総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~   作:三月菫

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第22話 恐山ダンジョン⑧

 激しく交わる迅一郎と夜叉の刃。

 

 最初は押されていた。

 徐々に拮抗。

 やがて迅一郎は、夜叉の攻撃を的確に捌き始め——

 とうとうその首筋へ反撃の刃が届き始める。

 

:総理、片腕で圧倒っすか!?

:信じられない

:人間じゃねえwwww

:これが日本の総理大臣だあああああ!!

Is Japan’s Prime Minister some kind of monster?(日本の総理大臣は化物なのか?)

Holy crap, what a fight!(なんて激しい戦いなんだ!)

:あ、海外コメだ!

:海外ニキチッスチース!

:そうなんですよ、日本て実はやばい国なんですよwww

:【悲報】日本のヤバさ、海外にバレる

 

 戦いの熱が、視聴者コメント欄を埋め尽くしていく。

 

(もらった——!)

 

 攻防の最中——

 迅一郎の刃が閃き、夜叉の首筋を薙いだ。

 だが、手応えがない。

 確かに首を捉えたはずの刃は空を切る。

 残影だけを残して、そこにいた夜叉の姿が掻き消えていた。

 

 敵の能力、瞬間移動が発動した。

 

 だが、迅一郎の瞳はすでに次の一手を見据えていた。

 すぐさま視線を移す。

 視線の先——霧の向こうにうずくまるまこぴーの背後に、夜叉の姿が現れたのを捉えた。

 

「同じ手は二度も通じん!」

 

 迅一郎は、夜叉が自身の動きを止めるために、再びまこぴーを利用しようとすることを、完全に読み切っていた。

 

 迅一郎は体をひねり、残った右腕に力を集中させた。

 一瞬の静止。

 その次の瞬間、溜めた力を解き放つ。

 刀の投擲。

 投げ放たれた刃は、閃光の軌跡を描いて、一直線に夜叉へと翔んだ。

 ずぶり。

 鋼が肉を貫く鈍い音が響いた。

 迅一郎の放った刃は、狙い違わず夜叉の胸を貫いていた。

 

「ぐわああああああああああああああああっ!」

 

 絶叫が霧を震わせる。

 どす黒い血飛沫が吹き出し、夜叉の体がぐらりと揺らいだ。

 

 その隙を逃さず、迅一郎は足を踏み込み、地を蹴って駆ける。

 瞬きする間に距離が消え、鬼面の目前まで迫った。

 

「——これで終わりだッ!」

 

 迅一郎は勢いそのまま、もがき苦しむ夜叉の顔面に向かって、全霊の力を込めた拳を放った。

 

 ごしゃり——。

 

 迅一郎の拳が夜叉の顔を覆う鬼面に叩き込まれる。

 骨の砕ける鈍い音が響き、掌に伝わるのは確かな手応え。

 

 鬼面が粉々に砕け散る。

 夜叉の体がぐらりと崩れ落ちた。

 動きを失った夜叉の体は、やがて淡い燐光を残して霧の中に溶けていった。

 

 静寂が訪れる。

 戦場を包んでいた圧が、ゆっくりと消えていった。

 

 迅一郎は血に濡れた右腕を下ろし、荒くなった息を整えながら、霧の彼方を見据えた。

 

「死者の回廊の階層種(フロアボス)——夜叉、無効化しました。これにて戦闘終了です」

 

:やったあああああ!!

:総理勝ったあああああ!!

WTF, I can’t believe this!!(は!? 信じらんねぇ!!)

:マジで片腕で倒したwwww

:これリアルタイムで見れたことを一生の誇りにするわ

Bro’s literally built different!(こいつ強すぎだろ!)

A politician this OP?? What anime am I watching(政治家がここまで強いとか、アニメの話か?)?!"

:日本の総理、ガチで伝説になったな

 

 その言葉と同時に、祝福のコメントが爆発した。

 

 

* * * 

 

 

 激戦の末、夜叉との戦いを制した迅一郎。

 階層主の討伐と同時に、フロアには、二つの扉が姿を現した。

 

 一つは、次の階層へと続く扉。

 もう一つは、退路。

 これまでの道を戻るための帰還の扉である。

 

 耳元に結月の切迫した声が響く。

 

『総理! すぐに撤退を! 今なら、まだ左腕の再接合が間に合うかもしれません!』

 

 その叫びは、懇願にも似た声だった。

 戦闘の間は、感情を殺し、ただ迅一郎の指示に従い、冷静にサポートを続けていた結月。

 だが、戦いが終わった今、抑えていた感情が一気にあふれ出す。

 声の震えには、首相秘書官としてではなく、一人の少女としての不安と願いが滲んでいた。

 

 しかし、迅一郎は涼しい声で返した。

 

「撤退の必要はない、ここで回復を試みるよ」

『え……!?』

「僕の右腕よりも優先すべきことがあるからね」

 

 迅一郎は静かにそう答えると、致命傷を負い地面に倒れ伏すダンチューバー、紅マロの元へと歩みった。

 

『総理……まさか、彼の治療を?』

「公人として、国民の生命の危機を救うことは何よりも優先しないとならないかだろう」

 

 迅一郎は膝をつくと、懐から簡易メディカルキットを取り出し、紅マロの容態を確認する。

 

 傷、瞳孔、呼吸、体温——そのどれもが危険な値を示していた。

 

 夜叉の刃で斬られた腹部からは、とめどなく血が溢れ出して、一向に止まる気配はない。

 地面を濡らした赤が広がり、紅マロの顔は蝋人形のように真っ青になっていた。

 

「紅まろくん、しっかりしてください。私の声が聞こえますか」

「……ぅ……ママ、助けて……さむい、よ……」

 

 紅マロの唇が震え、うわ言が漏れる。

 目は焦点を失い、意識は混濁しているようだ。

 体が小刻み痙攣し、血に染まった指が寄る辺を求めて虚空に伸ばされる。

 

 迅一郎は、視界の片隅に表示された現在時刻を確認し、夜叉との戦闘開始からの経過を割り出した。

 およそ10分が経過している。

 蘇生のための猶予は、もう一刻も残されていない。

 

『総理、お気持ちは分かりますが……残念ながら手遅れです。すでに血を失いすぎています。あと数分のうちに輸血と必要な治療を受けなければ彼は……』

 

 結月は、迅一郎に客観的な事実を伝える。

 紅マロの命を救うためには、応急処置では足りず、本格的な治療が必要だ。

 だが、ここはダンジョンの奥深く——医療設備など存在しない。

 

 迅一郎の実力を持ってしても、現在地から入口まで戻るためには、どう少なく見積もっても三十分は必要だ。

 エリクサーの採掘ポイントまで潜るにしても、それ以上の時間を要する。

 

 その間、瀕死の紅マロが耐えられるはずもない。

 

 彼の命を救うためには、この場で治療を行わなければならない。

 だが、常識的に考えて、そんなことは不可能だった。

 

「そーり……」

 

 迅一郎の背後から、か細い声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはふらふらとした足取りでこちらに歩み寄る、まこぴーの姿があった。

 

「紅マロくんは……死んじゃうの……?」

「失血性ショックを起こしています。このままでは……」

「そんな……いやだよ……蓮也(れんや)ッ……!」

 

 ダンチューバー紅マロの本名なのだろう。

 彼女は泣きそうな顔でふらつきながら紅マロに近づき、その手を強く握った。

 震える声で、何度もその名前を呼び続ける。

 

「蓮也くん……起きて……! あーしを一人にしないで……! うぅ……! 起きててばぁ!」

 

:はいはい自業自得

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:残念ながらもう助からないよー

:自分が死ななかっただけでも感謝しろ

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:GKBRが一匹いなくなってむしろ日本の民度がちょっと上がりましたね

:つーか紅マロの本名ゲット。あとで特定して遊ぼうぜw

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 そんな彼女に向けられる視聴者コメントは冷たく、無情だった。

 むしろ紅マロの死を面白がるような言葉が、容赦なく画面を流れていく。

 

 罵倒、嘲笑、無関心——

 それらが混じり合い、悪意となってまこぴーの目に突き刺さる。

 

「……っ」

 

 まこぴーはうつむき、声も出せずに肩を震わせていた。

 だが迅一郎は、視聴者の悪意に対し、はっきりと声を上げた。

 

「皆さん、これ以上の誹謗中傷はただちに控えてください」

 

 彼はゆっくりと立ち上がり、ドローンのカメラアイをまっすぐに見据える。

 

「匿名の、安全な環境に身を置きながら、よってたかって心無い言葉を投げかけること……それはただの弱い者いじめだ。その言葉が刃となって人を殺すこともありえる。どうか、それを忘れないでください」

 

:は?何綺麗事いってんの?

:クソをクソって言って何が悪いんだよ

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:まあ、迅一郎は政治家だし 綺麗事言わなきゃいけない立場よね

:ここで叩かないとマネする奴がでてくる。ここはきっちり叩くのが正解

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:見損なったわ迅一郎、綺麗ごとでクズをかばうんだ。ふーん

:いや迅一郎は100パーセント正論だろ・・・

:まこぴーたちが自業自得なのはそのとおりだけど、誹謗中傷していい理由にはならないよな

 

 迅一郎の言葉をめぐって、賛否のコメントが次々と流れていく。

 画面の片隅には、内閣支持率のグラフが急激に下がっていく様子が映っていた。

 

 だが、今この瞬間、迅一郎にとって大切なのは、支持率ではなかった。

 迅一郎は視線を紅マロに移す。

 

「大丈夫だ。絶対に君を助ける」

 

 決意に満ちた声。

 その言葉に、傍らでうずくまるまこぴーが戸惑いの声を上げた。

 

「そーり、助けるって、どうやって……?」

「今から蘇生を試みます。下がってくれますか?」

「う、うん……」

 

 まこぴーは小さく頷き、紅マロから離れて数歩うしろに下がった。

 不安げに唇を噛みながら、迅一郎の背を見守る。

 

:いやいや

:無理でしょ

:もう死んでるみたいなもんだもん

:まさか総理、回復スキル持ちっすか!?

:迅一郎ならワンチャンあるで

 

「皆さんにはまだお伝えをしていませんでしたが、私には()()()()()()があります。その力を持ってすれば、彼の命を救うことができる……私はそう確信しています」

 

:どんなスキルなんだろ

:瀕死状態から回復させるとかwww

:実現できるなら超S級の最強スキルだぞ

 

 期待の声を受けながら。

 迅一郎は視聴者に向けて語りかける。

 

「あらためて皆さんに伝えます。ダンチューバー紅マロがとった行動は、確かに間違っていた。だが、それでも、僕が政治家である以上……」

 

 語りを止めて逡巡。

 

「いや、違うな」

 

 言葉を選び直して、それから迅一郎ははっきりと言い切った。

 

()()()()()()()……眼の前に傷ついた命があるならば、手を差し伸べなければいけません」

 

 迅一郎はゆっくりと瞳を閉じ、深く息を吸い込む。

 そして、静かに右手を胸に当てた。

 

「スキル発動——〝日輪に集え、同誓の臣下たちよ(ラウンズ・オブ・ライジングサン) 」

 

 その言葉と同時に、まばゆい燐光が迅一郎の身体からほとばしった。

 

 

 

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