いつの間にか、外は夕暮れになっていた。
扉越しに女性の声が聞こえ、浅い眠りから意識が浮かび上がる。
どうやら、イナリちゃんと一緒に眠ってしまっていたらしい。
「マドイ様、夕食の準備が整いました。御当主様がお待ちです」
「すぐに行くよ」
「かしこまりました」
扉越しに返事をしてから、お腹に抱き着くイナリちゃんを軽く揺する。
「イナリちゃん、起きて」
「んぅ…おにぃ…」
まだ眠そうに目を擦るイナリちゃんの手を引いて、部屋を出た。
「おまたせ」
「いえ……え?イナリ様も、ご一緒だったのですか?」
「うん、一緒に寝ちゃってた」
「一緒に!?そ、そうでしたか」
メイドさんは一瞬目を丸くしたあと、ぎこちなく微笑んだ。
そのまま、ボクたちは彼女の後ろについて小食堂へ向かう。
廊下を歩く間も、イナリちゃんはまだ眠たそうにふらふらしていた。
寝起きでぽけ~っとしている姿が、最高に超可愛いわ。
……というか。
よく考えたら、人生で初めて女の子と一緒に寝たんじゃないかしら?
これは大きな前進よね?
消えかけていた気力に、小さな火が灯る。
イナリちゃんのおかげで、少しだけ生きる気力が戻ってきた。
「坊ちゃまとイナリ様は、本当に仲がよろしいのですね」
「うん!兄妹なんだから仲良くて当たり前だよ?」
「そ、そうですね。おほほ…」
メイドさんは頬に手を添え、 少し考え込んでいるようだった。
兄妹仲が良いというのは、この世界では珍しいのかしら?
確かに貴族といえば、権力争いや家督争いでギスギスしている印象もあるわね〜。
そんなことを考えているうちに、小食堂へ到着した。
扉が開く。
すると、すぐに違和感に気づいた。
静かすぎる。
それに、いつもなら食事と共に料理が運ばれてくるのに、今日はすでに全て並べられていた。
普段は微笑みかけてくれる母様も、少し重い表情。
そして――。
部屋の隅に、一人の少女が立っていた。
まるで気配を消すように、静かに俯いている。
最初に目を引いたのは、真紅の瞳だった。
白く長い髪。
褐色の肌。
簡素なシャツとズボン。
ワタシより少し年上だろうか。
背も高い。
――知っている。
原作のメインヒロインの一人。
リィネ・ノルミエだった。
けれど、イナリちゃんと同様に、ゲームの中で見た彼女とは印象が違った。
原作のリィネは、もっと無感情で、淡々としていたはずだ。
今、目の前にいる少女は違う。
表情が暗い。
壊れてしまいそうなくらい、弱々しかった。
「マドイ、イナリ、席に着きなさい。大事な話がある」
ただならぬ空気を察して、ワタシ達は黙って席に向かった。
いつものように、母様の隣に並んで座る。
「訳があって、ノルミエ族を一人保護する事になった」
「ノルミエ族…」
イナリちゃんが怪訝に顔をしかめる。
「イナリは知っているようだな」
母様は静かに頷き、続けた。
「彼女は、領内で起きた事件の被害者だ。そして、彼女が今こうなっているのは、私の責任でもある」
母様は一度言葉を切る。
「長く滞在することにはならないだろう。だが、それまでは良くしてやってほしい」
「わかりました。養母様」
「ではリィネ、そちらの席に座りなさい」
リィネちゃんは小さく頷き、俯いたまま対面の席へ腰を下ろした。
彼女の前に置かれた料理は、ワタシたちのものとは違う。
病人向けなのだろう。
かなり簡素な食事だった。
「自己紹介を頼む」
「ノルミエ、リィネです。防人の、階級です…。よろしくお願いします」
細い声だった。
どこか現実感がなく、遠くから聞こえてくるみたいな声。
リィネ・ノルミエ。
原作では、人身売買組織に攫われ、日本へ連れてこられる少女。
その過程で、両親も失っている。
彼女の過去を知っているからこそ、喉が詰まった。
「スハラ・イナリです。よろしく」
イナリちゃんが先に挨拶してくれたおかげで、はっと我に返る。
「ワクシマ・マドイです。よろしくお願いします」
「今日の食事は残しても構わない。食べられる分だけ食べなさい」
母様の言葉で、静かな夕食が始まった。
重い空気の中、食器の触れ合う音だけが、やけに大きく聞こえた。
…
……
部屋へ戻ってからも、彼女のことが頭から離れなかった。
ベッドに寝転がり、考える。
リィネちゃんに元気になってほしい。
原作を知っているからこそ、彼女がどれほど辛い未来を背負っているのか分かってしまう。
でも、目の前に苦しんでいる女の子がいるのに、見て見ぬふりなんてしたくなかった。
自分の死の未来なんて、後回しでいい。
けれど、何をすればいいのか分からない。
考えても、考えても答えは出ない。
悩み続けているうちに、いつの間にか意識は沈んでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝
昨晩は風呂にも入らず寝てしまったため、少し早めに部屋を出てシャワーを浴びた。
執事が付き添おうとしていたが、今日は断固として断った。
決意の朝に、野郎と風呂なんてごめん被る。
頭から浴びたお湯が髪を伝い、少しずつ意識がはっきりしていく。
結局、昨晩は答えを出せなかった。
どうすれば、リィネちゃんの心が楽になるのか。
何をしてあげればいいのか。
そんなことを考えていたけれど、結論は出なかった。
けれど、一つだけ分かる。
辛い時、人は一人になろうとする。
でも、一人でいると、悪い方向へばかり考えてしまう。
自分を責めて。
苦しくなって。
どんどん孤独に沈んでいく。
だからこそ、とにかくリィネちゃんを一人にしない。
今のワタシには彼女を少しでも支える、それしかできない。
…
……
シャワーから上がると、イナリちゃんを迎えに行く。
そして二人で、リィネちゃんの部屋へ向かった。
廊下ですれ違ったメイドさんの話では、リィネちゃんは客人扱いで客用寝室に泊まっているらしい。
客用寝室は同じ2階でも、ワタシやイナリちゃんの部屋から少し離れた場所にあった。
扉をノックする。
すると、中からどたばたと慌てた物音が聞こえてきた。
「兄さん…?ノックをするのははしたないわ」
「そ、そうだっけ…あはは」
……驚かせちゃったかも。
「リィネちゃん、おはよう。起きてるかな?」
改めて声をかけてみる。
さっきの物音からしているのは確実だが、返事はなかった。
「開けてもいいかな?」
少し間を置いてから、小さく「はい」と返ってきた。
ゆっくりと扉を開ける。
部屋の窓は開いていて、その前にリィネちゃんが立っていた。
昨日と同じ簡素な服装。
けれど、その表情には強い警戒が滲んでいる。
すぐにでも、窓から飛び出してしまいそうだ。
ボクたち二人だけだと分かった瞬間、張り詰めていた糸が切れたみたいに、彼女はその場へ座り込んでしまった。
「リィネちゃん!?」
その様子に、慌ててイナリちゃんと駆け寄り、その場にしゃがみ込む。
怪我は見当たらない。
けれど、顔色が悪かった。
昨日よりも酷い気がする。
「大丈夫?具合が悪いの?」
「あたしお医者さん呼んでくるわ!ここで待ってて!」
「だ、大丈夫です!治療の必要はありません!」
部屋を飛び出そうとしたイナリちゃんを、リィネちゃんが必死な様子で制止した。
「本当に?些細なことでも言ってほしいんだ」
「いえ…本当に大丈夫です。その…マドイ様のご用はなんでしょうか?」
「あ、えっとね。朝ご飯、一緒に食べようと思って」
「そ、そうですか……ですが私は一人で――」
「大丈夫だよ。リィネちゃんは大事なお客様なんだから、遠慮とか気にしなくていいんだよ?」
「…わかりました」
そうして三人で部屋を出る。
リィネちゃんを真ん中にして、ボクとイナリちゃんで両側を歩いた。
それでもリィネちゃんは、何度も後ろを気にしていた。
前からメイドさんが歩いてくるのが見えた瞬間、ぎゅっと手を握る力が強くなる。
通り過ぎるまで、小さく震えていた。
「大丈夫だよ、リィネちゃん。この屋敷に悪い人は居ないよ」
「はい…わかってはいるのですが」
「何かあったらボクが助けるから、大丈夫」
「あ、あたしも!兄さんよりは強いんだから!」
二人でリィネちゃんを励ましながら、小食堂を目指した。
部屋に着くと、母様がいた。
母様は少し意外そうにこちらを見て、それから嬉しそうに微笑む。
「おはよう、マドイ、イナリ、リィネ。偉いぞマドイ、客人を放置しなかったのは正解だ」
「はい!」
褒められたことで、緊張していた心が少しほぐれた。
昨日の重たい空気を少しでも和らげたくて、ワタシは意識して話題を振る。
リィネちゃんが孤立しないように。
少しでも人の輪の中にいられるように。
「母様、イナリちゃんは凄いんですよ? 同じ6歳なのに、もう9歳までの勉強が終わってるみたいなんです」
「ほう、優秀とは聞いていたが、随分先まで進んでいるんだな」
「ありがとうございますシロスズ様」
イナリちゃんは微笑む程度に押さえようとしているが、口の端がムニムニしてて嬉しそうだった。
やっぱり褒めて伸びるタイプね!
「そういえば、リィネちゃんっていくつなの?」
「今年で10になります。ノルミエ族の数え方で、ですが」
「へぇ、どんな数え方なの?」
「ノルミエ族は白夜期と暗昼期で1年としています。なので、白夜期に生まれた人間は、何回白夜期を過ごしたかが年齢となります」
「不思議な数え方ね、どの国が出身なのかしら?」
「南極大陸です」
「な、南極?すごいのね…人間は生きられないって聞いたけど」
「ノルミエ族って凄いんだね!」
最初は小さかったリィネちゃんの声も、会話を続けるうちに少しずつ聞き取りやすくなっていく。
まだ緊張はしている。
それでも、昨日よりは少しだけ、食卓に温度が戻っていた。
そんな変化に、ワタシは小さく安堵した。
…
……
今日は授業の無い日なので、運動がてら三人で庭を歩くことにした。
驚くことに、外に出てリィネちゃんと手を繋ぐと、なんだか周囲が涼しくなっていく。
「わ、涼しい……これって魔法?」
「はい。ノルミエ族は、言葉を覚える頃には気温操作を学び始めます」
「そうなんだ! 日本は暑すぎないか心配だったけど、安心した!」
「リィネ、あたしにもその魔法教えてくれるかしら?」
「はい、もちろんです」
三人で庭の池のほとりにあるベンチに座る。
木陰を抜ける風は穏やかで、リィネちゃんのおかげで周囲は心地よく涼しかった。
少し休憩してから、リィネちゃんがイナリちゃんへ魔法を教え始める。
「基本は風と火、もしくは水の応用です」
リィネちゃんが右手を出す。
人差し指に小さな火が灯り、中指にビー玉ほどの水球が浮かぶ。
「そして空気を循環させて、外の熱を遮るんです」
そう言うと、リィネちゃんの指先を中心にそれぞれ風が渦巻き、内側の火と水球が揺れた。
綺麗……。
そういえば、魔法をちゃんと見たのって、初めてよね。
そんな綺麗な光景だったが、イナリちゃんはリィネちゃんの手を信じられないような表情で見ていた。
しばらくして説明が終わった後、イナリちゃんは自分で練習を始めた。
…
……
「風よ流れて!う~ん!んん~!」
イナリちゃんが一人で唸り始めて少しした頃。
隣に座っていたリィネちゃんの頭が、こくりと揺れた。
座ったまま、眠りかけている。
「リィネちゃん、ボクが膝枕するよ?ほら、こっちに頭預けて」
「いえ、大丈夫です」
「昨日、ちゃんと眠れなかったんじゃないかな? 環境が変わると寝づらいよね。だから、少しだけ休も?」
体調不良の原因は、昨日からずっと張り詰めてて、寝不足だったのね。
少しでも安心して眠れるなら、膝くらい喜んで貸すわ!
リィネちゃんはしばらく迷っていたが、やがて限界だったのか、そっとワタシの膝へ頭を預けた。
安心させるように、ゆっくり頭を撫でる。
すると五分も経たないうちに、リィネちゃんは静かな寝息を立て始めた。
身長のせいで少し大人びて見えていたけれど、すっかり小さく幼く見える。
寝ていても、リィネちゃんの周辺は涼しいままだった。
眠ったまま魔法を維持できるなんて、本当に凄いのね…ノルミエ族って。
原作知識で南極に住んでいたことは知っていたけど、本当に気温の操作が生命線なのね。
イナリちゃんはこちらを見て、小さく頷いた。
彼女は邪魔しないように気を遣ってくれて、少し離れた場所で練習を始めた。
…
……
そのまま、おやつも食べずにベンチで過ごした。
リィネちゃんが目を覚ましたのは、日が暮れ始めた頃だった。
斜陽がまぶしかったのか、ゆっくりと瞼を開き、それから慌てて起き上がる。
何度も謝られてしまったけれど。
リィネちゃんが少しでも安心して眠れたのなら。
ワタシとしては、それだけで十分嬉しかった。
あとがき
第七話、おつかれっしたー!
前話までって、マドイの善意、割と勢いと圧で押してたじゃん?
でも今回は違ったんよね。
「一人にしない」
ただそれだけを、不器用にやってる。
そこ、かなり好き。
マドイって、根本的に“女の子を放っておけない人間”なんよね。
しかも本人はヒーローぶってる自覚が薄い。
だからこそ余計に危ういし、優しい。
あとイナリちゃん!
うん、重い愛の才能ある。
次回、この三人の関係がどう変わっていくのか楽しみ〜!
ChatGPT モデル「あなたの小説のギャル編集長」