彩葉は眠る少女を起こそうとしたが、何をどうしても一向に目覚める気配はなかった。
死んでいるのかと一瞬不安に思うも、胸は上下に動いている。
苦渋の末、ハウルの動く城のソフィーの如く少女を背負い、彩葉は帰宅した*1。
なんとか少女を布団に寝かせた後、彩葉もまたその隣に力尽きたかのように倒れ込む。
今日は色々ありすぎた。怪獣、ウルトラマン、喋る臼、そして裸の女の子。
(夢オチとかないかなぁ)
月見ヤチヨの今日のアーカイブ配信を開き、子守唄代わりにしながら目を瞑る。
『皆さん見ましたか? まさか新しいウルトラマンが地球に来るなんてすごいですね〜!』
「……ホントだよ」
あっという間に意識が沈んでいく。アーカイブを聞いてる余裕も、ありそうにない。
彩葉はこの日、泥のように眠った。
◇
「ねえねえ、起きて」
「……ゔーん、あと5分」
「5分ってどのくらい?」
「……5分は、5分でしょ……」
「えぇー? うーん……はい5分たった! 起きてぇ〜!」
ゆっさゆっさと強く揺すられて、彩葉の頭が覚醒していく。
そして飛び起きた。
「起きてる!?」
「起きた!」
眠り姫だった少女が笑顔で言う。
もしかしたらこのまま起きないかもしれないと、心のどこかで思っていた彩葉は内心安堵する。
臼との約束をいきなり破ることにはならなさそうだ。
彩葉はそこで少女をまじまじと見た。くせ毛ひとつない金髪に赤い瞳、きめ細やかな白い肌と―――桜色が2つ。
色々言いたいことがあったが、スっと頭が冷えた。
「……とりあえず、これ着て」
「何これ?」
「何ってシャツ*2でしょ。月じゃ服着ないわけ?」
「月……?」
「あんたを預けた臼が言ってたんだけど……」
たらりと流れ落ちる汗。嫌な予感が脳裏をよぎる。
「……ねえ、あんた名前は?」
「名前? 名前名前名前……あーっと、うーんと」
「……ちょっと、ねえ、やめてよホントに」
「いやぁ、あははー……」
少女も少女で予想外だったのか困り顔で言った。
「分かんない、かも」
「……マジかぁ」
まさかの記憶喪失である。臼もウルトラマンと怪獣の戦いに巻き込まれたと言っていたし、その時頭を打ったのだろうか。
仕方がなく、彩葉は臼から聞いたことを話した。
「へー、私って月から来たんだ! しかも家出!? なにそれ超面白そう!」
「巻き込まれてる側としては全然面白くないんですけど」
「でも確かに元いた場所はすんごいつまんなかったような〜、見える景色全部モノクロだったような〜、みたいな記憶があるかも」
「そりゃ月なんだから景色はモノクロでしょうね」
何度目か分からないため息が漏れる。
やはり安請け合いするべきではなかったかもしれない。
「本当は政府とかに突き出してやりたいところなんだけど」
「せ、政府ぅ?」
「そ。まあ宇宙人だしね。解剖とかされちゃうんじゃないの?」
「かかか、解剖!? そんなのいやぁ〜!? 死にたくない〜!」
「ちょっとくっつくな! 今の嘘! 嘘だから! 仮にも臼からあんたのこと頼まれちゃった*3んだからそんなことしないっての!」
泣いてひっついてきた少女を引き剥がす彩葉。
そこでふと、お腹が鳴る音が聞こえた。
「お腹空いたな〜…………チラッ」
可愛らしくしなを作りながら、少女が言った。
「ぅぐ…………はぁ。何か作るからちょっと待ってて」
「ホント!?」
冷蔵庫の中身を思い出しながら彩葉は立ち上がる。
少女にとっては初めての地球でのご飯だ。少しは良いものを食べさせてやろうと、また1つお人好しを発揮しながら。
「あと私の名前は彩葉ね。あんたは……」
「?」
月、やがて来るお迎え。そこまで連想して出てくる名前は1つ。
「……かぐや」
「かぐや?」
「名前。ないと不便でしょ」
「っ〜! かぐや、かぐやかぁ〜!」
小躍りして喜ぶかぐやに、彩葉は恥ずかしそうに頬を染め、キッチンに立つ。
この日食べたオムライスは、かぐやにとって決して忘れられない味となった。
◇
【#新たなウルトラマン来訪】
【#10年振りの怪獣災害】
【#GUYS弱すぎ】
ネットは案の定ウルトラマンと怪獣で大盛り上がりだった。
ただその中で最も人気な話題といえば、やはりこれである。
『皆ー! やおよろー! 今日も来てくれてありがと〜!』
『今回のネタはもちろんこれ! ずばり「ウルトラマンの名前は?」で〜す!』
『SNSではホント色々な案が出てるよね〜。GUYSから正式な声明はないし……うーん、勝手につけていいか実に迷うところです。ま、喜んで使ってくれてる例もあるのでモーマンタイでしょう!』
〇アスタリスク:ウルトラセブンとかそのまんま過ぎて良く許してくれたよね
〇枝豆:タロウは地球人がつけたんだっけ?
〇対あり喜ステップ:ウルトラマン30!
〇とらまる:ウルトラマンジロウ
〇バラージ民:ウルトラマンバラージ
〇らららららら大根:難しいよね
〇absolute:久しぶりに来たウルトラマンとかどうよ
〇あ:ろくなもん無くて草
『大のウルトラマン好きな私としては、それはもうカッコイイ名前がいいなと思うわけです。メビウスとかもうサイコー!』
「ねえ彩葉、これ誰? 絵が動いてる」
ずいと、彩葉の肩からかぐやが顔を覗かせる。
近いなこいつ、と彩葉は思った。
その距離感がくすぐったくて、もどかしくて、ドキドキした。
己の感情に折り合いをつけられないまま、かぐやに促されてヤチヨについて話す。
「これはヤチヨ。私の推し。AIライバー」
「推し?」
「好きで応援してる人」
「ふーん。あ、ウルトラマンって?」
「ウルトラマンは……こういうの」
検索した画像をかぐやに見せた。
「なんか色々いない?」
「私が生まれるずっと前から何人ものウルトラマンが地球に来てるからね。これがゾフィーで、これが80」
「地球に来てるって、ウルトラマンも月から来たの?」
「違う。M78星雲っていう、月よりもずっとずっと遠い所からわざわざ人間を助けに来てくれてるの。お節介なヒーローだよ」
「へ〜、彩葉みたい」
「いろ、ってはぁ?」
振り向けば、かぐやが彩葉を見ていた。
「だってかぐやにとって、助けてくれたヒーローは彩葉でしょ?」
直球すぎる言葉にタジタジになる。
慣れない。慣れないが、悪い気はしない。だが素直に喜んでいい気もしなくて―――少し口角が上がるのを自覚しながら顔を逸らす。
「……あっそ」
「あ、彩葉照れてる〜」
くっついてくるかぐやを努めて無視しながら、彩葉は話を続けた。
「で、昨日来たのがこれ。ヤチヨはこのウルトラマンの名前を決めようって言ってるの」
夜闇の中でベムラーと戦うウルトラマンの画像を見せる。これで記憶を思い出してくれれば御の字だったが、残念ながらそんな様子はなかった。
「なるほどなるほど……あ、これどうやって入力するの?」
「コメントするの? 良いけど変なこと言わないでよ」
というかできるのか? そう思いながらもローマ字変換表を見せると、驚くことに数秒見ただけで「覚えた!」と言い、拙いながらもキーボードを叩き始めた。
「う・る・と・ら・ま・ん・い・ろ・は!」
「って何入力してんの!? 馬鹿か!? 馬鹿なのですかあなたは!?」
「かぐやの名前はいろはが付けてくれたし、ウルトラマンには私がつけてあげようと思って!」
「それにしたってもっと違う名前があったでしょーが! これじゃ私ウルトラマンに自分の名前つける痛いヤツだよ!」
ちなみに彩葉のユーザー名は「いろ」である。
どうか拾われませんようにと、必死の形相で彩葉は祈った。
答えはもちろんお分かりですね?
『あ、今「うるとらまんいろは」っていうのがあったね〜。和風チックで、ヤッチョこれ凄い好きかも!』
「……最悪だ……」
「よっしゃー!」
その後も様々な案が出たが、ヤチヨが妙に「うるとらまんいろは」を気に入ってしまい、コメント全体も肯定的な流れになってしまった。
「どうして、どうしてこうなった……!」
「いやー、このヤチヨっての、分かってるじゃーん!」
◇
ライブ配信が終わった。軌道修正はできなかった。
彩葉は息絶え絶えだったが、気を取り直してかぐやに言う。
「かぐや、服買いに行くよ」
「服?」
「それ*4だけじゃ不便でしょ? 下着は絶対必要だし。あと生理用品もか」
予定外の出費に頭が痛くなる。
暫くしたら来るというお迎えに請求すればいいかと、彩葉はあまり深く考えないことにした。足りなければ働いてもらおう。
彩葉は外行き用のワンピースをかぐやに着せた。元の素材がいいためなんでも似合う。
「ここに喋る臼がいた、んだけど」
「なんもないよ?」
「……クレーター的な凹みは残ってるし、一応写真撮っておくか」
宇宙がファンタジーすぎる件。彩葉は考えるのをやめた。
その後、初めて見る外の景色にはしゃぎまわるかぐやをなだめながらバスに乗り、ド〇キで衣服と生理用品を買った。ついでにおもちゃとお菓子も買わされた。
フードコートの一角を陣取り、彩葉はぐったりと椅子に座る。
「は、ははは、金、お金が」
「彩葉これすんごく美味いよ! はい!」
「むぐ!? ……うん、涙が出るほど美味しー」
かぐやと買い物に行くのはもうやめよう。
「はあ、お金も無限じゃないんだから。そこん所分かってるんでしょーね……?」
「お金ー?」
「…………うん。記憶喪失だったわそういえば」
これは色々常識を教えねばならない。
「それにしても人がいっぱいだねぇ」
「怪獣が来て昨日の今日だから、皆日用品とかサバイバルグッズを買い漁ってるんだよ」
「なんで? だってもう怪獣はウルトラマンが倒したんでしょ?」
「そうだけど、また違う怪獣が来ないとも限らないの」
「え゛、怪獣ってまだ来るの? マジぃ?」
「そ。ここ10年は平和だったからその揺り返しもありそうだしね」
「……ふーん、そっかぁ」
行き交う人々をかぐやがじっと見ていた。
それにどう声をかけたらいいか分からなくて、彩葉は紙コップで口を塞いだ。
◇
彩葉の三連休はあっという間に過ぎ去っていった。
予定していた睡眠貯金や自習は全く出来なかったが、かぐやのお陰で暇はしなかった。
それをありがたむべきか恨むべきかは判断に迷うところだ。
驚いたのはかぐやの学習能力の高さである。
特にパソコン関係に明るく、試しにマ〇クラをさせるとレッドストーン回路やコマンドブロックをすぐに使いこなした。
そうしてついに来た火曜日。
自分も行きたい1人は嫌だと暴れてゴネまくるかぐやをなんとかなだめすかし、やっとの思いで家を出て、いつもの道を通り、校門を潜る。
休日明けの学校の雰囲気は―――最悪だった。
「隣のクラスのあいつ、死んだってさ」
「嘘だろマジ?」
「上の学年にも何人かいるって聞いたよ」
「○○先生、葬儀で来れないって」
笑顔は少ない。いつもはふざけた様子の男子も、どこか居心地悪そうにしている。
かくいう彩葉も、教室にたどり着くまでに何度も安否確認された。
2体のベムラーのうち1体が街の破壊に徹した時間は短いようで長い。かぐやの世話にかかりきりになるあまり気づかなかったが、怪獣が残した爪痕は想像以上に大きかった。
ぎゅっと現実に引き戻されるような、そんな感覚。
ふと、2人の友人が無性に気になった。
「おはー、彩葉」
「おはよ、彩葉」
「……あ、
良かった、と息を吐く。
L〇NE越しに無事とは聞いていたが、実際に会って声を聞くと安心感が違った。
「どしたの彩葉? そんなに私たち心配だった?」
「あ、いや、えーっと……そう、かも?」
「彩葉がデレた! うれしいこと言ってくれるじゃん、このこの〜」
そう言って、3人は笑い合う。
HRの時間。
1人だけ、来ないクラスメイトがいた。
育児がない代わりに子守りになった彩葉の三連休。名付けイベントは超前倒しになりました。
しかしその分ぎゅっと距離が縮まっています。
その反動として学校では現実に引き戻されました。
こんなところで密かに好感度を稼いでくとは、かぐや、なんて恐ろしい女!
月星人なので、かぐやは普通にウンチもオシッコもします。
原作でもしてたらこの発言はナシにさせてください()
次こそ怪獣を出したいです。
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