機械仕掛けのTS魔法少女さん 作:匿名希望
私の声はとても震えていて、大変聞きづらかったのだろう。ただの冗談としか受け取られなかったのか、それとも不安から来る錯乱とでも判断されたのか。
まるで今の私の年齢よりも、もっと幼い子供に言い聞かせるような声色で電話越しに語りかけてくる。
『本当に大丈夫よ、私とお父さんも。だから安心して待ってて』
――違う、違うの。私が言いたいことは。聞きたいことはそんなことじゃなくて。
だけど、どれだけ拙い言葉を尽くしても、私の伝えたいことが母親に伝わることはなかった。暗い灰色の雲が、私の心を満たしていく。
「……うん、分かった。お母さん達も気をつけて帰ってきてね」
そう返すしかできなかった。通話を終了させて、ケータイを握りしめる。壊してしまいそうな勢いで。私のような細腕でも、機体が軋む小さな音がした。
そんな情緒不安定な私の背に、恐る恐るといった感じで一緒の部屋にいた友達が声をかけてきた。
「ご、ごめんね。部屋を出ていくタイミングを見失っちゃって」
「こっちこそ、ごめん! 色々と叫んじゃって……! 」
ケータイをスカートのポケットに仕舞ってから、両手を顔の正面で合わせて謝罪する。周りが見えなくなる程に、取り乱してしまったから、さぞかし煩かっただろう。
しかし友達は嫌な顔の一つもせずに、むしろ私のことを慮ってくれている表情だ。
「別に気にしないで……それで盗み聞きするつもりはなかったんだけど、大丈夫なの?」
心配した面持ちで、そう問いかけてくる。それに対して、何と答えようと思考を巡らした時に一筋の電流が走る。
友達は私の姉と面識がある。今日とは逆に、家に遊びに来てもらったりする際に。友達だったら、両親とは違い質の悪い冗談など言うはずがない。
そう信じて、私は日常会話の延長線のように、あくまでも自然体で会話を続ける。
「ね、ねえ……おかしなことを尋ねるかもしれないけど良い?」
「それは構わないけど、改まって一体どうしたの?」
友達は小首を傾けながら、聞き返してきた。私はスッと息を吸い込み、覚悟を決めた。心臓の動悸がやけに大きく感じる。
「私のお姉ちゃんに会ったのって、いつが最後だっけ?」
その問いに対して、友達はさも当たり前のように私の望む答えを口に――してくれることはなかった。
「え? 何を言ってるの?
さっきの母親との異口同義語の内容。一瞬の間が空き、私の頭はようやくソレを受け取り、理解しようとした。分かりたくないけれど。
だって、今度こそ私の世界は真っ暗になってしまうから。
足元がふらつき、視界が少しずつ傾いていく。
「あっ」
完全に床に転んでしまいそうになった瞬間、慌てて反応してくれた友達によって支えられる。私はすぐに正気を取り戻して、自分の力で立ち上がった。
反射的に、また友達に頭を下げて謝る。
「さっきから何度も本当にごめんっ! お母さん達の無事も分かったし、これ以上迷惑をかける前に家に帰るね!」
そう早口でまくし立てる。いや、ほぼ何も考えずにノータイムで喋っているだけだ。とりあえず、この場を離れて一人っきりになり、モヤモヤとした黒い感情を赴くままに吐き出したい衝動に駆られていた。
勢いに任せて、近くにあった荷物を引っ掴み、友達の家からお暇しようとしたら、その手を掴まれ引き留められた。
「待ってよ……! もう時間も遅いんだから、おばさん達が帰って来るまで家で待ってたら? ……そうだ! 何なら今晩は泊まっていく? お母さんには私の方から言っておくから、そっちも電話かメールで許可を取ってくれる?」
一人になるのを邪魔をされ、眉をしかめて文句が口の先まで出かかってしまう。だけど、そんな気は友達の顔を見た途端に失せてしまった。
私のことを心の奥底から心配してくれている表情だった。友達の優しさや善意を無碍にできる程の薄情者でもいられない……だが、大好きな姉の身に何か異変が起きたのは明白。
じっとしているという選択肢は、始めから存在していない。
私の手を掴んでいた友達の手を、今度は私が握り返し、顔を正面からしっかりと見つめる。
「……気にかけてくれて、ありがとう。でも、どうしても確かめたいことがあるの。だから、急いで帰らないといけない」
「もしかして、さっきの質問と関係があったりする?」
「……うん。私にとって大事な人」
「なら、分かった。だけど周りも暗いし危ないから、私のお母さんに送ってもらおう。私もついて行く、それが妥協案。
何が起きているか全然把握できていないけど、解決したら全部教えてよ」
「……約束する」
互いの意思を確認し、その証しとして指切りげんまんの儀式を行う。暗闇に染められた私の世界にも、まだ光は失われていない。交差させた指先の温もりが、折れかけていた心を奮起させる。
友達の母親に車で、私の家まで送ってもらい、何事もなく帰ることができた。私は門扉の前にて、友達と彼女の母親の両方に感謝の言葉を告げる。
「本当にありがとうございました……!」
「私は気にしていないわ。だけど、戸締まりはきちんとすること。いい?」
「はい!」
「また来週の月曜日に!」
「うん!」
別れの挨拶を終えると彼女達は車に乗り込み、エンジン音を立てて発進。段々と姿は遠ざかっていき、夜の街へと消えていった。
私は見送りが終わると、数時間振りの我が家へと足を踏み入れる。
「ただいま」
私の声が、無人の我が家に虚しく響く。
両親と姉は喧嘩か何か原因で別行動をしていて、姉だけが先に帰っていた。一番マシな可能性は、あっさりと切り捨てられる。
再び絶望に襲われそうになるが、友達からもらった勇気を力に変えて、姉の部屋に向かう。姉の存在が、私の中だけの妄想の産物ではないことを証明する為に。姉の痕跡を見つける為に。
姉の自室――であるはずの部屋の扉の前に立ち、一度深呼吸をしてから扉を開ける。そこには――私が知るものとは違う光景が広がっていた。
姉が教科書やノートを広げていた勉強机。お洒落には無頓着な方であったとはいえ、それなりの数の洋服や制服が収納されていたクローゼット。もっと小さな頃は、怖がりで一人で眠れなかった私の為に、一緒に寝てくれたベッド。
他にも、ほかにも――。姉が普段使いしていた、私との思い出が詰まっていた物が何一つ無くなっていた。
まるで誰も使っていないかのような空室に変貌していた。
それでも信じられず、リビングの方に行き、本棚を漁る。
「あった……!」
私の手に力強く握りしめられているのは、家族写真が中心に集められた一冊のアルバム。これならば、一枚ぐらい姉が写ったものもあるはず。ないとおかしい、絶対に。
最初の方から、一頁ずつ順番に捲っていく。見落としがないようにしながらも、その手つきは焦りが滲み出たかのように乱雑であった。
両親が仲睦まじそうに両手を繋いでいる写真。私が生まれた時の写真。私の毎年の誕生日パーティーの写真。遊園地に出かけた時の写真。日常の何気ない一場面を切り取った写真。
写真を見る度に、その当時のことに思いを馳せて、懐かしいと感じ入る――余裕なんて全くない。これだけ多くの写真があるのに、何で、なんで。
「一枚のお姉ちゃんの写真がないのっ!? 嘘、うそ、こんなのウソ……!?」
なけなしの勇気は、とうにかき消えていた。膝から力が抜けてしまい、床に崩れ落ちる。それから何の気力も湧かずに、何時間も呆然としていた。
やがて帰ってきた両親に縋るように、再度問いかけてみた。私に姉はいるはずだと。
「帰ってくる前も聞いてきたけど、あなたは一人っ子よ? さあ今日は遅いから、もう寝なさい。お土産に買ってきたプリンを明日には――」
――私の心が絶望に支配されるのに、そう時間はかからなかった。
◆
次の日、私は人生で初めて学校をズル休みをした。風邪をひいて、気分が悪いと母親に言った。熱がないことはすぐにバレてしまったが、私の様子がおかしいことは理解していて、休むことは許してくれた。
カーテンを閉め切った自室で、掛け布団を頭まで深く被り、ただ無為に時間を潰していた。
(……誰もお姉ちゃんのことを覚えていない。お母さんやお父さんだけじゃなくて、友達まで。多分だけど、他の人達も同じなんだろうな。
お姉ちゃんを覚えているのは、私だけ。……もしかして、間違っているのは私の方?)
しかし、それを認めるということは『姉が存在していない』という現実を受け入れることに等しい。
(そんなことができる訳がない……! お姉ちゃんは絶対にいた。私の思い込みでも、おかしくなった訳じゃない!)
私は居ても立ってもいられなくなり、勢いのままに立ち上がると、最低限外に出ても恥ずかしくない格好に着替えて、身だしなみを整える。
鏡の前で問題がないことを確認すると、布団を膨らませて偽装工作も完了。万が一部屋を覗かれたとしても、よほど注意深くチェックされない限り、私の不在がバレることはないだろう。
抜き足差し足で、リビングを横切り玄関へと向かう。なるべく音を殺しながら、愛用の運動靴を履き扉を開けて外に出た。
姉の居場所を――姉がこの世界にいた絶対の証拠を探し出すという目的を果たすべく。
(……お姉ちゃんは魔■少■になる前は、よく街で人助けをしてた。なら、きっとどこかに……!)
――思考に入った『ノイズ』に気づかずに、私は確かに『存在する記憶』を頼りに姉の足跡を辿ろうとした。
――風船が木の上に引っかかてしまい泣いていた女の子と出会った公園。宝物のアクセサリーを落として困っていた女の子がいた道路。道に迷っていた女性を案内した道のり。姉の頑張りや努力を見ていてくれて、ご褒美にアイスを無料でくれた親切なお店の人。
他にも、いっぱいある。姉が人助けをしていて、その後ろを必死になって追いかけていた思い出がたくさん。
だというのに、世界はとても残酷で、厳しい現実を突きつけてくる。
――お前の姉は、この世界にどこにもいないと。
その現実を受け入れることができず、道端で私は蹲っていた。周りの人達は、まるで腫れ物を扱うかのように、一瞬だけ視線は向けられる。だが、その全員が私を無視して通り過ぎていく。
その事実がより一層、理不尽な現実を肯定しているかのような錯覚に陥る。と言っても、その内に警察やらに保護されて、連れて帰られるのだろう。姉のいない、狂った我が家へと。
(嫌だ、いやだ……!)
目を塞ぎ、両手で耳を覆い、体を限界まで丸め込む。もう何も見たくないと。
「――どうかした!? 誰かに虐められたのっ!?」
――そんな私に、焦った風の一人の少女の声が投げかけられる。その声に聞き覚えがあった私は、反射的に顔を上げて、その声の持ち主を見た。
会いたいと切望していた姉の姿が、そこにはあった。
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