東方異人録   作:かまきりバニラ

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『検査?検分?』

 

「取り敢えず上は全部脱いでもらっても良いかしら?」

 

「はい、分かりました」

 

 医務室にてアサヒは、永琳の指示に躊躇うことなく、機能性重視のジャケットとシャツを脱ぎ捨てた。

 

 露わになったその肉体は、着痩せするタイプなのだろう、服の上から想像していたよりも遥かに逞しく、無駄な脂肪の一切ない鋼のような躍動感を秘めていた。

 

「おおっ、アサヒ中々良い体してるね。何かやってたの?」

 

 てゐがニヤニヤしながら、品定めでもするようにアサヒの周りを回り始める。

 

 「……幻想郷が物騒なところだから、多少は鍛えないと思ってさ」

 

「んーっ。感心感心。でも、ちょっとどころじゃないくらい鍛えてるでしょ?」

 

「いやいや、俺なんてまだまだだよ」

 

「またまたご謙遜を~。発情期の時に襲いたくなるくらい良い体してるよ」

 

「褒め言葉のつもりかよ~……」

 

「…………」

 

「冗談だよね……?」

 

「…………」

 

「冗談だよね!?」

 

 てゐの不気味な沈黙にアサヒが戦慄する横で、永琳は冗談に付き合う様子もなく、冷徹な医者の目でその肢体を観察していた。

 

 彼女の視線が止まったのは、胸元や腕、腹部にかけて点在する、古傷の数々だった。

 

 アオという強大な「盾」がいながら、なぜこれほどの傷を負う必要があるのか。永琳のその疑問を察したかのように、アオが静かに、しかしどこか重苦しいトーンで口を開いた。

 

 「ごしゅじんさま、アオを頼らないで妖怪と戦ったりもしてた。いっぱい死にかけて、そのたびにアオが直してた」

 

 「アオ……」

 

 「ごしゅじんさまは、いつもむりする。だから、私はごしゅじんさまから離れたくない」

 

 アオの言葉は、単なる従属心ではなく、主人の危うさを身近で見てきたからこその執着に近い願いだった。

 

 永琳はその傷の一つを指先でなぞった。

 修復された跡は綺麗だが、そこに刻まれた痛みまでは消えていない。

 

 「アオがアサヒの傷を治せるのなら、私が薬を処方する必要もないのかしら?」

 

 永琳は、指先を離すと試すような視線を向けた。その言葉に、アサヒはシャツを手に取ろうとする動きを止め、問いを返す。

 

「そう言えばなんですけど、永琳さんってお医者さんなんですか?」

 

 これに答えたのは、永琳ではなく傍らのてゐだった。てゐは自慢げに胸を張り、アサヒの周りを跳ねるように動く。

 

「なーに言ってんの。永琳はね、そこらの医者とは格が違うんだから。八意永琳といえば、あらゆる薬を作り、どんな難病でも治しちゃう、月……じゃなくて、この迷いの竹林が誇る最高の名医なんだよ」

 

 てゐは永琳を指し示し、大げさな身振りで言葉を続けた。

 

「死なない薬だって作れるって噂があるくらいなんだから。アサヒのその古傷だって、永琳の薬にかかれば、アオの治療で消えなかった痕まで綺麗さっぱり消えるかもしれないよ?」

 

 永琳はてゐの誇張混じりの説明を否定も肯定もせず、棚に並んだ空瓶の一つに手を伸ばした。

 

 永琳は手際よく準備を整えると、アサヒを処置台の椅子へと促した。

 

「まずは、その体格を正確に把握させてもらうわね。そこに立って」

 

 指示に従い、アサヒは部屋の隅にある古風ながらも精密な作りの身長体重計に乗った。永琳は目盛りを素早く読み取り、手元のカルテに筆を走らせる。

 

 「……なるほど。やはり見かけの筋肉量以上に、骨密度も高く、相当な負荷に耐えうる構造をしているわね」

 

 測定を終えると、次は採血の準備に入った。

 彼女は銀のトレイに消毒液と鋭利な注射針を並べる。

 

 その無機質な金属音だけが、静かな医務室に響いた。

 

 「腕を出して。少し痛むわよ」

 

 アサヒが差し出した左腕の肘の内側を、永琳は手慣れた手つきでアルコール綿で拭う。浮き出た血管を見定めると、迷いのない動作で針を刺し入れた。

 

 透明なシリンダーの中に、暗赤色の血液が吸い上げられていく。アオはその光景を、一歩離れた場所から瞬きもせずに凝視していた。

 

 「……終わったわ。少しの間、そこを強く押さえておきなさい」

 

 永琳は採取した血液を複数の試験管に分け、それらを魔法的な光が灯る分析装置のような道具へとセットした。てゐはその様子を背伸びして覗き込み、ニシシと笑いながらアサヒの顔を覗き込む。

 

「これでお前の身体の隅々まで、永琳に丸裸にされるってわけだ。隠し事はできないよ?」

 

 永琳はてゐの軽口を無視し、刻々と変化する試験管内の色調を、冷徹な観察者の眼差しで見つめ続けた。

 

 「人聞きの悪いこと言わないで頂戴」

 

 永琳はてゐを軽くたしなめると、採血した血液の入った試験管を机のホルダーへと収めた。

 

 「さ、これでおしまいよ」

 

 その言葉を聞き、アサヒは傍らに置いていた機能性ジャケットを手に取りながら、ふと疑問を口にした。

 

 「……結局、服を全部脱ぐ必要はあったんですか?」

 

 「あなたの身体の作りを直接見ておきたかったの。筋肉のつき方や骨格のバランス、それにその古傷の走り方……それらすべてが、私にとっては大事なデータになるのよ」

 

 「そうなんですか……」

 

 アサヒは納得したように頷くと、手際よくシャツを羽織り、ジャケットのファスナーを上げた。肌を覆っていた古傷が、再び厚手の生地の向こう側に隠れていく。

 

 「さて、食事にしましょう。アサヒ、お腹空いてるわよね?」

 

 永琳の問いかけに、アサヒは自分の腹に手を当てた。

 

 「そういえば、昨日の夜から何も食べてなかったです」

 

 「それは良かったわ。夕げの準備をするから部屋で待ってて頂戴。てゐ、案内してあげて」

 

 「はいよー。こっちだよ、アサヒ」

 

 てゐがひらひらと手を振りながら出口へと向かう。アサヒがその後を追おうとした時、永琳がふと思い出したように足を止めた。

 

 「あら? そう言えば輝夜様は?」

 

 「姫様なら、なんか夕食の準備するーって言ってどっか行ったよー?」

 

 「それはマズイわね」

 

 永琳の表情から余裕が消え、神妙な顔つきに変わった。彼女はそのまま医務室を飛び出すと、迷いのない足取りで廊下の奥へと早足で消えていった。

 

 「えいりんさん、なんか怖い顔してたけど、何かあったのか?」

 

 廊下を進むアサヒの問いに、前を歩くてゐが肩をすくめて答える。

 

 「そりゃあ、姫様が台所に立つと災害が起きるからね」

 

 「だ、台所で災害……?」

 

 その言葉の響きに、アサヒは歩を緩めた。しかし、てゐは気にする様子もなく、軽い足取りで先を急ぐ。

 

 「まあまあ大丈夫だって! たとえ殺人料理が出てきたとしても、永琳の薬でなんとかしてくれるし。それに、そこのお嬢さんもいるわけだしさっ」

 

 てゐはアサヒの傍らにいるアオへと視線を投げ、ニシシと笑った。

 

 アサヒは、先ほどまでの永琳の切迫した表情を思い返し、自身の腹のあたりをさすりながら、廊下の先を見つめた。

 

 「そう言えばてゐ」

 

 「んー?」

 

 「何で俺達をここに案内してくれたんだ?」

 

 ふとした疑問を口にしたアサヒに対し、てゐは足を止めることなく、背中越しに答えた。

 

 「な~んかアサヒってさ、面白い気配がするんだよね~。隣のお嬢さんもすんごい圧だけど。けどアサヒは特別面白そう」

 

 「面白い……気配?」

 

 「そっ」

 

 てゐはそこで足を止めると、顔だけをこちらに向けて問いかけた。

 

 「アサヒはこの幻想郷で大事なことってなんだと思う?」

 

 「…………力?」

 

 「ブブー! それはね~……非情であることだよ」

 

 てゐの言葉に、アサヒは言葉を返さず沈黙した。その反応を待っていたかのように、てゐは楽しげに声を弾ませる。

 

 「私が何を言いたいかというとー」

 

 くるりとてゐがこちらへ振り返り、アサヒの顔を真っ向から見据えた。

 

 「人間のふりしようと必死なところが面白いっ」

 

 「……だって俺は、人間だから……」

 

 てゐの答えに対し、アサヒは納得のいかない様子で眉を寄せた。

 

 「いひひっ。まあ自覚ないだけかもしれないけどね~」

 

 てゐは含みのある笑い声を漏らすと、再び背を向けて歩き出した。

 

 廊下の突き当たりまで来ると、彼女は重厚な襖の前で足を止める。

 

 「はい、到着。ここが今日のアサヒたちの部屋だよ。大人しく待ってなよ。さっきの感じだと、永琳が必死に食卓を修正してるだろうからさ」

 

 てゐはそう言い残すと、耳を揺らしながら軽快な足取りで廊下の闇へと消えていった。アサヒとアオの二人だけが、静まり返った廊下に取り残された。

 

 「意味が分からない……なあ?アオ」

 

 てゐが去った廊下の先を見つめたまま、アサヒは独り言のように呟いた。その問いかけに、隣に控えていたアオが静かに応じる。

 

 「…………うん」

 

 アオの視線はアサヒの横顔に向けられたまま、その表情には揺らぎがない。

 

 アサヒは首を傾げながらも、目の前の襖に手をかけた。引くと同時に、畳の香りが微かに漂い、整理された客間の様子が露わになる。

 

 部屋に入り、アオがその後に続いて静かに襖を閉めた。外の廊下からの物音はなくなり、部屋の中には静寂が落ちる。

 

 アサヒは部屋の中央にある座卓の前に腰を下ろした。アオもまた、指示を待つようにその傍らへ音もなく膝をついた。

 

 「ごしゅじんさま……」

 

 膝をついたまま、アオが小さな声でアサヒを呼んだ。

 

 「ん? なに?」

 

 アサヒが視線を向けると、アオは何かを言いかけ、わずかに唇を動かした。しかし、そのまま数秒の沈黙が流れる。

 

 「…………やっぱり、なんでもない」

 

 アオは視線を落とし、自身の膝の上に置いた拳を静かに握り込んだ。

 

 アサヒは首を少し傾けたが、深く追及することはせず、そのまま部屋の調度品へと視線を移した。

 

 閉め切られた部屋の中に、外からの虫の声だけが微かに響いている。二人の間には、言葉にならない独特の重みを含んだ空気が滞留していた。

 

 




次回に続きます!
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