三度目の生は蛇の姿で   作:鯱タクワン

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7.仮休戦と魅力的な魂

 ……うまくいった。

 いや、まだ全然安心はできないんだけどね。

 

 正直、原作知識があるせいで、いつ糸でぐるぐる巻きにされるかと身構えていたし、今も普通に怖い。

 

 でもまあ、少なくとも即戦闘にはならなかった。

 それだけで十分すぎる成果だ。

 

 どうせDには色々バレてるだろうし、半端に隠すよりは、いっそ転生二回目とかいう意味不明な情報を投げた方がいいと思って話した。

 

 相手の警戒や思考を、魂を求める黒蛇という危険要素から少しでも逸らせるかもしれないなんて打算もあった。

 

 というか、蜘蛛子は原作知識で知っている限り、かなりのコミュ障寄りだ。

 

 普通に「俺も転生者だ」だけで話しかけても、警戒して終わるか、そもそもまともに会話にならない可能性が高いと思っていた。

 

 だからこそ、転生二回目とかいう意味不明すぎる情報で強制的に混乱させれば、ツッコミでも何でもいいから反応せざるを得なくなるんじゃないか、と考えた部分もある。

 

 実際、蜘蛛子はかなり混乱していた。

 

 転生二回目というワードのインパクトが強すぎたのか、蜘蛛子は途中から警戒よりツッコミを優先していた気がする。

 少なくとも最初よりは、ずっと自然に会話できていた。

 

 ……うん。

 

 改めて考えると、だいぶ酷い会話の始め方だなこれ。

 

 怪しいのは変わらないだろうが、少なくとも、即殺すべき敵からは少し外れた……と思いたい。

 

 仮。

 あくまで仮の休戦。

 信用されたわけじゃない。

 

 それでも十分だ。

 この迷宮で、話が通じる相手と出会えた。

 それだけで、今の俺にはかなり大きい。

 

 しかも相手は蜘蛛子だ。

 原作主人公。

 この世界で、物語の中心になるはずの存在。

 

 そして、俺がもっとも知っている存在。

 

 ……まあ、向こうからすれば、俺は魂を求める怪しい黒蛇なんだけどな。

 

 うん。

 

 自分で言ってて最悪すぎる。

 

 魂を求める黒蛇。

 完全にヤバい魔物だろ。

 

 しかも問題なのは、否定しきれないことだ。

 

 なぜなら今も。

 目の前の白い蜘蛛が。

 どうしようもなく、魅力的に感じる。

 

 ……やめろ。

 

 考えるな。

 

 あれは味方だ。

 同じ転生者だ。

 今後、生き残るために協力できるかもしれない存在だ。

 

 餌じゃない。

 

 餌じゃない餌じゃない餌じゃない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、意識を影の中へ沈める。

 

 【影憑】になってから、影の中はただ隠れる場所じゃなくなった。

 肉体を影に隠すというより、自分の内側に潜るような感覚。

 

 その状態で【自己理解】と【魂欲】へ意識を向けると、自分の魂の状態や、それへ影響している衝動をぼんやり把握できる。

 

 そして、ようやく理解した。

 

 【魂欲】は、単純に魂を喰いたいだけの衝動じゃない。

 正確には……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

 いや、理解はできる。

 理解はできるんだが、納得したくない。

 

 俺は今、スモールグレイヴウンブラペント。

 ()()()()()()()()()()()()()()ウンブラペント種。

 その進化の影響で、自分の魂や存在そのものが、死側へ偏っているらしい。

 

 だから、生を求める。

 生きた魂を欲する。

 

 足りないものを埋めようとするみたいに。

 

 ……いやいやいや、待て。

 それってつまり。

 俺が魂を喰いたくなるの、本能的な栄養不足みたいな扱いってこと?

 

 嫌すぎるんだけど。

 

 しかも最悪なことに、【魂欲】は別に理性を奪うスキルじゃない。

 

 ちゃんと考えられる。

 ちゃんと我慢もできる。

 

 その上で、()()()と思わせてくる。

 

 質が悪い。

 いや、本当に質が悪い。

 

 だが、同時に分かったこともある。

 

 蜘蛛子の近くにいると、【魂欲】が少しだけ静まる。

 

 いや、正確には。

 

 蜘蛛子の魂を欲しくなるのに、同時に落ち着く。

 

 理由は完全には分からない。

 ただ、感じるものはある。

 

 蜘蛛子の魂は、普通じゃない。

 

 いや、転生者だし、元々普通の蜘蛛という時点でも普通じゃないのは当然だ。

 だが、それだけじゃない。

 

 もっと根本的な部分。

 魂の在り方そのものが、おかしい。

 

 生きている魂なのに、死の気配がある。

 死の気配があるのに、濁っていない。

 むしろ安定している。

 

 生の隣に、自然と死が存在している。

 

 まるで、生と死が最初から一つの循環として成立しているような……。

 

 ……そうか、Dか。

 

 管理者D。

 

 若葉姫色。

 

 原作通りなら、目の前の蜘蛛はDの身代わりだったはずだ。

 

 つまり蜘蛛子の魂には、Dの性質がほんの少しだが混じっている。

 

 冥界。

 地獄。

 死後。

 

 そういった()を管理する側の性質。

 

 けれど同時に、死だけじゃない。

 死を終わりではなく循環として扱う、生と死が同居した在り方。

 

 だから、俺の【魂欲】は落ち着く。

 死へ偏った俺の魂が、蜘蛛子の魂に含まれる生と死の均衡へ引き寄せられているのだろう。

 

 けれど、そのあまりの心地良さに蜘蛛子の魂が異様に欲しくなる。

 

 ……本当にふざけんなよDのやつめ!

 

 これ、絶対わざとだろ!

 

 確かに進化先は自分で選んだ。

 だが、この種族へと進化できるウンブラペント種へ転生させたのはDだ。

 想定していたとしか思えない。

 

 しかも、よりにもよって蜘蛛子の近く。

 偶然なわけがない。

 絶対、面白がってる。

 

『……なに黙ってるの?』

 

 蜘蛛子から警戒混じりの念話が飛んできた。

 そりゃそうだ。

 魂を求める蛇が急に黙ったら怖い。

 

『悪い。少し、自分の状態を確認してた』

 

『状態?』

 

『【魂欲】の衝動が、お前の近くにいると少し落ち着く』

 

『は?』

 

『ただその代わり、お前の魂が、かなり魅力的に感じるというか……』

 

『はいアウト! やっぱりアウト!』

 

 蜘蛛子の気配が一気に後退する。

 

 うん。

 そりゃそうなる。

 

『待て。だから正直に言ってる』

 

『正直に言えば許されると思うなよ! この魂喰らい蛇!』

 

 全く、ごもっともだ。

 反論できない。

 

『……でも、今のところ抑えられてるから』

 

『今のところって言った!?』

 

『いや、俺も自分でよく分かってないんだって!』

 

『怖っ!?』

 

『俺も怖いよ!』

 

 いや自分の事なんだけどね?

 でも本当に怖い。

 自分の本能が信用できない。

 

『だから、もし変になりそうだったら言う』

 

『……多分?』

 

『多分』

 

『不安しかないんだけど!?』

 

 俺だって不安しかない。

 まあでも、向こうの方が不安なのはわかる。

 魂を求める魔物から、「近くにいさせてほしい」と言われているんだからな。

 

 しかも常に影に居るような魔物にだ。

 怖さ倍増である。

 

『……というか、なんで私が転生者って分かったの?』

 

 ああ、そこか。

 

『最初は推測だった』

 

『推測?』

 

『俺がお前を鑑定した時、お前も俺を鑑定しただろ』

 

『した』

 

『その時、不快感があった』

 

『あっ』

 

 蜘蛛子が固まった。

 

 どうやら心当たりはあったらしい。

 

『鑑定された側は、不快感を感じるらしい』

 

『えっ、そうなの!?』

 

 蜘蛛子の動揺が念話越しでも分かる。

 

『うわっ、えっ、じゃあ今まで私、鑑定しまくって嫌われてた可能性ある!?』

 

『まあ……あるかもしれん』

 

『えぇぇぇぇ……』

 

 蜘蛛子が本気でショックを受けていた。

 

 いや、お前が今まで会ってきたの大体敵だろ。

 何でそんなに落ち込むんだよ。

 

『で、何でそんな事わかったの? 他に鑑定するやつでもいた?』

 

 蜘蛛子が質問をしてくる。

 まあ最もな疑問だよな。

 

 俺も原作知識がなければ今までわかってなかっただろう。

 

『俺は、自分のスキルを感覚的に理解できる【自己理解】というスキルを持ってる』

 

『また変なの持ってるなぁ……』

 

『俺もそう思う』

 

 実際には原作知識だ。

 だが、ここで()()()()()()()なんて説明する気はない。

 下手をすれば、蜘蛛子から危険視される。

 だから【自己理解】によるもの、ということにしておく。

 

『だから、不快感で向こうも鑑定持ちだって分かった』

 

『なるほど?』

 

『それに、お前の反応が普通の魔物っぽくなかった』

 

『反応?』

 

『鑑定された直後、すぐ隠れた俺を警戒してただろ』

 

『う』

 

『あの時点で、かなり知性が高いのは分かった』

 

『まあ、普通の蜘蛛ではないし……』

 

『それに、念話を理解してそうな感じもあった』

 

『……それで転生者って思ったと』

 

『そう。そして同じ教室で死んだ可能性を考えた』

 

『あー……』

 

 蜘蛛子も何となく納得したらしい。

 

『正直、確証はなかった』

 

『じゃあ賭けだったんだ』

 

『まあな』

 

『外れてたら?』

 

『怪しい蛇として逃げられて終わり』

 

『実際かなり怪しいよ?』

 

『知ってる』

 

 自覚はある。

 

 魂を求め、影に潜る黒蛇。

 怪しさしかない。

 しかも、自分でも自分を信用できていない。

 

 それでも。

 

 蜘蛛子は逃げなかった。

 

 完全に信用されたわけじゃない。

 

 仮。

 あくまで仮の休戦。

 

 だが、この迷宮で。

 話の通じる相手がいるというだけで、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 ……だからこそ。

 絶対に、こいつを喰ってしまうわけにはいかない。

 

 ……まあ襲っても返り討ちにあいそうだけど。

 

 それでも、襲わない理由がそれだけにならないようにしないとな。




TIPS:魂の偏り

魂は完全に均一な存在ではなく、生・死・破壊・知識など、様々な方向性への偏りを持つ場合がある。
通常、生物は()側へ大きく偏っているため問題は起きない。
しかし、一部の進化や能力は魂の性質そのものを変質させる。
特に()側へ偏った魂は、生者の魂へ強く惹かれる傾向があり、その影響は精神や本能にも及ぶ。
なお、この偏りは善悪とは無関係である。
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