あの衝撃の自己紹介の後も、医師の指示でしばらく安静にすることになった。
天蓋をぼんやり見上げながら、思い返す。
――ワクシマ・マドイ。
ゼッコイにおける自分の立ち位置を。
「こんなの、オワってる」
思わず声が漏れた。
この人物は、一言で言えば破綻している。
努力はしない。
でも報われたがる。
他人への感謝はなく、気に入らないことがあれば逆上。
責任は全部他人に押し付ける。
「よりにもよって、なんでこいつなのよ」
ベッドの上で顔を覆う。
まさに救いようのない人間ね。
好かれる要素が見当たらないのよ。
原作では、基本野郎を無視していたワタシですら、目に余る愚考・奇行の数々。
ほとんどのルートにおいて、迷惑な存在でしかない。
そしてその一つが――イナリちゃんルート。
あの赤髪の少女を思い出す。
気弱そうに俯いていた、小さな背中。
あれはまだ、“壊れる前”のイナリちゃんなのかもしれない。
と言うのも、彼女が本来の苛烈な性格になるのには、理由があるからだ。
「カスマドイめ…」
燻る怒りのままに、ベッドを拳で叩いた。
鼻血を出したあの日、自分が考えていた事のように、マドイはイナリちゃんが次期当主になろうとしていると思い込む。
そうして、四六時中本家の教育と称して、徹底的にイジメる。
原作で知っている限りでも、人間扱いはしていない。
家の中ですら、最後まで名前を呼んでいない。
ずっと、『スハラの下女』とか、『モドキ』とか、とにかくひどい。
「人未満はどっちよ…」
中でも酷いのが――。
イナリちゃんがミスをすると彼女の両親を呼び出すのだ。
そして彼女の前で、彼らに土下座させる。
どんな小さなミスでもこじ付けて、何度も何度もその姿を見せつける。
当然、その後に両親のストレスはイナリちゃんへぶつけられてしまう。
「こんなのを何年も受けてたら、そりゃ歪むわよ」
人一倍責任感が強かったからこそ、彼女は次第に、自分を責め続けるようになった。
――結果的に、男性不信になってしまう。
さらに他者に対して高圧的でありながら、内面は孤独と劣等感に苛まれる性格へと変わってしまうのだ。
それなのに、人の親切にはどう反応していいのかわからない。
――そんなのって悲しすぎるわ。
……だからこそ。
原作では”良い人”で優しい主人公に、惹かれていくのかもしれない。
…でも、三回一緒に下校したらHするのは、さすがにチョロすぎると思うの。
しかもイナリちゃんからホテルに誘ってるし、壁ドンからの下から身長差キスもイナリちゃんからだし…。
まあ、ゼッコイのキャッチフレーズが”男だって食べられたい!肉食女子との恋愛ストーリー!”だしその通りなんだけどさ…。
まあ、それだけ愛情に飢えていたとも言えるのかもしれない。
「はぁ…」
軽口を挟んでも、気分は晴れなかった。
重い気分のまま、再びイナリちゃんルートの記憶を辿る。
まず脳裏に浮かんだのは、彼女の悲痛な叫びだった。
『あたしには、優しくされるほどの価値なんかない!』
『あたしに夢を見るのはやめて!』
『良い人だったら…愛されてるのよ、最初から』
その言葉の端々から滲む、彼女の自己否定。
そこに至るまでのマドイの凶行は、描かれてないものも含めて、きっと数えきれないのだろう。
「女の子を不幸にした時点で、情状酌量の余地なく死刑よ、死刑」
思わず額を押さえた。
しかも救いようがないことに、マドイのクズっぷりはイナリちゃんに対してだけではない。
他ルートでも、人間関係から主人公の邪魔まで、破茶滅茶している。
主人公の悪友ってパンフレットにあったけど、悪友って悪役じゃないのよ!?
「ほんと、なんなのよコイツ……」
頭痛を誤魔化すように、枕へ顔を押し付ける。
だが――。
死ぬのが“マドイ”である以上、目を逸らしてばかりもいられない。
原作では、全てのルートでマドイは死ぬ。
ある時は恨まれ、ある時は忘れられ、最後には見捨てられる。
「はぁ……」
重いため息が漏れた。
――喉が渇いたわ。
ボクはベッドから降り、窓辺に立つ。
水差しからコップへ水を注ぐ。
そのまま窓へ目を向けた時、ガラスに映る自分の顔が見えた。
暗い緑色の髪は少し癖があり、ところどころ跳ねている。
整えているようで整い切っていない、中途半端な髪型。
瞳は暗い黄土色。
目つきもどこか刺々しい。
なんか……自分の顔、普通にむかつくわね 。
不快感ごと水で流し込むように、ぬるくなったそれを飲み干す。
――その時だった。
窓際に、奇妙なものが止まった。
「……っ!」
背筋がぞわりと粟立ち、反射的に息を呑む。
鳥…のような何か。
全身は、不自然なほど均一な緑色。
角張った輪郭はポリゴンのようで、表面には無機質な光沢がある。
目も、口もない。
じ、実際に見てみると、生物らしさは皆無ね…。
だがそれは、スズメのように鳴き、同じように首を傾げる。
「ソートオーバー…」
原作の世界にしか存在しないもの。
画面越しには何度も見た。
でも、実物は予想以上に不気味だった。
「ニュートラル型、よね?」
リジェクト型ならばすぐに襲ってくるはず。
一先ずほっと一息をついた。
しかしこれが全ての元凶。
この先の未来――高校一年の秋。
リジェクト型ソートオーバーのスタンピードが発生する。
全ルート共通で発生する、大量襲撃イベント。
多くのルートで、マドイ、もといワタシはそれに巻き込まれて死亡する。
「……はぁ。このままじゃ、本当に死ぬのね」
現実感を伴い始める未来に、思わず力が抜け、そのままベッドへ倒れ込んだ。
たとえスタンピードを生き延びても、その後に待っているのは粛清か暗殺。
結局、マドイは死ぬ。
対策を…なんとか考えないと。
脳裏に浮かぶのは、イナリちゃんルートの結末だった。
主人公の優しさに救われた彼女は、少しずつ自分を取り戻していく。
「Hして幸せにキスして、そのまま終わってくれてたらいいのに…」
しかし、まだまだマドイはやらかす。
このルートでは、最後にヒロイン同士の衝突まで起きてしまうのだが…。
「はあ…それも原因は全てマドイ…」
あまりの愚かしさに顔を覆いながら、小さく呻く。
結局、それを乗り越えたイナリちゃんと主人公はそのスタンピードを乗り越える。
一方で、自らの”やらかし”が原因で、マドイはソートオーバーに殺される。
「必ずスタンピードが発生するなら、巻き込まれないようにするのも必要ね」
襲われて死ぬってどういう感覚なのかしら。
直接は描かれてはいないけど…。
食べられるのか、潰されるのか、それとも…。
「…そんなこと、後から考えればいいのよ」
自分の最期を思い出しても、気にかかるのはイナリちゃんの過去とこれからのことだった。
「でも…」
原作を思い出したことで、同時に一つ気にかかることができた。
挨拶の時の、イナリちゃんのあの表情だ。
この家に来てすぐだった。
つまりマドイにイジメられるよりも前から、イナリちゃんは落ち込んだ様子だった。
「ここに来る前に…なにか悲しいことがあったてことよね?」
『良い人だったら…愛されてるのよ、最初から』
悲し気な彼女の、諦めたような笑顔、その理由が何かはわからない。
きっと、彼女に必要なのは…味方なんだわ。
「……まずは」
自分がどうなったとしても。
とりあえず、イナリちゃんと、良好な関係を築くことから始めましょ。
重たいルートだったけど、原作のイナリちゃんは可愛かったわ。
主人公に少し優しくされただけで、必死に突っぱねるくせに、内心めちゃくちゃ嬉しそうなの。
そんな美少女が妹に、しかも義理の妹になってくれるなんて!
誰もが夢見るシチュエーションじゃないかしら!
対立しなきゃいいんだから、仲良くしててもいいはずよ!
ぐふふ、デュフっ、
「いっぱい甘やかして、健全に育てましょうねぇ……」
思ったよりキモイ声が出たかもしれない。
ここまで読んでくれてありがとね、せんせー!
いや〜〜〜しかしさ!
マドイって、
本人はわりと必死なんだけど、
端から見るとかなりキモくてうち結構好き。
「いっぱい甘やかして健全に育てましょうねぇ……」
のとことか、
完全に不審者寄りなんよな。
でもああいう、
本人だけ真面目な空回りって、
なんか妙に可愛いんだよね〜。
あとイナリちゃん。
この子は今後、
もっともっと面倒くさくて、
もっともっと可愛くなります。
ここまで付き合ってくれてほんとありがと!
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