気ままに巡るポケモンの世界   作:ひよこ大福

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第1話

視界が白く弾けた瞬間、ブレーキ音と何かがぶつかる鈍い衝撃が重なって、身体が宙に浮いたような感覚があった気がする。痛みを感じるより先に、頭の中だけが妙に冷静で、「あ、これまずいかもな」とどこか他人事みたいに考えていた自分がいたのを、はっきり覚えている。

 

それから先の記憶が途切れて、次に目を開けた時には、まるで何もなかったみたいに静かな場所に立っていた。

 

足元を見ても、地面があるのかどうか分からない。ただ白いだけの空間がどこまでも続いていて、上下も左右も曖昧で、自分が立っているのか浮いているのかさえ判断がつかないまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

「……ここ、どこなんだろうね」

 

口に出してみると、ちゃんと声が響いたことに少しだけ安心する。夢にしては妙に感覚がはっきりしているし、かといって現実だと言い切るには、さっきまでの出来事との繋がりがどうしても噛み合わない。

 

交通事故、だったはずだよな、と記憶を辿る。仕事帰りの夜道、信号が変わるのを待って、横断歩道を渡ろうとして、横から来た車のライトが視界いっぱいに広がって――そこで終わっている。

 

「……まあ、そういうことか」

 

自分で言葉にしてみると、不思議と納得してしまうのが妙だった。普通ならもっと取り乱してもいいはずなのに、焦りや恐怖があまり湧いてこないのは、状況が現実離れしすぎているせいなのかもしれない。

 

「察しがいいね」

 

ふいに後ろから声がして、ゆっくり振り返る。いつからそこにいたのか分からないけれど、気づいた時には一人の人物が立っていた。

 

年齢も性別もはっきりしない、不思議な雰囲気の人で、白い空間に溶け込むみたいに輪郭がやや曖昧に見える。そのくせ、目だけはやけに楽しそうに細められていて、こちらを観察しているのが分かる。

 

「……神様、ってやつかな」

 

自分でもずいぶんあっさりした言い方だと思ったけれど、その人は特に否定もせず、軽く肩をすくめて笑った。

 

「まあ、そんなところ。呼び方は何でもいいよ」

 

「そうなんだね」

 

肯定されると、やっぱりそういう状況なのかと改めて実感が湧く。非現実的なはずなのに、こうして普通に会話が成立しているせいで、逆に受け入れるしかない気分になってくるのが不思議だった。

 

「君は交通事故で死んだ。ここはその後の処理みたいな場所だと思ってくれればいい」

 

「……そうなんだね」

 

はっきり言われても、驚きよりも「やっぱりそうか」という感覚の方が強かった。さっきの記憶がやけに鮮明に残っているせいで、変に納得してしまう。

 

「で、これからどうする?」

 

「どうする、っていうと」

 

「そのまま消えるか、どこかに転生するか。まあ、よくあるやつだね」

 

軽い調子で言われて、思わず少しだけ考える。消えるという選択肢に対して特別な感情が湧かなかったのは、自分でも意外だったけれど、それでももう一度何かを始められるなら、その方がいいと思った。

 

「転生でお願いしたいかな」

 

「即決だね」

 

「もう一回やり直せるなら、その方がいいと思って」

 

自分の言葉を聞きながら、ずいぶん落ち着いているなとどこかで思う。けれど焦ってもどうにもならない状況だと分かっているからか、自然とこういう選び方になっていた。

 

「いいよ。じゃあどこに行きたい?」

 

そう聞かれて、頭に浮かんだのはひとつしかなかった。昔からずっと好きで、時間がある時はつい触れてしまうくらいには馴染みのある世界。

 

「ポケモンの世界に行きたい」

 

口にした瞬間、相手の目が少しだけ見開かれて、それから楽しそうに笑った。

 

「いいね、それ。ゲームもアニメも知ってる感じ?」

 

「全部、って言えるくらいには」

 

「へぇ、じゃあそれなりにやっていけそうだ」

 

軽く頷きながらそう言われて、自分でも少しだけ安心する。知識がある分、有利に動ける場面もあるだろうし、何より好きな世界で過ごせるなら、それだけで十分だと思えた。

 

「ジム巡りとか、チャンピオン目指すとかは?」

 

「いや、そこはいいかな」

 

即答すると、相手は少し意外そうに眉を上げた。

 

「やらないの?」

 

「見るのは好きだけど、自分でやるなら別のことがいいかなって」

 

自分の中ではかなりはっきりしている考えだった。バトルも嫌いじゃないけれど、それよりも惹かれていたのは、あの世界での生活そのものだった気がする。

 

「じゃあ、何したいの?」

 

少しだけ考えてから、言葉を選ぶ。

 

「ポケモンと普通に暮らしたい。好きな場所に行って、景色見たり、出会ったりして」

 

自分で言ってみて、それが一番しっくりくる願いだと思えた。無理に強くならなくてもいいし、誰かと競わなくてもいい。ただその世界にいて、ゆっくり過ごせたらそれでいい。

 

「戦わない方向か」

 

「完全にゼロじゃなくてもいいけど、メインにはしたくないかな」

 

「なるほどね」

 

相手は少しだけ顎に手を当てて考える仕草を見せてから、にやりと笑った。

 

「いいよ、その願い。ちょっと面白そうだし」

 

「そうなんだね」

 

あっさりと許可が出たことに、内心ほっとする。もう少し条件を詰められるかと思っていたけれど、思ったよりも話が早い。

 

「その代わり、いくつか特典つけてあげるよ。安全に暮らしたいんでしょ?」

 

「うん、できれば」

 

「じゃあ、自分だけの拠点を用意する。自然豊かで、人はいない空間」

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中に広がるイメージがあった。静かな森や草原、風の音だけが聞こえる場所で、ポケモンと過ごす時間。

 

「いいね、それ」

 

思わず少しだけ声が弾む。

 

「さらに、そこには生活に必要なものは全部揃えておく。料理も掃除もロボットがやってくれるし、材料も困らないようにする」

 

「……かなり快適そうだね」

 

「でしょ?その分、君は好きに動いていい。旅でも観光でも」

 

言われてみると、自分の望んでいた形にかなり近い。何かに追われることもなく、やりたいことに時間を使える環境。

 

「あと、移動手段も用意する。行きたい場所を伝えれば、すぐに行けるようにするよ」

 

「それは助かるな」

 

「細かい説明は向こうでやるから、実際に使いながら覚えていけばいい」

 

ひと通り話を聞き終えて、自然と頷く。ここまで整っているなら、不安よりも楽しみの方が大きい。

 

「他に欲しいものは?」

 

少しだけ考える。何か足りないものがあるとすれば、それはきっとひとつだけだ。

 

「最初に一緒にいるポケモンがいたら嬉しいかな」

 

「最初から連れていく?」

 

「うん。できれば、ちゃんとした相棒として」

 

相手は少しだけ考えるように視線を上げてから、納得したように頷いた。

 

「いいよ。それも用意しておく」

 

「ありがとう」

 

自然とそう言葉が出る。ここまで願いを聞いてもらえるとは思っていなかったから、素直にありがたかった。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

そう言われて、周囲の白い空間がゆっくりと揺らぐように歪み始める。視界が少しずつ薄れていく中で、次に目を開けた時には、まったく違う場所に立っているんだろうと分かっていた。

 

「楽しんでね、ハルト」

 

最後にそう声をかけられて、意識がすっと遠のいていく。

 

これから始まるのは、戦うための人生じゃなくて、ただ好きな景色を見て、好きなポケモンと過ごす時間。

 

それを思うと、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。

 

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