周りの力を鍛えたい四天王
利害の一致した両者は日々鍛錬に励み、ふと口にするのは共通する友人のことだった
「何でって、あー……何でだろうな?」
対面するヤマメから不意に聞かれて、言葉にするのが難しいな、と勇義は口籠ってしまった。
なぜパルスィと友人なのか。
地獄一の人気者と言ってもいい鬼の頭領が、地獄きっての嫌われ者とよく話す。
その理由は時折聞かれるものだが、大抵が悪意を持っている者だったのであまり答えてこなかった。
ただ今回はそんなこともなく、自分もよく話すけど、と共通の話題として差し込んできた感がある。
そうなると答えたい気持ちも沸いてくるが、しかし友人になった理由なんて普段考えないからか咄嗟には出てこなかった。
茶を濁すように疑問を返して思い出そうともしてみるが、何分昔のこと過ぎて記憶が曖昧だ。
「根はいい奴……ってわけでもないもんね」
「ない、ない。あいつは根っから腐ってるよ」
「言い方」
聞かれればただでは済まない陰口を叩きながら、姫の居ぬ間に鬼が笑う。
地獄への橋の門番なのだ、良い奴だなんてとんでもない。
妬むし、嫉むし、僻むし、蔑む。
些細なことで腹を立てて、そこまで言うかと詰められた側が怯むほどの語気を見せる。
人格否定だって躊躇せず、周りも堕とし、人の急所を探すのが特に上手い。
悪い奴なのは間違いない、少なくとも口は悪い。
二人ともそれなりに付き合いが長いから、そんなエピソードには事欠かなかった。
「軽く話す分には何もないのに、琴線に触れると急に来るのが怖いんだよ」
「そうだな」
「その琴線も、訳分かんないほど張ってあるし」
「何にでも絡むし、ぷっつん行くのも早いよなぁ」
「蜘蛛の糸なんか目じゃないよ。この間なんてさ――」
そんな調子で、蹴られた背中の痛みを話す。
祭りの後の二次会で悪い酒に潰れて、病んで絡んだところに、いつも通りに嫉妬交じりの苦言を返された。
かと思えば周囲の声に矛先を変えて、他人事とは思えない迫力で貶していた。
その勢いのまま躊躇いごと蹴り飛ばして、「やっちまえ」と発破をかける姿は漢らしささえ感じる程に。
今でもはっきりと思い出せるその言葉に、不覚にも刺されてしまった。
相変わらず贅沢な悩みは消えていないが、蹴られた痛みに急き立てられて、動かずにはいられなくなった。
だからこうして、勇義と慣れない鍛錬までしてしまっているのだ。
勇義もまた、ゆっくりと思い出すように理由を話す。
「パルスィは、諦めないんだよ」
長い時を、挑戦を受ける側として生きてきた。
そして何度となく諦められてきた。
種族を理由に、才能を理由に、成長を理由に、老いを理由に。
しかしあの嫉妬の鬼は、才能が無くともいつまで経っても周りを羨み、手を伸ばすことを諦めない。
その力があれば、あの力があれば。
要らないならくれと、持て余すなら譲れと、頑固に強固に何かを求めて、その度にゆっくりとでも確実に力を付けていっている。
ある意味一番の力の信奉者ともいえるだろう。
昔からずっと、今も変わらず貪欲に力を求め続けてくれる者を、どうして嫌うことが出来ようか。
そんな姿勢が見えた時から、勇義はずっと橋姫を待っている。
「いつか私のところまで拳を届けてくれるんじゃないかと、期待してるんだ」
「先は長そう」
「いや、……まあ、まだ長いか」
一瞬否定しかけたが、まだ苦笑を浮かべて肯定するしかなかった。
弾幕なら普通の魔法使いと互角に渡り合い、土蜘蛛には及ばず、本気の八雲の従者には一矢報いる程度の力。
まだまだ上はあれど、決して下ではないその力。
称賛には値しないだろう、しかし、かつてを思えば驚くほど強くなっているのもまた事実。
こちらに届くまでその成長を待つのは、勇義にとっては楽しみですらあった。
「でも、届く前にどこかで殺されそうだけどね」
「否定できないな」
二人して、からからと笑う。
全くもって、同意するしかない。
ただ嫉妬して求めるだけならいいのだが、その強すぎる嫉妬心からか言葉に出して攻撃することを躊躇うことはない。
良い所を見つけて嫉妬することも上手いが、悪い所を見つけて腐すことも上手いのだ。
相手の力の大きさなど欠片も考えず、あるいは気にせず、取れる揚げ足の一つでもあれば全力で突っ掛かっていってしまう。
煽りと皮肉にまみれた罵倒を気にしないのは、何も考えてない者くらいだろう。
「よく見てる、ってことなのかな」
「よく嫉妬している、と言った方が合ってるだろう。あいつにとっては周りが皆、贅沢で傲慢で鈍感で。自分のことすらよく分かっていない、勘違い野郎ばかりなんだ」
「手厳しいね」
「基本周りに対して悪感情を抱いているから、態度もキツくなるんだろうな」
悪い話をしていたはずなのに、両者ともいつの間にかしみじみと、感心をしているような話しぶりになってしまった。
おそらくパルスィとしては苛立ちのままに好き勝手言っていただけなのだろう。
ヤマメとしても、あの時返された全力の嫉妬の眼差しは、まだ綺麗に瞼に焼き付いている。
こちらが怯えるほどのそれが、ただ本気で思っているのが分かるからこそ、嬉しかったのだから。
「……パルスィって褒め上手?」
ふと、何でも羨んで見せるその姿に良い言葉が見つかったとヤマメが手を叩く。
自分では何とも思っていない、むしろ忌避しているものでも羨んで持ち上げてくれるその姿勢に、格好を付けようと言うように。
「……いやぁ?上手くは、ないだろう」
一瞬納得しかけた勇義は、しかしあの眼を思い出して否定する。
時に相手を刺しかねないほどの怒りを込めた眼差しと、周りまで揶揄するような皮肉の嵐。
殴られても仕方ないほどの煽りに、馬鹿にするような否定から入る話し方。
殺されかけてでも中指を立てる、一般的な『褒め上手』からは掛け離れた実態を、さすがにそうは呼べない気がした。
どこともなく視線を上げて苦い顔をする勇義を見て、ヤマメも確かにと返す。
「羨み上手とでも言うしかないかな」
「それはそうだが、あれを上手と呼ぶには違和感がある。なにせ手あたり次第、見つけ次第、何にでも嫉妬しているしな」
「それはそう」
上手く見つけて、というよりは、何にでも突っ掛かっているだけに見える。
上手に羨んでいるのではなく、何でも羨んでいるのだ。
ただそれが理由のないものではなく、パルスィの中で羨むに足る理屈がきちんと定まっているのが驚きではあるが。
何にでも自分に無い所を見つけて、自分も欲しいと羨んで、それを理解していない奴には特に怒りをぶつける。
正に嫉妬の権化と言えるだろう。
そう考えた時に良い言葉を思いついて、ヤマメは笑ってしまった。
「橋姫らしい」
その単純な言葉に、瞬きを一つ。
ようやく勇義も頷いた。
「橋姫らしいな」
だから好ましいのだろうと、妖怪の二人は笑いあった。
そして同時に、自分も土蜘蛛らしく、鬼らしくあろうと誰にともなく誓うのだった。