天彗龍と大海原と 作:悪魔のポ
──百獣海賊団 拠点内・研究区画
鉄と機械と薬品の匂いが満ちる空間。
怪光を放つ蛍光色の液体や、何かの結果を吐き出し続ける検査機械。
ビーカーからは蒸気が白く吹き上がり、無数の機材が不機嫌なのを隠そうともせずに唸り声を上げている。
中央の実験台。
だがそこに乗せられている人影は明らかに実験台とはサイズが釣り合っていない事が分かる。
そこに、銀髪の少年は横たえられていた。
水気の無い乾いた髪が無造作に広がっている。
呼吸は浅いが、確かに続いている。
「……おいおいおい……」
クイーンの声が、妙に静かだった。
「これはマジで……当たりどころの話じゃねェぞ……」
周囲には無数のモニター。
数値が乱れ、まともに固定されない。
まるで留まることを拒否しているようだ。
「なんだこの心拍数……!異常な代謝、細胞の活動…………
体温は平均的な数値だが、深部体温に至っては、42度から46度をうろついてやがる!!」
機械の針が、振り切れる。
「どうなってンだ? 普通の人間の何倍だよ……
人造人間か?未知のウイルスか?
…いや、やはり違うな、こいつは――」
クイーンの口元が歪む。
「悪魔の実だ…!」
コンコン、と軽くノックするように、少年の胸を叩く。
「普通はな、気絶してりゃ代謝は落ちる。
でもコイツは逆だ……ずっと“動き続けてる”
それは兵器としても化け物だとしても理にかなってねえ。
気絶するほど弱ってンのにわざわざ回復に努めずに何故体を酷使する必要がある?」
キングが壁にもたれ、静かに言う。
「……あの飛び方。翼から噴射していた。推進……いや、爆発に近い。
幻獣種だろう。新世界のおかしな生物だとしてもだ、普通の挙動じゃねェ」
背を向けていたクイーンが笑う。
「ムハハハハ♪ 浅ェなァ、キング。確かに普通の動物じゃねェが……
“構造”自体はあり得る! 現実の延長線上だ」
キングが目を細める。「……どういう意味だ」
クイーンはモニターを操作し、少年の内部構造を投影する。
胸部――通常の肺の周囲に、無数の空洞構造。
「見ろ。“肺だけじゃねェ”……気嚢だ」
キングは黙る。
クイーンは指で図をなぞる。
胸部から伸びた管が背中へ、さらに腕――鳥類では翼に相当する骨格の内部まで入り込んでいる。
「鳥類と同じだ。全身に張り巡らされた空気袋。吸って吐いて終わりじゃねェ。
一方向に空気を回し続ける。効率は鳥の比じゃねェ」
「……それがあの速度に繋がるのか」
「半分な」
クイーンがニヤリとする。
「問題はここからだ」
操作を切り替える。別のグラフが跳ね上がる。
「こいつの気嚢……ただの空気じゃねェ」
キングの視線が鋭くなる。
「……何だ」
クイーンの声が、わずかに低くなる。
「エネルギーを溜めてやがる」。
「圧縮して、保持して、放出する。
つまり”呼吸機関”でありながら――“推進機関”でもあるって訳だ!」
キングが少年を見る。
「……それでも説明が足りない。あの赤い光は何だ」
クイーンは一瞬だけ口を閉じ、やがて笑う。
「そこが面白ェところだ」
モニターに表示される、異常な波形。
「これはな……空気じゃねェ。もっと“濃い”何かだ」
「……覇気だってのか?」
「違ェよ」
即答するクイーンにキングの眉がわずかに動く。
「性質が違う。俺たちに作れるもんじゃねェ。内側で“燃やしてる”」
クイーンが少年の胸を軽く叩く。
「この中で生成してやがる。“未知のエネルギー”だ」
クイーンは続ける。
「胸部から外気を吸い込んで、非常に効率的なエネルギーに変換し、生成する。
気嚢に溜め込んで、圧縮されたエネルギーにして翼から一気に噴き出す」
「鳥類の気嚢構造をベースに、恐竜由来の大容量循環。
それに加えて、このエネルギー生成」
「ここまで揃えばな――」
キングが続ける。
「……古代種」
クイーンがニヤリと笑う。
「その可能性はある。お前みたいな恐竜の時点で気嚢はあったって説もあるしな。
巨大な体に酸素を回すための器官だ」
少年を見下ろす。
「それが進化して、飛ぶために転用された。ならこれもあり得る」
キングが言う。
「……飛行だけに特化した恐竜」
「……だが、あれは速すぎる」
また即答。
「だから“幻獣種寄り”なんだよ。古代種の構造に、幻獣種クラスの出力が乗ってる」
少年の胸部が、わずかに上下する。
「これはな……ある種の進化の完成形かもしれんぞ!」
その瞬間。
ピクリ、と少年の指が動く。
同時に――
胸部がわずかに発光する。
赤。
極めて微弱な、だが確かな光。
空気が震える。
キングの手が武器にかかる。
「来るぞ…!」
クイーンは笑う。
「いいねェ……やはり人型でも動くか」
少年の胸が、もう一度脈打つ。
まるで――
内側で“何か”が、目を覚まそうとしているかのように。
「どっちだ……」
クイーンが覗き込む。
「古代種か、幻獣種か――それとも」
わずかに声を落とす。
「もっと別の“何か”か」
赤い光が、ほんの一瞬だけ強くなった。
赤い光は、ふっと消えた。
余熱のように残っていた振動も、嘘みたいに引いていく。
機械の警告音が、ひとつ、またひとつと静まった。
沈黙。
キングの手は、まだ武器にかかったまま動かない。
クイーンも、身構えた姿勢のまま固まっている。
──数秒。
さらに数秒。
「……おい」
クイーンが先に口を開いた。
「来るんじゃなかったのかよ」
キングは答えない。
ただ、少年を見下ろしたまま、わずかに眉を寄せる。
そのとき。
かすかに、少年の胸が上下した。
「!」
二人の視線が同時に集中する。
ゆっくりと――
瞼が、開く。
赤い光は、もう見受けられないただの瞳。
「……起きたか」
キングが低く言う。
少年は、何も言わない。
ただ、天井を見ている。
まるで――
“それが何かを確かめている”かのように。
クイーンが顔を近づける。
「おいガキ。聞こえてンのか?」
反応はない。
視線が、ゆっくりと動く。
クイーンを見る。
その動きは自然だ。
理解もしているように見える。
だが――何も、言わない。
「……おい。喋れ」
沈黙。
クイーンが指を鳴らす。
「名前は?」
無反応。
「どっから来た?」
沈黙。
「能力は自覚してるか?」
――何も返ってこない。
クイーンが顔をしかめる。
「反応はあるンだがな…」
確かに、目は追っている。
音にも反応している。
だが――
「……理解していない?」
クイーンが少年の目の前で手を振る。
視線は追う。
だが、言葉には反応しない。
クイーンの口元が、ゆっくりと歪む。
もう一度、問いかける。
「喋ってみろ」
沈黙。
代わりに――
少年の口が、わずかに開く。
「……」
音にならない息だけが漏れる。
クイーンがすぐに理解する。
「違ェな……これは」
少年の喉に軽く触れる。
「声は出せる。が──言葉を知らねェ」
キングの目が細くなる。
「……野生か」
クイーンは首を振る。
「いや、それとも違うな」
少年を覗き込む。
視線が合う。
クイーンが呟く。
「見て、聞いて、認識してる……だが」
「“意味”に変換できてねェ」
キングが言う。
「……言語を持たない?」
少年が、ゆっくりと瞬きをする。
その仕草はまさに人間そのものだ。
だが――中身が無い、ひたすらに空っぽ。
クイーンが肩をすくめる。
「こりゃまた面白ェな」
「どうする」
「決まってる」
クイーンは笑う。
「一からスタートに決まってんだろ」
そのまま少年は起き上がり、無言で周囲を見渡す。
視線は滑らかに動く。
音にも反応する。
だが――言葉だけが通じない。
クイーンが腕を組む。
「……“意味”に変換できねェ。言語が抜け落ちてやがるな」
キングが低く返す。
「だが理解はしている。空白ではない」
「だから面白ェんだよ」
クイーンは机に物を並べる。
金属片。布。肉。水差し。
「ほら、見ろ」
少年の視線が順に動く。
最後に水差しで止まる。
クイーンが水を垂らす。
肩に触れた瞬間――
ピクリ、と反応。
筋肉が強張り、呼吸が乱れる。
「“弱る”ってことは能力者で確定だ」
少年は、水の跡をじっと見ている。
理解しようとしているように。
クイーンは次へ進む。
肉を投げる。
少年は少し遅れて拾い、匂いを嗅ぎ、食べる。
迷いがない。
「ムハハハハァ! この異様な生態からして、基礎代謝も異常な数値だろうから
がっつくのも納得だぜェ…」
「だが“道具”は知らないようだな。」
ナイフを持たせる。
使わない。ただ持つ。
沈黙。
クイーンが指を立てる。
「整理するぞ」
「能力者、言語なし、道具なし、あとは…」
キングが補足する。
「……戦闘能力は異常。但し本能だけだ」
「じゃあこんなガキはどこで育ったと思う?」
キングが言う。
「……隔離環境、それもとびきりの」
「恐らく正解だ」
クイーンが頷く。
「文明圏じゃねェ。教育も言語もねェ」
少年を見る。
キングが続ける。
「……あそこはカームベルトだったな…
しかも大型海王類の巣。人は来ねェはずだ」
少年を指す。
「流れ着いたか、捨てられたか。それは知らねェし、関係ねェが」
「そこで育った。言葉も道具も何もかも知らず、生き延びた」
キングが問う。
「……能力はいつ手に入れたんだ?」
クイーンの目が細くなる。
「飢えてたが、こんな弱けりゃ何も捕まえられねェだろうし
何が毒で何が安全なんてのは経験則でしか理解できねえだろう。
唯一簡単に手に入りそうだったのが悪魔の実だったんだろう、
そして食っちまった。」
「偶然か」
「多分な」
「問題はその後だ」
少年を見る。
「誰にも止められず、暴走して、壊して、また立って、
そんなことは繰り返してりゃ、普通は死ぬ。だがこいつは生きてる」
静寂。
少年が二人を見る。やはり言葉を理解している様子はない。
クイーンが近づく。
「なあガキ」
返事はない。
キングが静かに言う。
「……拾い物にしては出来過ぎだ」
クイーンが笑う。
「だろ? やっぱりカイドウさんが喜ぶぜェ‼」
その先で、銀髪の少年はまだ何も知らないまま、相変わらず無言で立っている。
クイーンが肩を鳴らす。
「……だいたい見えたな」
キングは壁から離れ、少年を一瞥する。
「報告に向かうぞ」
クイーンがニヤリと笑う。
「そりゃそうだろ。」
少年の方を振り返る。
「おいガキ」
当然、返事はない。
だが視線は向く。
だからクイーンは手を引いて見せる。
「ついて来い」
言葉の意味は分からない。
だが、動きは理解できる。
クイーンが歩き出す。
一拍遅れて少年がついてくる。
キングがその様子を見て、短く言う。
「……適応が早ェな」
「だろ?」
クイーンは笑う。
「空っぽだからな。詰め込み放題だ」
──廊下
重い扉が開くたび、鉄の軋む音が響く。
部下たちが道を空ける。
「キング様!」
「クイーン様!」
だがその声の多くが、途中で止まる。
視線が――少年に集まる。
「……なんだ、あのガキ」
「子供……?」
ひそめられた声。
だが少年は気にしない。気にすることすら知識に無い。
ただただ、歩く。
音、光、匂い――すべてを拾いながら。
クイーンがぼやく。
「目立つなァ」
キングが返す。
「隠す意味なんてのはねェだろう」
「ねェだろうよ、おまえみたいなビックリ人間じゃねェもんな」
二人は歩みを止めない。
──風が強く吹き抜ける屋上。
巨大な影が、酒の匂いと圧倒的な気配を漂わせていた。
カイドウが座していた。
「ウォロロロロ……」
低く笑いながら、酒をあおる。
「遅ぇぞ」
「カイドウさん」
「あれは本当に面白れェもんだったのかァ?」
クイーンが顔を上げる。
「ムハハハハァ! とびきりのやつだぜ!」
「来い」
少年が一歩、前に出る。
カイドウの視線が、落ちる。
一瞬で――空気が変わる。
重い。
普通の人間なら、その場で倒れこんでいるはずの圧倒的強者から放たれる威圧。
少年は立っている。
逃げない。逸らさない。
瞬き一つせずに、ただ、見返す。
カイドウの口元が、ゆっくりと歪む。
「……ほう」
酒を置く。
「ガキかと思ったが」
わずかに身を乗り出す。
「中身は違ぇな」
キングが静かに報告する。
「言語なし。だが認識能力あり」
クイーンが続ける。
「能力者で確定。ゾオン系、しかも幻獣種寄りだ」
カイドウの眉が動く。
「ほう?」
クイーンの笑みが深くなる。
「高純度、高効率のエネルギーを生成してやがんだぜ、しかも未知のな!!
そして、あの飛行速度のからくりは恐らく体内で吸気と圧縮をして、翼から噴き出す事により成り立っている!
これは面白ェぞ、カイドウさん!!」
キングが補足する。
「制御は不完全。だが出力は異常だ」
カイドウが少年を見る。
「……それであの速度か」
クイーンが頷く。
「それだけじゃねェ」
指を立てる。
「言葉を知らねェ。道具も知らねェ」
「おそらく――あそこ、カームベルトの無人島育ちだ」
風が、強く吹く。
カイドウの目が細くなる。
「海王類の巣で、生き延びたってか」
「ええ。しかも悪魔の実を食ってな」
クイーンが笑う。
「普通なら死ぬ。だがこいつは慣れた」
キングが言う。
「暴走と適応を繰り返した結果だ」
沈黙。
カイドウが、ゆっくりと立ち上がる。
巨大な影が、さらに大きくなる。
少年の前に立つ。
見下ろす。
「……なるほどな」
一歩、近づく。
「てめェ」
低い声。
「名前はあるか?」
当然、返事はない。
だが少年は――動かない。
ただ、見つめている。
その奥で。
ほんの一瞬。
赤い光が、揺れた。
カイドウが笑う。
「ウォロロロロ……!」
肩を震わせる。
「いいじゃねェか」
振り返る。
キングとクイーンを見る。
「拾いもんにしちゃ上等だ」
再び少年を見る。
「こいつは育てておけ、どう転んだとしても暇つぶしにはなるだろうよ。」
風がゆっくりと笑うかのように唸る。
少年は、その中で──
ただ立っていた。
何も知らないまま。
「そういや、海楼石の手錠を付けるの忘れてたぞ! 間一髪だったぜ……!
ムハハハハ!…………もしかしなくても、結構ギリギリだったんじゃねェのかコレ……」
「……そういう所が間抜けだってんだよ!
ガキは見ておいてやるから急いで取ってこい!!」
ェ多め