して、火竜を倒して、火龍も倒して、黒い男に会って、Dと話して、影蛇が離れた。

 

 出来事の密度がおかしい。

 

 普通なら、どれか一つで十分大事件でしょ。

 私の蜘蛛生、イベント詰め込みすぎでは?

 

 まあ、文句を言っても仕方ない。

 

 まずは体を休める。

 それから周辺の安全確認。

 そして、次のレベル上げ。

 

 あと一つ。

 あと一つレベルが上がれば、私は進化できる。

 

 進化すれば強くなる。

 強くなれば生き残れる。

 生き残れば、外へ出る道も見えてくる。

 

 単純明快。

 

 ……のはずだったんだけど。

 

 魔物が寄ってこない。

 

 巣にも引っかからない。

 出歩いても遭遇しない。

 たまに見つけても、こっちに気づいた瞬間に逃げる。

 

 なんで?

 

 いや、心当たりはある。

 ありまくる。

 

 やけに威圧感を放ちまくってる蜘蛛。

 

 客観的に見たら何その危険生物。

 

 私じゃん。

 

 そりゃ逃げるわ。

 

 魔物だって命は惜しい。

 私に捕まるイコール食われるだし。

 

 うん。

 納得。

 

 納得はした。

 

 でも困る。

 

 経験値がない。

 ご飯もない。

 飽食のストックはあるけど、このままだとじわじわ詰む。

 

 せっかく進化まであと少しなのに。

 あと一歩なのに。

 

 魔物が逃げるせいで、その一歩が遠い。

 

 ……影蛇がいたら、どう言っただろう。

 

 私は糸の上で前足を動かした。

 

 いない相手の反応を想像しても仕方ない。

 あいつはあいつで進んでいる。

 なら、私も進むしかない。

 

 というわけで、行動範囲を広げることにした。

 

 幸い、今の私は【空間魔法】が使える。

 【叡智】の地図と組み合わせれば、今まで通ってきた場所へかなり正確に飛べる。

 

 マイホームを拠点にして、遠くまで狩りに行く。

 疲れたら戻る。

 危なそうなら逃げる。

 見つけた魔物は食べる。

 

 完璧な計画。

 

 ……問題は、上層の魔物が基本的に不味いことくらい。

 

 いや、それ大問題では?

 

 まあいいか。

 生きるため。

 そして経験値のためだ。

 

 私はホームから空間を繋ぎ、探索へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探索は順調。

 

 と言いたいところだけど、やっぱり魔物は少ない。

 

 いや、いる。

 いるけど逃げる。

 

 こっちの姿を見るなり逃げる。

 気配を察知しただけで逃げる。

 ひどいやつは、姿を見せる前に通路の奥へ消える。

 

 失礼な。

 

 私はただのか弱い蜘蛛ですよ?

 

 ……いや、無理があるな。

 

 自分で言ってて無理がある。

 

 経験値ー。

 経験値どこー?

 

 どこかに落ちてないかなー。

 

 ……落ちてた。

 

 蛇だ。

 

 上層ではそこそこ強い魔物。

 倒せばレベルアップできるはず。

 

 ただ、問題が一つ。

 

 人間が戦っている。

 

 人間は五人。

 二人が前に出て、蛇を抑えようとしている。

 二人は倒れている。

 一人は、その倒れている二人の治療をしている。

 

 見た感じ、かなりまずい。

 

 蛇の方が優勢。

 倒れている二人も毒か何かを受けているっぽい。

 治療している人間が必死に魔法を使っているけど、間に合うかは微妙。

 

 さて、どうする。

 

 放置する?

 蛇が人間を全滅させるまで待って、それから蛇を倒す?

 

 ……さすがにそれはないかなー。

 

 別に人間の味方をしたいわけじゃない。

 善意の塊でもない。

 けど、目の前で死にそうなのを、面倒だからで放置するのは、ちょっと。

 

 元人としてどうなのって気もするし。

 

 それに、蛇は経験値。

 ご飯。

 進化に必要な最後の一押し。

 

 つまりこれは救助ではない。

 獲物を横取りするだけ。

 ついでに人間が助かるだけ。

 

 そういうことにしておく。

 

 ……影蛇がいたら、何か言ったかな。

 

 いや、あいつの場合、たぶん言う前に考える。

 あの二人は助かるのか。

 治せるのか。

 治した後、逃げられるのか。

 人間に襲われる危険はどれくらいか。

 

 そんなことを、真面目に考えそうだ。

 

 あー、もう!

 

 いない相手のことを考えてる場合じゃない!

 

 私は天井へ移動した。

 

 助けに来たぞー、なんて演出はしない。

 そんなヒーローみたいなことをしている暇はない。

 さっさと殺って、さっさと撤退。

 

 蛇の頭上へ回り込む。

 糸で足場を作る。

 空間機動で位置を合わせる。

 

 鎌を振り下ろす。

 

 斬撃強化。

 ステータス強化。

 毒。

 

 蛇の頭を貫いた。

 

《経験値が一定に達しました。個体、ゾア・エレがLV19からLV20になりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》

《スキルポイントを入手しました》

《条件を満たしました。個体、ゾア・エレが進化可能です》

 

 よし!

 

 来た!

 ついに来た!

 

 進化可能!

 

 やった!

 これでまた強くなれる!

 

 人間たちは呆然としている。

 まあ、気持ちは分かる。

 苦戦していた蛇を、いきなり現れた蜘蛛が一撃で殺したのだ。

 理解が追いつかなくても仕方ない。

 

 さて、では蛇を回収して帰ろう。

 

 そう思ったところで、倒れている二人が目に入った。

 

 ……やばい。

 このままだと死ぬかも。

 

 蛇を倒しただけでは間に合わない。

 治療している人間の魔法も弱い。

 毒の処理も追いついていない。

 

 んー。

 

 ここまでやったよしみだ。

 やるなら最後までやるか。

 

 私は倒れている二人のところへ移動した。

 

 治療していた人間がびくっとした。

 構築していた魔法も乱れる。

 

 いや、そんなに怯えなくても。

 まあ、無理か。

 私、魔物だし。

 

 治療魔法を発動。

 毒を消す。

 傷を塞ぐ。

 HPを戻す。

 

 倒れていた人間たちの呼吸が落ち着く。

 

 治療していた人間が、信じられないものを見るような目でこっちを見ている。

 

 はいはい。

 驚くのは分かりました。

 でもこれ以上関わると面倒なので、あとはそちらでどうにかしてください。

 

 私は蛇の死骸を糸でまとめようとした。

 

 その時見つけた。

 

 果物。

 

 乾燥した果物っぽいもの。

 

 え。

 甘いもの?

 

 これ、甘いものでは?

 

 人間たちの荷物からこぼれたものらしい。

 戦闘中に落としたのかもしれない。

 

 えー。

 

 でも私、助けたし?

 蛇も倒したし?

 治療もしたし?

 

 報酬くらいもらっていいよね?

 

 いいよね!

 

 ダメなんて言わせないよ!

 

 私は乾燥果物を回収した。

 ついでに蛇も回収する。

 

 そして、まだ呆然としている人間たちを残して、ホームへ転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅。

 

 マイホーム最高!

 

 そして、まずは果物。

 

 進化?

 それは後!

 

 今は蜘蛛生初の甘味を味わうことに全力を尽くすのだ!

 

 鑑定。

 

 乾燥クリクタの実。

 甘味あり。

 MP回復効果あり。

 

 ただのおやつじゃなかった。

 回復アイテムだった。

 

 ……人間たち、これ必要だったかも?

 

 でもまあ、瀕死の重傷を治してあげたんだし。

 蛇も倒してあげたんだし。

 対価としては妥当だよね?

 

 妥当です。

 

 では、いただきます。

 

 ……甘い。

 

 甘い!

 

 前世で食べた果物と比べれば、そこまで美味しいわけじゃない。

 乾燥していて瑞々しさはないし、ちょっと渋みもある。

 

 でも甘い。

 

 蜘蛛になってから初めて食べる、ちゃんとした甘味。

 

 幸せ!

 

 私はゆっくり味わった。

 最後まで味わった。

 

 そして、食べ終わってから、ふと思った。

 

 ……影蛇にも、少しくらい食べさせてやってもよかったかも。

 

 いや、無理だけど。

 ここにいないし。

 一個しかなかったし。

 そもそも蛇が乾燥果物を食べて美味しいのかも分からないし。

 

 でも。

 

 甘いって分かったら、どんな反応をしただろう。

 

 少しだけ、悪いことをした気分になった。

 

 ほんの少しだけ。

 

 だって一個しかなかったし。

 私が助けた報酬だし。

 進化前のご褒美だったし。

 

 仕方ない。

 うん。

 仕方ない。

 

 次に見つけたら、少しだけ残しておいてもいい。

 

 少しだけ。

 ……本当に少しだけ。

 

 私は名残惜しく口元を動かした。

 

 ごちそうさまでした。

 美味しいものは、何も考えずに美味しいと言えるのが一番だね。

 

 さて。

 

 余韻にも浸ったし、進化するか。

 

 今回は準備万端。

 ホームはある。

 食料はある。

 安全もそれなりに確保してある。

 

 問題があるとすれば、【禁忌】。

 

 禁忌。

 名前からして嫌な予感しかしないスキル。

 

 【叡智】でも詳細が分からない。

 だからこそ余計に怖い。

 

 もうLV9まで上がっている。

 今進化したら、LV10になってもおかしくない。

 

 でも、ここまで来たら回避は無理。

 何が起きても受け止めるしかない。

 

 Dのことだ。

 カンストした瞬間に即死、みたいなつまらないことはしないと思う。

 あいつなら、死なせずに眺めて楽しむ方を選ぶ。

 

 ……それ、死ぬより酷い目に遭う可能性があるのでは?

 

 考えるのはやめよう。

 

 出たとこ勝負。

 それしかない。

 

 進化先は三つ。

 

 グレータータラテクト。

 エデ・サイネ。

 オルトカディナート。

 

 グレータータラテクトはなし。

 大きくなるのは困る。

 小ささと機動力を捨てる気はないし、アラクネを目指すなら余計に巨大化は避けたい。

 

 オルトカディナートは魔法型。

 罠や知能に優れる系統らしい。

 悪くはない。

 悪くはないんだけど、もうこの先に進化先が無いし、知能も十分高いでしょ。

 元人間だしね!

 

 となれば、エデ・サイネ一択。

 

 ゾア・エレの上位進化。

 死を象徴する小型の蜘蛛型魔物。

 戦闘力も隠密性も上がる。

 

 いいじゃない。

 

 これなら今の戦い方とも合う。

 小型のまま強くなれる。

 しかも上位進化への道も見える。

 

 叡智様がいなかったら迷っていたかもしれない。

 

 叡智様、やっぱりすごい。

 

 というわけで。

 

 エデ・サイネに進化開始。

 

《個体、ゾア・エレがエデ・サイネに進化します》

 

 意識が沈む。

 これで強くなる。

 

 一匹で判断して。

 一匹で動いて。

 一匹で強くなる。

 

 影蛇。

 

 あんたが影の外へ行ったなら、私は私で進む。

 

 そう思ったところで、意識が完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《進化が完了しました》

《種族エデ・サイネになりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキル熟練度進化ボーナスを取得しました》

 

 ︙

 

《熟練度が一定に達しました。スキル【禁忌LV9】が【禁忌LV10】になりました》

《スキルポイントを入手しました》

《条件を満たしました。禁忌の効果を発動します。インストール中です》

《インストールが完了しました》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 最悪だった。

 

 禁忌。

 確かにこれは禁忌だった。

 

 こんなもの、知らなければよかった。

 

 世界。

 システム。

 女神。

 管理者。

 人族。

 魔族。

 勇者。

 魔王。

 スキル。

 称号。

 魂。

 エネルギー。

 壊れかけた世界。

 

 まだ全て理解したわけではない。

 流れ込んできた情報の全体像すら掴み切れていない。

 それでも、今分かっている分だけで十分すぎた。

 

 知りたくなかった。

 知らなければ、ただ迷宮で生きているだけでよかった。

 

 魔物を倒して。

 食べて。

 進化して。

 強くなって。

 外に出る。

 

 それだけでよかった。

 

 なのに。

 

 知ってしまった。

 

 世界がどうしようもなく傷ついていること。

 人族も魔族も、その上で好き勝手していること。

 システムが何のためにあるのか。

 女神がどうなっているのか。

 管理者が何を守り、何を守れなかったのか。

 

 吐き気がする。

 胸糞悪い。

 最悪だ。

 

 D。

 

 あいつ、本当に性格が悪い。

 

 禁忌なんて名前のスキルをカンストさせた相手に、こんな情報を叩き込んでどうしろっていうのか。

 

 しかも、これで終わりじゃない。

 

 知っただけ。

 知ってしまっただけ。

 

 だからといって、いきなりどうにかできる力が手に入るわけじゃない。

 

 スキルもステータスもある。

 進化して強くなった。

 私は前よりずっと強い。

 

 でも、それだけでは足りない。

 

 この世界の裏側にあるものを知ってしまった今、ただ迷宮で強い魔物になっただけでは、何も届かないと分かってしまった。

 

 管理者。

 神。

 システムの外側。

 

 そういうものがある。

 

 でも、どうすればそこへ届くのかは分からない。

 

 禁忌は世界の真実を叩き込んできた。

 けれど、親切な攻略本じゃない。

 何をすれば全部解決するのかなんて、丁寧に書いてあるわけがない。

 

 なら、強くなるしかない。

 

 今まで通り、魔物を倒して、食べて、レベルを上げる。

 スキルを鍛える。

 進化する。

 できることを増やす。

 

 それしかない。

 

 それしかないのに、見えてしまったものが重すぎる。

 

 世界の命を使えば、システムは動く。

 そのことは分かってしまった。

 

 だから、乱暴な考えが頭をよぎる。

 

 人族も魔族も、まとめて消えてしまえばいい。

 

 そう思ってしまうくらい、この世界は腐っている。

 

 でも、そんなことをすればあの黒い男――管理者ギュリエディストディエスが黙っていない。

 今の私では、あいつには勝てない。

 それに、そんな単純な話ではないことも分かってしまった。

 

 腹が立つ。

 

 どうしようもなく腹が立つ。

 

 この世界にも。

 システムにも。

 人族にも、魔族にも。

 管理者ギュリエディストディエスにも。

 Dにも。

 

 そして、知ってしまった自分にも。

 

《熟練度が一定に達しました。スキル【怒LV1】を獲得しました》

 

 ああ、そう。

 どうでもいい。

 怒りなんて、今さらスキルにされなくても十分ある。

 

 私は巣の中で体を動かした。

 

 進化後の体は、前より強い。

 小さいまま、鋭くなった。

 隠れるにも、動くにも、戦うにも向いている。

 

 でも、足りない。

 

 もっと力がいる。

 

 考えることは山ほどある。

 知ってしまったことも多すぎる。

 整理しなければならない情報も多い。

 

 【叡智】がそれを支えてくれている。

 情報を分類する。

 今すぐ考えるべきことと、後で考えるべきことを分ける。

 

 それでも、重い。

 

 重すぎる。

 

 その重さの中で、ふと影蛇の言葉を思い出した。

 

 あの時、影蛇はすぐには答えなかった。

 でも、最後には認めた。

 

 私に関係ある、と。

 

 今なら、少しだけ分かるかもしれない。

 

 あいつが言えなかった理由。

 言ったところで伝わらない理由。

 伝わったら壊れるかもしれない理由。

 

 影蛇が知っていたものが、これと同じだったとは限らない。

 禁忌そのものではないのかもしれない。

 違う形の知識だったのかもしれない。

 

 でも、似た重さはあったんじゃないか。

 

 知ったら、知らなかった頃には戻れないもの。

 言葉にした瞬間、相手の世界を変えてしまうもの。

 

 あいつは、それを抱えていたのかもしれない。

 

 ……馬鹿じゃないの。

 

 そんなもの抱えて、ずっと私の影にいたのか。

 

 言えよ。

 

 けれど、言えなかったのも少しだけ分かる。

 

 禁忌を知る前の私に、今知ったことを説明できるか?

 

 無理。

 絶対無理。

 

 言葉にしたところで伝わらない。

 伝わったら伝わったで、もう戻れない。

 

 これを知る前と後では、世界の見え方が違いすぎる。

 

 それに。

 

『全部欲しい』

 

 あいつは、そんなことも言っていた。

 

 何それ。

 重い。

 重すぎる。

 

 全部って何。

 力も、未来も、目標も、隣に立つ資格も。

 

 その中に、私のことも入っているのか。

 

 分からない。

 

 分からないけど、勝手にそんなことを言って、勝手に離れるな。

 

 欲しいなら取りに来い。

 隣に立つって言うなら、ちゃんと戻ってこい。

 

 次会ったら、そこも含めて聞く。

 

 だからといって、許したわけじゃない。

 

 私はまだ怒っている。

 納得もしていない。

 説明も足りていない。

 

 あいつが何を知っていて、何を隠して、何を考えて離れたのか。

 それは、あいつから聞く。

 

 ちゃんと聞く。

 

 逃がさない。

 

 マーキングを辿る。

 

 遠い。

 けれど、消えていない。

 

 生きている。

 

 少なくとも、今は。

 

 追おうと思えば、追えるかもしれない。

 けど、今は追わない。

 

 あいつは一匹で進むと決めた。

 私も一匹で進むと決めた。

 

 ただし、死にそうになったら別。

 

 勝手に離れるのは少しだけ認めた。

 勝手に死ぬのは認めていない。

 勝手に消えるのも認めていない。

 

 これは決定。

 私が決めた。

 

 だから守れ。

 

 影蛇。

 

 私はさっき倒した蛇の死骸を食べた。

 

 進化で減ったSPを戻す。

 思考を無理やり動かす。

 体を起こす。

 

 甘味を味わった時の幸せは、まだ少しだけ残っている。

 けれど、その上から禁忌の情報が重くのしかかっている。

 

 最悪だ。

 面倒くさい。

 全部投げ出したい。

 

 でも、知らなかったことにはできない。

 

 なら、進むしかない。

 

 私は死なない。

 影蛇も死なせない。

 そのためにも、もっと強くなる。

 

 上層では足りない。

 逃げる魔物を追いかけるだけでは、先に進めない。

 今の私に必要なのは、もっと濃い経験値。

 もっと強い敵。

 もっと大きな成長。

 

 下層。

 

 地龍がいる。

 強い魔物がいる。

 危険も多い。

 

 でも、行く。

 

 一匹で判断して。

 一匹で動いて。

 一匹で強くなる。

 

 影蛇。

 

 あんたが戻ってきたら、ちゃんと怒る。

 ちゃんと聞く。

 今よりちゃんと説明させる。

 

 だから、それまで死ぬな。

 

 私も死なない。

 

 転移する。

 

 目的地は下層。

 

 危険度は上層の比じゃない。

 でも、その分強い魔物がいる。

 

 経験値がいる。

 スキルがいる。

 力がいる。

 

 このクソッタレな世界をどうにかするために。

 私が、私のために生き残るために。

 

 私は、暗い迷宮の底へ足を踏み出した。




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