総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~   作:三月菫

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第23話 恐山ダンジョン⑨

 

 

『私は最も賢い人間ではないが、賢い仲間を選ぶことはできる』

 ——フランクリン・ルーズベルト

 

 

 

 

 

 

 

 「スキル発動——〝日輪に集え、同誓の臣下よ(ラウンズ・オブ・ライジングサン) 」

 

 その言葉と同時に、まばゆい燐光が迅一郎の身体からほとばしる。

 迅一郎は右手を前にかざした。

 光は迅一郎の身体から腕へ、そして彼の目の前へ集約する。

 その光はやがて人の形をなしていった。

 そして輝きの奥から現れたのは——

 

 サイズの合わないよれたスーツ姿。

 髪は薄く、どこか疲れた印象の顔だち。

 街を歩けば誰の目にも留まらない、()()()()()()()()()の姿だった。

 

: な ん で や ね ん

:_( ┐ノε:)ノズコー

:ちょwwwwwおっさんwwwwww

:なぜおっさんを召喚したwwwww

:超絶回復スキルくるぞ→さえないおぢを召喚

:ズコーーーー

 

 戸惑いの声であふれるコメント欄。

 だがその中で、いくつかのコメントがその()()()()()を指摘した。

 

:でもこのおっさん…なんか全身が青白く透き通ってるぞ…

:スキルで生み出した霊体なんじゃね?

:だ か ら な ぜ お ぢ を 召 喚 し た

:いや待て…このおぢの顔…見覚えが…

:確か、厚生労働大臣じゃね?

:そうだ。厚生労働大臣の福地公克だ!

:なるほど!厚生労働大臣を召喚したのか!

:ますますどういう状況やねんw

 

 迅一郎は、流れる視聴者コメントに目を向け、その疑問に答える。

 

「私のスキル——〈日輪に集え、同誓の臣下よ(ラウンズ・オブ・ライジングサン) 〉は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです——」

 

:要は閣僚を、スタ●ドとかサー●ァント的な感じで召喚できるってこと?

:いやいやいやいやw

:おっさんを召喚してどうすんのw

 

「召喚された閣僚は、それぞれの()()()()()()()()()()()()使()()()ことができます」

 

 迅一郎は視聴者からのツッコミに淡々と返してから、あとは任せたと言わんばかりに一歩引き下がった。

 

「厚生労働省が司るは——()()()()()()。今からその力で、紅マロくんの蘇生を行います」

 

 迅一郎が下がると、福地の霊体が紅マロのそばに膝をついた。

 両手を組み、静かに祈るように目を閉じる。

 

 次の瞬間、福地の全身から青白い光があふれ出し、紅マロを包んだ。

 眩しさの中で、傷口がなめらかに繋がり、出血が止まる。

 

  癒やしの光の中で、紅マロの蒼白な頬にゆっくりと血色が戻っていく。

 胸が小刻みに上下し、途切れていた呼吸が繋がっていった。

 

:すげええええええええ

:回復スキル!?

:厚生労働省だから、回復を司るってことかwww

:ちょっと強引すぎない?

:総理大臣が閣僚の力を借りてるだけだから何も問題はないな

 

『総理! ダンチューバー紅マロの容態回復! 信じられません……! こんなの……奇跡としか言いようがない……!』

 

 視聴者のコメント欄は熱狂に包まれて、 インカム越しには結月の上ずった声が響く。

 

 現場もネットも驚きで満ちていた。

 救いようのない状況だったはずなのに、紅マロは生きている。

 誰もがそれを奇跡と呼んだ。

 

 だが、その喧騒の中で、迅一郎だけは静かに笑んだ。

 

「奇跡なんかじゃないさ。理想を信じる人間が、現実を変えたんだ——」

 

 福地の背を見つめながら、思い出す。

 あの日、彼と交わした絆を。

 

 

 * * *

 

 

 時間は、恐山ダンジョン探索前日。

 病院視察時まで遡る。

 

 小児医療病棟での視察を終えた迅一郎は、()()()()の姿を探していた。

 病院内の方々(ほうぼう)を探して、たどり着いたのは病院の屋上だった。

 

 屋上にはベンチや花壇が並び、小さな庭園のように整えられている。

 入院患者たちが、わずかな時間でも外の空気に触れられる憩いの場だった。

 

 そのベンチに迅一郎の探し人——福地公克がひとり静かに腰掛けていた。

 

「ここにいらしたんですね。福地大臣」

「総理……」

 

 迅一郎が声をかけると、福地は驚いたように振り向いた。

 慌てて立ち上がろうとした彼を、片手を上げて制する。

 

「そのままで結構です」

 

 近くの自動販売機で缶コーヒーを二本買い、迅一郎は一本を福地に手渡す。

 そして、隣に静かに腰を下ろした。

 

 屋上を吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎる。

 しばらく言葉のない時間が続いた。

 

 やがて、沈黙を破ったのは福地だった。

 

「……総理。ご存知だったのですね。私がこの病院で、小児外科医として働いていたことを」

「ええ。これから共に国を支える一連託生の仲間のことです。経歴を確認するのは当然のことでしょう」

「…………」

「勝手ながら、視察の依頼を出す際に、院長先生にも事情を説明しました。今、福地大臣が進めている補助制度の概要と併せて。そしたらぜひ直接お話をと。急なお願いでしたが、院長先生は快く時間を取ってくださいましたよ」

「そうでしたか」

 

 再び沈黙が落ちた。

 

 迅一郎は缶コーヒーのプルタブを引き、静かに一口飲む。

 口の中に広がる柔らかい苦味を味わってから、再び口を開いた。

 

「福地大臣の経歴を確認する中で、国政選挙に立候補された際のマニフェストも拝見しました。覚えておられますか?」

「中央から地方への医療再配分。そして、逼迫する小児医療体制への重点支援ですね……」

 

 福地はつぶやく。

 その声には自嘲の色が滲んでいた。

 その理想(マニフェスト)と、現在、福地が推し進める補助制度は、まるで真逆の思想だったからだ。

 

「福地大臣。かつてこの病院で命と向き合った貴方は、政治という世界に舞台を変え、子どもたちの命を救うため、戦うことを志したはずだ。違いますか?」

「私はただ現実を知っただけです。政治の道を志したころの私は、あまりにナイーブだった。理想が世界を動かすと思っていたんです。けれど現実の政治は、しがらみと利権が絡み合う伏魔殿だ。社会保障の分野ともなれば、票につながる都市部と高齢者層の都合が最優先。総理も政治家なら、その構造は理解しているでしょう?」

「否定はいたしません」

「所詮政治家といえど、政局という大きな機械の中で動く歯車の一つ。現実に合わせなければ、政治を回すことはできないのです……」

 

 福地は苦笑に似た表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。

 その言葉を受けた迅一郎は、努めて落ち着いた声で反論を返す。

 

「それでも私は、政治が理想を抱かなくなった瞬間、終わりだと思います。今日、貴方をこの場にお連れしたのは、初心を思い出してほしかったからです。この病院の小児病棟にこそ、あなたの政治家としてのルーツがあるはずだ」

「政治家としてのルーツ、ですか……ふふふ……」

 

 福地はかすかに笑った。

 その笑いは自嘲にも、悔恨にもなって、迅一郎の耳に届いた。

 

「自分は……逃げたんですよ……」

「え?」

「逃げたんです。病と戦うあの子達から」

 

 福地は缶コーヒーを両手で固く握りしめ、かすかに俯いた。

 続きの言葉を出すまでに、少し時間がかかった。

 

「総理も、直接ご覧になったから分かるでしょう。あの子たちは、決して苦しいなんて言わないんです。滅多なことで泣かないんです。それどころか、私たち大人を心配させまいと、無理にでも笑うんです。小さな身体を病に蝕まれ、遊びたい盛りに自由を奪われて。辛いはずなのに……苦しいはずなのに……」

 

 福地は絞り出すように言葉を継ぐ。

 

「そんなあの子たちが私に聞くんです。『先生、僕の病気は治るよね?』『また学校で友達に会えるよね?』って。無垢な瞳で私を見つめながら……」

 

 彼は息を詰まらせ、握りしめた手を膝の上で震わせた。

 

「いつからか……その問いに、私は答えられなくなりました。『絶対に治るよ』、『先生が病気をやっつけてあげるからね』って、笑って答えることができなくなってしまった。まるで自分がひどい嘘つきになった気がして……」

 

 ぽたり——。

 福地の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「だから逃げたんですよ! あの子達の眼差しから! 政治の道からあの子たちを支援するなんて嘘っぱちだ! ただ、目の前の命から目を反らして、逃げ出したんですよ、私はッ……!」

 

 福地はがっくりと肩を落とし、深く息を吐く。

 

 風が屋上を通り抜け、二人の間に再び沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのは、やはり福地だった。

 

「和泉総理ありがとうございました……」

 

 それは礼を告げる声。

 迅一郎は、その言葉の真意を問う。

 

「ありがとう、とは?」

「今日ここに来て、はっきりと気づくことができました。逃げ出した先で、長きに巻かれ、流され続ける……そんな私が、厚生労働大臣という要職に就く資格などあるはずがない。あの子たちに顔向けできません」

「福地大臣……」

「私は、大臣を辞任させていただきます」

 

 まるで憑き物が落ちたようなさっぱりした顔でそう告げる福地。

 その声には固い決意が滲んでいた。

 

 迅一郎はそっと目を閉じ、静かに息を整えた。

 やがて瞳を開くと、穏やかな表情を浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。

 

「その前に、これを貴方に」

「え?」

 

 迅一郎は、懐から丁寧に折りたたまれた便箋の束を取り出し、福地の前に差し出した。

 福地は訝しげに眉をひそめながら、それを受け取る。

 

「これは……? 手紙……?」

「院長から預かってきました。貴方が病院を辞めるときのドタバタで、渡しそびれてしまっていたとのことです。当時の入院していた子どもたちからの寄せ書きだと」

「あの子たちの……?」

 

 福地は手渡された手紙の束をためらいがちに開いた。

 一枚一枚、静かに文字を追っていく。

 

 稚拙ながらも力強い筆跡。

 色鉛筆で描かれた花や笑顔。

 拙い文字で綴られた「ありがとう」「先生だいすき」「がんばってね」という言葉。

 

 ページをめくるたびに、福地の視界が滲んでいった。

 やがて、目に溜まった涙が頬を伝い、便箋に落ちる。

 

 福地はもうこらえきれなかった。

 声にならない嗚咽を漏らし、肩を震わせた。

 

「福地大臣、今から遅くありません——」

 

 その姿を確認した迅一郎は、そっと福地に声を掛ける。

 

「逃げるのではなく、私と一緒に立ち向かいませんか」

「立ち向かう……?」

 

 目元に溜まった涙を拭いながら、福地は視線を迅一郎に向ける。

 迅一郎は、残りのコーヒーを一息で飲み干すと、すっくとベンチから立ち上がった。

 

 フェンスの向こうに広がる空を見上げる。

 厚い雲の隙間から、わずかに青。

 そこから太陽の光が差し込んでいた。

 そのまばゆい日輪を見つめながら、迅一郎は静かに言葉を紡いだ。

 

「私には、エリクサーを軸にした新しい医療改革の構想があります——」

 

 迅一郎は、自らの考えを語り始める。

 それは、エリクサーという資源を、国の医療制度の再構築に組み込むという壮大な計画だった。

 地方と中央の医療格差を是正し、小児医療など、支援が届きにくい分野に確実に希望をもたらす構想だ。

 

「けれど、福地大臣がおっしゃったとおり、政局は利権としがらみの渦中にあります。せっかく確保できたエリクサーも、使い方を誤れば、一部の特権階級だけのものになってしまう。だからこそ、理想に基づいた制度設計が必要なんです」

 

 迅一郎は真剣な表情で続ける。

 

「反発は大きいでしょう。予算一つ通すのも簡単にはいかない。関係機関と、何度も調整を重ねることになる。私ひとりの力では、とても理想を患者のもとまで届けることはできません」

 

 そこで言葉を区切ると、福地の方へ振り返った。

 

「だから、()()()()()()()()()

「私の……力?」

 

 迅一郎ははっきりと頷く。

 

「命の重みを身をもって知り、理想と現実の両輪を支える——そんなあなたのような閣僚が、私には必要なのです」

「総理……」

 

 迅一郎は福地に向かって、頭を下げた。

 

「福地大臣。どうか力を貸してください。私の理想を実現するために——そして、かつてあなたが描いた理想を、共に形にするために」

 

 言葉を受けた福地は、しばらく沈黙したまま動かなかった。

 

 やがて、おもむろに立ち上がると、懐からポケットティッシュを取り出し、おもむろに鼻に当てる。

 びいいいいいっと盛大に鼻をかむ福地。

 そして顔を上げて、照れくさそうに笑った。

 

「失敬……」

 

 それから福地は、まっすぐ迅一郎を見つめる。

 その瞳に、迷いの色は消えていた。

 

「不肖、福地公克、58歳……第105代和泉内閣の厚生労働大臣として、命を賭して政務に尽くすことを、今ここに誓いましょう」

 

 言葉に込められた覚悟を受け止め、迅一郎も静かに頷く。

 二人はしっかりと手を握り合った。

 

 雲間から降り注ぐ柔らかな陽光が、そんな二人を包み込むように照らしていた。

 その光は、まるで新たな決意を祝福するかのように温かかった。

 

 

 

 

 





《TIPS》厚生労働省
2001年に旧厚生省と旧労働省が統合して発足した、国民の生活と働く環境を支える行政を担う省庁である。健康・医療・福祉・介護・年金・雇用など、広く社会保障と称される分野を所掌し、その予算規模は中央省庁の中で最大である。
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