総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~   作:三月菫

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第15話 恐山ダンジョン①

 

 そして迎えたダンジョン配信当日。

 

 送迎車に揺られること三時間。

 迅一郎は、今回の配信の舞台へと降り立った。

 

 恐山(おそれやま)——

 

 日本三大霊山のひとつ。

 古来より死者の魂が集う地とされ〝あの世に一番近い場所〟として、人々の畏れと祈りを背負ってきた場所だ。

 

 地獄に見立てられた、荒涼とした岩場を抜けた先に広がるのは、恐山の中心部に広がる大きな湖である。

 

 宇曽利湖(うそりこ)は、火山活動によって生まれたカルデラ湖だ。

 湖水はエメラルドグリーンに輝き、湖面を囲うように白い砂浜が広がる。

 

 まるで南国の海を思わせるほど神秘的で美しい光景。

 しかしその水は強い酸性を帯びており、周囲は火山性ガスで充満している。

 美しさと過酷さが同居するその場所は、まさにあの世を思わせる場所だった。

 

 その神秘的な泉の中心に、常識を超えたものが存在していた。

 

 湖面からわずかに浮かぶ、漆黒の真円。

 光を一切反射せず、ただ黒という概念だけで塗りつぶされたような空洞。

 

 その異形こそが、恐山ダンジョンに連なるエントリーゲートであった。

 

『総理——準備はよろしいでしょうか』

 

 エントリーゲートを見つめる迅一郎の耳に涼しげな声が届く。

 同時に、視界の端に、通信モニターが浮かび上がり、ヘッドマイクをつけた結月の顔が映し出された。

 

 一足先に東京に戻った結月。

 迅一郎の探索のナビゲートを務めるために、首相官邸地下に設けられた危機管理センターのオペレーションルームに詰めていた。

 モニター越しに映る彼女の眼差しは、凛と力強くまっすぐだった。

 

「ああ、システムオールグリーン。いつでも配信開始可能だ」

「視聴待機者数は、すでに300万人を突破しています。期待の大きさが伺えますね」

 

 迅一郎は静かに頷くと、胸に手を当てた。

 そして、()()()()()()()を反すうする。

 自身に言い聞かせるように呟いた。

 

「国民の期待を裏切らないように、全力を尽くすとしよう」

 

 その声を合図にしたかのように、迅一郎の正面に待機していたダンジョンドローンが浮かび上がった。

 迅一郎はダンジョンドローンに向かって一礼する。

 

「国民の皆さん、こんにちは。内閣総理大臣の和泉迅一郎です」

 

:総理キターーーーー!

:待ってました!

:総理、今日もお疲れさまです!

:がんばれ日本のトップ!

:応援しています!

:行ってらっしゃいませ、総理!

 

 配信の開始と同時に、一気に加速するコメント欄。

 迅一郎は流れるコメントの波を一通り見送ってから、エントリーゲートの方を指差す。ダンジョンドローンのカメラアイが、その先を追った。

 

「今日の探索するダンジョンは第79号特地——恐山ダンジョンです。深層に眠る第一種指定マテリアル、エリクサーの採取ポイントまでの経路を切り拓きます」

 

:恐山ダンジョン攻略とかw

:果たしてこの先生きのこることができるのか!?

:死者の回廊を抜けられたら伝説だな

:エリクサーって何? ゲームの話?

:ダンジョン原産のちゃんと実在する薬よw

:飲めば体力全回復、ゲームじゃなくてマジだからな

:現状、ノルウェーとかの北欧の一部の国でしか採取されてない。当然薬価も激高

:自己治癒力を超強化するからほとんどの病気に効く。日本で安定確保できるなら医療の常識ひっくり返るぞ

:また一つ日本が強国になってまう

 

 迅一郎はエントリーゲートへと歩み寄る。

 

「恐山ダンジョン——探索開始だ」

 

 そう言い残し、漆黒の真円の中へ身を投じた。

 

 世界がぐにゃりと歪み、色も音も失われていく。

 意識が宙に放り出されるような浮遊感に、思わず息を呑んだ。

 

 次の瞬間。

 

 視界を覆っていた闇がぱっと晴れ、足裏に確かな感触が戻った。

 迅一郎の足が、固く冷たい岩肌を踏みしめていた。

 

「ここが……恐山ダンジョン……」

 

 迅一郎の目の前に映るのは、濃い霧に沈む無人の荒野だった。

 足元からは、ゴツゴツとした灰褐色の岩肌がどこまでも広がっている。

 視界が届く範囲に目を凝らすと、あちこちに小さな積石と色褪せた風車が突き立てられていた。

 

:雰囲気あるなー

:マジであの世感がある

:積石やら風車ってたしか子供の魂を慰めるやつだよな

 

 迅一郎は、モニタリングしている結月と連絡を取るため、耳元のインカムに軽く手を添えた。

 

「白瀬くん。聞こえているかい? ダンジョンへのエントリー、正常に完了した。目的地までのマッピング情報の転送を頼む」

『了解しました…………転送完了、ご確認を』

「ありがとう」

 

 結月との短いやり取りを終え、迅一郎は一歩、岩肌を踏みしめた。

 その瞬間——

 

 からから、と乾いた音が耳をかすめる。

 

 目を向けると、すぐそばに刺さる風車がゆっくりと回り始めていた。

 風など吹いていない。

 空気は肌にまとわりつくように重く、淀んだままだ。

 

 にもかかわらず、迅一郎の立つ場所を中心に、波紋のように広がりながら次々と風車が動き出した。

 からり、からりと鳴る音が重なり、まるで見えない何かが呼吸を始めたかのようだった。

 

 くすくす

 

   きゃはは

 

 風車が回る音に続いて重なるのは、どこからともなく響く、か細い笑い声だった。

 

 うふふ

 

  きゃひひ

 

 あそぼうよ  

 

   くすくす  

 

 それは子どもの笑い声だった。

 声は霧の向こうからも、背後からも聞こえるのに、どこにも姿は見えない。

 

 底冷えするような空気が一帯を満たしていく。

 その異常現象は、ドローンのカメラを通して、視聴者にも届けられた。

 

:こわすぎでしょ

:ホラー配信やめて

:俺なら一秒だってこんなところにいれないわ

:呪われそう

:いくら最強でも幽霊には勝てないっすよ

 

 そんな視聴者の不安を払拭するかのように、迅一郎は落ち着いた声で口を開く。

 

「これは幽霊ではありません——恐山は古来より死者の魂が集う地として、人々の祈りと畏れを受けてきました。その因習がダンジョンに投影されているに過ぎません」

 

 声は不思議とよく通り、震える笑い声を上書きするように響く。

 

「いわば、この地の信仰と歴史が作り出した〝舞台装置〟とでもいうべきでしょうか。問題ありません。探索を継続します——」

 

 迅一郎はそう言い切って、地図に映るナビルートを頼りに、霧の奥へと足を進めていった。

 

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