総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~   作:三月菫

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第6話 新宿ダンジョン④

 迅一郎は、つつがなく探索を続け、上層から中層へと移動する。

 細く曲がりくねった通路を進んでいくと、またしても玄室へ続く扉へと突き当たった。

 

『総理、この先の玄室に生体反応があります。数は二』

「モンスターか?」

『いえ、この反応は……人間のものと思われます』

「なるほど。探索者か、あるいは……」

『くれぐれも気を抜かずに、総理』

「言わずもがなだ」

 

 迅一郎は結月との短いやり取りを終えると、静かに玄室の扉を押し開いた。

 

 その先は、直径十メートルほどの空間だった。

 四方には、迷宮からかき集めた木材や石で組まれたベッドやテーブル、乱雑に放置された食器や皮袋が見え、文明を持つ者の生活の痕跡が残されていた。

 

 だが、それは整った住居というよりも、荒くれ者の巣窟に近い。

 食器には乾ききっていない肉の脂がこびりつき、皮袋からは酒の匂いが立ちのぼる。

 壁には刃物が無造作に突き立てられ、まるで戦利品を誇示するかのようにモンスターの骨が吊り下げられていた。

 

 部屋の中央では、焚き火がぱちぱちと音を立てている。

 燃え盛る炎が玄室の岩壁に赤い影を揺らし、その光に照らされながら、二人の男が腰を下ろしていた。

 

 その雰囲気は、探索者と称するには、あまりに異様だった。

 

 男たちはどちらも、オーガほどではないにせよ筋骨隆々の体を誇示するように、上半身をむき出しにしていた。

 一人は錆びた肩当てに釘打ちの革鎧、もう一人はモンスターの毛皮を縫い合わせた部族めいた飾り鎧を着込む。

 髪はモヒカンとスキンヘッド。顔には意味不明なペイント。

 

 まるで自らを怪物に見せかけ、対峙した者の恐怖を演出しているかのようだ。

 

 二人の男たちは、炎を挟んでこちらに気づくと、おもむろに立ち上がってから、にやりと笑う。

 それはまるで、獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛な笑みだった。

 

「こんなところまで探索者がくるなんて久しぶりだぁ〜」

「ひゃはははは、たっぷり可愛がってやるよ」

 

迅一郎はその様を見つめつつ、ぼそりとこぼす。

 

「残念だ、白瀬くん。相手はレイダーのようだ」

 

:レイダーきたああああああああ

:ヒャッハーきたあああああ

:レイダーってなに?

:略奪を生業にする探索者のこと

 

 レイダー——

 それは探索者の成れの果てとも呼ばれる存在だった。

 

 ダンジョンで得た戦利品や物資を地上に持ち帰るのではなく、己の欲望のままに迷宮へ居座り、略奪と殺戮を繰り返す者たち。

 

 長く瘴気を浴び続けたことで肉体は常人をはるかに凌駕し、筋力も耐久力もモンスターに匹敵すると言われている。

 そして彼らの恐ろしさは、何よりも()()()()()がゆえの狡猾さにあった。

 

 二人のレイダーは、それぞれ片手に棍棒と手斧を携え、ゆらゆらとした足取りで近づいてくる。

 その得物に染み込んだ赤黒い血が、彼らがこれまで犯してきた殺戮の数々を物語っていた。

 

「ひゃひゃひゃ、ここは俺らの縄張りだぁ、絶対に逃さねえ」

「人間相手に遊べるのは久しぶりだからなあ。まずは手足を一本ずつへし折って動けなくしてから……じっくりといたぶってやる」

 

 二人のレイダーは牙を剥くように笑う。

 

:あの、レイダーさん……この人、さっきA級モンスターの群れを瞬殺してるんです

:これはわかりやすい死亡フラグw

:北○の拳の雑魚www

:やっちゃってください総理!

 

 高まる視聴者の期待。

 しかし、そんな期待を裏切るように、迅一郎は腰に差したままの刀に触れず、代わりに一歩前に出て、静かに二人のレイダーを見据えた。

 

「我が国は平和憲法を掲げ、紛争解決の手段として、武力による威嚇又は武力の行使を永久に放棄しています。ゆえに私は、この国の理念を体現する総理大臣として、平和主義を堅守しなければいけません——」

 

 低く、しかしよく通る声で言葉を紡ぐ迅一郎。

 

:ちょwダンジョンでそれ持ち出すんすかww

:相手レイダーだぞ!?

:ほぼモンスターみたいな血に飢えた連中なんだから

:これは日本国総理の鑑wwww

 

 迅一郎のまさかの非暴力路線に対して、コメント欄は戸惑いとツッコミの声であふれかえる。

 だが、迅一郎はそんな声を意に介さず、両手を広げて武器を取らない意志を示した。

 

「レイダー諸君。武器を取るのではなく、話し合いませんか。私の名は和泉迅一郎。この国の内閣総理大臣です」

 

 対するレイダーたちは一瞬、怪訝そうに顔を見合わせたが、すぐに嘲るような笑い声を上げた。

 

「こいつ頭おかしいんじゃねえか?」

「総理大臣がなんでダンジョンの中にいるんだよ! 命乞いならもっと分かりやすくしろや!」

 

:レイダーの言うことが正しいwww

:おっしゃるとおりです

:だけどホントにこの人が総理大臣なんすよw

:正直俺らも戸惑ってるんです

 

 レイダーたちはにじり寄るように一歩、また一歩と迫ってくる。 

 ついに距離は詰まり、鋭い殺気とともに迅一郎の間合いへと踏み込んだ。

 

「総理大臣サマよぉ。悪いがここは日本じゃなくて、俺たちの国なんだ。まずは俺らの税金から払ってもらわねえとなあ」

「ひゃはははは。命で納める税だがなぁ!」

 

 レイダーたちは武器を振りかざして威嚇する。

 殺気が玄室に満ちて、空気が重く張り詰めた。

 だが迅一郎は、それでも刀に手をかけない。

 臆することなく、昂ぶることもなく、落ち着き払った声でレイダーたちに語りかける。

 

「教えてくれませんか。君たちはなぜ地上を捨て、この暗い迷宮に留まる道を選んだのか。生きるためか、それとも他に理由があるのか。まずは聞かせてほしい」

 

:まじでレイダーと対話しようとしてるw

:レイダーに悲しい過去あり?

:これはワンチャン更生ルート?

:総理、命だけは大事にしてください

 

「俺らがなんでここにいるか、だと?」

 

 迅一郎の言葉に応じたのは、手斧を掲げたモヒカンのレイダーだった。

 

「簡単な話だ。地上じゃ飢えて死ぬか、誰かに搾り取られてゴミみたいに生きるしかねえ! だったらここで奪って生きた方がマシだろうが!」

「本当にそう思っているのですか? この明かりが差し込まない暗がりで、死の気配を間近に感じながら生きていくことが、君たちの幸福だと」

「あん……だと?」

 

 わずかにたじろぐように、瞳を揺らすモヒカン。

 迅一郎はその目を逃さず、静かに言葉を重ねる。

 

「君たちにも、家族や友がいるはずだ。君らの帰りを信じて待っている人が」

「……んなもん、いるわけねえだろうが」

「もしも誰もいないなら、せめて自分自身のために生き直せばいい。過去に縛られず、新しい居場所を築くことはできる。こんな暗がりではなく、陽の光が差す地上で。私は政治家として、君たちがやり直せるように全力を尽くします」

 

「ざけんなッ!!」

 

 怒号と共にモヒカンが握りしめた手斧が振り下ろされる。

 迅一郎は横っ飛びでその攻撃をかわした。

 

「居場所だと? 俺らに、んなもんあるわけねえだろ!?」

 

 モヒカンの男が歯を剥き出して吠える。

 それは、先程までの威嚇の顔とは違う、純粋な怒気に帯びた表情だった。

 

「俺らが何人ここで人をぶっ殺したが知らねえだろ!? 両手じゃとても足りねンだよ! 今更地上に戻っても刑務所にぶち込まれて死刑になるだけだろうが!!」

「我が国は法治国家です。君たちに犯した罪があるならば、それは法の下に裁かれなければなりません」

「こいつマジでぶっ殺す! 八つ裂きじゃ気がすまねえ! 手足をもいで、皮をはいで、内臓を引きずり出してやる!」

「ひゃはははは! いいねえ。俺もこいつにムカついてきたぜえ」

 

 二人のレイダーたちは凶器を握りしめ、あらためて迅一郎に迫る。

 迅一郎はそっと、目を閉じた。

 

 対話の糸口は……残念ながら、断ち切れてしまった。

 彼らの眼には理性よりも血の渇きが映っている。

 

『総理……』

 

 迅一郎の耳元に結月の囁くような声が届いた。

 

『あなたがどれだけ崇高な理想を掲げても、今の彼らには届きません。どれだけ言葉を尽くしても、伝わらないことはあります』

 

 結月の声は、憐憫の情でわずかに揺れていた。

 それは迅一郎に対するものか。

 あるいはもう地上に戻れないと言い放ったレイダーたちに対するものか。誰にも判別はつかなかった。

 

「わかっているとも。だが、私は政治家だ。絵空事だと笑われようと、国民に理想を示しつづけなければならない——」

「総理……私は知っています。総理が人を救うためにここに立っていることを。私は決してその理想を笑いません。たとえこの国の誰もが嘲ったとしても、私だけは信じています」

「……ありがとう、白瀬くん」

 

 結月の言葉は、冷たい玄室の空気の中で、僅かなぬくもりとなって胸に染み込んでいく。

 迅一郎は深く息を吸い込み、瞼を上げた。

 

「これより、自衛のための必要最小限度の実力を行使する——」

 

 カチリ、と鯉口を切る音が、殺気満ちる玄室に鳴り響いた。

 





《TIPS》自衛のための必要最小限度の実力

日本国憲法が定める平和主義のもとで認められる防衛の範囲を示す言葉。つまり、日本が武力攻撃を受けた場合に、国を守るために必要な最低限の力だけを使うという考え方である。これを超える武力行使は憲法上許されないと解されている。
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