機械仕掛けのTS魔法少女さん   作:匿名希望

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第一話 機械仕掛けのTS魔法少女さん

 

 

 ――ボクはTS転生をした。前世とはほんの少しだけ違う、奇妙な。フィクションにしか存在しなかった『魔法少女』達がいて、邪悪な力に呑まれてしまった『魔女』と命懸けで争い合っている世界に。

 

 

 前世では魔法少女モノの作品が大好きであり、性別も変わっていたので、多少は期待していた。ボク自身が魔法少女に成って、仲間達と一緒に戦いながら、悪を挫き、弱きを助ける。

 そんな大声では決して言えない、恥ずかしい夢物語を。

 

 

 途中までは、その絵空事は実現した。魔法少女に成ることはできた。だけど、固有魔法が発現することはなかった。

 普通であったら、魔法少女に成れた時点で固有魔法は使えるらしいのに。それは魔法少女の敵であり、私利私欲で魔法の力を悪用する魔女も、そこは変わらないというのに。

 

 

 半人前以下のボクにできることと言ったら、基本的な魔力操作による身体強化と低威力な魔力弾しかなかった。

 

 

 向かい風はそれだけではない。この世界の魔法少女達は隠れて戦うようなものではなく、公的な組織――『魔法少女連合』通称『連合』に所属して、認知された一種のアイドルのような存在でもある。

 

 

 つまり組織に所属しているということであり、望もうと望まなくとも自然と他の魔法少女と比べられてしまうことを意味する。

 固有魔法にも目覚めていない無能。役立たず。それが世間からボクに押された烙印であった。

 

 

 周りの子達や『連合』の職員さん達も、最初は優しくしてくれていた。

 

 

 ――貴女にも、いつか魔法は目覚めるはずだよ。だから、大丈夫。

 

 

 そう言われて、励まされていた。だけど、ここは夢や希望に満ちあふれたアニメの中ではなく、あくまでも現実なのだ。

 魔女達は悪意を持って世界に混沌をもたらして、その戦いで命を落とす子達だって少なくない。

 

 

 そんな心が休まらない状況で、足手まといでしかないボクに優しさを分け与えられる余裕など、いつまでも続くはずもなかった。

 全く固有魔法の覚醒の兆しを見せないボクに愛想を尽かして、周りから一人、また一人と姿を消していった。

 

 

 ――あ、あのっ!?

 

 

 ――今忙しいから、あっちに行ってくれる? 貴女にでも、確かできそうなことがあったはずよ。

 

 

 ――は、はい……。

 

 

 話しかけて冷たく対応されるなら、まだマシな方であり、話しかけても無視されるようになってしまった。しかも魔女との戦いで前線に呼ばれるようなこともなくなってしまい、完全な後方支援に回された。

 言外にお前には魔法少女は向いていない、さっさと辞めろ。そう言われているような気がした。もしかしたら、本当にそう陰口を叩かれているのかもしれないけど。

 

 

 皆んなの。ボクよりも優秀な魔法少女達の時間を無駄にしてはいけないと思い、自分から彼女達から距離を取るようになった。

 あっ、そう言えば……その中でも一人だけ、最後までボクに積極的に話しかけてくれた子もいたけど、結局は彼女ともボクは壁を作った。

 ボクはお荷物でしかないから。

 

 

 孤独感が辛くないと言えば、嘘になる。

 それでもボクはその場にしがみ続けた。魔法少女であることに。

 初めのような遊び心は、とうに消え去っている。人間の生き死にが懸かっているのだ。今頑張っている子達や、今まで散っていった子達に失礼極まりない。

 たとえ微力ながらも、ボクの働きが世界平和に繋がると信じて。

 

 

 ――固有魔法は未だに目覚めない。

 

 

 心身ともに疲弊しながらも、削りながらもボクは何でもやった。書類や荷物運びのような雑用係も、危険な魔女の討伐作戦への参加も自ら率先して。

 その度にお前には荷が重い、さっさと引っ込めと言われる。死ぬ順番でいったら、固有魔法のないボクが先である方が望ましいはずなのに。

 有能である皆んなが生きている方が、もっと多くの人達が救われるはずなのに。ねえ、どうして?

 

 

 ――そんなある日、一人の魔女が現れた。その対処には、ボクも後方支援として参加することになったのだが、とっても凶悪な魔法らしく、ボク達が駆けつけた時には多くの死体が転がっていた。

 いや死体だけだったら、ある意味ではマシだったのかもしれない。

 

 

 だって、中には体が中途半端に千切れかけただけで、即死できなかった人達が少なくなかった。

 

 

 助けて、苦しい、死にたくない。

 

 

 うわ言のような、助けを求める声が、ボク達の鼓膜を震わせる。今まで見てきた中で、一番凄惨な光景だった。

 しかし、どんな地獄を前にしても魔法少女(ボク達)には立ち止まることも、感傷に浸ることも許されない。

 

 

 無造作に積上げられた被害者達の山の上に、この惨劇の元凶である魔女が佇んでいた。その顔には一切の正気が感じられず、目の焦点すら合っていない。ぶつぶつと何かを呟いている。

 いつこちらに襲いかかってきても不思議ではない。

 

 

 ボクを含めた後方支援の数人を除いた全ての魔法少女が、その魔女が静止している間に先制攻撃を仕掛ける。一刻も早く、悲劇の元凶を断つ為に。

 

 

 それを横目に、後方支援(ボク達)は僅かな生存者の救出作業に取りかかろうとした瞬間。

 

 

 ――今まで沈黙を保っていた魔女が動いた。ボクが記憶していたのは、そこまでだった。

 恐らくだが、攻撃の余波で吹っ飛ばされて気を失ったのだろう。その予測が正しいことを、節々が痛む体が教えてくれる。

 けれど、想定よりもダメージは軽い。運が良かったのだろう。

 

 

 状況を把握する為に、ボクは辺りを慌てて見渡す。意識を取り戻した後に広がっていた光景は、さっきまでと変わらないこの世の終わりのような景色――いや、違う。

 

 

 明らかに異なる部分があった。倒れている人間の数が増えている。ほとんどが見知った顔である。

 初対面からしばらくは親切で、最近は遠巻きにされている彼女達(・・・)だ。

 

 

 ボク以外の魔法少女は全滅していた。あの魔女の姿はボクの見える範囲にはいないが……特有の荒々しい魔力が少し離れた場所から感じ取れる。

 それに続いて、大きな破壊音や悲鳴が聞こえてくる。

 

 

 『連合』の他の魔法少女達があの魔女を倒すだろうが、それまでにどれだけの被害や犠牲者が出てしまうのか。今回もまた、ボクは指を咥えたまま事態を静観するのか。

 そんなの、魔法少女としては正しくない。

 

 

 でも、今のボクでは抵抗すらできずに殺されてしまう。唯一可能性があるとしたら、ボクがこの土壇場で固有魔法に目覚めることだが、そんな都合の良いことなんて起きるはずもない。

 

 

 ――この際、ご都合主義でも何でも良い! ボクだけの。全部を救済できるような魔法の力をください! どんな代償を支払っても構いません!

 

 

 その切なる願いは聞き届けられたのか、ボクの胸の中には何か温かい『力』が宿る。そして脳内には、その『力』の使い方がざっと流れ込んでくる。

 

 

 自分に起きたことを処理する為に、ほんの数秒間、ぽかんとした表情で立ち尽くしてしまう。

 けれど、これでボクは確信できた。この『力』があれば、あの魔女を倒すだけではなく、今日の惨劇そのものをなかったことにできると。

 いや上手く使えば、世界中を平和にすることすらも。

 

 

 ただし反則的に強力な分、この魔法の発動するごとに代償が必要となるらしい。だけど、その程度は問題にならない。

 世界平和とボク個人を天秤にかけるとしたら、誰しもが前者を優先するだろう。今まで役立たずで、皆んなにいっぱい迷惑をかけてもきたし、ここでその埋め合わせをしないと。

 

 

 胸の辺りに右手をあてて、ボクは魔力を練りつつ、静かに魔法名。支払うべき『対価』を告げる。そこに恐怖や葛藤、躊躇いなど、ほとんどなかった。

 

 

 だけど、ただ一つだけ心残りがある。ボクに唯一話しかけてくれていた少女。彼女にも忘れられることに、一瞬の躊躇が生まれてしまう。

 だが、それごと握り潰すように拳を力強く握る。

 

 

「――『■■■■■の■■■(■■■・■■■・■■■)』。ボクは、『連合』で過ごした日々の――」

 

 

 

 

 ――私は『連合』に所属している魔法少女の一人である。と言っても、まだまだ戦闘経験は浅く、口が裂けても一人前とは言えない。

 今は先輩達について回ったり、同じ時期に魔法少女に成った子達と切磋琢磨しながら、腕を磨いていた。一人でも多くの困っている人々を助けられる、立派な魔法少女に成る為に。

 

 

 そんな私の同期の中には、少しだけ変わっている子がいた。その『変わっている』という部分は、二つの意味合いがある。

 一つ目は性格面について。だが、決して悪い子ではない。それは私や他の魔法少女達、関わりのある『連合』の職員さん達も保証してくれる。

 

 

 しかし何かに取り憑かれたかのように、その子は人助けに奔走していた。最初の頃は普通。悪く言えば、憧れだけのお遊び気分で魔法少女をやっていたように思う。

 

 

 まあ、そういう動機で魔法少女を目指す子は珍しくなく、特段悪いことではない。それに覚悟が足りない子は、厳しい現実に耐えられずに辞めたり、真っ先に戦場で命を落としたりするので、自然といなくなる。

 

 

 だけど、その子は違った。魔法少女への憧れから由来する、きらきらとした純粋な瞳。それは度重なる現場の悲惨さを前にして、段々と陰っていき。

 気がつけば、自分の身を削るようにどんな危険な任務にも参加しようとしていた。

 

 

 その子と同期であった私を含めて、現在『連合』に所属している魔法少女には大なり小なり、似たような傾向は見られる。

 彼女の場合は、それは度が過ぎていたけれど。

 

 

 だが、もう一つの『変わっている』部分に着目すれば、ある程度の納得はできる。それは、彼女が固有魔法を使えない点。

 

 

 『連合』が把握している限り、魔法少女や魔女は魔力に目覚めた時点で、各々の固有魔法が宿る。その『例外』が彼女であった。

 できることは他の子達にとって、初歩も初歩なことばかり。しかも魔力の操作性に優れていると言ったり、魔力量が多かったりといった特別なこともなかった。

 とてもではないが、魔女との戦いの最前線に行って良いレベルには達していない。……あまり私も、人のことは言えないけど。

 

 

 それでも私にはそれなりに有用な固有魔法があったが、それがない彼女は後方支援部隊に押し込まれた。周りから実力的にも劣っている彼女が、余計な危険な目に遭わないように。

 魔法少女に向いていない彼女が、早めに現実を受け入れて自主的に魔法少女を辞めれるように。

 

 

 だけど、彼女は折れなかった。胸が痛むのを堪えて、誰かがわざと突き放すような態度を取っても、暗い笑みを浮かべながら彼女は人を助けようとした。体が傷ついても、気にもせず。

 

 

 そんな彼女を周りの子達の一部は怖がり、本当に近寄ろうとも、関わろうともしなくなってしまった。

 けれど、大半の子達は陰ながら色々と支えようとしていた。無理やりに前線に出てきた時は、決して彼女が一人にならないようにしたり。

 基本的な魔力操作の訓練に、それとなく付き合ってアドバイスをしようとしたり等々。

 

 

 しかし、そのどれもが受け止められることはなかった。一時期の突き放したような、遠回しの接し方が悪かったのだろう。彼女の方からも見えない壁を作っていた。最低限の事務的な付き合いを除いて。

 

 

 それでも周囲の子達はその距離感を保ったまま、彼女が潰れないように支え。いつでも魔法少女を辞められるように、逃げ道を作ってあげていた。

 

 

 私も同期という立場で、何かしらの力になろうとした。なってあげたかった。

 貴女だけが、そんなにも頑張る必要はない。貴女だけが、そんなにも傷つく必要はない。

 辛いのだったら、魔法少女なんて辞めても良いんだよ。先輩や職員さん達に言いづらいんだったら、私も一緒に言ってあげる。私もね、時々我慢できそうにないこともあるし。

 大丈夫、魔法少女以外にも人助けをする方法はたくさんあるよ。えーと……例えば、ゴミ拾いのボランティアとか?  他には……? 私だけじゃなくて、貴女も考えてよー。

 

 

 ……だからね、もっと私を頼って。そう顔を会わせる度に、言ったのに。

 ほとんど意味はなかった。むしろ、彼女は余計に私から遠ざかろうとしてしまう。

 ただ無意味に、すれ違うばかり。

 

 

 どうして空回りする現実に、私の心はもどかしい痛みを感じてしまうのか。

 その答えは、多分私から彼女に対して、友情……仲良くなりたいという気持ちを抱くようになっていたのだろう。最初は義務感からの声がけだったのに……いつの間にか自主的なものに変わっていた。

 

 

 だが私と彼女は、ファーストコンタクトの時点で致命的な失敗をしてしまった。どんな問答を繰り返しても、どんな出来事を経験したとしても、彼女との間にある険しい『壁』を乗り越えることは、今の私にはできそうにない。

 

 

 できるのならば時間を巻き戻して、彼女との出会いを初めからやり直したいと思う。お互いに魔法少女になったばかり――ではなく、魔法少女に成る前。それ以外の道を目指そうとした私達だったら、お友達になれるはずだから。

 

 

 だけど、時間に干渉するような魔法なんて、見たことも聞いたこともない。存在しないものに頼ることはできない……だったら、『壁』を乗り越えることを。壊すことを諦める訳にはいかない。

 どれだけ時間がかかったとしても、私が歩み寄る姿勢を崩さない限り、いつかは彼女も応えてくれるに違いない。

 私はそう信じている。

 

 

 ――そんなある日、私達が所属している『連合』の支部に一件の通報が入った。近くの街にて、一人の魔女が暴れているという内容の。

 しかも通報を受けた時点で、甚大な被害が出ているらしく、その魔女の危険性の高さが嫌でも察せられる。

 

 

 魔女。平和の為に力を振るう魔法少女と対をなす存在。一般的には、私利私欲で魔法の力を悪用する犯罪者と思われがちである。

 しかし、それは一面的な部分に過ぎない。

 

 

 もちろん、自分勝手に魔法を乱用する魔女だっている。だが、中には魔法の力に振り回されて暴走してしまった状態の子達も少なくない。

 いわば魔法少女(私達)のあり得た未来とも言えるだろう。あまり公にはされていないが、魔法少女の中にも正気を失った子が魔女に堕ちる――そういう事例がない訳ではない。

 

 

 その場合の対処方法は二つ。無力化した上で、魔力の『封印措置』を行う方法と、精神魔法で正気に戻すというもの。

 どっちにしろ、魔女でなくなった子達が魔法少女として活動することは認められていない。当然ながら、魔女及び引退した魔法少女の個人情報が流出しないように、情報管理は電子的にも魔法的にも徹底的に管理されている。

 

 

 ……さて今回の魔女は、どちらのパターンなのか。被害規模が大きいというのであれば、正気を失ってしまったある意味では被害者――であると信じたい。

 そうでなかった場合のやるせなさは、筆舌にし難いものだ。

 

 

 そのように思考を巡らしながら、私は現場へと急行していた。本来であったら、一度内容を事前に聞いてから作戦が開始されるのだが、今回はその余裕がない。大雑把に緊急アラートで知らされただけだ。

 まあ悠長にしている分だけ、犠牲者が積み重なっていくのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 

 

 現場への移動手段は、職員さん達が運転する車。それが何台も。扱いとしては他の緊急車両と同じもので、信号を無視して現場へと急ぐ。

 しかし他の一般車の波――渋滞に巻き込まれて、途中から進めなくなってしまう。恐らく魔女の暴力から、無秩序に避難しようとしているのだろう。

 心理的には理解できるが、今のような一刻を争う状況では勘弁してもらいたい。

 

 

 同じことを考えていたのか、同乗者の魔法少女が少し苛立った様子で運転をしてくれている職員さんに声をかける。

 

 

「他の道はないんですかっ!?」

「いや、見た感じどこも似たようなものだ!」

 

 

 職員さんも、苦々しげに表情を歪める。同乗者である魔法少女が、次善作を口にする。

 

 

「こんな所で油を売っている暇はありませんので、直接現場に向かいますっ!」

「それは……仕方がないか。どうやら他の子達も、車から降りて行くらしい。今回の魔女は非常に手強いだろう。……気をつけて」

「はいっ!」

 

 

 そう言って、同乗者の魔法少女は一足先に車を飛び出していった。私もそれに続いて行こうとする直前、職員さんから声がかけられる。

 

 

「――貴女も無事に帰ってきて。後……『あの子』のことも頼んだ。そんな余裕がないかもしれないけど、貴女が一番『あの子』に信頼されているだろうし……それに、きっと『あの子』は無茶をするだろうから」

「……はい、もちろんです!」

 

 

 職員さんからの言葉に強く頷き、私も車から勢いよく飛び出た。正直に言って、彼女との関係性を語る際に『信頼されている』と果たして言えるのか。

 甚だしい疑問であったが。それでも、私は彼女が危険な目に遭わないように立ち回るつもりだ。

 

 

 魔法少女への変身は既に済ませている。これは、いついかなる時でも迅速に対応できるようにする為と、魔法少女に標準搭載されている認識阻害の魔法を充分に発揮する為である。

 

 

 基本的な魔力操作や放出によって、変身前とは比較にならない程の機動力が得られる。それらを駆使して、私は現場へと向かった。

 その道中で、彼女の姿を探す。彼女の配置は後方支援の部隊であるが、ばらばらの集合と彼女自身のいつもの動向。

 それらを考慮すれば、彼女は誰よりも先に危険地帯へ赴こうとするだろう。そんなことは、私を含めて誰一人として容認しないが。

 

 

 移動すること数分後。何人かの魔法少女達と合流しながら、ついにソコに到着してしまう。

 

 

 ――ソコに広がっていたのは、とても言葉では表現しきれない、酷いものだった。完全に命を失った人間の山に紛れて、辛うじて死に損なってしまった生存者のか細い声が微かに響く。

 

 

 そのど真ん中に、一人の少女がいた。背中から生えた、無数の腕から成る異形の翼を広げた黒衣を羽織っている――魔女だ。

 その目に映る景色はここではない、どこか遠くを見ているようで、何かをずっと呟いている。

 

 

 明らかに正気を失っている。この魔女が自分の意思で力を振るっているようには見えない。

 であるならば、この魔女は救うべき対象だ。

 

 

 今は微動だにしない魔女に対して、私達は目線だけで軽い意思疎通を行う。魔女の無力化を試みる者達と、僅かであっても生存者を避難させようとする者達に分かれる。

 

 

 後者の方に、彼女はいた。どうやら流石の彼女も、あの見るからに危険度の高い魔女相手には、命令違反をしてまで突撃をしないらしい。

 堅実に、助けられる相手を助けようと行動をしようとしていた。

 

 

 私は前者――と言っても、先輩方のサポートに徹する役割なのだが。私の固有魔法は、『共鳴(レゾナンス)』。対象の感情・痛みを自分とリンクさせる。

 主な使い方は、一時的なダメージの肩代わりや恐慌状態の解消。殺傷能力は皆無ではあるが、サポートとしては一級品の魔法である。

 唯一欠点を挙げるとしたら、『共鳴(レゾナンス)』の効果を十全に発揮しようとしたら、私自身が常に万全の状態でいること。そのせいで、連続使用は不可能。

 

 

 このような魔法である為、直接戦闘に参加することはほぼない。つまりは、彼女の動向をある程度は注意して見ることができる。

 当然ながら、意識を散漫にし続けるのはご法度だが。

 

 

 第一陣の魔法少女達が、各々の攻撃魔法を浴びせようとする。万が一に備えて、拘束系の固有魔法が魔女に対して重ねがけされる。

 確実に一撃で、魔女を行動不能にさせる為に。

 

 

 私も、魔女や先輩方の動きに注視しておく。必要なタイミングで、魔法でサポートできるように。

 

 

 私達の敵意を感じ取ったのか、魔女がピクリと僅かに動く。俯けていた頭を持ち上げて、虚ろな瞳が私達を射抜いてきた。

 魔女が片足で地面を軽く蹴り上げる。そうすると、飛行性能が皆無そうな異形の翼で、魔女は確かに飛んでいた。地面との距離は十メートルほど。

 

 

 しかし、この程度のことで経験豊富な魔法少女が止まることはない。それでも先輩方が負けるとしたら、敵の方が数段強かった。

 そういう結果に落ち着くだろう。

 

 

 先輩方の魔法が到達する直前に、魔女は浮いたまま、異形の翼を振るう。凄まじい衝撃波が発生。無数の魔法を押し返す。それらが向かう先は、私達。

 

 

 流石に虚を突かれたようで、先輩方は硬直し、跳ね返された魔法にその無防備な体を晒す。その一部始終をスローモーションのように見ていた私は、反射的に彼女の下に駆け出そうとした。

 固有魔法を持っていない彼女では、魔法の弾幕を前にして生き残れないだろうから。

 

 

 ゆっくりと停滞した視界の先に、彼女は魔女の方を碌に見ておらず、瓦礫の下敷きになった一般人を助け出そうとしていた。

 私はそんな彼女の背中に向けて、手を伸ばそうとした。だが、現実は非情だ。その手が届くことはなく――私達は魔法の雨に打たれる。

 

 

「――『共鳴(レゾナンス)』っ!?」

 

 

 地面に叩きつけられながらも、私は何とか魔法を発動させる。

 その対象は、彼女。少しでも生き残れる可能性を上げる為に。彼女が受けるはずのダメージも、私が引き受ける。

 彼女の無事を祈りながら、訪れるであろう激痛に歯を食いしばって耐えようとした瞬間。痛みを脳が処理する間もなく、私の意識は闇に沈んだ。

 

 

 ――頭が割れそうになる程の苦しみに悶えながら、私の意識は再び活動を再開した。

 

 

(……どのくらいの時間が経ったの?)

 

 

 そんな内心の疑問に答えてくれる者はいない。思考も散漫でまとまらない。

 重たい瞼をこじ開けて、見える点滅する視界。それを通して理解できたことは、先輩方を含めた魔法少女達はほぼ全滅状態であることだけ。生死は不明。

 悲鳴混じりの破壊音が、ここではない遠くから聞こえきた。魔女の健在は確実。

 そのことに対する絶望すら、今の私には抱けそうにない。

 

 

 それでも一つだけ救いがあった。彼女が無事であったことだ。あれだけの魔法の暴力に晒されながらも、彼女は魔法少女の衣装――飾り気のない真っ白なワンピースドレスが多少汚れているのみ。

 

 

(……良かった)

 

 

 安堵した瞬間、辛うじて繋ぎ止めていた意識が今度こそ断絶しようとしていた。死の気配が間近に感じられる。

 

 

(……貴女だけでも逃げ――)

 

 

 そう最期の祈りを紡ごうとした時、彼女が起き上がり魔力を練り始める。その行為は、普段からよく見るもの――魔法発動の予兆。

 おかしい。彼女は固有魔法なんて持っていないはずなのに。まさか、この土壇場で覚醒したというのだろうか。

 そんな都合の良いことなんて、あり得るのだろうか。

 

 

 仮にそうだったとしても、彼女の性格を考えれば、無謀にもあの危険極まりない魔女に特攻しかねない。

 そのようなことは許容できない。

 

 

 本当に最期の力を振り絞る。体を動かせ、声を上げろ。彼女を止める為に。

 

 

 一瞬だけ、彼女が何やら躊躇うような素振りを見せるも、覚悟を決めた表情になる。

 彼女の口がゆっくりと開く。また手は届かない。

 

 

「――『機械仕掛けの女神様(デウス・エクス・マキナ)』。ボクは、『連合』で過ごした日々の思い出(『宝物』)を『代価』として差し出します。

 あの魔女を倒せるだけの力をください」

 

 

 彼女の体から漏れ出る魔力が、爆発的に増加する。彼女の装いが変化していく。

 ただのワンピースドレスは、布の量が格段に多い純白なドレスに。頭上には天使の輪を模した歯車、背中にもスクラップの寄せ集めの翼が現れる。

 

 

 あの悍ましい魔女とは、別ベクトルで形容し難い存在であった。少なくとも、神聖さは微塵も感じられない。

 どこか庇護欲を抱かせる、可愛らしい笑顔は欠片もなく。人として大切な何かが失われた機械的な無表情。

 

 

 彼女の変化が終わると同時に、私の頭に『異変』が訪れる。大事な何かが欠落していくような感覚。目線の先にいる『彼女』が、私にとってどんな存在か。

 段々と認識できなっていく。掌の隙間から砂粒が溢れ落ちていくように。

 

 

 でも、それに抗いたくて、必死に思い返そうとする。友■になりたかった『彼女』のことを。

 

 

(貴女は、私にとって……!)

 

 

 私の決死の抵抗は、『彼女』にとってはむしろ邪魔になるものだったのか。糸に繋がれたマリオネットのように、カクついた動きで首を傾けた後、『彼女』は再び言霊を紡ぐ。

 

 

「――『機械仕掛けの女神様(デウス・エクス・マキナ)』。ボクは、話しかけてくれたあの子との記憶(『宝物』)を『代価』として差し出します。

 魔女に殺されてしまった人達を蘇らせて、傷つけられた人達の傷を癒やしてください」

 

 

 ボロボロの体が温かいものに包まれる。死の気配が遠ざかろうとしていくのが、肌で感じられた。それと比例するように、『喪失』は決定的なものになってしまう。

 

 

(え、駄目――)

 

 

 『彼女』に向けて差し伸ばした手は、また届くことはなく。また『彼女』も私を一瞥すらせずに、未だに暴れ回る魔女の方向に飛んでいった。

 

 

 ――次に目が覚めた時には、全てが終わっていた。狂気に呑まれていた魔女は『誰か』によって倒されているだけではなく、魔力の『封印措置』に近い処理が施された状態で横たわっていた。

 

 

 死傷者や怪我人はゼロ。建物の被害も全てなかったこと(・・・・・・)になっていた。事件は無事に解決したと言っても良いだろう……正体不明の『誰か』によって。

 

 

 だが、私はこの結末を素直には喜べなかった。だって、この『喪失感』は二度と埋まることはない。そんな確信めいた予感があったから。

 

 

 無意識の内に頬を伝う液体は、とてもしょっぱく。いつまでも枯れることはなかった。

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