死にたくないので炎上上等! 地球への手がかりを探すSFオタクが、銀河最底辺ダンジョン配信でミームから神話になるまで   作:生駒伊織

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6話2 この契約書、買い取ってあげる

 

 

基地から漏れ出る騒音と、生ぬるい空気に彩られた青空がやけに眩しかった。

だけど、ミナカには自分の真向かいに現れた赤い巨体の方が更に眩しかった。

草木の濃い香りが、一度風に運ばれ鼻をくすぐる。

監獄の外、駐屯基地の幾つあるか解らないドアから出ると、そこにレオパルドンがいた。

 

「お兄様!」

「ミナカ殿! ご無事でござったか!」

 

レオパルドンは少しばかり気落ちしていた様子だったが、ミナカの顔を見た瞬間元の調子に戻った。

 

「お兄様、体は特になんともなさそうで……」

「少し身体検査をされたぐらいで、待合室で待ってたら釈放されたでござるよ」

 

もう会えないと思っていた金のなる木との再会に喜ぶのも束の間。その場に、いかにも身なりの良さそうな白髪の老紳士が一人。紺色のローブ、袖には金の刺繍がさり気なく施されている。

ミナカは思う、間違いない。これニュースとかで見た事ある、金持ちの家で働いてる人だ。

護送に付いてきた四人の看守は、ミナカ達の手錠を外すと老紳士に敬礼。老紳士も一度浅く礼をし、彼等を見送った。

 

「初めまして、オルムステッド家の家令でございます。どうぞ、こちらに。キャストリルお嬢様がお待ちです」

 

冷たい手錠が外され、手首に血が戻り始める中。二人にそう告げると、老紳士は右手を挙げて促す。

白と金の装飾を施された船。宮殿の様な意匠のそれは、まず間違いなく相応以上の金がかかっている。

 

「――ミナカ殿、なんでござるかここ。スペース貴族的な立ち位置の人のとこでござるか?」

 

所切り替わって香るのは柑橘系の香料と、丹念に磨かれた金属の入り混じる匂い。

金持ちの船は、内部も贅を尽くした感じのする作りだった。ミナカの古びた中古軍用機と違い、どことなく古い屋敷を彷彿とさせる上品な青い壁と、金の装飾が施された赤い絨毯。

通路の幅は五メートル。先導する老紳士は決まって七十五センチの歩幅で規則正しく歩く。その姿はミナカの目から見えても、よく訓練されてるように見えた。こういう人間は大抵高給が支払われてる、香料に混じった高給取りの匂いをミナカは確かにかぎ取っていた。

その中、レオパルドンが彼女の耳元に顔を近づけ話しかける。

 

「運営貴族をご存知ない?」

「なんでござるか、その心の琴線に触れるバカみたいなパワーワード?」

 

びっくりする位、何も知らないレオパルドンに対し、ミナカは一瞬この人本当に地球って所から来たんじゃないかと思った。が、そんな事より記憶に障害があるのだろうと直ぐに思い直した。

 

「運営貴族ってのは、この帝国から認められてマルチチャンネルネットワーク権を持ってる人達の事です。領土となる惑星には、人気のある配信冒険者がわんさか所属してます……で、その利益でめっちゃ金持ちなんです。ほら、あそこの絵画モノホンですよ」

「絵が好きなのでござるか?」

「いえ、アレを持てる力が羨ましかったんです」

 

廊下に飾られた絵。古代に用いられたロケットが空を飛ぶ光景。

ミナカが見つめたのは、その絵の美しさではない。有名な画家が描いたからでも、ストーリー性に感動したからでもない。これを所有出来るだけの力に憧れたのだ。

 

「この世には二種類の人間がいるんです、切り捨てる側と切り捨てられる側。それを分けるのは力ですよ……わたしは何時だって切り捨てる側に立ちたい」

 

この絵は、そんな切り捨てる側が持つ力の一旦に彼女には思えた。

 

「それに切り捨てる側になれば、いつだって可愛いショタを選び放題! いやー、ワガハイが成功した暁には未成年の定義を大幅に変更しますよ!」

 

重たくなった空気をバカげた事で無理やり一転させる。ショタネタであえて下品に攻めて、本心に触れられないように。

 

「そういうものでござるか……」

 

そこで、一際大きな黒壇の扉の前で老紳士は止まる。一目で質の良い木を使ってる感じのする扉が独りでに開く。

 

「ありがとう、バルタザール」

 

澄んだ女の声音。

バルタザール……それが老紳士の名なのか。そう思いながらミナカは老紳士が部屋の外で控えるのを見つめる。

飴色の壁紙に赤い絨毯の中央には、一人の少女がいた。

 

「ようこそおいでくださいました、帝国運営貴族オルムステッド家当主が名代。キャストリル・クォスティ・オルムステッドと申します」

 

周囲に赤いローブの侍女達を侍らせ、百四十センチほどの少女がスカートの両端をつまみ上げて一礼する。

腰まである翡翠の髪を流した少女だった。淡い青と緑の境界線にある様な髪を飾るのは、黒い王冠を模した髪飾り。それが前髪の中央にある。

白い精緻な刺繍の施されたドレスの上に、髪色と同じ翡翠のヴェールを肩にかけ、貴族の中でも有力の者にしか許されない金の円環を背中に飾っている。周囲に浮かぶ七色の玉は、一つ数億という高額の超小型衛星。あの七色の玉は、どれほどの価値になるだろうかとミナカは思う。

切れ長の金の瞳に称える光は、どこか底冷えする印象を他者に与えた。

 

「……ソシャゲのSSRキャラみたいな見た目と名前の人が出てきたでござる」

「お兄様、静かにして。この人運営貴族の中でもかなり上の方のオルムステッド家の一族の人なんだから」

 

ミナカには、権力がテーブルの上にも現れているように見えた。テーブルの上に置かれている茶菓子は香りが高く、茶器にはシミや欠け一つない。それを用意するだけの経済力がある事を意味している。

しばしの沈黙の後、キャストリルは無表情から笑みを取り繕い。

 

「お名前をお聞かせ願えますか?」

 

キャストリルはそんな彼女等に対し、嫋やかな声音でそう言った。

そこでミナカは自己紹介の為に胸元に手を当てて話しかけようとすると、キャストリルの右手人差し指がミナカの口元に当てられる。

 

「少し静かにね、バルディナ。私はこの方のお名前を聞きたいの」

 

バルディナ、って何の名前。でも多分ロクな意味を持っていなさそうだ。ミナカの直感が告げている、この女は多分嫌な奴だ。

 

「拙者はレオパルドン、そしてそちらはミナカ・アラギ殿でござる」

「レオパルドン、……レオパルドン。良いでしょう、覚えました」

 

そこで彼女は右手をミナカの口から離すと、そっとテーブルに差し。

 

「さぁ、どうぞお席に。バルディナもいいのよ?」

「そのバルディナって何なんですか!? ワガハイはミナカ・アラギというママから貰った名前が――」

 

怒り狂うミナカに対し、キャストリルは一度嘆息すると右手を上げる。そこで周囲の侍女達を制すと。

 

「私が毎秒オルムステッドの名で稼ぐのは一兆。理由は簡単、我が家が”価値”を束ねているからよ」

「な、なんです急に……」

「才能、戦力、学力、資産、影響力……どれか一つでも突出した物があれば『華』を有してると認め名前を覚える。それ以外は男ならバルタザール、女ならバルディナで十分よ。ちなみに今のこのやり取りにかかった時間は二十五秒、つまり二十五兆の機会損失となった訳だけどバルディナ払えて?」

 

息を呑むミナカに対し、キャストリルは笑いかけ。

 

「払えないでしょうね。でもいいわ、バルディナが稼ぎ出す生涯賃金なんて宛にしてないから。その代わり、お行儀よくお茶を嗜んでいただけるかしら?」

「客人のお兄様の前でやるやり取りでも無いでしょう……それを避けるのもお貴族様の努めじゃないんですか?」

「あら、これは失礼。そうね、名前よね。……バルディナが気に入らないなら、”貴女”の方が良かったかしら?」

「こ、こここのアマ――」

「まぁ、二人共落ち着くでござるよ。まだ話の本題、このお茶会に招待された理由も解らぬままでござる」

「でも、お兄様! このアマ、ワガハイを小馬鹿にしたんですよ! 侮辱という泥は相手の血によって綺麗しなくては!」

 

あまりの言い様に怒りを覚えるミナカと、それを何処吹く風といなすキャストリル。

険悪な雰囲気が立ち込めるのを、レオパルドンが割って入り諫める。ミナカとしては余りにも余りな言い様に勘弁ならない気持ちでいっぱいだったが。

 

「七つの衛星がこちらを向いて、一台が前に――迎撃角度が内向きでござるよ。調度品に被害を出さず、制圧は最小限が狙い……言葉一つだけで」

 

ぼそりとレオパルドンがそう言った直後、聞こえてくるのは高周波音。出しているのはキャストリルの周囲に広がる衛星からだ。

 

「鋭すぎるボディー・ガードでござるな」

「あら。敏いわね」

「SF作品のガジェットを考察した事があるでござる。もっとも、再生数は伸びなかったでござるが」

 

意味を理解した時、ミナカは一瞬血の気が引いて一気に冷静になった。それに対して翡翠の髪の少女はにこやかに笑う。

 

「そうですね、レオパルドン。私が貴方達を招待した理由に入りましょうか」

 

そこで彼女は一度右手で自らの頬と口を撫でて。

 

「勿論、ビジネスの話をしたかったからよ」

 

 

◆◇◆◇

 

 

【首位転落】オルムステッド系チャンネル Part1921203【落ち目】

 

【王朝】オルムステッド系チャンネル Part3116452【崩壊】

 

【過去の】オルムステッド系チャンネル Part5822239【栄光】

 

 

◆◇◆◇

 

 

抑えられた照明が周囲を照らす。

飴色の壁紙と赤い絨毯が敷き詰められた部屋は、いつの間にか威圧的な空気を孕みつつあった。ミナカには戦場のように思えてならない。

 

「御覧の通り、私達オルムステッド家はかつては配信冒険者界で栄華を極めておりました……ですが、それも過去の事」

 

空気が、衛星から放射される粒子で僅かな陽炎を生む。

キャストリルの衛星の一つから照らし出されるホログラムに映るのは、ネット掲示板のスレ。

 

「ランキング首位から転落して早十年、落ちた業績はそれなりに回復しましたが些か彩りに欠ける。……私達は王朝を再び築くのです」

 

それに対し、ミナカは一度小さく右手で挙手をした。

 

「あのー、それがワガハイ達に一体何の関係があるんでしょうか?」

「花は諸王の冠、統べる者に相応しきもの――」

 

そこでキャストリルはつかつかと歩みをレオパルドンに寄せる。

顔には微笑みを浮かべているが、金の瞳に走るのはギラついた渇望。

 

「私が欲しいのは赤く大きな花。この遍く銀河を飾るに相応しい大輪の……貴方が欲しいわレオパルドン」

「ふむ……拙者、こんな美少女に欲しいと言われるシチュは人生で初めてでござる」

「あら、お上手ね。正直な人は個人的に嫌いでなくてよ?」

 

微笑むキャストリルと、満更でも無さそうなレオパルドン。

そこで冗談ではないのはミナカである。咄嗟に思い浮かんだのは船での彼、……ミナカの中で奇妙な感情の火花がぱちりと弾けた。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 何満更じゃない感じ出してるんですか、お兄様!」

「も、申し訳ないミナカ殿。つい」

 

そんなやり取りを見て、キャストリルは何かを孕んだ笑みを浮かべる。

 

「手に入るのなら、抱かれるのも悪くはないわ。だって栄華と寝れるだなんて、女冥利に尽きるじゃない?」

「このロイヤルビッチ!」

 

その時、キャストリルはテーブルに飾ってあった花瓶に挿された花を一本手に取り口元に当てる。

花の色は白。

 

「……」

「……」

 

無言の間が一拍続いた後、顔を赤くしたミナカは無言で花瓶の花を一本引き抜き両手に持つ。

その花の色も白。

 

「冗談じゃありません! アンタみたいな奴に取られてたまるもんですか!」

「あら、その花。よい物と思ったけど、改めて見たら貧相ね――上げる。お似合いよバルディナ?」

 

そう言うと、キャストリルは翡翠の髪を一度右手で流す。それは脳波コントローラーの起動を促し、ホログラム画面が切り替わる。

出てきたのは白い画面。簡素なそれは、金額を映し出してる。

 

「貴方達の保釈に支払った額は、およそ二億。我がオルムステッドにははした金ですが、損失としては大きい……どうして一億で済んだ物を二億にしたか解る?」

「な、何を言いたいんですか?」

「ノブリス・オブリージュという奴よ。帝国貴族は皇帝陛下の臣として、律と法を守るべき物……貴方のこれが無ければねぇ」

 

そこで次に映るのは一枚の契約書。それはギルドに確保される直前、ミナカがレオパルドンに書かせた物である。

ネコとクマとウサギのシールもばっちり映っていた。

 

「どの様な奇怪な形であれ、契約書として形式は整っている。ならば、私とて貴族の端くれ――この契約書買い取ってあげる、バルディナ」

 

 

 

 

 

 




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