機械仕掛けのTS魔法少女さん 作:匿名希望
女性の言葉を脳内で反芻する。この六年間、我が子に関係していることなので、魔法少女の制度や『連合』についての知識を夫と一緒に詰め直していた。
そのお陰で、ある程度の固有名詞も聞くだけで理解できる。
(確か、固有魔法は……)
――固有魔法。その名の通り、全ての魔法少女が持つ、各々で違った効果を有する魔法。どんな魔法少女であっても、変身を果たした時点で使える――はずなのだが。
女性の言葉が聞き間違いでなければ、あの子は本来持っているべきものを持っていない。それがどれだけ異常なことであるか、所詮は他人からの受け売りの知識しかない私には今一ピンと来ない。
その疑問を解消するべく。あの子の夢の実現に、何の障害や問題がないことを確認して、安心したかった。
だというのに、女性は相変わらず顔色を暗くさせたまま、話し始めた。
「……以前もお話しましたが、お子さんはただでさえ魔力量が平均よりも少ないです。それに加えて、一番の武器である固有魔法がないのであれば、ただでさえ危険極まりない魔法少女の活動はさらに危ないものになります。
私もこの数年間で、貴女方が魔法少女への強い憧れを持っていることは重々承知しています。……ですが、やはり魔法少女の活動――『連合』への加入は、どうかもう一度じっくりと考えてもらえませんか? ……お子さんの安全を第一に考えられるのであれば。
『封印措置』に関しては、後日でも構いませんので。……ただし、絶対に魔法少女としての力は無断に使わないようにお願いします」
「……分かりました」
その言葉を絞り出すのが、私には精一杯だった。
◆
『連合』の施設からの帰路。私達の間には会話はなく、重苦しい沈黙だけしかなかった。繋いでいる片手からは、あの子の体温と震えが伝わってくる。
人通りが少なくなったタイミングで、私は立ち止まる。あの子の顔は直視できないけれど、言葉を選びながら私は声をかける。
「……遅くなったけど、魔法少女になれて、おめでとう」
「……うん、ありがとう」
消え入るような小さな声ではあったが、あの子は答えてくれた。しかし、それだけだ。いつもであったら、楽しそうに学校でのあれこれを語る口は重く、何かを言いたげにモゴモゴと動かすのみ。
親としては待つべきなのか、私から『本題』を切り出すべきか。不甲斐ないことに、どちらが正解なのか分からない。
だけど、私の感情――『本音』は先手を打ってしまいそうになる。だって、自分の子供が
それでも、我が子の想いを尊重したい。そんな矛盾した感情は胸の内でぶつかり合う。私もまた口を開くことができずにいた。
中途半端に話しかけてしまったせいで、先ほどまで以上の気不味い空気が私達の間には流れていた。手を繋いで、こんなにも近くにいるというのに。心の距離は、やけに遠くに感じられた。
それを先に破ったのは、あの子の方だった。本来であれば、私がすべきことだったのに。
そんな後悔が一瞬の内に過ぎる。
「……お母さんが言いたいことは分かるよ。やっぱり
「そ、そんなことは……!?」
「別に誤魔化さなくて良いよ。そう思うのが普通だと思うし。……でも、
多分だけど、ここで諦めたらきっと後悔する時がきちゃう。助けられる人達を見捨てたって。そうならない為にも、
あの子の願いは、六年前から一切変わっていない。いや、そんなことは理解している。私が母親として言うべきことは――。
「――ええ、分かったわ。だけど、一つだけ約束して。私とお父さんが無茶だと判断したら、すぐに辞めること。いい?」
「そ、それは……も、もちろんだよ。うん、絶対に守るから……うん」
その約束に対して、さっきまでは拙いながらも必死に紡がれていた言葉が途切れ途切れになる。あの子の目を見ようとすれば、視線が泳いでいる。
我が子はこの約束を守らないだろうと直感した。どんな場面であっても、自分よりも他者の命を優先するだろうと。優しい子に育っている点は嬉しいながらも、どこか危なっかしくも見える。
そして、それで自分の体が傷ついても必死に隠そうとするだろうと。
まあ私や夫の二人で目を光らせておけば、最悪の事態は防げる。そう驕りに近い思い込みをしていた。
◆
後日、あの子は正式に魔法少女に――『連合』に所属することになった。再度詳しい説明を受けたり、別の手続きが必要になったりと細々したことはあったが、それらを語るようなことでもない。
私達の家から一番近い『連合』の支部。初めてそこに行った日には、ガチガチに緊張して私に手を引かれていたというのに、帰ってきた時には『あの日』の時のように。初めてテレビで
そして何があったのかを、これまた楽しそうに私や夫に語ってくれる。その内容は多岐にわたる。
――先輩の魔法少女達や『連合』の職員さん達が、優しく色々なことを教えくれた。仲良くなれそうな子が何人かいる。困っている人を助けたら、感謝された。初めての任務での魔女との戦闘は怖かったが、先輩方の勇姿が格好良かった。等など。
一度は諦めなければならないと言われた夢。それを誰にも憚る必要がなくなったあの子の笑顔は、これまた可愛らしいものであった。
私と夫の判断は間違いではない。この時はそう信じて疑わなかった。
しかし、現実はそう甘くはない。あの子は段々と自分から魔法少女としての活動について、口にすることは少なくなっていった。
こちらの方から話を振れば、答えてくれないこともないけど、その内容も最低限、当たり障りもない程度のもの。
以前のように、魔法少女に関連した話題を笑顔で話してくれることは一度もなかった。
それでも、まだ他のことに関しては、ぎこちないながらも笑ってくれる。だから、あの子は大丈夫。
たとえ夏の暑い日であっても、まるで何かを隠すように長袖ばかりを着るようになったとしても。私や夫も、あの子が秘めていることを暴こうとはしなかった。
……正しいのは、私は無理やりにでもあの子に魔法少女を辞めさせるべきなのだろう。
だけど、それはできなかった。無理に辞めさせるようなことをしたら、今のギリギリな精神状態が決定的な壊滅を迎える。そう確信があった。
まだまだ十年という短い人生ではあるが、その人生の大半をあの子は「魔法少女になること」に憧れて、目標にして、邁進してきたのだから。
しかし、何もしないというのは親として怠慢、失格だろう。日常生活の合間に、私達は何度も声かけを行った。
魔法少女としての活動は辛くないか、何か私達に相談に乗れることはないだろうか、今度の休日にはどこかに出かけないか。他にも色々と。
だが、あの子は決まってこう言うのだ。まるで自分に言い聞かせるようなソレを。壊れそうな、儚い笑みで。
「――大丈夫、大丈夫。
私達には、それ以上のことを言ってあげることができなかった。
◆
――ある日を境にして、あの子はさらに変わってしまった。
その日は途中まで普通に送っていた。夫を仕事に、娘達を学校に見送ってから、家事に取りかかり、一段落して休息を取ろうとした瞬間。
テーブルの上に置いていた携帯から、けたたましいアラートが聞こえてきた。本能的な警戒心を刺激する類の音だ。
私が物心がつくよりも昔から、すっかりと人々の生活の一部になってしまったモノ。近隣に魔女が出撃したことを知らせる為の緊急アラート。通称『魔女警報』。
私は慌てて携帯の所まで行き、その画面を食い入るように覗き込む。その理由は、魔女の居場所をいち早く把握して、迅速に安全な場所に避難する為――ではない。
確かに以前までは、そのような本来の使い方をしていた。だが、今では違う。
あの子が出撃するエリアであるかの確認をする為。贅沢を言えば、魔女への対応に向かった魔法少女達の名前が分かれば一番良いのだが、そんなこともあるはずもなく。
『魔女警報』が鳴る度に、別の『連合』の支部であることに……あの子が所属している支部ではないことに安堵していた。
一人の母親としては、最低最悪な発想だろう。一瞬でも考えるだけで罪深い。それでも、そう思わずにはいられない。
携帯で見た所、どうやら魔女が現れたのは隣街のようだ。……今回もあの子は大丈夫らしい。良かった。
僅かに残った不安を誤魔化すように、私はリビングのソファに座り、テレビのリモコンを手繰り寄せて、電源を入れる。酸っぱいものを口にしたような私の顔を映していた画面が、お昼のワイドショーに切り替わる。
聞こえてくる単語は、『魔法少女』、『魔女』、『避難』と不安を煽るようなものばかり。
私は気分転換の為に、リモコンを操作してチャンネルを適当に変えていく。どれか一局ぐらい、バライティ番組をやっているはずだろう。
ただ無心で、その作業に没頭する。モヤモヤが風船のように膨らんで爆発しかけた途端――それが萎んでいく。
(……あれ? 私って、何を不安に思っていたのかしら?)
その『違和感』を探り当てようとする。携帯から鳴り響く『魔女警報』。それを聞いてから、気を紛らわせる為に緊急ニュース以外の番組を見ようとしたのだ。
外に出ている家族が巻き込まれているか心配で。
しかし、おかしな話だ。今回の魔女の出現地は、隣街。学校に通っている子供達はもちろんのこと、夫の職場とも真反対の方角。万に一つも、私の家族が魔女の脅威に晒される恐れはない。
――本当に? だって、あの子は魔■少■なのに。
「うっ……!?」
ずきりと頭痛が走り、こめかみを押さえる。何かあの子について、大切なことを現在進行形で私は忘れてしまいそうになっている。そんな気がしてならない。
記憶の中を必死にほじくり返せ、ほじくり返せ!
あの子がここしばらくの間、自分の身を擦り減らす程に没頭していた『何か』――それは一体?
それを思い返そうする度に、頭の中に靄がかかったような感覚に襲われる。
人助け……ボランティアのようなものであっただろうか? 確か魔法――いえ、特に異常はないだろう。一度ハマったことにすぐに飽きるのは、子供にはよくあることだ。私があの子と同じ年のくらいには、似たような経験がある。
学校もサボらずに行っているし、悩みも抱えている様子も見られないから問題ないわよね……?
そう結論づけて、私はさほど面白くないバライティ番組で暇潰しをすることにした。頭の片隅で、子供達が喜ぶであろう夕方の献立を考えながら。
◆
――ガチャ。夕食の準備を台所でしていると、玄関の扉が開く音がした。リビングの壁にかけられた時計を見やる。
時間は午後の四時過ぎ。子供達が帰ってきたのだろう。……しかし、不思議だ。いつもであったら、どちらの子も私に帰りの挨拶をしに来てくれるのに。
(……もしかして学校で何かあったのかしら?)
そんな心配が過ぎる。火を止めて、玄関の方に向かおうとしたタイミングでリビングの扉が開く。ひとまずは安心し、「おかえりなさい」と声をかけようとして開きかけた口が固まってしまう。
――そこに立っていたのは、上の方の娘だった。だが、纏う雰囲気が決定的に違っていた。まるで精密機械にとって、大事な部品を強引に引っこ抜かれた。
そのような感じの、無表情。虚無が顔面に張り付いていた。