誰が綾小路清隆を退学にしたか?   作:戦竜

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第4話 龍園翔の違和感

放課後の空気は、昼間よりも冷えていた。

 

堀北鈴音、平田洋介、櫛田桔梗、須藤健の四人は、

無言のまま廊下を歩いていたが、その沈黙は単なる緊張ではなく、

これから向かう相手が誰なのかを全員が理解しているがゆえの、

無駄な言葉を削ぎ落とした結果でもあった。

 

龍園翔。

 

この学年において、最も露骨に他者を踏み台にし、

最も直接的に排除という行為を実行してきた男であり、

同時に綾小路清隆という存在に最も強い執着を持っていた人物でもある。

 

「……本当にあいつが関係ないのか」

 

須藤が低く呟いた。

 

「それを確かめに行くのよ」

 

堀北は短く答える。

 

やがて四人は、Cクラスの教室の前に辿り着いた。

扉の向こうからは、いつも通りの騒がしさが微かに聞こえてくる。

だが、その中に混じる空気は、どこか落ち着かないものだった。

 

須藤がノックをする前に、扉が内側から開いた。

現れたのは石崎だった。

 

「あ?」

 

最初は怪訝そうな顔をしたが、すぐに相手が誰かを理解し、表情を引き締める。

 

「……お前ら、何しに来た」

「龍園くんに用があるの」

 

堀北が答える。

石崎は少しだけ迷うような仕草を見せた後、扉を大きく開いた。

 

「入れよ」

 

教室に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

Cクラスの生徒たちは一斉に視線を向けてくる。

その中で、教室の奥、窓際の席に座っていた龍園がゆっくりと顔を上げた。

 

口元には、いつものような笑み。

だがその目は、わずかに濁っていた。

 

「よう、鈴音」

 

龍園は椅子の背もたれに身体を預けたまま言った。

 

「わざわざこっちまで来るとは、ずいぶん暇そうじゃねえか」

「単刀直入に聞くわ」

 

堀北は一歩前に出た。

 

「綾小路くんの退学について、あなたが関わっている可能性はある?」

 

教室の空気が一瞬で張り詰めた。

だが、龍園はすぐに笑った。

 

「ノーだな」

 

あまりにもあっさりとした否定だった。

 

「お前らと同じだよ。結果を見て、は?ってなった側だ」

「本当に?」

 

櫛田が柔らかく問いかける。

龍園は視線を櫛田に向け、にやりと笑った。

 

「疑ってんのか?」

「可能性の話だよ」

 

平田が間に入る。

龍園は肩をすくめた。

 

「疑うのは自由だがな、少なくとも俺は今回、

あいつを落とすための決定打なんて打ってねえ」

「でも、最初は狙っていたんでしょう」

 

堀北の言葉に、龍園の目がわずかに鋭くなる。

 

「……ああ、狙ってた」

 

否定しなかった。

 

「試験開始時点ではな。

あいつをこの場で潰せるなら、それに越したことはねえと思ってた」

「具体的には?」

「圧力だよ。情報の揺さぶり、班内の分断、評価の操作……いつも通りのやり方だ」

 

龍園は指を軽く鳴らした。

 

「だがな」

 

その声が、わずかに低くなる。

 

「手応えがなかった」

「手応えが……なかった?」

 

須藤が眉をひそめる。

 

「そうだ」

 

龍園は笑みを消した。

 

「普通なら、追い込めば反応がある。

焦る、動く、逆に仕掛けてくる、何かしらの抵抗が見える。だがあいつは違った」

 

教室が静まり返る。

 

「最初の数日は、確かに動いてた。

いつものあいつらしく、無駄を省いて必要な場所だけ押さえてる感じだった」

 

龍園は天井を見上げるようにして言った。

 

「だが途中から、急に動きが鈍くなった」

「それはこっちでも証言が出てる」

 

幸村がいればそう言っただろう。

だが今は堀北がその言葉を胸の中でなぞる。

 

「何かに気づいたのか、それとも――」

 

龍園はそこで言葉を切った。

 

「……何もする必要がなくなったのか」

 

その一言に、堀北の背筋が冷たくなる。

 

「そして結果だ」

 

龍園は舌打ちした。

 

「退学。しかも総合最適化判定とかいう意味不明な理由でな」

「あなたはどう思っているの?」

 

堀北が問う。

龍園はしばらく黙った。

それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「勝ち逃げされた」

 

その言葉は、静かだった。

だが重かった。

 

「屋上の件で、俺はあいつに完敗した」

 

龍園の声に、わずかな苛立ちが混じる。

 

「だからリベンジの機会をずっと狙ってた。

今回の試験も、その一つに過ぎなかった」

「過ぎなかった?」

「そうだ。別に今回じゃなくてもよかった。

あいつを潰すチャンスはいくらでもあると思ってた」

 

龍園は拳を握った。

 

「それなのに、あいつは俺が何か仕掛ける前に消えやがった」

 

教室の空気が重く沈む。

 

「勝負すら成立してねえ。俺が動く前に、盤面からいなくなった」

 

龍園は苦く笑った。

 

「あいつ、この俺に勝ち逃げしやがった」

「そんなはずないだろ」

 

須藤が反射的に言う。

龍園はちらりと須藤を見た。

 

「俺もそう思いてえよ」

 

その声は、意外なほど低かった。

 

「だがな、現実としてあいつはいねえ。

俺は何もできてねえ。勝負の土俵にすら立ててねえ」

 

龍園は舌打ちした。

 

「屋上の借りも、全部そのままだ。

俺はあいつに負けたまま、何一つ取り返せねえまま終わった」

 

拳が、わずかに軋む。

 

「こっちの気など構いもせず勝手に消えた。

全部一人で終わらせやがった。どうしようもねえほどにあっさりと」

 

その目には、はっきりとした苛立ちが宿っていた。

 

「……勝ち逃げだろ、こんなの」

 

沈黙。

 

その沈黙を破ったのは、石崎だった。

 

「龍園さん、マジで俺らも分かんねえんすよ」

 

その声には、いつもの軽さがなかった。

 

「綾小路のやつ、普通にやってたし、

やばい感じもなかったのに……いきなり退学って」

「信じられませんでした」

 

ひよりが静かに言った。

彼女は本を抱えたまま、俯いていた。

 

「彼は……もう少しだけ、話ができる人だと思っていましたから」

 

その言葉は短かったが、そこに込められた感情は深かった。

石崎が続ける。

 

「俺、あいつと何回か話したり飯食ったりしたんすよ。

本当に仲良いってほどじゃなかったかもだけど……

なんか、綾小路は俺のダチだって素直に思ってた」

 

伊吹は腕を組んだまま、苛立たしげに舌打ちした。

 

「……ムカつくのよ」

「何がだ」

 

龍園が聞く。

 

「分かんないからよ」

 

伊吹は睨むように言った。

 

「強いなら強いって分かりやすくしなさいよ。弱いなら弱いでいい。

でもあいつは違った。どっちか分からないまま、

いきなりいなくなるとか……気持ち悪いのよ」

 

その言葉に、教室の何人かが小さく頷いた。

 

「葛城くんはどう思う?」

 

堀北が視線を向ける。

葛城は腕を組み、しばらく考えてから口を開いた。

 

「結論から言えば、情報が足りない」

「それはそうね」

「だが、一つ言えることがある」

 

葛城の目が鋭くなる。

 

「今回の結果は、誰か一人の意思では説明がつかない」

「……」

「複数の要因が絡んでいる。

しかも、それぞれが単独では決定打にならないレベルのものだ」

 

堀北は小さく息を吐いた。

それは自分たちの結論と一致していた。

 

「つまり」

 

葛城は続ける。

 

「全員が少しずつ関わっている可能性が高い」

 

その言葉は、教室の空気をさらに重くした。

 

「……情報はこれで十分ね」

 

堀北は静かに言った。

 

「これ以上は、ここで訊いても進展はなさそう」

 

龍園はニヤリと笑った。

 

「そうかよ。せっかく来たのに、つまらねえ結論だな」

「でも、一つ分かったわ」

 

堀北は振り返る。

 

「あなたも分からない側だということ」

「気に入らねえ言い方だな」

「事実でしょ」

 

龍園は肩をすくめた。

 

「まあな」

 

堀北たちはそのまま教室を後にした。

 

扉が閉まる。

 

しばらくの沈黙。

 

「……チッ」

 

龍園が舌打ちした。

 

「気に食わねえな」

「龍園さん」

 

石崎が慎重に声をかける。

 

「どうします?」

 

龍園はゆっくりと立ち上がった。

 

「決まってるだろ」

 

その目には、いつもの獣のような光が戻りつつあった。

 

「調べる」

「俺らもっすか?」

「当たり前だ」

 

龍園は笑った。

 

「こんな得体の知れねえ話、放っておけるかよ」

「でも、どこから?」

 

伊吹が問う。

 

龍園は一瞬だけ考え、そして答えた。

 

「坂柳だ」

 

その名前が出た瞬間、教室の空気が変わる。

 

「アイツなら何か知ってるか、もしくは何か見えてる」

 

龍園は舌なめずりするように言った。

 

「俺と同じで、あいつも綾小路に執着してた側だからな」

 

ひよりが静かに顔を上げる。

 

「……坂柳さん」

「行くぞ」

 

龍園は教室の出口へ向かう。

 

「このままじゃ終われねえ」

 

その背中には、苛立ちと興奮が混ざっていた。

 

勝ち逃げされたという感覚。

 

理解できないまま終わったという不快感。

 

そして何より、自分の知らないところで綾小路清隆が

何かを成し遂げたかもしれないという予感。

 

「暴いてやる」

 

龍園は低く呟いた。

 

「奴が何をしたのか、全部な」

 

その言葉を最後に、龍園たちは教室を出た。

 

向かう先はただ一つ。

 

坂柳有栖。

 

この学園で最も静かに、そして最も深く盤面を見ている少女のもとへ。

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