総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~ 作:三月菫
『私は最も賢い人間ではないが、賢い仲間を選ぶことはできる』
——フランクリン・ルーズベルト
「スキル発動——〝
その言葉と同時に、まばゆい燐光が迅一郎の身体からほとばしる。
迅一郎は右手を前にかざした。
光は迅一郎の身体から腕へ、そして彼の目の前へ集約する。
その光はやがて人の形をなしていった。
そして輝きの奥から現れたのは——
サイズの合わないよれたスーツ姿。
髪は薄く、どこか疲れた印象の顔だち。
街を歩けば誰の目にも留まらない、
: な ん で や ね ん
:_( ┐ノε:)ノズコー
:ちょwwwwwおっさんwwwwww
:なぜおっさんを召喚したwwwww
:超絶回復スキルくるぞ→さえないおぢを召喚
:ズコーーーー
戸惑いの声であふれるコメント欄。
だがその中で、いくつかのコメントがその
:でもこのおっさん…なんか全身が青白く透き通ってるぞ…
:スキルで生み出した霊体なんじゃね?
:だ か ら な ぜ お ぢ を 召 喚 し た
:いや待て…このおぢの顔…見覚えが…
:確か、厚生労働大臣じゃね?
:そうだ。厚生労働大臣の福地公克だ!
:なるほど!厚生労働大臣を召喚したのか!
:ますますどういう状況やねんw
迅一郎は、流れる視聴者コメントに目を向け、その疑問に答える。
「私のスキル——〈
:要は閣僚を、スタ●ドとかサー●ァント的な感じで召喚できるってこと?
:いやいやいやいやw
:おっさんを召喚してどうすんのw
「召喚された閣僚は、それぞれの
迅一郎は視聴者からのツッコミに淡々と返してから、あとは任せたと言わんばかりに一歩引き下がった。
「厚生労働省が司るは——
迅一郎が下がると、福地の霊体が紅マロのそばに膝をついた。
両手を組み、静かに祈るように目を閉じる。
次の瞬間、福地の全身から青白い光があふれ出し、紅マロを包んだ。
眩しさの中で、傷口がなめらかに繋がり、出血が止まる。
癒やしの光の中で、紅マロの蒼白な頬にゆっくりと血色が戻っていく。
胸が小刻みに上下し、途切れていた呼吸が繋がっていった。
:すげええええええええ
:回復スキル!?
:厚生労働省だから、回復を司るってことかwww
:ちょっと強引すぎない?
:総理大臣が閣僚の力を借りてるだけだから何も問題はないな
『総理! ダンチューバー紅マロの容態回復! 信じられません……! こんなの……奇跡としか言いようがない……!』
視聴者のコメント欄は熱狂に包まれて、 インカム越しには結月の上ずった声が響く。
現場もネットも驚きで満ちていた。
救いようのない状況だったはずなのに、紅マロは生きている。
誰もがそれを奇跡と呼んだ。
だが、その喧騒の中で、迅一郎だけは静かに笑んだ。
「奇跡なんかじゃないさ。理想を信じる人間が、現実を変えたんだ——」
福地の背を見つめながら、思い出す。
あの日、彼と交わした絆を。
* * *
時間は、恐山ダンジョン探索前日。
病院視察時まで遡る。
小児医療病棟での視察を終えた迅一郎は、
病院内の
屋上にはベンチや花壇が並び、小さな庭園のように整えられている。
入院患者たちが、わずかな時間でも外の空気に触れられる憩いの場だった。
そのベンチに迅一郎の探し人——福地公克がひとり静かに腰掛けていた。
「ここにいらしたんですね。福地大臣」
「総理……」
迅一郎が声をかけると、福地は驚いたように振り向いた。
慌てて立ち上がろうとした彼を、片手を上げて制する。
「そのままで結構です」
近くの自動販売機で缶コーヒーを二本買い、迅一郎は一本を福地に手渡す。
そして、隣に静かに腰を下ろした。
屋上を吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎる。
しばらく言葉のない時間が続いた。
やがて、沈黙を破ったのは福地だった。
「……総理。ご存知だったのですね。私がこの病院で、小児外科医として働いていたことを」
「ええ。これから共に国を支える一連託生の仲間のことです。経歴を確認するのは当然のことでしょう」
「…………」
「勝手ながら、視察の依頼を出す際に、院長先生にも事情を説明しました。今、福地大臣が進めている補助制度の概要と併せて。そしたらぜひ直接お話をと。急なお願いでしたが、院長先生は快く時間を取ってくださいましたよ」
「そうでしたか」
再び沈黙が落ちた。
迅一郎は缶コーヒーのプルタブを引き、静かに一口飲む。
口の中に広がる柔らかい苦味を味わってから、再び口を開いた。
「福地大臣の経歴を確認する中で、国政選挙に立候補された際のマニフェストも拝見しました。覚えておられますか?」
「中央から地方への医療再配分。そして、逼迫する小児医療体制への重点支援ですね……」
福地はつぶやく。
その声には自嘲の色が滲んでいた。
「福地大臣。かつてこの病院で命と向き合った貴方は、政治という世界に舞台を変え、子どもたちの命を救うため、戦うことを志したはずだ。違いますか?」
「私はただ現実を知っただけです。政治の道を志したころの私は、あまりにナイーブだった。理想が世界を動かすと思っていたんです。けれど現実の政治は、しがらみと利権が絡み合う伏魔殿だ。社会保障の分野ともなれば、票につながる都市部と高齢者層の都合が最優先。総理も政治家なら、その構造は理解しているでしょう?」
「否定はいたしません」
「所詮政治家といえど、政局という大きな機械の中で動く歯車の一つ。現実に合わせなければ、政治を回すことはできないのです……」
福地は苦笑に似た表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。
その言葉を受けた迅一郎は、努めて落ち着いた声で反論を返す。
「それでも私は、政治が理想を抱かなくなった瞬間、終わりだと思います。今日、貴方をこの場にお連れしたのは、初心を思い出してほしかったからです。この病院の小児病棟にこそ、あなたの政治家としてのルーツがあるはずだ」
「政治家としてのルーツ、ですか……ふふふ……」
福地はかすかに笑った。
その笑いは自嘲にも、悔恨にもなって、迅一郎の耳に届いた。
「自分は……逃げたんですよ……」
「え?」
「逃げたんです。病と戦うあの子達から」
福地は缶コーヒーを両手で固く握りしめ、かすかに俯いた。
続きの言葉を出すまでに、少し時間がかかった。
「総理も、直接ご覧になったから分かるでしょう。あの子たちは、決して苦しいなんて言わないんです。滅多なことで泣かないんです。それどころか、私たち大人を心配させまいと、無理にでも笑うんです。小さな身体を病に蝕まれ、遊びたい盛りに自由を奪われて。辛いはずなのに……苦しいはずなのに……」
福地は絞り出すように言葉を継ぐ。
「そんなあの子たちが私に聞くんです。『先生、僕の病気は治るよね?』『また学校で友達に会えるよね?』って。無垢な瞳で私を見つめながら……」
彼は息を詰まらせ、握りしめた手を膝の上で震わせた。
「いつからか……その問いに、私は答えられなくなりました。『絶対に治るよ』、『先生が病気をやっつけてあげるからね』って、笑って答えることができなくなってしまった。まるで自分がひどい嘘つきになった気がして……」
ぽたり——。
福地の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「だから逃げたんですよ! あの子達の眼差しから! 政治の道からあの子たちを支援するなんて嘘っぱちだ! ただ、目の前の命から目を反らして、逃げ出したんですよ、私はッ……!」
福地はがっくりと肩を落とし、深く息を吐く。
風が屋上を通り抜け、二人の間に再び沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、やはり福地だった。
「和泉総理ありがとうございました……」
それは礼を告げる声。
迅一郎は、その言葉の真意を問う。
「ありがとう、とは?」
「今日ここに来て、はっきりと気づくことができました。逃げ出した先で、長きに巻かれ、流され続ける……そんな私が、厚生労働大臣という要職に就く資格などあるはずがない。あの子たちに顔向けできません」
「福地大臣……」
「私は、大臣を辞任させていただきます」
まるで憑き物が落ちたようなさっぱりした顔でそう告げる福地。
その声には固い決意が滲んでいた。
迅一郎はそっと目を閉じ、静かに息を整えた。
やがて瞳を開くと、穏やかな表情を浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。
「その前に、これを貴方に」
「え?」
迅一郎は、懐から丁寧に折りたたまれた便箋の束を取り出し、福地の前に差し出した。
福地は訝しげに眉をひそめながら、それを受け取る。
「これは……? 手紙……?」
「院長から預かってきました。貴方が病院を辞めるときのドタバタで、渡しそびれてしまっていたとのことです。当時の入院していた子どもたちからの寄せ書きだと」
「あの子たちの……?」
福地は手渡された手紙の束をためらいがちに開いた。
一枚一枚、静かに文字を追っていく。
稚拙ながらも力強い筆跡。
色鉛筆で描かれた花や笑顔。
拙い文字で綴られた「ありがとう」「先生だいすき」「がんばってね」という言葉。
ページをめくるたびに、福地の視界が滲んでいった。
やがて、目に溜まった涙が頬を伝い、便箋に落ちる。
福地はもうこらえきれなかった。
声にならない嗚咽を漏らし、肩を震わせた。
「福地大臣、今から遅くありません——」
その姿を確認した迅一郎は、そっと福地に声を掛ける。
「逃げるのではなく、私と一緒に立ち向かいませんか」
「立ち向かう……?」
目元に溜まった涙を拭いながら、福地は視線を迅一郎に向ける。
迅一郎は、残りのコーヒーを一息で飲み干すと、すっくとベンチから立ち上がった。
フェンスの向こうに広がる空を見上げる。
厚い雲の隙間から、わずかに青。
そこから太陽の光が差し込んでいた。
そのまばゆい日輪を見つめながら、迅一郎は静かに言葉を紡いだ。
「私には、エリクサーを軸にした新しい医療改革の構想があります——」
迅一郎は、自らの考えを語り始める。
それは、エリクサーという資源を、国の医療制度の再構築に組み込むという壮大な計画だった。
地方と中央の医療格差を是正し、小児医療など、支援が届きにくい分野に確実に希望をもたらす構想だ。
「けれど、福地大臣がおっしゃったとおり、政局は利権としがらみの渦中にあります。せっかく確保できたエリクサーも、使い方を誤れば、一部の特権階級だけのものになってしまう。だからこそ、理想に基づいた制度設計が必要なんです」
迅一郎は真剣な表情で続ける。
「反発は大きいでしょう。予算一つ通すのも簡単にはいかない。関係機関と、何度も調整を重ねることになる。私ひとりの力では、とても理想を患者のもとまで届けることはできません」
そこで言葉を区切ると、福地の方へ振り返った。
「だから、
「私の……力?」
迅一郎ははっきりと頷く。
「命の重みを身をもって知り、理想と現実の両輪を支える——そんなあなたのような閣僚が、私には必要なのです」
「総理……」
迅一郎は福地に向かって、頭を下げた。
「福地大臣。どうか力を貸してください。私の理想を実現するために——そして、かつてあなたが描いた理想を、共に形にするために」
言葉を受けた福地は、しばらく沈黙したまま動かなかった。
やがて、おもむろに立ち上がると、懐からポケットティッシュを取り出し、おもむろに鼻に当てる。
びいいいいいっと盛大に鼻をかむ福地。
そして顔を上げて、照れくさそうに笑った。
「失敬……」
それから福地は、まっすぐ迅一郎を見つめる。
その瞳に、迷いの色は消えていた。
「不肖、福地公克、58歳……第105代和泉内閣の厚生労働大臣として、命を賭して政務に尽くすことを、今ここに誓いましょう」
言葉に込められた覚悟を受け止め、迅一郎も静かに頷く。
二人はしっかりと手を握り合った。
雲間から降り注ぐ柔らかな陽光が、そんな二人を包み込むように照らしていた。
その光は、まるで新たな決意を祝福するかのように温かかった。
《TIPS》厚生労働省
2001年に旧厚生省と旧労働省が統合して発足した、国民の生活と働く環境を支える行政を担う省庁である。健康・医療・福祉・介護・年金・雇用など、広く社会保障と称される分野を所掌し、その予算規模は中央省庁の中で最大である。