誰が綾小路清隆を退学にしたか?   作:戦竜

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第9話 生徒会室の推理

生徒会室の扉の前に立ったとき、

堀北鈴音は自分たちがようやくこの学園の

中枢に近い場所まで辿り着いたのだと、遅れて実感した。

 

ここまで長かった。

 

綾小路清隆の退学が告げられてから、

クラス内を調べ、龍園に接触し、坂柳と情報を交わし、

一之瀬の証言を聞き、一年生たちにも問いを投げ、

長谷部たちが森下たちから得た違和感によって、ようやく一つの仮説に辿り着いた。

 

誰か一人が綾小路清隆を退学にしたのではない。

 

全員の小さな選択が、彼を少しずつ退学へ押し出したのではないか。

だが、その仮説を確信に変えるには、生徒側の情報だけでは足りなかった。

 

必要なのは、この学校の制度に最も近い場所にいる人間の視点。

 

そして、その人物こそが、生徒会長である南雲雅だった。

 

「入れよ」

 

中から聞こえた声に従い、堀北は扉を開けた。

生徒会室には、既に南雲がいた。

いつものような余裕をまとい、椅子に深く腰掛け、

机の上に肘をつきながら、訪れた面々を面白そうに眺めている。

 

堀北、平田、櫛田、軽井沢。

龍園、ひより。

一之瀬。

坂柳。

 

それぞれのクラスを代表する者たちが、一つの部屋に集まっている。

 

この顔ぶれを見れば、普通ならば大規模な特別試験前の交渉か、

学年を揺るがす争いの前触れだと誰もが思うだろう。

 

だが今日の目的は、たった一人の生徒の退学について話すことだった。

 

「ずいぶん豪華な顔ぶれだな」

 

南雲は笑った。

 

「綾小路清隆一人のために、ここまで集まるとは思わなかったぜ」

「一人の問題ではなくなっているわ」

 

堀北はまっすぐに言った。

南雲の口元がわずかに上がる。

 

「いい答えだ」

 

龍園が舌打ちする。

 

「茶番はいい。お前がどこまで知ってるのか話せ」

「焦るなよ、龍園」

 

南雲は椅子から立ち上がり、用意していた席を指した。

 

「まずは座れ。立ったままじゃ、まともな話し合いにもならないだろ」

 

誰も素直に従いたくはなかった。

だが、ここで感情的になっても意味はない。

堀北が先に座り、それに続くように他の者たちも席に着いた。

 

坂柳は静かに杖を立てかけ、

一之瀬は少し緊張した面持ちで背筋を伸ばし、

龍園は不機嫌そうに椅子へ身体を預け、

ひよりはその隣で落ち着いた表情を保っている。

 

「さて」

 

南雲は全員を見渡した。

 

「お前たちが聞きたいことは分かってる。綾小路清隆は、なぜ退学になったのか」

 

その名が出た瞬間、空気がわずかに重くなる。

 

「結論から言うと」

 

南雲はゆっくりと言った。

 

「俺は、半分ほど真相に辿り着いている」

「半分?」

 

坂柳が静かに問い返す。

 

「ああ。生徒側から見える範囲では、という意味だ」

 

南雲は机の上に端末を置いた。

 

「今回の最適化選抜試験は、生徒の表向きの行動だけではなく、

班内での役割、他者からの必要度、損失補填コスト、

ポイント移動後の相対価値、さらに生徒間の依存関係まで評価に含めていた」

「依存関係……?」

 

一之瀬が眉をひそめる。

 

「簡単に言えば、誰が誰にとって必要な存在か、ということだ」

 

南雲は指を一本立てた。

 

「平田、お前が退学になればクラスの調整能力は大きく落ちる。

堀北が退学になれば戦略中枢が消える。

一之瀬が退学になればクラスの精神的支柱が崩れる。

坂柳や龍園が消えれば、それぞれのクラスの統制構造に大きな穴が空く」

 

龍園が鼻で笑う。

 

「つまり、表向き役に立ってる奴ほど切りにくいってことか」

「そういうことだ」

 

南雲は頷いた。

 

「では、綾小路清隆はどう見えたか」

 

誰も答えなかった。

 

答えは分かっていた。

 

だが、口にしたくなかった。

 

「役職なし。表立った発言力なし。クラス内支持率は中程度。

特定少数との関係性は強いが、集団全体への明示的貢献は低い。

試験中の行動も、中盤以降は目立った加点が少ない」

 

軽井沢の表情が強張る。

 

「そんなの、表面だけじゃん」

「その通りだ」

 

南雲は軽く頷いた。

 

「だが学校が最初に評価するのは表面だ。

見えない価値は、記録されなければ点にならない」

 

その言葉が、生徒会室に重く落ちた。

 

堀北は唇を噛んだ。

 

見えない価値。

 

それは、綾小路清隆という人間そのものだった。

 

「俺たちは、そこまでは辿り着いているぜ」

 

龍園が言った。

 

「問題は、なぜそれだけで退学確定まで行ったかだ」

「いいところを突く」

 

南雲は楽しげに笑う。

 

「そこで重要になるのが、お前たち全員の行動だ」

「……全員」

 

一之瀬が小さく呟いた。

南雲は端末に表示した簡易図を全員へ向けた。

 

「今回の試験では、各自が誰かを守る行動を取った。

ポイント移動、投票回避、班評価の補正、情報共有、沈黙、保身、援助。

その一つ一つは正当だったし、ほとんどは善意や合理性に基づくものだった」

 

坂柳の目が細くなる。

 

「その結果、守られた生徒たちの損失補填コストが上がった」

「その通り」

 

南雲が頷く。

 

「誰かを守るための行動は、

その生徒が切られると困る存在であることを証明する。

逆に、誰からも強く守られなかった生徒は、

相対的に切っても損失が少ない存在として浮上する」

「待って」

 

軽井沢が声を上げた。

 

「誰からも守られなかったって……そんな言い方」

「感情的には不愉快だろうな」

 

南雲は冷静だった。

 

「だが制度上はそうなる。

綾小路を本当の意味で守る行動を取った人間は少なかった。

なぜなら、誰も彼が退学候補になるとは思っていなかったからだ」

 

その指摘に、誰も反論できなかった。

 

堀北も。

軽井沢も。

平田も。

一之瀬も。

龍園も。

坂柳でさえも。

 

全員が、綾小路なら大丈夫だと思っていた。

 

彼なら自分でどうにかする。

 

彼なら助けなくても沈まない。

 

彼なら、わざわざ守る必要がない。

 

そう思っていた。

 

それが、彼を最も守られない位置へ追いやった。

 

「ふざけんな……」

 

龍園が低く呟いた。

 

「つまり、強いと思われてたから切られたってのか」

「正確には違う」

 

南雲は答える。

 

「強いと思われていたが、その強さが記録されなかったから切られた」

 

坂柳が静かに目を伏せる。

 

「最悪ですね」

「同感だ」

 

南雲は笑みを消さなかった。

 

「今回の試験は、見える貢献を重く評価し、見えない貢献を軽く扱う。

綾小路清隆のように、自分の影響を徹底的に隠すタイプには致命的だった」

「でも、それだけじゃないですよね」

 

ひよりが静かに言った。

南雲の視線が彼女へ向く。

 

「どうしてそう思う?」

「それだけなら、彼は途中で気づいて動いたはずです」

 

ひよりは慎重に言葉を選ぶ。

 

「綾小路くんは、自分が不利な位置にいると分かれば、

最低限の修正はしたはずです。

それなのに、試験後半から動きが減ったと聞いています」

「その通りだ」

 

南雲は少しだけ感心したように頷いた。

 

「ここから先が、俺の言う半分より先の領域だ」

 

堀北は静かに背筋を伸ばした。

 

「どういうことですか」

「俺が確認できる範囲では、

綾小路は途中で自分の位置に気づいていた可能性が高い」

 

生徒会室の空気が凍る。

 

「気づいていた……?」

 

平田の声がかすれる。

 

「なのに、動かなかったんですか?」

 

南雲は頷いた。

 

「その可能性が高い」

「なぜ」

 

堀北の声は低かった。

 

「なぜ彼は動かなかったんですか」

「それは俺にも分からない」

 

南雲は即答した。

 

「だから半分なんだ」

 

坂柳がゆっくりと口を開く。

 

「彼が気づいていたにも関わらず動かなかったとすれば、理由は二つ考えられます。

一つは動いても結果を変えられぬほど詰んでいた。もう一つはあえて動かなかった」

 

一之瀬が不安げに言う。

 

「あえて……?」

 

龍園が舌打ちする。

 

「またそれかよ」

「避けては通れない可能性です」

 

坂柳の声は静かだった。

 

「彼が何らかの目的のために、退学という結果を受け入れた可能性」

「そんなの……」

 

軽井沢が言いかけて、言葉を失う。

 

そんなはずはない。

 

そう言いたい。

 

だが、綾小路清隆ならあり得るかもしれない。

 

そう思ってしまう自分が、彼女には許せなかった。

 

「もう一つ、見落としてはいけないことがある」

 

南雲は端末を閉じた。

 

「今回の試験は、誰かを退学させるための試験ではない。表向きはな」

「表向き?」

 

堀北が反応する。

 

「最適化選抜試験は、

集団の中で最も損失の少ない切除対象を選び出す仕組みだ。

だが、もし最初から綾小路のようなタイプが

浮かび上がりやすいように設計されていたとしたら?」

 

その問いに、誰もすぐには答えられなかった。

 

坂柳の表情がわずかに険しくなる。

 

「学校側、あるいは外部の意図ですか」

「可能性の一つだ」

 

南雲は答える。

 

「ただし、生徒側からは証明できない」

「証拠は?」

 

龍園が問う。

 

「明確な証拠は教師でなければ分からない」

 

その言葉が出た瞬間、生徒会室の空気がまた変わった。

 

「教師……」

 

櫛田が呟く。

 

「そうだ」

 

南雲は扉の方へ視線を向けた。

 

「だから呼んでおいた」

 

堀北が目を見開く。

 

「呼んだ?」

 

そのとき、生徒会室の扉がノックされた。

 

誰も声を出さない。

 

南雲が短く言った。

 

「入ってください」

 

扉が開く。

 

最初に入ってきたのは、茶柱佐枝だった。

その後ろに、星之宮知恵。

坂上数馬、真嶋智也。

 

四人の教師が、生徒会室へ足を踏み入れる。

 

茶柱は堀北たちを見て、わずかに目を細めた。

星之宮は普段の軽薄さを消し、珍しく真剣な表情をしている。

真嶋は硬い顔で全員を見渡し、坂上は感情を読ませない表情で静かに立っていた。

 

「……先生」

 

堀北の声がわずかに震えた。

 

茶柱は短く答えた。

 

「ここまで辿り着いたか」

 

その一言で、全員が理解した。

 

教師たちは、何かを知っている。

少なくとも、生徒たちが追い続けてきた

霧の向こう側にあるものを、彼らは見ている。

 

南雲は椅子にもたれ、静かに笑った。

 

「さて」

 

生徒会室の中心に、沈黙が落ちる。

 

綾小路清隆の退学。

 

総合最適化判定。

 

全員の選択。

 

見えない貢献。

 

気づいていたはずの本人。

 

そして教師だけが知る明確な証拠。

 

長いトンネルの出口は、ようやく目の前に現れた。

 

だが、その先に待っている光が救いなのか、それともさらに深い絶望なのか。

 

まだ誰にも分からなかった。

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