死にたくないので炎上上等! クズ少女配信者の銀河最底辺ダンジョン配信に現れた俺は、ただの鎧の傭兵だったが、地球への手がかりを探してると『レオパルドン〇〇説シリーズ』が乱立し神と呼ばれた件について 作:生駒伊織
――同時刻。レーゾスより約四十パーセク離れた星系の宙域、第十三方面オルムステッド家旗艦『フィアン・ルー』にて。
金の装飾で彩られた白亜の宇宙船。一キロにも渡る宇宙船に設けられた人工重力室、搭載された対消滅機関を使って生成される毎秒〇.八G。
貴族において財力は冒険者で言う所の武力と同義だ。人工重力の効いた部屋を執務室にするのも、全ては威信という武器を十二分に使う為の物。
ティーカップでお茶を飲める程度に効いた重力が発生する七十六平方メートルの広々とした執務室の中、キャストリル・クォスティ・オルムステッドはモニターの中で久々に見る家族の顔に辟易していた。
照明を絞っているが、正直モニターの電力も絞ってしまいたかった。黒檀と紅茶の香りを支えに何とか表情を取り繕う。
モニターに映るのは、褐色の肌にうねるような金の髪をオールバックにした偉丈夫。仕立ての良い赤いコーデュロイのジャケットを羽織ったその名は、ギリクスタン・クォレル・オルムステッド――オルムステッド家の六男にして、彼女の腹違いの兄である。
《キャストリル、レーゾスの件はどうなっている? モルディッギアンは第一衛星に到着したと思ったが》
「えぇ、ギリク兄様。帝国標準時間で明日にはレーゾス周辺の歴史再形成を執り行う予定です」
歴史再形成というのは、オルムステッド家の隠語で惑星破壊を意味する。キャストリルのその言葉に、ギリクスタンはわざとらしく眉を動かした。
キャストリルからしてみれば、案の定と言った所だ。兄の顔に仄かな嘲笑の色が浮かんだのを、彼女は敏感に感じ取った。
こういう兄なのである。
一拍置いて返答を待つのは、この兄に言葉尻を掴ませない為。まず初手は見に徹する。
《この私が引き渡したモルディッギアンは完璧にメンテナンスされた筈だが。何故寝かせている?》
「南の大陸で帝国建国以前の遺跡が発掘されました。帝国研究所から急遽調査依頼を受けましたので、調査しております」
用意していた対兄用の理由を即座に切る。
ミナカ達が去った後、何故だかタイミングよく調査依頼が入ったのだ。
……通話は一分で数百万クレジットにも及ぶ高額な暗号通信で行われており、公式文書では彼女の言葉通りの事しか記録されていない。
だから、タイミングよく不思議な事が起こったのである。
《レーゾスを生き永らえさせる度、我が家に毎秒どれだけの損失がかかると思っている?》
「これは勅命ですよお兄様? 藩屏がまさか陛下の意に反するおつもりで?」
機先を制する。蟲毒のような家族関係で大事なのは、相手を如何に効率よく叩くかだ。
一つの調息が命取りとなる。しかし、この点でギリクスタン兄はやりやすい方だとキャストリルは思っている。
《陛下の意を都合よく利用するのも藩屏の振舞とは言えないな》
「何か?」
《その遺跡。今、お前の子飼いの冒険者が潜っているそうじゃないか……レオパルドンだろ?》
「レーゾスの撤退業務で忙しくて。今はもう猫の手も借りたいのが事実でして」
《レーゾスの開拓権を手放したくないだけだろ! お前の稚気で、陛下を巻き込むんじゃない!》
生来からの気質から、腹芸が持たないのだ。
この些かの直情傾向が、蟲毒の壺たるオルムステッド家の兄弟姉妹の派閥で疎まれる理由であり、何かにつけて年下のキャストリルに絡んでくる遠因でもある。
しかし、けして不要な存在ではない。
「ご厚情痛み入ります。ですが、レーゾスは未だ私に一任されております。ギリク兄様におかれましては、大変申し訳ございませんが日を改めていただくようお願い申し上げます」
……キャストリルは牙を剥きだした兄に、態度を変えず嫣然と笑い返す。
その言葉に歯噛みしたギリクスタンは、数拍の間を置き、吐き捨てるかのように。
《……ご機嫌よう》
「ご機嫌よう」
そこでモニターが黒に染まり、部屋に静寂が戻る。ちろりと出した赤い舌を引っ込める音すら聞こえる程に。
ギリクスタンには一勝と言った所か、僅かな嘆息の後にキャストリルは算段を弾く。
あの兄は、早くレーゾスを消し飛ばしてしまいたいのだろう。派閥で自分が力を付ける事を、許したくないのだ。
だがあれのバックには、母方の実家が付いている。銀河有数の銀行家の祖父――銀行グループの大派閥というバックが。
故に、ギリクスタンには器に反し一定の発言権があるのだ。先程のやり取りでその彼を牽制した事は各派閥にも自動的に伝わる、これでレーゾスに邪魔は入らないだろう。
時間は稼いだ。これでゆっくり配信が見れる。
「お嬢様」
背後に控えていた老紳士が話しかける。声音とタイミングから察するに、何かあったらしい。
「バルタザール、何かあったのね?」
「レオパルドン様達の配信が視聴不可能になりました」
「駐屯軍は?」
「現在メタルワームと複数の地域で交戦中です」
「近隣の駐屯軍に連絡し、装備を即座に編成して救援に向かう手配を。あそこは三番目の姉ね、頭は私が下げとく」
「承知しました」
老紳士が懐からスマホを取り出すと、短く操作する。
……こうは命じたものの、もしこれが本当に襲撃ならば間に合うかどうかは半々だと彼女は睨んでいた。
彼女が即座に動かせる兵隊の八割は、レーゾスに動員されていた。
手の長い者は往々にして、逃げ足が速い。……こういう下種の後知恵になるのが、自分の悪所なのだろうなと内心で歯噛みする。
「それと……依頼されていた調査の件が完了したのでご報告します」
「貴方にしては遅かったわね」
「キナイは怪物です。足跡の残らない者を追うのは、バルタザールには堪えます」
「それで、やはり繋がりはあったの?」
「えぇ、ミナカ・アラギ様はキナイ・ミスリルの元部下です」
彼女とて愚かではない。レオパルドン達に対し、気づかれない範囲で密偵を送るのは債権者として当然の義務である。
その上で少し前に、コーグにて密偵が一時ミナカを見失った件があった。再び発見した時にはキナイとの接触が確認されている。
その時何を話したのかは不明。ただ、ミナカがキナイに接触したという一点。
それだけでキャストリルが疑うには充分過ぎた。
「細かな経緯は報告書をご覧ください」
「ありがとう、バルタザール。少し喉が渇いたわ、お茶を淹れてくれる?」
「承知しました」
ドヴェル=スタインの奇妙な動き。キナイ・ミスリルが噛んでいるとすれば、納得は行く。
……キャストリルは老紳士が目の前で紅茶を淹れる中、再び付けたモニターでミナカ・アラギの半生をまとめた書類に目を通す。
父親は不明。母親は十歳の頃に病死。
その後一年間消息は追えず、十一歳の春にキナイ・ミスリルと同行している写真が載っている。
「また、ミナカ・アラギ様が利用されている携帯のキャリアを買収し調べた所、ある事が判明しました」
バルタザールが白いティーカップに、お茶を注ぎながら話す。
「口座に不正な入金がありました。額にして十億クレジットにも及ぶ程の」
湯気を放つ紅茶を湛えた白磁が目の前に差し出されると、キャストリルは少し尋ねた。
「バルタザール」
「はい、お嬢様」
「バルディナは裏切ったと思う?」
「えぇ。あの方は自己と他者なら、自己を取る方かとお見受けします」
「そうよね……」
しかし、キャストリルには解せない事が一つあった。
思い出すのは、モルディッギアンの事を伝えた時。
”言ったじゃないですかお兄様……生きるも死ぬも一緒だって、ならしょうがないから付いていってあげますよ!”
あの時、発言次第では裏切ったと判断してレオパルドンを回収するつもりだった。
……何故、彼女はあの時レーゾス行きを提案したのだろうか。
アレは自分と同じ損を何より嫌うタイプだ。自分が同じ立場なら、レーゾスなんてそもそも行かない。
考えれば考える程、疑念は尽きない。
――同じ人面獣心でしょうに、まさか人の心でも持ったとでも? バルディナ。
そう思いながら再び書類に目を移すと、ある一点が彼女の翡翠の目に止まる。趣味嗜好の欄で、今は亡きフィアナ・アルフェルドを好んでいる事。
あの人柄を鑑みれば……銭と数字の亡者が、清廉潔白なウィザードを好むなど信じられなかった。
「……銭の亡者には、似合わない趣味ね」
この一件が終わった後。その真贋を見極めて、確かめてみたいとキャストリルはそう思った。
ティーカップに唇を付けた直後、老紳士のスマホのベルが鳴る。場の空気に混じる一拍の固唾に、キャストリルは注がれたお茶を一口啜る。
「お嬢様。ギリクスタン様が突如辺境への外征に行くとの事で、レーゾス近隣の残存艦隊を全て……」
「我が家らしい一手ね」
少しあの兄を見誤っていた。腹芸を欠いても、毒蛇は毒蛇。流石はオルムステッド家の者である。
……そして、彼女はカップの中の暗い血の色に漣一つ立てる事なく下した。
「周辺地域の駐屯軍に、引き続き連絡。同時にこの艦の兵の装備を整えさせなさい、全ての責任は私が取るわ」
「すぐに準備させます」
今遠い光年まで離れたこの船が間に合うかどうか、正直に言えば絶望的だ。
キャストリルは絶えず、算段を弾く。すぐに艦橋から上がって来たレーゾスへの時間を見ると、分の悪い賭けだった。
あの女。
こんな物が好みだと言うヤツの気が知れない。
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