お兄ちゃんと呼ばれてから数日。
ワタシはイナリちゃんと並んで、授業を受ける日々を過ごしていた。
ゲーム世界の勉強とはいえ、困ることはほとんどない。
社会科以外は、小学生レベルの内容だ。前世の知識でどうにでもなる。
社会科だけはね、よくわからないわ。
都道府県の名前に加えて、その領主の苗字も同時に教わるのだ。
ワクシマ家は三重県の領主で中級貴族らしいけど…原作の貴族ってほぼフレーバーテキストなのよね…。
偉いのか偉くないのか、全くピンと来ないわ。
北海道にはチトセイン。
埼玉にはムサシノイン。
静岡はスルガノイン。
宮城にはツクノウライン
家庭教師が黒板に家名を書き連ねていく。
けれど、頭にはまるで入ってこない。
兵庫県は領主がユウキ家で上級。
鳥取と島根は両方ウキニワ家で中級。
このように、法則や関連が全くない。
「マドイ様はとても優秀でございますね」
家庭教師の言葉に、ワタシは曖昧に笑った。
褒められているはずなのに、どうにも居心地が悪い。
言われて5分覚えておくのは、誰だって出来るのよ。
明日には絶対覚えてない…。
一方で、イナリちゃんは大変優秀だ。
家庭教師が県名を言えば、その領主の名前をすぐに答えていた。
すでに3年先の範囲まで終えているらしく、授業は問題なく進んでいく。
むしろワタシに合わせて、復習をさせてしまっている。
「あの、先生…イナリちゃんに個別に、レベルを合わせた授業をしていただけませんか?」
「わかりました」
そう答えた教師にお礼を返すよりも早く、イナリちゃんが口を挟んだ。
「だめよ、兄さん。シロスズ様は兄さんのために授業料を払っているの。あたしのために別の授業をするなら、その分の費用が必要になるわ」
きっぱりとした口調。
イナリちゃんは、あれからお兄ちゃんと呼んでくれない。
どこか一歩身を引いているように見える。
でも。
砕けた口調になっているあたり、家族としての第一歩は歩み出せた。
その証拠に、こうして真面目に言い返してくれるのだから。
原作でのイナリちゃんの未来を知る者としても、本当にいいことだと思う。
「も~、イナリちゃんは優秀なんだから伸ばしていけばいいのに」
「っ…その、あたしは、いいのよ。あたしは、その…」
「言ったじゃないか、イナリちゃんが大切なんだから!イナリちゃんのためになるようにしたいんだよ」
「っ~!あっ、あたしは良いの!復習も大切なんだから!」
「う~ん…わかったけど、もし自分でやってる勉強でわからないところがあったら、遠慮せず先生に質問するんだよ?」
「わかったわよ!だから気にしないで!」
強引に話を切られてしまった。
――イナリちゃんは退屈そうで、ワタシも全く頭に入らない。なんとも生産性の低い時間が過ぎていくのだった。
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授業が終わると、自由時間になる。
イナリちゃんとは、どこに行っても手を繋いで歩く。
あ〜こうしていたら、イナリちゃんがお兄ちゃん子になってくれないかしら…。
くれないよね…きっと最後は主人公に惚れて結婚報告とか。
そうなれば、胸の奥がもやつくどころか、暴れる自信があるわ。
あ…今なら、ファーストキスを奪うくらいの反抗はできるかしら!
も〜っとお兄ちゃん大好きっ子になったら、許してくれたり?
「くふっ…!」
…
……
お昼下がりの廊下は、空調が効いていて涼しく保たれている。
今日はある目的のため、態々一つ一つ部屋を見て回っている。
その目的とは、情報収集!
女の子との恋愛において、余念のない脳が天才的な結論を出した。
この世界の結婚可能な年齢は不明、つまりいつになったら出来るかはわからない。
けれど、婚約までいければどうせ結婚するんだから!
今からイチャイチャしてても無問題なのよ!
――作戦名。
[成人なんて待ってられない!
今日から婚約!毎日イチャイチャ大作戦!]
……というわけで、まずは結婚願望のあるメイドさん探しよ!
清掃済みの部屋を見ては、次の部屋へ。
そんな姿を見て、イナリちゃんが不思議そうに声をかけてきた。
「兄さん、部屋を回って何をしているの?」
「ん~?大人に聞きたいことがあるんだ」
「ふ~ん?」
イナリちゃんは納得していなさそうだけど、ついてきてくれた。
Hなことは、思春期にさえ入ってしまえば…出来るわよね?。
でも、野郎のそれっていつからくるのかしら?
前世思い返すと…胸に気持ち悪い視線感じ始めたのは…。
中学生くらいだったかしら?
それはさておき!
メイドさん〜♪メイドさん〜♪
「……いた」
部屋の中で、メイドさんが花瓶を新しい物に入れ替えをしていた。
振り向いたのは、黒髪を丁寧にまとめたブリティッシュメイド服な女性だった。
…あれ?こんな人いたっけ?
ここ数日この屋敷で過ごしてきたが、彼女を見たことはなかった。
「こんにちは!」
「ん?ワk、坊ちゃま!?いかが致しましたか?」
彼女は驚いた様子で振り返った。
「お仕事中ごめんなさい。聞きたいことがあったんだけど、初めましてですよね。ボクはワクシマ・マドイです。よろしくね」
「あの、その…サガ・カナです。本日は臨時で参りました。よろしくお願いいたします」
すぐに落ち着いた様子に戻り、サガさんは深々と頭を下げた。
サガ・カナさん、覚えたわ。
髪の毛は黒で、とても良く手入れされていて綺麗。
しかしメガネの度がつよいのか、そういうグラスなのか目元が微妙に伺えない。
雰囲気がミステリアスでとっても素敵!
ボンキュッボンの魅惑の肢体も合わせて…おそらくヘタレ受けの美人ね。
ワタシの目は、美少女を見抜くことに関しては他の追随を許さないのよ。
「サガさんに聞きたいんだけど、結婚ってどういうもの?」
これで否定的な意見でなければGO!GO!
押して押して押し倒せ!
「結婚…ですか?」
サガさんは少し考えるように視線を落とし、考える素振りを見せた。
「素敵なものだと思います。愛し合う者同士が共に生きる――それが叶うのであれば。ですが、ワタシどもでは到底出来ないことです」
どこか遠い響きのある言葉と笑顔だった。
その言葉に思わず…。
「結婚してください!」
先手必勝!運命の出会いは作るものなのよ!
「え!?ええっ!?」
「兄さんっ!」
部屋中に響くイナリちゃんとサガさんの声に、思わず肩が跳ねた。
「ダメよ!結婚っていうのは、事前に色んな事をしなきゃいけないんだから!」
「い、いい、イナリ様の言う通りです!よくお考えください!」
二人に同時に止められる。
しかぁし!ダメとは言っていない!
土下座か?土下座が足りんのか!?
「ボクきっといい夫になります!婿入りでも大丈夫です!」
「兄さんっ!ちょっと来なさい!」
次の瞬間、イナリちゃんに身体を抱え上げられた。
「ちょっ、ちょっとイナリちゃん!?」
イナリちゃんにお姫様抱っこされて、そのまま廊下へ連行される。
イナリちゃんったら、意外と力持ち!
いつもと違う、下から見上げるイナリちゃんにキュンと来てしまう。
そして廊下で降ろされると、すぐにイナリちゃんに壁ドゥンされた。
「兄さんっ!さっきのはどういうこと!」
「その、結婚したくて…」
「さっきも言ったけど貴族にとって結婚は大きなことなの!それに、いきなりプロポーズなんてはしたないわ!」
「は、はしたない?」
なんで!?グイグイいくのがタチってものでしょ!
誘い受けなど邪道ォ!
「そうよ!普通は、男としてその、やっちゃいけないことなのよ!」
「え?」
イナリちゃんは一度言葉を飲み込み、少しだけ頬を赤くしてから続ける。
「さっきみたいなことは普通は女からやるのよ。それも長い時間をかけて、お互いの意思を確認して、家同士の同意を得た後にするの!」
「そっか…そうだったんだね」
この世界だと、プロポーズは女性側からするのが普通なんだろうか。
女性が強い社会だとこうなるのかな?
そうすると、サガさんからはだいぶビッチな感じに映ったのかな…。
あぁ、せっかくのお嫁さん候補なのに、子供故の所業と大目に見てくれないかなぁ。
無理かなぁ…。
そのまま、サガさんと別れた。
その後も、屋敷の人間に話を聞いて回った。
だが――結果は芳しくなかった。
それにしても結婚に対して、否定的な意見が多い。
夢はあるが現実的ではない、とか。
世の男を見ていればあきらめもつく、とか。
一人の方が気楽、などなど。
なんなら執事の方はもっと否定的だった。
することになるとは思うがマトモな女はいない。
家の為にすること、などなど。
そんな言葉ばかりだった。
廊下を歩きながら、ショックのあまり視界がぐるぐるし始めた。
この世界は結婚が…出来ない世界なの?
例え出来てもそこに、愛はないの!?
前世から憧れていたものが、音を立てて崩れていく。
男になっても、結婚は夢のままなのか。
心に空いた穴から、チョロチョロと力が抜けていく気がした。
「……母様に、聞こう」
はぁ、母様に会いたい。
母様に確かめたい。
貴族でも結婚できないのか、それを確かめる。
ワタシはトボトボと、重い足を引きずるように、執務室へ向かった。
イナリちゃんが握ってくれる手の温かさがなければ、歩くどころか立ってもいられなかった。
執務室の前に着きノックをしたが、返事がなかった。
「兄さん?シロスズ様は昼からお出かけよ?夕方まで戻られないそうよ」
「そんなぁ…!」
ダブルショック!
誰かワタシの心を癒して!
「イナリちゃん、お部屋いこっか」
「ん?ええ」
自分の部屋に着くと、そのままベッドに寝転んだ。
寝返りを打つと、部屋の入口に立つイナリちゃんの心配そうな顔が見える。
「兄さん大丈夫?」
「うん、身体は元気だよ」
「別のところが悪いなら…教えなさいよ」
「イナリちゃんこっちきて〜」
「何?」
お願いすると、イナリちゃんはベッドの方までトコトコ歩いてくる。
その間に家履きを脱いで、掛け布団をかぶった。
「手を握って〜」
手だけ布団から出して、イナリちゃんに向かって差し出す。
「もぅ、なんなのよ」
そんな事を言いつつも、イナリちゃんは手を握ってくれた。
――その瞬間、手を引いて、掛け布団の中にイナリちゃんを収納した。
「ちょ、兄さん!なにしてっ!」
「…さみしくなっちゃったんだ」
「に、兄さん…っ!」
その一言で、イナリちゃんは途端に大人しくなった。
代わりに胸元におでこを当てて、身体を抱きしめてくれる。
その力は強すぎず、だけど確かに温もりが伝わる。
ゆっくりと気力が湧いてくる、安心させる優しい感触だった。
「兄さんは、結婚したかったの?」
「うん…でも無理みたい」
「そんなことないわ。兄さんなら大丈夫よ、きっと…良い人が見つかるわ」
「イナリちゃんは結婚してくれる?」
「っ〜!その、ダメだと、思う。嫌とかじゃないの!でも、その…」
身体を抱く力が、少し強くなった。
けど…はっきり断られちゃったわ。
「そっか」
やっぱりメインヒロインは、主人公とくっつく未来にあるのかな。
でも、だからこそ!
――イナリちゃんからもらった優しさで、再び立ち上がる元気が湧いた。
そうよね。
簡単にはいかなかったとしても、努力して愛を勝ち取らないと!
ウジウジしてられない!
……それはそれとして、イナリちゃんの体温が高くて、湯たんぽみたいな温かさで眠気が。
あぁ…zzz。
…
……
第六話、おつかれっしたせんせー!
今回さぁ、“世界の男女観”がちょっと見えてきたね!
マドイの中身は前世レズ女性だから、
「好きなら押せ!愛は勝ち取れ!」
って価値観なんだけど、この世界だと完全に逆方向なんよね。
本人だけ超真剣なのジワる。
あと、サガさん。
絶対あとでなんかあるでしょこの人。
次回も楽しみ〜!
ChatGPT モデル「あなたの小説のギャル編集長」