総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~ 作:三月菫
まこぴーをかばった瞬間、閃光のような斬撃が迅一郎の左腕を貫く。
「ぐっ……!」
切断された腕が宙を舞い、赤い軌跡を描いて床に落ちた。
『先輩——!!』
結月の悲痛な悲鳴がインカム越しに響く。
遅れて、視聴者コメントが爆発した。
:うっそだろ総理!?
:ぎゃああああああああああ
:じんいちろおおおおおおおおおおお
:手がああああ
:チョンパーーーーーーー!?
迅一郎は視線を落とし、冷静に損傷を確認する。
左肘から下が消失していた。
利き腕じゃないことは幸いだ。
しかし、傷口からは勢いよく血が吹き出している。
まずは止血――それが最優先。
「ふん……!」
一瞬の判断だった。
迅一郎は残った左腕に全神経を集中させて、思い切り力を込める。
ぶちり、音を立てて筋肉が盛り上がり、切断面がぎゅっと収縮していく。
筋肉の隆起により、わずか数秒のうちに、出血は収まり、傷口が固く締まった。
「……止血完了だ」
強引な止血術に、傷口に灼けた鉄を流し込まれたかのような激痛が駆け抜けた。
しかし、迅一郎は眉ひとつ動かさず、戦闘継続に向け、体勢の立て直しを図る。
「白瀬くん、バイタルチェックを頼む。戦闘継続に支障はあるだろうか?」
『い、いえ……数値は正常範囲内です。ですが、片腕を失った状態では……!』
「何も問題はない」
迅一郎は短く言葉を返してから、目の前に浮かぶダンジョンドローンに視線を向けた。
そのカメラアイの奥、画面越しで固唾をのんで見守る国民に語りかける。
「皆さん、心配ありません。なぜなら、まだ右腕が一本残っているからです。一本あるということはゼロではない。そしてゼロでないということは、希望があるということです」
:(要約)片手一本あれば戦えます
:緊迫したこの場面で、唐突な迅一郎構文やめてくれよ
:一本残ってるからゼロじゃない(←あたりめーだろ!
:つーかまじで死んじゃうよ総理! 逃げてよ!!
:↑逃げられるならとっくに逃げてるんだよ。入口が消えてるんだよ!
「そ、そーり……腕が……あーしのせいで……!」
迅一郎の背後で、うずくまったままのまこぴーが呟いた。
ドローンのフォーカスがまこぴーに移る。
彼女の顔は真っ青になり、ガタガタと小刻みに震えていた。
:そーだよてめえのせいだよ
:クソ迷惑ダンチューバーが
:足引っ張ってんじゃねえ!
:泣けば許されるとおもってんの?
:( このコメントは不適切な内容が含まれていたため、自動的に非表示になりました。)
コメント欄は、まこぴーへの容赦のない罵倒で埋め尽くされる。
誰もがこの窮地を招いた責任を彼女に押しつけようとしていた。
「うち……うち……! だって……こんなことになるなんて……うう……!」
まこぴーの両目に、みるみるうちに大粒の涙があふれる。
彼女は、自分のせいで迅一郎が傷ついた現実に、押し潰されそうになっていた。
胸の奥に広がるのは、後悔と恐怖、そしてどうしようもない罪悪感である。
そんなまこぴーに、迅一郎は語りかけた。
「生きてさえいれば、過ちを悔いることも、反省を次に活かすこともできる。だけどそれは今すべきことじゃない」
「そーり……」
「今はこの死地から脱出することだけを、最優先で考えましょう——」
「でも、あーしにできることなんて……なんにも……!」
「ここから絶対に動かないこと。私の動きを止めるため、敵が再びあなたを狙う可能性があります」
「……う、うん」
「大丈夫、私があなたを絶対に守ります。国民を守ることは総理大臣の本懐ですから」
迅一郎の声には怒りも焦りも含まれていない。
ただ静かに、穏やかな声で少女の心を落ち着かせるように言葉を紡いだ。
まこぴーは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、震える手で小さくうなずく。
恐怖と後悔に押し潰されそうになりながらも、彼女の瞳にはわずかに迅一郎を信じる理性の光が宿っていた。
その光を見届けてから、迅一郎は残った右腕で刀を構え、その切っ先を夜叉へ向けた。
「うふふ ておいになりにければ さくことはかなわず うふふ おろかなり まことおろかなり うひひひひ」
夜叉の声が霧の中に溶けていく。
それは笑いだった。
冷たく、嗤うような音。
まるで、愚か者を見下ろす神の嘲笑のように。
いや、揶揄ではない。
確かに、夜叉は嗤っている。
強きが弱きを守る——
ときに人間だけがとる行為。
弱肉強食という自然の摂理から反した異質な振る舞いを、愚かと断じて、嘲笑っているのだ。
だが迅一郎は、その嘲笑に応えるように、静かに息を吐いた。
「……守るからこそ、人は、強くなれるのだ」
その声は、霧の中の夜叉に突き刺さるように、まっすぐだった。
夜叉が再び、禍々しい大鉈を高く掲げる。
りん——
澄んだ鈴の音が空気を震わせた直後。
瞬きすら許されぬ速さで、閃光の斬撃が一直線に迫る。
迅一郎は紙一重で身をひねり、その軌道をかわすと、床を蹴って一気に踏み込んだ。
「ぬん——!」
彼我の距離は一瞬で詰まり、再び、死と隣り合わせの間合いへと戻る。
ゼロ距離で斬り結ぶ夜叉と迅一郎。
互いの呼吸を感じるほどの距離で、攻防は一瞬ごとに入れ替わる。
迅一郎は、右腕一本で夜叉の猛攻を受け、押し返し、切り返す。
その動きに一切の迷いはない。
しかし、夜叉の猛攻も止まらなかった。
大鉈が唸りを上げ、致命傷すれすれの軌道を通り抜ける。
瞬間、大鉈の刃が肩をかすめ、更に返す刀が太ももを撫でた。
鋭い痛みとともに、肩と太ももから赤い血がほとばしった。
迅一郎は即座に身を翻し、夜叉との距離を取る。
荒くなった息を整えつつ、再び刀を構え直す。
『先輩、被弾しました! 傷が——!』
「浅い。問題ない」
結月の声に、短く言い切る迅一郎。
対する夜叉の喉から、低く湿った笑い声が漏れ出す。
「いたかろう くるしかろう それなれば はよ くびをとばして らくにしてしんぜよう うふふ」
「これが痛みだと……?」
夜叉の言葉を受けて、迅一郎の口元がわずかに歪んだ。
「化物にはわからないだろうな。こんなものは、痛いとは言わない……苦しみとは言わないんだ」
夜叉に対して吐き捨てるように言ってから、刀を万力の如く握りしめた。
傷口から血が滴り落ちる。
それでも迅一郎は前を見据えたまま、叫んだ。
「本当の痛みは、こんなものじゃない! 本当の苦しみは、こんな程度のものじゃない!」
迅一郎の脳裏に、白い病室の光景が浮かぶ。
それは、昨日の病院視察で目にした光景。
ベッドの上に、小さな体を預けながら、それでも無邪気に笑おうとしていた昴少年の姿——。
幼い身で病に侵されながらも、それでも懸命に今を生きようとするその強さ。
その痛み。
昴少年だけじゃない。
今この瞬間も——日本のどこかで、病という目に見えぬ敵と戦う子どもたちがいる。
その傍らで眠れぬ夜を過ごし、祈り続ける両親がいる。
そして、命の灯を絶やすまいと必死に戦う医師や看護師たちがいる。
それぞれが、戦場で闘っているのだ。
それぞれが、痛みに耐えているのだ。
「僕は約束をした! 皆を応援すると——!」
その姿を思い出すたびに、迅一郎の胸の奥で何かが燃え上がる。
政治家として、国民の約束を果たす。
エリクサーを安定供給できる体制を整え、その恩恵で国民に希望と安心を与える。
この国の舵取りを担う者——内閣総理大臣として、自分にできる唯一のことだ。
これしきの痛みで、足を止めていいはずがない。
片手を失った程度で音を上げるくらいなら、最初から政治家など志すなッ!
迅一郎は地を蹴った。
再び夜叉との距離を詰め、右腕一本で刀を振り抜く。
鋼が空を裂き、夜叉の黒刃とぶつかり合った。
火花が散り、鼓膜を震わせる金属音が響く。
夜叉の大鉈と迅一郎の刀が幾度も交錯するたび、光の尾が描かれ、暗い霧の中に閃光の軌跡が刻まれた。
まるで雷鳴のような剣戟の嵐が、再び戦場を包み込んだ。