拠点に戻ってきてから、しばらくの間は外の様子をそのまま眺めていた。草地に放した五匹のポケモンたちは、それぞれの距離を保ちながら周囲を歩き回っていて、完全に落ち着いたわけではないけれど、少なくとも“逃げ出す場所”としては見ていないように感じる。
ヒノアラシも、その少し後ろで様子を見ていた。まだ群れに混ざるわけではないけれど、距離を取ったまま同じ空間にいることには慣れてきたように見える。
「……いい感じだね」
そう呟いてから、ゆっくりと家の方へ戻る。そろそろ時間的にも何か食べてもいい頃だと思う。
扉を開けて中に入ると、外とはまた違う落ち着いた空気に包まれる。この場所が“帰ってくる場所”になってきているのを、少しずつ実感していた。
「ヒノアラシも、入る?」
振り返って声をかけると、少しだけ迷うような動きをしてから、ゆっくりと中へ入ってくる。その様子を見て、無理に引き込まなくてよかったと思う。
「……じゃあ、ご飯にしようか」
リュックに手を入れて何か取り出そうとしたところで、ロトム図鑑がふわりと前に出てくる。
「待つロト!」
「どうしたの?」
「この拠点には家事ロボットがいるロト!料理も全部やってくれるロトよ!」
「……そうなんだ」
言われてみれば、生活が自動で整うって話の中に含まれていた気がする。ただ、実際に目の前でそれを意識したのは今が初めてだった。
「呼び出せばすぐに対応するロト!」
「便利だね」
そう言いながら、少しだけ周囲を見回す。目立った機械は見当たらないけれど、見えないところで動いているのかもしれないと考えると、この空間の仕組みが改めて不思議に思えてくる。
「じゃあ、お願いしてみようか」
軽くそう言うと、すぐにキッチンの方で小さな音がした。気づけば、用意されていく食事の気配がある。
「……本当に全部任せられるんだな」
自然とそう呟く。ここまで整っていると、何かをしなきゃいけないという感覚がほとんどなくなる。
しばらくすると、食事が整えられてテーブルに並ぶ。見た目もちゃんとしていて、ただの簡易的なものじゃないのが分かる。
「ヒノアラシも、食べる?」
そう声をかけると、ヒノアラシは少しだけ警戒しながら近づいてきた。皿の前で一度止まって、匂いを確かめるように鼻を動かす。
「大丈夫だと思うよ」
無理に勧めることはせず、そのまま様子を見る。
少ししてから、ヒノアラシはゆっくりと口をつけた。問題がないと分かると、少しずつ食べ始める。
「……よかった」
その様子を見て、自然と安心する。ちゃんと受け入れてくれたことが分かると、距離が少しだけ縮まった気がする。
自分も食事を取りながら、同じ空間で過ごす時間を静かに感じる。外とは違って音が少ない分、こういう時間の流れがよりはっきりと分かる。
食べ終わったあと、ヒノアラシがその場で少しだけ身体を丸めた。完全に警戒を解いたわけではないけれど、少なくとも“安心できる場所”として認識し始めているように見える。
「……少しだけ、いい?」
ゆっくりと手を伸ばす。無理に触れようとはせず、あくまで近づけるだけ。
ヒノアラシは一瞬だけ動きを止めたけれど、逃げる様子はなかった。
そのまま、ほんの少しだけ頭のあたりに触れる。
「……あったかいな」
背中の炎は小さく揺れていて、その熱がほんのりと伝わってくる。嫌がる様子もなく、そのまま触れさせてくれていることに、思わず少しだけ息を吐く。
「大丈夫そうだね」
小さくそう言うと、ヒノアラシはわずかに身体を揺らした。
完全に懐いているわけではないけれど、少なくとも拒絶はされていない。その距離感が、今はちょうどいいと思える。
手を離して、ゆっくりと立ち上がる。
「明日は、どこに行こうか」
ロトム図鑑の方へ視線を向ける。
「どこでも行けるロトよ!」
少し考える。今日が街と道だったなら、次はもう少し違う空気の場所がいい気がする。
頭に浮かんだ場所を、そのまま口にする。
「エンジュシティに行ってみようか」
「了解ロト!エンジュシティロトね!」
ロトム図鑑の声が弾む。
「そういうのも、見てみたいし」
静かな街、歴史のある場所。ゲームで見ていた景色が、実際にどんな空気を持っているのか、少し楽しみになる。
ヒノアラシの方を見ると、こちらの様子をじっと見ていた。
「明日、一緒に行こうか」
そう声をかけると、ヒノアラシは小さく身体を動かした。
その反応を見て、ゆっくりと部屋の中を見渡す。
今日一日で、いくつもの変化があった。
でも全部が自然な流れで進んでいて、無理をした感じがまったくない。
「……いいペースだね」
小さくそう呟いて、静かな空間の中でそのままの時間を受け入れていく。
明日もまた、同じように過ごせればいいと思いながら。