元は普通の人間ながら、貪欲に学び、魔の者たちを追いかけるまでに至った秀才
珍しく疲れた様子で地獄を訪れた少女は、ちょうどよく見かけた皮肉屋に脈絡もなく絡むことを決めた
「よく頑張っている、なんて慰めは要らないんだ」
「要らないなら返してきなさいよ」
共に挑んだ異変解決で、自分だけ力を発揮できなかった。
勝手に隣に座り込んで来て一頻り管を巻き、そう嘆いてみせた普通の魔法使いに、橋姫はいつも通り辛辣に答えた。
欄干に肘をつき、相談した者より苛立たし気に溜息をつく。
頬杖をついて眺めた先は代り映えのしない雑多な地獄の景色が並ぶだけで、荒んだ心を癒すようなものは一つも見えなかった。
仕方がなく隣を見下ろせば、まだ自分の言葉を反芻しきれていないのだろう魔理沙が馬鹿みたいな顔でこちらを見上げていた。
「返してきなさい」
「か、返して?」
繰り返された言葉に、呆けたままの魔理沙も思わずオウム返しをしてしまう。
「言われた相手に言い返してきなさいよ。勝手に見下してんじゃねぇ、って」
「あぁ……」
そういう意味か、と納得したように下を向いた頭が強めに小突かれる。
不満そうに見上げた顔にぶつけるように舌打ちを返されて、ひるんだ目と目をしっかりと合わせた。
パルスィも眉根を寄せて、苛立たし気な声は先ほどより鋭さを増しているようだ。
「だから、私にも言い返しなさいって。そんなんじゃ友達なくしちまうぜ、って」
「……」
「黙るんじゃなくてね」
またも黙ってしまう魔理沙に、呆れたように肩をすくめて鼻を鳴らすパルスィ。
妙に弱気な様子はらしくもない。
自虐的に先ごろの異変の話をしている間は回っていた舌も、今はすっかり鳴りを潜めてしまったようだ。
いや、自虐的というよりは自罰的という方が近いのだろうか。
ただ相手と比べて落ち込んでいるというよりは、自分がこんな風だからと原因を自身に定めてしまっているようにも聞こえる物言いだった。
「要らなかったんでしょ?要らない言葉はその場で返さないと。耳っていうのは物覚えがいいんだから、変に溜まって後から響いてくるわよ」
散々言われた経験でもあるのか、耳の端を触りながら言う諭しは実感の籠ったものだった。
そんな説教じみた言葉に、魔理沙が笑う。
「耳に溜まる、かぁ。なるほどな……」
やけにしみじみと、箒にでも語り掛けるように呟いていた。
どこに納得しているのか。
いつもならこう返しているだろうと勝ち気で煙に巻くようなセリフを促してみたが、どうにも暖簾に腕押しの感が拭えない。
何かを思い出しているのか、どこを見るでもなく抱えた箒の穂をいじる姿には、どこか幼さと微かな哀愁さえ漂っている。
しばらくは、いつもの調子は帰って来そうにない。
そう察したのだろうパルスィは少しの間黙って、手持無沙汰を潰すように穂から外れた箒の枝毛を整えることにした。
――
「誉め言葉を選べるなんて贅沢ね」
落ち着いたのか、考えがまとまったのか。
ふと手を止めた魔理沙は、穂先を整えているパルスィを何してんだというような訝し気な目で見上げ、箒を逃がす。
ようやくこちらを気にしたか、と。
そのいくらか持ち直した様子に、ため息交じりで始まる妬みが降ってきた。
「嫌われ者はそもそも褒められもしないんだから。選り好みなんて羨ましいことできないもの。何なら努力さえ認められてるのに、それを慰めだなんて捻じ曲げて。人気者が半端に捻くれてんじゃないわ」
私が代わりに貰いたいくらいよ。
怖さよりも憐憫が先に来るような、何とも侘しい嫉妬にさすがの魔理沙も返す言葉がない。
言ってることは正しいのかもしれないし、一言も無いよりは確かにマシだが、しかしあまりに比較するハードルが低すぎて喜ぶ気にもなれない。
どう反応するのが正解だろうか?
元気出せよ、と励ますのも違うかと苦笑して、からかい気味に声をかける。
「……つまりパルスィはちょろいと。誉め言葉なら素直に受け取るとは、良いこと聞いたぜ」
「褒めてもいいのよ」
「実に残念だぜ。褒めるところが見つからない」
靴跡が残るほどの蹴りはさぞ痛かったろう。
足蹴にされて騒ぐ魔理沙を、うるさそうに耳を塞ぐパルスィが押しのける。
「千年物の捻くれが!偉そうに素直さ説いてんじゃねぇ!」
「その千年物から刺されるくらいジメジメ情けないって言ってんのよ半端者!」
「お前よりは情けなくねぇよ終日メンヘラが!」
「メンヘラだぁ?!5分前の自分に言ってきなさいよ!!」
煽りと皮肉の応酬は時に拳を交えながらじわじわと熱を増し、小競り合いは遂に弾幕ごっこにまで発展して、木組みの橋を大いに揺らした。
闇に浮かぶ緑と花模様は殺風景な空を彩り、合間を縫うように流れる星に酔っぱらった鬼が遠く歓声を上げる。
町外れの橋で起こった華やかな喧嘩は昼間から酒を呑む穀潰しどもにおおいに歓迎され、ちょうどよく映える位置にある居酒屋は道端に樽を出して客を集めだした。
季節外れの花火にも似た星交じりの光華は、始まりの幼稚さに習うように無秩序に乱れ、地獄の嫌われ者達の目をやんやと楽しませてくれた。
やがて自分達がいい肴にされていると知った二人は、スペルカードが切れたところで疲れたように元の場所まで戻ってくる。
ボロボロの姿のまま、並んで座り直す僅かな間も言い合う言葉に隙間が無いのは、むしろ気が合っているとも言えるだろうか。
「だいたい人に聞かせる程度の自虐なんて、大抵はプライドの裏返しよ。わざわざ自分を下げておきながら、励ましを期待する卑怯者ばっかり」
「疲れた脳みそでも捻くれた考えが出てくるところは褒めた方がいいのかね」
「ダメな所を下げておけば、その分他が良く見えるもの。落としてるように見せかけて、褒めてもらいやすくしてるだけじゃない」
「お前も使った方がいいんじゃないか。多いだろ」
「ぶっ飛ばすわよ」
「やってみろよ」
睨みあう二人は微かに聞こえてきた賑わいに先ほどを思い出し、どちらともなく溜息をついて止めにした。
パルスィはもう気を無くしたように爪を眺め、魔理沙は欄干の上に座って何かを書き留めている。
訪れた沈黙は静かだが、そう悪いものではないようだ。
少なくとも弾幕を打ち合う前よりは、魔理沙も穏やかな顔をしているように見える。
「勝手に捻くれてないで、笑って受け取りさないな」
流れる川に目を移しながら、橋姫が再度呟いた。
「次はそうする」
普通の魔法使いは、素直に答えた。