総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~ 作:三月菫
昼食を終えたあとも、三人は思う存分に遊園地を楽しんだ。
縁日スペースでは輪投げや射的に夢中になり、ミニSL列車に乗って園内をぐるりと一周する。
途中で立ち寄った小さなステージでは、大道芸人のパフォーマンスに三人並んで拍手を送った。
笑って、驚いて、手をつないで。
三人で過ごした時間は、まるで一瞬のように過ぎていった。
太陽は西の空へと傾き、遊園地の影を長く伸ばしていく。
夕暮れの訪れが早い季節だ。
腕時計を確認すると、針は四時半を少し回っていた。
閉園時間は午後五時——
その時刻が、もうすぐそこまで来ていた。
「あかり、そろそろ閉園の時間だ。次に乗る乗り物で最後にしようか」
迅一郎はあかりの小さな手を握り、穏やかに声をかけた。
しかし、返事はない。
「あかり?」
不思議に思って視線を下げると、あかりは俯いたまま、ふてくされたように唇を尖らせていた。
「どうした? 疲れちゃったか? アトラクションはやめにして、もう帰ろうか?」
「やだ……」
「じゃあ、最後に乗るアトラクションを決めよう。まだ乗ってない乗り物は——」
「やだっ!」
突然、あかりが大きな声を上げた。
その勢いのまま迅一郎の手を振り払って、その場に立ち止まる。
予想もしなかったあかりの反応に、迅一郎は一瞬、言葉を失った。
「……どうした、あかり?」
迅一郎は急変したあかりの態度に戸惑いつつ、それでも声をかける。
結月も心配そうな顔であかりを見つめていた。
あかりはしばらく顔を上げず、小さな手をぎゅっと握りしめていた。
「……だって、のったら、おわっちゃう」
「え?」
小さく、震える声だった。
「また……パパ、いそがしくなっちゃう。あそべなくなっちゃう。だから……やだ……」
「あかり……」
その言葉に、迅一郎の胸が真綿で締め付けるように痛む。
頭では分かっていた。
あかりはまだ五歳。
この頃随分としっかりしてきたとはいえ、まだまだ子供である。
物心つく前に母親を亡くし、父親は常に仕事に追われている。
そんな小さな胸の中に積もる寂しさは、どれほどだろうか。
あかりの目にうつる自分は、我が娘を顧みないひどい父親だろう。
迅一郎は、言葉を失ってしまった。
何を言えばいいのか、どんな言葉ならこの小さな胸の痛みを和らげられるのか——それが見つからなかった。
口を開きかけては閉じ、考えては飲み込む。
その繰り返しの末、ただじっとあかりを見つめるしかない。
自分は父親として、あまりにも未熟だった——
そんな迅一郎の代わりに、そっと一歩を踏み出したのは結月だった。
「あかりちゃん……大丈夫。さみしくなっちゃったね……」
結月はそっとしゃがみ込み、あかりの顔をのぞき込んだ。
目線を同じ高さに合わせ、柔らかく微笑む。
「今日は楽しかったよね。私もとっても楽しかった。今日が終わっちゃうのはさみしいよね。悲しいよね。私も一緒だよ……」
あかりの心にそっと寄り添うような言葉をかける結月。
その言葉を受けて、あかりの瞳に大きな涙が溜まっていった。
結月は、そんなあかりのことを優しく抱きしめる。
「だから、泣きたくなってもいいんだよ。悲しいで胸がいっぱいになったら我慢しないで思いっきり泣いていいの。あかりちゃんは、とってもえらい頑張り屋さんなんだから」
「あかり、えらくない……わるいこ……」
「そんなことないよ。あかりちゃんはいつも、パパがどんなに遅く帰ってきても、泣かずに待っていられるでしょ? 幼稚園でも、みんなと仲良くできてるでしょ? えらいよ、すっごくえらい」
結月はあかりの背中をぽんぽんと優しく叩きながら、優しい声で語り続けた。
「でもね、これだけは信じて。パパはね、あかりちゃんのことを大切に思ってるよ。どんな時でも、誰よりも、世界で一番大好きなんだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
結月はあかりの両肩に手を添え、そっと体を離した。
涙に濡れたあかりの瞳が、まっすぐに結月を見つめ返す。
その純粋な視線を、結月は穏やかな微笑みで受け止めた。
「だって、私はそばで見てきたからわかるの。パパはいつだって、あかりちゃんのことを一番に考えてるんだよ」
「あかりのこと、ほんとに、ほんとにだいすき?」
「私があかりちゃんに嘘をついたこと、あったっけ?」
「……ない」
結月はあかりの頭をなでてから、今度は迅一郎に向き合うように促した。
そして、ニコリと微笑む。
「じゃあ、いっぱい泣いたあとは、最後ににっこり笑おうか? 最後の最後、あかりちゃんが泣いたままだったら、楽しかった一日が、悲しい気持ちで終わっちゃう。そんなのもったいないよね?」
あかりはしばらく、足元の影をじっと見つめていた。
どれくらいそうしていただろうか。
やがてあかりは小さく顔を上げる。
ぎゅっと両手をにぎって、その瞳に涙の名残を残しながら、絞り出すように呟いた。
「……パパ。あかり、さいごにね、かんらんしゃ、のりたい」
それは周囲の雑踏に紛れてしまいそうな、弱々しい声だった。
けれどその言葉には、さみしいも、ありがとうも、ごめんなさいも……小さな彼女なりの精一杯の想いがありったけ詰まっていた。
迅一郎の胸が熱くなり、思わず目頭がじんとする。
一瞬、言葉を詰まらせ——そして、穏やかに微笑んだ。
「ああ、もちろんだ!」
迅一郎とあかりは、はにかむように笑い合う。
その光景を見届けて、結月は小さく安堵の息をついた。
そして、そっとあかりの耳元に顔を寄せ、いたずらっぽくささやく。
「ね、今だけはパパを困らせちゃおうか」
「……え?」
あかりが目をぱちくりさせると、結月は立ち上がり、からかうような笑みを浮かべて迅一郎を見やった。
「先輩、これから帰るまでの間、あかりちゃんのこと——ずっと抱っこです」
「いーのー!?」
瞬間、あかりの瞳がぱあっと輝いた。
迅一郎は思わず笑みをこぼすと、膝をついて両手を広げる。
「ああ、もちろんだ。抱っこでも肩車でも、どんとこい!」
「だっこだっこ、だっこー!!」
あかりは勢いよく迅一郎の胸に飛び込んだ。
その小さな体をしっかりと抱きしめながら、迅一郎は愛娘の耳元に告げる。
「……大好きだよ、あかり」
あかりは父の胸に顔をうずめながら、何度もこくこくとうなずいた。