バブル崩壊後の就職超氷河期に
人事部として人材採用に携わっていた武田源太。
圧倒的なまでに買い手市場だった採用の現場で、
やりたい放題だった日々をいまだに引きずっている。
定年後も再雇用として採用の現場に居座り続ける
武田は最近の売り手市場になった採用を憂いていた。

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人材バブルの亡霊

「あの頃は良かった…」

バブル世代、今年で60歳になる武田源太は思い出す。

と言ってもバブルの時代の事を言っているのでは無い。

彼が懐かしく思っているのは、バブル崩壊後の就職超氷河期の頃だ。

「あの頃の新卒どもは、何でも従っていたのに…」

と呟く。

実際、今考えれば異常な程の従順さだった。

面接で罵倒しても、罵っても笑顔を絶やさず、

理不尽な質問にも逆らわずに一生懸命にこちらの意図を探り、

面接に向かう交通費だって、大阪だろうと東京だろうと

全部自腹で駆けつけていた。

「本当に都合のいい奴らだった。それに…」

武田のニヤケ顔がさらに下卑たものになる。

シーツの波にうねる白い肢体。

固く閉じた唇から時々漏れる吐息。

諦めたように感情を押し殺すような顔。

内定をチラつかせて関係を持った新卒達を思い出す。

あの頃は入れ食い状態だった。

面接でめぼしいのを見つけると、

「採用面接の件で、話したいことがあるから、

 ご飯でも食べながらどう?」

と連絡すれば、大抵はホイホイついてきた。

「チョロかったなぁ。」

まあ、他の会社でも似た様なことをする輩が多過ぎて、

社会問題になってしまったから実際は5年くらいしか楽しめなかったが、

今でもあの時の事を思い出しては興奮している。

携帯のカメラで撮ったから画像が粗いのが悔やまれるが、

彼女達の画像は今でも武田の宝物だ。

 

「それに引き換え、最近の新卒はなっとらん!」

思わず声が漏れる。

武田の机に置かれた「内定辞退者推移グラフ」と書かれた

書類を一目見てグシャッと握りつぶす。

彼はまだ人事採用の第一線で働く、現役だ。

なにせ後進が育っていないのだ。

自分の周りで働いている部下達に目をやる。

「全く、揃いも揃って無能ばかりだ…」

当時、新卒だった就職超氷河期世代も今では中堅になった。

しかし、予算の組み立てや年度計画など、会社の核となる業務を

やれる人材にはまだまだ足りないのである。

「散々OJTで俺の仕事ぶりを見せてやったのに、

 何一つものに出来ていない。

 仕事は見て覚えるものだろ!

 俺たちの頃は、上司の書類作るの手伝ったりして勝手に覚えたものだ!

 今じゃパソコンでチャチャっと出来るのに、何故出来ない!」

武田本人も自分がチャチャっと処理するから、

部下たちがそういった処理携われなくなっている事に気づいてはいない。

既に武田は再雇用という形で働いている。

この再雇用をどんなに引っ張っても、あと5年で終了だ。

その後、この業務は誰が引き継ぐのか?

考えただけでも、気持ちが暗くなりそうだ。

まあ、自分が辞めた後の事を考えても仕方ないか。

どうなろうと俺の知ったこっちゃない。

むしろ、部下が仕事出来ないおかげで、

俺の再雇用は揺るぎのないものになっているのだから結果オーライだ。

再雇用は一年更新で、

延長するしないの決定権は自分にあったが、

更新後の部署や仕事内容は会社側の都合で変えられる。

部下が無能なら自分を元の部署に置いておかなければならないのだ。

今更新しい場所で新しい仕事を覚えるなんてまっぴらごめん。

だから、今は部下達の無能に感謝だ!

武田は心の中で笑った。

 

やはり、腹立たしいのは新卒共だ。

再び思考は新卒採用に立ち戻る。

今日もロクな奴、いなかったな。

本日開催された採用面接を思い出す。

 

「えーそれでは

今から質疑応答の時間にさせて頂きます」

司会の斎藤が学生達に振る。

学生達が一斉に手を挙げる。

斎藤がそのうち一人を指名する。

学生は開口一番、

「年次休暇はちゃんと休めますか?」

思わず武田はその質問をした学生を睨む。

学生はそれに気付きもせず、

司会の斎藤の方を期待の眼差しで見ている。

その目は自分の期待通りの答えを会社側が回答してくれると

微塵も疑っていない事を物語っていた。

それに気付き武田は苛つく。

回答しようとすると斎藤を静止し、代わりに回答する。

「君たち、来年から社会人になる訳だよね?

 社会人ってのは働く事で社会の一員として存在出来る訳よ。

 休みたいだけの人材はいらないんだよ。

 そんな奴、うちだけじゃなくて、どこの会社でも使えねぇよ」

武田の発言を聞いて、参加したリクルーター全員が

ドン引きしているが分かった。

隣にいる部下の斎藤すら、

「あちゃーやらかしちゃったよ」

とでも言うように困り顔で頭を掻いている。

そして、それでも仕方ないという感じで、

「はい、武田さんありがとうございます。

 まあ、会社には厳しい面もあると言う事ですね。

 もちろん、弊社では年次休暇はしっかりと休めます。

 長期休暇に海外旅行に行くものも少なくないです。

 ただ、休暇中に社員が犯罪を犯しても、

 世間は『〇〇社の社員が犯罪を犯した』って、

 判断しちゃうので、その辺の自覚は欲しいかなって思います」

とフォローを入れつつ、軌道修正する。

それでも一度離れた学生達の気持ちは戻らなかったようで、

その後、斎藤が、

「他にご質問はございませんか?」

と聞いたが、他に質問をする者は一人もいなかった。

入る時と違って、

適当な会釈程度で済ませて退室していく様子からも、

彼等の中で当社への入社意欲が全く無くなっているのが

武田にも分かった。

学生達が退室した後、

「今のはもう無理でしょうね」

と、嫌味のように言う斎藤に腹を立てながらも、

「次だ!次っ!」

と投げ捨てるように言った。

 

その時の気持ちを思い出し、再度腹を立てる。

そして、

「採用される側が、企業を値踏みしやがって…」

と、選ばれなかった事実と、

採用する側の俺が何故あいつら若造に選ばれなきゃいけねぇんだ

と言う感情がどす黒く渦巻いていた。

武田は一度怒りを飲み込んで、目を閉じ、考える。

バブルの頃、自分は企業を選び放題だった。

会社に入ると丁度、就職超氷河期が到来して、今度は人材が

選び放題になった。

俺は常に選ぶ側の人間だった!

なのに、最近はどうだ?

右も左も分からんガキどもが値踏みしてきやがる!

ハラスメント?

コンプライアンス?

ふざけるな!お前らが選ぶんじゃねえ!

会社が!俺が!お前達を選別してやるんだ!

飲み込んだはずの怒りが再び沸々と熱を持ち始める。

目を開けるとパソコンの画面に映るヤフーニュースに

「外国人労働者、急増!」という文字。

「これだ!」

外国人労働者を増やす。

そうすれば人手不足で売り手市場の人材採用が変えられる。

「もう馬鹿面下げたガキどもにヘエーコラしなくて済む!」

早速、外国人労働者の強化を公約にしている政治団体に

連絡を入れる。

「はい、…はい、しっかりお手伝いさせて貰いますよ!

 …はい。デモ行進?ヘエヘエ、参加しますよ!

 しっかり、勤めさせてもらいます。

 外国人の皆さんが活躍しやすい社会を訴えていきましょう!」

そう言ってガチャリと電話を切る。

その顔は達成感と期待で恍惚としていた。

「見てろガキども!お前達に甘ったるいこの腐った世界を

 ぐっちゃぐちゃにしてやるぜ!はっはっはっ!」

周りの部下達が白い目で自分を見ているのも気付かず、

そんな事を叫びながら、頭では外国人女性との情事を妄想する

武田であった。


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