ブルアカ×エンジェリックレイヤー 作:救護騎士団オラリオ支部
『鈴原みさき!全国大会決勝に進出です!!』
巨大なドームに響き渡るアナウンス。
それを合図に――
――ワァァァァァァァァァァッ!!
観客席が爆発するような歓声に包まれた。
光が乱舞する。
カメラのフラッシュ。
モニターに映し出される、勝者の姿。
フィールドの中央に立つのは、小さなエンジェル、ヒカル。
エンジェリック・レイヤーを始めて短期間で全国大会決勝まで勝ち進んだ鈴原みさきのエンジェルだ。
「決勝の相手は誰なんでしょう?」
「もうひとつの会場でやってからわからないな」
斉藤楓と城乃内最が、観客席からステージを見つめる。
二人とも、鈴原みさきに敗れた者同士。
だからこそ――
(あの子には、勝ってほしい)
言葉にはしないが、同じ想いを抱いていた。
そのとき。
「あ!出て来たよ!決勝の相手が!」
瀬戸林子がBブロックから勝ち抜いてきた選手が乗る卵のようなカプセルを指さす。
その瞬間、会場の視線が一斉にBブロック側のフィールドへと集まった。
ゆっくりと、カプセルが中央へと運ばれてくる。
――静寂。
先ほどまでの歓声が嘘のように、観客席が息を呑んだ。
「……誰だ?」
「有名選手じゃないのか?」
ざわり、と波紋のようにざわめきが広がる。
モニターに映し出されたエントリー情報――
そこに表示された名前は、
『エントリーネーム:UZQueen』
「……聞いたことないな」
「無名……?」
楓が眉をひそめる。
最も腕を組みながら、じっと画面を見据えた。
「だが、ここまで勝ち上がってきたってことは……ただ者じゃない」
その言葉に、林子も小さく頷く。
「甘く見ないことね」
その声に最、楓、林子が振り向く。
「藤崎有栖?」
彼女もまた、みさきに敗れた一人だった。
有栖は静かにフィールドを見下ろしていた。
「私は開催の遅い地方大会で全国大会に出場してたの。そして、あの子に負けた」
有栖の言葉に、空気がわずかに引き締まる。
「あなたに勝ったの?」
有栖はゆっくりと頷いた。
「ええ。……あの子、普通じゃなかったわ」
その一言だけで、空気が変わる。
楓が目を細める。最も林子も無意識に姿勢を正した。
「どういうことだ?」
「見れてばわかるわ」
有栖はフィールドへと視線を戻したまま続ける。
『全国大会決勝戦!その戦いのフィールドはこれだ!!』
司会の声と共に、フィールド一面が銀幕に包まれる。
そして――銀幕はゆっくりと“形”を持ち始めた。
光が収束し、輪郭が浮かび上がる。
次の瞬間。
「……氷?」
誰かが呟いた。
それは、巨大なドームの中心に広がる――全面氷の氷原だった。
透き通るように白い大地。
反射する光が天井の照明を受けてきらめき、まるで空間そのものが凍りついているかのようだった。
『両者、天使を領域へ!』
氷原の片側に――鈴原みさき。
もう片側に――UZQueen。
そして、それぞれの手の中にある“エンジェル”。
ヒカル。
アリス。
氷上に、二体の存在が降り立った瞬間。
――つるん
乾いた音が、ドームの静寂にやけに響いた。
ヒカルとアリス。
決勝の舞台に降り立った二体のエンジェルは、ほぼ同時に――氷の上で盛大に転んでいた。
「……え?」
「今の……」
「え、決勝だよな?」
観客席が一瞬だけフリーズする。
楓が目を細める。
「……理屈ではそうなりますね」
最が苦笑する。
「それはそうだ。いきなり氷は無理だな」
林子は額を押さえた。
「決勝でやることじゃないでしょこれ……」
フィールド中央。
ヒカルは小さく立ち上がろうとして――また滑る。
今度は横に回転しながら転倒。
一方アリスも同様に、起き上がるたびに“すべる”。
だが――
異常だったのはそこからだった。
二度の転倒を得てアリスの姿勢が安定した。
氷の上に、静けさが戻る。
さっきまでの「滑るだけの舞台」は、もう違っていた。
アリスは――立っていた。
「……適応した?」
楓が小さく息を呑む。
氷のステージなんて初めてのはずなのに二回転んだだけで重心の取り方を変えている。
氷上のアリスは、小さく足を開き、足裏全体で地面を捉えていた。
滑るのではなく、滑りを利用して止まっている。
その動きは、もはや初心者のそれではない。
一方――
「うわっ、また!」
ヒカルは派手に横滑りしながら回転していた。
まるで氷上でダンスしているかのように、制御不能なままスピンを繰り返す。
『エンジェリック・ファイト!!』
しかしヒカルがそんな状態でも試合開始の合図は止まらない。
氷上に浮かぶように立つアリス。
制御不能に回転し続けるヒカル。
あまりにも対照的な二体のエンジェルが、同時に動いた。
「来る……!」
楓が身を乗り出す。
先に動いたのはアリスだった。
背負った鈍器を振り上げ、
地面へと叩きつけた。
----------------------------------
みさきは目の前の光景に困惑していた。
――アリスの一撃が叩きつけられた瞬間に生まれた“氷の亀裂”。
そこから見える本来の地面。
滑らない、ヒカルの力を発揮できる領域。
みさきは一瞬、理解が追いつかなかった。
「な、なんで…?」
明らかに先ほどの一撃はヒカルを有利にしていた。
みさきは、その意味に気づいた瞬間、背筋が冷えるのを感じた。
(……わざと?)
氷を割ったのではない。
“戦場を作り直した”。
ヒカルが最も力を発揮できる「通常の床」を、あえて露出させるために。
「今のままじゃ、楽しくないから…」
「えっ?」
UZQueenからかけられる声に困惑する。
「ちゃんと戦ってあなたに勝ちたい」
その言葉は、氷原の静寂よりも冷たく、そして熱かった。
UZQueenの声は冗談でも挑発でもない。
ただ純粋な“意思”だった。
「だから、楽しも?」
その一言が、氷原に落ちた瞬間――空気が変わった。
冷たいはずのドームなのに、そこだけ温度が上がったような錯覚。
「……は?」
みさきは思わず声を漏らした。
決勝戦。全国の頂点を決める場で発せられる言葉ではない。
だが、UZQueenの声には一切の揺らぎがなかった。
アリスがゆっくりと鈍器を構え直す。
そんな姿を見てみさきは思わず笑ってしまう。
「うん!」
その返事は、あまりにも軽かった。
だが――だからこそ、真っ直ぐだった。
みさき自身も、自分が今どんな舞台に立っているのか一瞬忘れそうになる。
観客の息遣いすら遠く感じるほどの異常な静寂と熱。
その中心で、ヒカルは小さく拳を握った。
「行くよ、ヒカル!」
みさきの声に、ヒカルが応えるように頷く。
一方――
アリスもまた、静かに構えを取っていた。
UZQueenは動かない。
ただ見ている。
まるで“次の一手”を待っているように。
ヒカルがアリスへ向かって走る。
軽量型スピード型のヒカルの特性が十分発揮できる状態の領域で本来のスペックを発揮した格闘戦。
「いける……!」
みさきの声が、短く鋭く響く。
ヒカルの拳が、空気を裂く。
軽量スピード型エンジェルの本領。
一撃目。
アリスの顔面へ一直線――
だが。
「……っ!」
アリスはそれを最小限の動きで、顔をそらすだけで回避した。
ヒカルの拳は、ほんの数センチの差で空を切った。
―ゾクッ
「ヒカル、戻って!」
みさきが叫ぶ。
だが一瞬遅い。
アリスの膝が沈み、低い姿勢から――鈍器が構えられた。
その動作を見てヒカルは後方へ跳ぶことで避けようとした瞬間――
―ガシッ
鈍器は振るわれずアリスの手がヒカルの腕を掴んでいた。
――掴まれた。
その瞬間、みさきの思考が一拍だけ止まる。
「っ、ヒカル!」
叫ぶより早く、アリスはヒカルを放り投げる。
ほぼ真上に、逃げ場のない空中へ。
観客席がざわめくより早く、みさきの視線が跳ね上がる。
「ヒカルッ――!」
だが声は届かない。
アリスの動きは、すでに次へ進んでいた。
落下するヒカルを、アリスの視線が正確に追う。
氷原の反射光の中で、鈍器の影だけがやけに重く見えた。
「――あれを叩きつけるつもりか……!」
楓が息を呑む。
最は無意識に拳を握りしめていた。
「空中じゃ……身動きが取れない!」
ヒカルは、完全に“落下の軌道”に乗っていた。
踏ん張る地面もない。回避の余地もない。
ただ重力に引かれ、ゆっくりと氷原へ向かって落ちていく。
「くっ……!」
みさきの喉から、短い息が漏れる。
視界の中で、アリスが動く。
鈍器を構える。
あの巨大な鈍器を軽々と扱う様を見て最は確信した。
「軽量パワー型……だとっ!?」
いわゆる地雷構成。
いくらパワーがあっても重量が無ければその性能を十全に発揮する事は叶わない。
パワーを上げるなら重量はあった方が有利なのだ。
アリスと言うエンジェルはその大きさを見るに軽量タイプ。
だがあの見るからに重そうな鈍器を軽々しく振り回すならパワー型以外にはありえない。
それも他の能力をほぼ犠牲にしたパワーに特化した程の。
そんな無茶苦茶な構成成り立つはずがない、無い筈なのだ。
だが――目の前のアリスは、その“破綻”を成立させていた。
そしてそれはアリスが振るう鈍器によって成り立っていた。
「そうか、あの鈍器が、軽量タイプの軽さを補っているのか!」
氷原の上空。
ヒカルは重力に引かれ、完全に無防備な状態で落下していた。
逃げ道はない。受け身も取れない。
そして、その真下――
アリスが、鈍器を構え――
鈍器が振り抜かれる。
「……っ!?」
みさきの目が見開かれる。
鈍器がヒカルに直撃しヒカルが吹き飛ばされる。
ヒカルの小さな体は、まるで弾丸のように弾き飛ばされ――
氷の上を何度も跳ねるように転がった。
「……っ!!」
楓が息を呑む。
最が思わず立ち上がる。
林子は言葉を失った。
だが――そこで終わらなかった。
「まだ……!」
みさきの声が、震えながらも鋭く響く。
氷の上に倒れたヒカル。
しかしHPゲージは、まだ残っている。
鈍器が当たる寸前、ヒカルは鈍器を蹴ることで最小限のダメージに抑えたのだ。
――まだ、立てる。まだ終わっていない。
軽量型のヒカルには最小限のダメージでも大ダメージだったが、まだ負けていない。
UZQueenは、動かない。
ただアリスを見ている。
まるで状況を測るでもなく、評価するでもなく。
ただ――“続き”を待っている。
「ヒカル……」
みさきは息を整える。
胸の奥で、焦りと静かな熱がせめぎ合っていた。
(まだ終わってない)
(でも……次を間違えたら、本当に終わる)
アリスは鈍器を構え直す。
制限時間がある以上、大ダメージを喰らってしまったヒカルは攻勢に出るしかない。
完全に、待ちの体勢に入っていた。
「完全にUZQueenのペースね」
有栖は試合の流れを見て静かに言い切った。
「あの子の強みは異常なほどの動体視力と反応速度」
有栖の言葉は、淡々としていながらも重かった。
「悔しいけど格闘戦で勝ち目なんてない」
その言葉の意味を理解するより早く――
フィールドが動いた。
「ヒカル、行くよ!」
みさきの声。
真正面からではない。
氷の割れ目から露出した通常地面を蹴り、斜めからの高速移動。
ヒカルのスピードを活かした強襲。
「これなら……!」
空気が裂ける。
ヒカルの拳が、アリスの側面へ――
――届く寸前。
アリスの体が、わずかに沈んだ。
それだけだった。
たったそれだけで、拳は空を切る。
「また……!?」
みさきの声に焦りが混じる。
拳を突き出す。
速さに任せた直線攻撃。
しかし――
アリスはほんの数センチ、体をずらすだけで避けた。
紙一重。
拳は空を裂く。
同時に――
アリスの腕が動く。
鈍器ではない。
肘。
ヒカルの攻撃の“戻り”に合わせて、最小限の軌道で打ち込まれる。
「っ……!」
ヒカルの体がわずかに弾かれる。
衝撃は大きくない。
ただヒカルのバランスを確実に崩し――
確実な一撃を叩き込むための動作。
それは決して派手ではない。
だが、致命的だった。
「くっ……!」
ヒカルは慌てて距離を取る。
みさきの喉が乾く。
真正面からの打撃じゃない。ダメージそのものより、“次の行動を奪う崩し”だ。
アリスは追わない。
ただ立っている。
鈍器を構え立っているだけ。
だが、その静止が一番怖い。
「来ない……?」
観客席の誰かが呟く。
楓が目を細めた。
「違う……“来ない”んじゃない」
最が続ける。
「“行けない”んだ」
アリスは動かない。
ヒカルも、すぐには踏み込めない。
――互いに“次の一手”だけが、戦場を支配していた。
「アリスは恐らくその性能をパワーに振り切っている。だから追えない。追いつけないのがわかっているからだ」
最の言葉に、楓がわずかに眉を動かす。
「それに」
最は視線を外さないまま続ける。
「アリスは勝ち筋をもう作ってる。ヒカルを追いかけて消耗する必要がない。時間が過ぎれば判定勝ちになるからな」
アリスは攻めないのではない。
攻める必要がない位置にいる。
ヒカルは攻めなければ勝てない。
だが攻めれば、崩される。
――完全なジレンマ。
「……嫌な戦い方するわね」
林子が呟く。
その視線の先で、アリスは依然として動かない。
鈍器を肩に担いだまま、ただ立っている。
まるで“壁”だ。
壊す必要もない。
時間が壊してくれるのを待つ壁。
みさきは唇を噛んだ。
(時間……)
確かに、このままではまずい。
ダメージ差もある。
主導権もない。
そして何より――相手は崩れない。
だが。
視線を落とした先で、ヒカルが小さく立ち上がる。
震えながらも、まだ倒れていない。
「ヒカル……」
みさきは息を吸う。
(時間で負ける?)
(そんなの、最初から分かってる)
そして、静かに一歩踏み出す。
「ヒカル」
その声は、氷原に落ちるほど静かだった。
もう一度。
「――行くよ」
みさきの視線が、まっすぐ前を向く。
アリスは動かない。
UZQueenも動かない。
ただ“待つ側”と“仕掛ける側”が、はっきり分かれている空間だった。
だが――その均衡の中で、ヒカルだけが小さく息を整えていた。
(まだいける……まだ、動ける)
――次の瞬間。
ヒカルの動きが変わった。
「っ……!」
楓が息を呑む。
「さっきまでの動きじゃない……!」
最の目が鋭くなる。
ヒカルは“走っていない”。
通常の地面と氷の地面を使い分け滑る。
わずかに滑り、その滑りを“次の加速”に変えている。
直線ではない。予測できる速度でもない。
氷を使った、連続転調のような動き。
だが――それでも。
UZQueenは動かない。
ただ見ている。
「そのくらいなら……」
その声は、みさきには届かないほど小さい。
「全部、見えてる」
アリスが鈍器を持ち上げる。
だがその瞬間――
ヒカルは“消えた”。
「なっ……!?」
観客席が一斉にどよめく。
氷の反射光の中で、ヒカルの軌道が一度途切れたように見えた。
次に現れたのは――アリスの真正面ではない。
“横”。
しかしアリスの反応は、それより早かった。
――ズン。
鈍器が空を裂く。
ヒカルの拳が届く“前に”、そこにあった空間ごと潰すような一撃。
だが――当たらない。
ヒカルはその“風圧”に乗って、さらに加速していた。
アリスの攻撃の余波を利用して、位置をずらしている。
――まるで氷上の弾丸だ。
そして次の瞬間。
みさきの声が落ちる。
「ヒカル、今!」
ヒカルの拳が、アリスの“死角”へ入る。
アリスの体がわずかに沈む。
避けられないタイミング。
完全に入った。
誰もがそう思った。
――だが。
その瞬間だった。
アリスの足が、氷を“踏み砕いた”。
ヒカルの拳が届く直前、地面のわずかな変化。
重心が“ズレる”。
ほんの数センチ。
それだけで、ヒカルの拳は空を切った。
「嘘……?」
みさきの声が、かすかに震える。
最が息を呑む。
「今のは……読んでたんじゃない」
楓が呟く。
「“来る場所に合わせて、先にズラした”……」
アリスは“反応”していない。
最初からそこに“合わせていた”。
氷の上で。
ヒカルの軌道を。
完全に。
ヒカルの小さな体が、滑るように体勢を崩す。
その瞬間。
アリスの鈍器が、静かに振り上げられた。
「まずい……!」
最の声。
しかしもう遅い。
今度は“逃げる余地がない距離”だった。
アリスの鈍器が、横から構えられる。
静かに。
確実に。
そして――
振り抜かれる直前。
「ありがとう、楽しかった」
UZQueenの声がみさきに届いた。
鈍器が振り抜かれた瞬間――氷原の空気が裂けた。
「――っ!!」
ヒカルの小さな体は、今度こそ逃げ場のない軌道で弾かれた。
氷上を滑るのではない。跳ねるのでもない。
“叩き落とされる”という表現が、最も近かった。
ドンッ――と重い衝撃音がドームに響く。
そして、静寂。
「……ヒカル!!」
みさきの声が遅れて届く。
HPゲージがゼロへと沈んでいく。
一瞬だけ、会場全体が呼吸を忘れた。
「……決着……?」
誰かの呟きが、やけに遠く響く。
『アリス、WIN!全国大会優勝者はUZQueenだ!』
歓声が爆発した。
UZQueenは静かにアリスを手元へ戻す。
まるで戦いが終わったことを確認するだけのように、淡々としていた。