天彗龍と大海原と 作:悪魔のポ
初投稿です。
──
ねえ、お母さん!
きょうは“赤いお星さま”のお話し、して?
――いいわよ。少し怖いお話だけど、ちゃんと聞ける?
うん、へいき!
じゃあ、これはね、青海のずっと向こう――ここまで届く大きな山々が沢山ある島の人達に伝わるお話よ。
ずっと前の、私のお母さんのひいおばあちゃんが、そのまた何代も昔のおばあちゃんが聞いた本当のお話。
ある日、とても眩しい“真っ赤な流れ星”がお空に流れるの。
お日様が一番高いところにいても見えるくらい、キラキラ光っていて……そう、まるで空が燃えているみたいにね。
わあ…そんなのすっごく明るくてきれいだろうなぁ!
ええ、とっても綺麗。
だからその人たちは、その流れ星にお祈りをしたの。
「どうか、わたしたちを見守ってください」って。
でもね――その星は、ただの流れ星じゃなかったの。
え……? どういうことなの?
その流れ星の後にはね、必ず空を割いて進む様に飛んで……町も、人も、全て壊してしまう、とても怖い存在が訪れるの。
どうして……?きれいなのに、こわいの……?
そうね……とても、美しくて、残酷なお話よ。
どうしてそんなことするの?そのお星さま、わるいお星さまなの?
…悪い存在かどうかもわからないの。
ただその島の人々はこう思ったわ。
「あの赤い星は、避けられない運命の凶星」
「見た者に絶望を運ぶ空の定め」だって。
……じゃあ、じゃあ、もし見ちゃったら、もうだめなの?
必ずしも、とは言えないけれど……
誰も、その星から逃げられたとは伝わっていないの。
やだよ……そんなの……
じゃあ、わたし、もうお空みれない…
いいえ。空を見ることは、悪いことじゃないわ。
でもね――その星に、お願いごとをしてはいけないの。
どうして…?
それはね……願いが伝わる星じゃないからよ。
……じゃあ、もし見えちゃったら……どうしたらいいの?
うーん、そうね……あなたなら、どうする?
……にげる。
でも、ひとりじゃいや……こわいもん。
だから……お母さんとお父さんと、いっしょににげる。手、ぎゅってする。
……ええ、もちろん。離したりしないわ。
ほんと?ぜったい?
ええ、ぜったいよ。
……じゃあ、ちょっとだけ安心した。
でも、その“赤いお星さま”……ほんとに来るの?
――さあ、それはどうかしらね。
むかしむかしのすっごくむかしのおはなし、でしょ?
ええ、そうよ。むかしのお話し。
……じゃあ、もうだいじょうぶ?
……ええ。きっとあなたが好き嫌いしなくなったらね。
それは…わたしがんばって食べるからだいじょうぶ!
─
「…カイドウさん、あんたを疑うわけじゃねえが、お荷物クイーンの雑魚がビビり過ぎて死んじまうぞ」
「るせぇんだよ!ボケナスキング! しっかし天才科学者のおれはともかく、アホのキングも何も感じなかったんだぜ! こんな所に何にもありゃしねえんじゃねえのか?」
「──あァ!!? なんだと!! おれが間違ってるってのか!!?」
「いやいやいや!そんなこと思ってもみねェよカイドウさん!」
「すまねェ、カイドウさん、おれが後でキングのボケを殺しておく…」
上空、動きも全く無い雲の切れ目に巨大な影が確かに進んでいる。
龍と化したカイドウは、何の前触れもなくその動きを止めた。
「………止まれ」
低く、短い声。
わずかに遅れて、後方を飛んでいたキングが空中で静止する。
その脚に吊られたままのクイーンが、露骨に顔をしかめた。
「おい急に止まんなって! 落ちたらどうすんだよ!」
「お荷物は黙っとけ。カイドウさん、何か見つかったのか?」
一言で切り捨てられ、クイーンは舌打ちする。
静寂。だが――
カイドウだけが、動かない。
全てをなぎ倒してきた様な瞳が、ただ目の前の空を睨み据えている。
「……何かいるぞ」
低く、短い言葉は、あまりにも曖昧だった。
「カイドウさん!おれのセンサーは何も拾ってねェぞ」
キングもまた、周囲へ意識を広げる。
何も違和感の正体を感じ取ることは出来ない。
空は、やはりただの空のままで。
「……確かに何も感じられない」
その言葉に、クイーンが肩をすくめる。
「だろ? カイドウさんでも勘違いをすン――」
「勘違いじゃねェ」
言葉を遮るように、カイドウが確かに笑った。
その笑みには、答えが分からない不快感よりも先に確かな喜びが混じっている。
キングもまた、ゆっくりと呼吸を整えた。
翼の先が、わずかに震えて、
空気の層に触れるように、意識を広げていく。
気流――異常なし。
温度――変化なし。
音――静寂。
気配――空白。
そして、見聞色。
――沈黙。
(……何も見つからねェ…)
雲は相変わらず、時が止まったかの様に動くことを辞めている。
高高度特有の薄い空気が、その場に留まろうと飛び続けるキングの頬をわずかに撫でる。
すべてが“正常”
だからこそ、その静けさは、どこか歪んでいる。
「……確認できない」
短く、切り捨てるような断言。
その言葉に、クイーンが大げさに肩をすくめた。
「だから言ったろ、ただの勘違い――」
「見えねェ」
一つ。
「聞こえねェ」
二つ。
「匂いもしねェ」
三つ。
ゆっくりと、その巨大な首が巡る。
まるで“目当てのそれ”の位置を、この空の中から研ぎ澄ましてきた自らの感覚だけでなぞるように。
わずかな間。空気が、重く沈む。
「だが、いるぞ」
その一言で、場の温度が変わった。
クイーンの喉が、小さく鳴る。
「……は?」
乾いた声。
キングは何も言わない。
ただ、もう一度、見聞色を広げる。
今度は先ほどよりも深く。遠く。
“空の向こう側”まで覗き込むように。
――それでも。
(……やはり何も…)
完全な空白。
何もない場所よりもなお“何もない”。
そう、それは、まるで――
思考が形になる前に低い声が落ちる。
「……動いたな」
カイドウの視線が、わずかに上へ滑る。
「クッソ!どこにいやがんだ!」
クイーンが苛立ちを隠さず返す。
雲、光、遠くの積乱雲の影。
何一つ異常はない。
「……どこだ」
わずかにキングの声が低くなる。
「今、通りやがった」
あまりにも平然とした返答。
クイーンの眉がぴくりと跳ねる。
「見えねェ、聞こえねェもんを“通った”って言われてもなァ……」
「なるほどな、そりゃあ捉えられねェはずだ」
カイドウが笑う。
「“速すぎる”って訳だ」
単純明快で、しかし理解の追い付かない言葉。
その直後だった。
――す、と。
拍子抜けするほどに、子供がわたあめを引き千切るように雲の端が伸びた。
ただ、それに気づいた時にはそこにもう何も無かった。
「……ッ!」
キングの瞳が開く。
反応は一瞬。
だが、その一瞬すら遅い。
「今のは見えたんじゃねェか」
楽しげな声。
だが、笑っているのはカイドウだけだ。
クイーンの顔から、人をおちょくる様な余裕が消えている。
「おいおい……今のなんだ?」
視線とセンサーを走らせる。
だが何も映らない。
「さァな」
カイドウは視線を動かさない。
太陽がある一点を、じっと睨み続ける。
キングは押し黙る。
経験が、理解が、全く噛み合わない。
速度の問題ではない。
気配の問題でもない。
そもそも――見つけるという前提が成り立たない。
(……空が、割かれている…?)
ようやく浮かんだ新たな疑問。
それが形を結ぶ前に
カイドウの鱗が、クイーンのセンサーが、キングの羽が、確かな危険を感じ取る。
それは本能。
理屈を超えた警鐘。
その瞬間。
キングが即座に構え、翼を広げる。
だが――
何も感じない。
見聞色は、沈黙したまま。
おかしな空は、依然として“ただのおかしな空のまま”。
クイーンが叫ぶ。
「まず俺を陸に下ろしてくれよ!!」
やはり一人、
カイドウだけが、笑っている。
「やっと――」
ゆっくりと、牙が覗く。
「こっちを向いたか」
次の瞬間。
空に“赤”が走った。
だがそれは焼き付く。
視界の奥に、網膜に、脳に。
「……今のは――!」
クイーンの声が震える。
キングが反射的に高度を上げる。
だが、その動きすら――遅い。
カイドウの目だけが、“それ”を追っている。
「……なるほどな」
低く、愉快そうに。
その声には、確信があった。
「面白ェじゃねェか」
そして。
何も存在しなかったはずの空間が――歪む。
遅れて、風が裂ける。雲が、押しのけられる。
空で殴られた。
音ではない。
先に来たのは、圧力。
見えない壁が、三人をまとめて殴りつける。
雲が一斉に押し潰され、周囲の空気が歪む。
キングの翼が、強制的に軌道をズラされる。
“そこに何かがいる”と、遅れて世界が叫ぶ。
身体の内部まで揺さぶられるような、不快な圧迫感。
キングが歯を食いしばる。
(衝撃……いや、違う――)
「……圧縮されている」
「空気が、前方から押し固められている……何かが、突っ込んでくるぞ!」
その言葉を証明するように、
遅れて音が来た。
鼓膜を叩き割るような爆音。
だがそれは“鳴った”のではない。
さっきの圧力が、音として形を変えて届いただけだ。
雲が裂け、空が震える。
クイーンが叫ぶ。
「なんてでたらめな速度してやがる!! 順番が逆って事は、ソニックブームか!!」
再び、空が歪んで圧力が集まる。
逃げ場のない“壁”が、今度は真正面から迫る。
「……また来るぞ」
カイドウの声は、ただひたすらに面白そうで、
キングが即座に構え、翼を広げる。
クイーンは歯を食いしばる。
次の瞬間。
二度目の衝撃。空間ごと殴りつけられるような圧。
続いて、爆音。
そして遂に――
赤い彗星が、銀の翼を広げ、紅い尾を引く存在が“そこにいた”。
それは羽ばたいているのではなく、まるで弾が銃から撃ち出されている様で。
キングが呟く。
「……とてもじゃねェが追いつくのは無理だな…」
クイーンが歯を鳴らす。
「冗談じゃねェや……」
そしてカイドウは──心底楽しそうに、笑った。
「ウォロロロロ!!! ……面白ェじゃねえか!」
「“速い”なんてもんじゃねェ……こりゃァ、災害だ」
赤い光が、再び加速する。
今度は、こちらを狙って赤い光が、再び消える。
圧縮された空気が、
――!!
三度目の衝撃。
だが今度は違う。
「……見えたぞ」
カイドウの声と同時に、巨大な龍の身体がわずかに捻れる。
次の瞬間、赤い閃光がカイドウがいた場所を貫いた。
未来視ですら追いつかない軌道を、純粋な勘で外す。
クイーンが叫ぶ。
「今の当たってただろ!!」
カイドウは笑う。
「当たらねェよ “来る場所”が分かってンだ」
上空。
キングが翼を広げる。
空が、再び歪む。
キングが反射的に回避する。
その背後を、赤い光が“削り取る”。
「……ッ!」
遅れて、爆音。
クイーンの悲鳴。
「おいおいおい!! 当たったら終わりじゃねェかこれ!!」
「だったら当たらなきゃいい」
カイドウが笑う。
「単純なからくりだろうが」
再び、赤い彗星が上空へ何かに拒絶されたかのように上昇する。
だが、今度は違う。
カイドウの覇気が、膨れ上がる。
纏うは“覇王色”
キングが息を呑む。
「カイドウさん……空間ごとのつもりか」
カイドウが、天を睨む。
「速ぇなら――先に逃げ場を潰せばいい」
その瞬間、空が重くなる。目に見えない圧力が、広範囲に広がる。
赤い軌道が、わずかにブレる。
「効いてる…が! 動きがズレただけだ!!」
クイーンが叫ぶ。
カイドウが、笑う。
「十分だ」
次の瞬間。赤い光が、正面から落ちてくる。
カイドウの金棒「八斎戒」に黒い雷が走る。
衝突――轟音。
だが今回はカイドウが、“赤い彗星”を捉える。
鈍い手応え。
空気を殴った感触ではない、確かな質量。
軌道が、初めて止まる。
空中で、強引に。
キングが即座に追撃に入る。
黒い翼が炎を纏い、急降下。 「
吊られたまま、クイーンも咆哮する。 「ブライダル
炎と共に殴りつける。
だが決定打は――カイドウ。
もう一度、金棒を振り上げる。
「どれだけ速くてもなァ……」
逃げ場はない。
「追い込んだら終わりだッ!」
振り下ろされる一撃。
空が割れる。
衝撃が、遅れて世界を追い越す。
そして、赤い光が、弾けた。
尾を引いていた彗星は、その形を失い、墜ち始める。
クイーンが肩で息をする。
「いやいや……シャレになってねェぞ今の……」
その中で、カイドウだけが、つまらなそうに空を見る。
「……終わりか」
酒を取り出し、一口。
「いい線いってたが……」
わずかに笑う。
「本能だけだったのが敗因だ」
「覇気と頭がありゃァ、もう少し楽しめたんだがな」
砕けた雲の切れ間から、ゆっくりと“それ”が落ちていく。
「このまま落ちていく、再戦はなさそうだぞ…カイドウさん。」
上空で旋回しながら、キングが静かに呟く。
その下で、巨大な影が海面へと吸い込まれていく。
遅れて、水柱が立つ。
「よし来たァ!!」
クイーンが声を張り上げる。
「こんなもん、研究しねェ手はねェだろ!!見たかよ、あの速度!完全に兵器レベルだぜ!!」
「ウォロロロ……好きにしろ」
龍の姿のまま、カイドウは興味なさげに言い捨てる。
「……まだ生きてるかもしれねェぞ」
「だからいいんだろうが!」
クイーンは笑う。
「生きてる方がデータが取れる!!」
キングが無言で降下する。
脚にクイーンを吊したまま、海面へ。
波はまだ荒れている。
さっきの墜落の余波が残っている。
「……あそこだ」
キングが示した先。
海面に浮かんでいるのは銀色。
だが――
「……小せェな」
クイーンが目を細める。
さっきまでのサイズではない。まるで、縮んだように。
キングが高度を落とす。波間に揺れるそれへ、ゆっくりと近づく。
「引き上げるぞ」
クイーンが身を乗り出す。
「おう、落とすなよ!」
海面すれすれ。
キングが片手を伸ばし、“それ”を掴む。
軽い。
あまりにも軽い。
違和感。
だがそのまま、水面から持ち上げられた“それ”は――
銀色の、髪。
「……は?」
クイーンの声が止まる。
滴る海水の中、現れたのは
人の形だった。
細い腕。
小さな体躯。
そして、濡れた銀髪が顔に張り付いている。
「……人間……?」
キングの声が、わずかに低くなる。
クイーンが目を見開く。
「ちょ、ちょっと待て……待て待て待て……」
キングは黙って、それを完全に引き上げる。
ぐったりとして、力はない。
年の頃は、十代半ばほどの少年だった。
そして、銀髪に覆われた顔の奥、わずかに見えるのは――
「……生きてるぞ」
クイーンが息を呑む。
「心拍、ある……けど弱いぞ……!」
クイーンの声が震える。
「……変化が、解けてるじゃねェのか⁉ 悪魔の実の能力者だとして……なら海水で……」
つまり。
さっきまでの“赤い彗星”は――
「……人間、だったってのかよ……」
「くたばる前に連れて帰るぞ」キングが遮る。
上空。
カイドウがそれを見下ろしている。
「ただの化け物じゃねェとは思ってたが……」
「……最高じゃねェか」
にやり、と笑う。
「あの若さで、あの速度……あの耐久力……」
酒をあおる。
その視線の先、
キングに抱えられた銀髪の少年は――
微かに、目を開ける。
赤い光が、ほんの一瞬だけ灯る。
誰にも気づかれないほど、弱く。
だが確かに。
“あの彗星の色”が、そこにあった。