総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~   作:三月菫

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第13話 視察

 

 閣議から三日後。

 

「総理、到着いたしました——」

 

 車の停車と共に、助手席に座る結月の声が、後部座席に座る迅一郎の耳に届いた。

 迅一郎は小さく頷いてから、視線を隣に向ける。

 

「福地大臣、到着したようです。準備はよろしいでしょうか」

「え、ええ……」

 

 福地はわずかに肩を震わせながら、胸元のネクタイをきゅっと締め直した。それから独り言のように小さくこぼす。

 

「……なぜ()()()()()()まで」

 

 迅一郎は、福地のつぶやきをすぐには拾わず、代わりに視線を車外に向けた。

 

 目に移るのは白を貴重とした、威風堂々と佇む建物。

 壁に掲げられた赤十字のマークが、この場所の使命を物語っている。

 

 曇天を映すガラス張りの玄関。

 その前には白衣姿の医師や看護師ら病院職員、さらにはカメラを携えたマスコミ関係と思われる者たちまでが並び、迅一郎たちの到着を待ち構えていた。

 

 迅一郎たちが訪れたのは、東京からおよそ570キロ離れた地にある青森県内にある総合医療センターだった。

 地域の基幹医療を一手に担うその病院は、地方に暮らす人々にとって命を守る最後の砦でもある。

 

 三日前の閣議を終えたあと、迅一郎は急きょ予定を組み直し、福地を伴って、現場視察に向かうことを決めたのだった。

 

「福地大臣。()()()()今、絶対にここを訪れなければならない。その理由があるはずです」

「……理由、ですか?」

「参りましょう。皆、我々の到着を待ちわびているようです」

 

 車内でのやり取りを打ち切り、迅一郎が先に車を降り、その後を福地が続いた。

 途端、出迎えの医師や看護師たちが一斉に拍手で出迎える。

 その列の中央から一人の老医師が歩み出て、穏やかな笑みを浮かべながら手を差し伸べてきた。

 

「和泉総理。本日は、遠路はるばるようこそお越しくださいました。私はこの病院の院長を務めております、大貫と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」

 

 迅一郎は、大貫医師とがっちりと握手を交わす。

 

「地方の医療現場では、人手も予算も何もかもが足りていません。そんな状況下でも、患者様やご家族のために、職員一同、使命感だけを支えに昼夜問わず全力を尽くしています。そんな切迫した現場へ総理自らが足を運んでくださったことは、医療者にとってだけでなく、地域の人々にとって大きな励みです。心より感謝申し上げます——」

 

 大貫医師は感謝の口上を述べた後、その視線を傍らに佇む福地へ向けた。

 

「これもひとえに福地先生のご尽力のおかげでしょうか。お久しぶりですね」

「ご無沙汰しております、大貫先生……」

 

 福地は深く頭を下げる。

 大貫医師は目を細め、その表情に親しみの色を浮かべた。

 

「失礼、今は福地()()とお呼びせねばなりませんな。いやしかし、もう十年とは……君が白衣に袖を通して病棟を駆け回っていた姿が、つい昨日のように目に浮かびます」

「あの頃は……ただ目の前の患者に向き合うことに精一杯で……至らぬ点ばかりでした」

「医療の現場を一番知るあなたが、政治の道を志し、そして今や厚生労働大臣までになったのです。我々としては誇らしく、そして頼もしい気持ちで一杯ですよ」

 

 その言葉に福地は、曖昧な笑みを浮かべて視線を落とす。

 大貫医師は柔らかく頷いてから、すぐに腕時計へ目をやった。

 

「さて、時間も限られております。立ち話はこれくらいにして、どうぞ中へお進みください——」

 

 大貫医師が踵を返す。

 その白衣の背に導かれ、迅一郎たちは院内へ足を踏み入れた。

 

* * *

 

 白い壁に囲まれた廊下を歩きながら、一行は院内を巡っていった。

 内科、外科、救急救命センター——

 各診療科を巡り、外来病棟から入院病棟へ移る。

 

 その過程で、迅一郎は医療現場の逼迫ぶりを目の当たりにした。

 どの診療科にも大勢の患者で溢れ、医師や看護師たちが慌ただしく行き来する姿がある。

 

 彼らの表情には疲労の色が、色濃く浮かんでいた。

 

「ここは昼夜を問わず逼迫し続けています。地方の医療現場の縮図といえるでしょう——」

 

 大貫医師の言葉に、迅一郎は表情を硬くする。

 資料の数字だけでは分からない現実を、目の前に突きつけられていた。

 

 大貫医師の案内を受けながら視察は続き、一行は次の病棟へと足を進めた。

 

 廊下の雰囲気が一変する。

 無機質な白一色の空間から、壁に可愛らしい動物のイラストが並ぶパステル調の明るい色合いへ。

 空気が少しだけ柔らかくなったように感じられた。

 

 途中、看護師に支えられ、点滴スタンドを押しながら歩く小さな患者とすれ違う。

 

「小児外科病棟です。福地大臣にとっては懐かしい場所でしょう——」

 

 先導する大貫医師が、背中越しに福地へ声をかけた。

 

小児外科病棟(ここ)はかつて、あなたが医師として、命を懸けて患者と向き合っていた場所ですから。今回の視察に、この病棟を外すわけにはいきませんでした。今日は、入院患者と直接お話しいただけるようにしています——」

 

 迅一郎は隣を歩く福地へ視線を向ける。

 彼は言葉を返さず、ただうつむきがちに神妙な表情を浮かべていた。

 大貫医師の説明が続く。

 

「これから面会していただく入院患者は、高橋昴(たかはし)くんという9歳の男の子です」

「なんの病気で入院を?」

「小児がんです。当院に入院して半年。抗がん剤治療を中心として、懸命に病と戦っています」

「まだ9歳……遊びたい盛りでしょうに……」

「本当に強い子ですよ。治療の痛みに耐え、決して弱音を吐かず、笑顔で私達に『ありがとう』と言える子です」

 

 大貫医師の言葉に、迅一郎は胸を突かれるような痛みを覚えた。

 その境遇を、どうしても一人娘のあかりと重ねてしまう。

 

 一行は廊下を進み、とある病室の前で立ち止まった。

 どうやら昴少年が入院している病室はここらしい。

 大貫医師が静かにノックをすると、中から「どうぞ」と、看護師らしき女性の声が返ってくる。

 

「行きましょうか」

 

 迅一郎は病室の中へ入っていった。

 

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