死にたくないので炎上上等! クズ少女配信者の銀河最底辺ダンジョン配信に現れた俺は、ただの鎧の傭兵だったが、地球への手がかりを探してると『レオパルドン〇〇説シリーズ』が乱立し神と呼ばれた件について 作:生駒伊織
彼が好きな作品の一つ、その作中に出て来る言葉風に語るならこの時起こった事は一つ。
その時、不思議な事が起こった。
◆◇◆◇
「――ッ、――」
まず起こったのは視界に映るアルドの剣が、徐々に遅くなっていく。
音も可聴域を超え、まるでスロー再生の如く一言一言がゆっくりになった。
自分の体に刃がめり込むまでの間、その軌跡をレオパルドンは観測出来ると覚えたのは戸惑いだった。
何だこれは――そう思った瞬間、世界は急速に速度を速めて元通りになった。
更にあれ程身を焦がしていた眩暈や吐き気、一切合切がまるで何事も無かったかのように消えていた。
レオパルドンが今自分の身に何が起こったのか把握出来なかった直後、再びアルドの剣が振るわれると……レオパルドンは無意識に突如発生した左の奥歯にスイッチがある感触を味わい、舌でそれを押していた。
「はな――――――せ………………」
再びのスローモーションの世界。
奇妙なこの現象は再現性があった。試し――をと考える時間もあった。
その停滞した世界の中、左腕を動かすとまるで透明な水あめの中にいるようであったが拳が動く。アルドのその顔に向かったその時、感覚にして数秒で世界は再び元に戻った。
左拳はアルドが右に首を曲げる事で回避される。再び左奥歯を舌で押すが、連続使用は出来ないらしい。
「何をした貴様ッ」
……アルドのその問いにSF考察者の習性で、思考は瞬間的に目の前に起こった事に推測を立てる。
おそらく、度重なる電子麻薬のオーバードーズでこの鎧に耐性が付き、それで覚醒したのだろうと。多分この奥歯のスイッチは、事故で失った手足が痛むの同じような幻影の感覚ではなかろうか。
考察の中、ケルベロスの正面の首が白いサイボーグを睨んだ。その顎が開くと即座に巨体がアルドとレオパルドンに向けて殺到する。
「貴様ッ!」
迂闊だったのは、ケルベロスが疾駆した瞬間。生物的な恐怖心から、右足首を掴んでいた手が緩んだ事。
ケルベロスの正面の頭が、その牙がむき出しになった瞬間。アルドは加速装置を再起動し、その場から忽然と姿を消した。
残ったレオパルドンは思わず両腕を顔の前に上げて防ごうとするも……牙は何時までもやって来なかった。
レオパルドンにとって奇妙だったのは、何故かケルベロスが自分に対する攻撃を取り止めた事だ。恐る恐る両腕を下げ、様子を伺うとケルベロスは踵を返してアルドを探している最中である。
「拙者を認識していない……?」
不思議な事は続く。何故かケルベロスは自分を相手にしていない。
これは、チャンスだと思った。
――上手く利用すれば、ミナカを守るだけでなく……アルドを止められるかもしれない。
……そんな淡い希望と共に、レオパルドンは再度左奥歯のスイッチを舌で押し始めた。
更に再度フィールド・モジュレーターで右手のワイヤーを使って投石紐を作成、そこにメタルワームの石を結わえる。左手にも石を手に取った。
三十秒後、世界は再びスローモーションの世界に切り替わる。
「リロードは三十秒……このチート、名づけるとするならレオパルドンビデオシグナルと言ったとこでござるか」
どうやら自分の声は普通に話せるらしい。
突如覚醒したチート能力に、レオパルドンは自分の好きな作品からもじった名前を付ける。
レオパルドンビデオシグナルは、正面に広がるケルベロスの背中を超え、本来捉えられない筈の左上の天井――交差したキャットウォークの前を跳躍するアルドの姿を確かに捉えていた。
◆◇◆◇
――加速するアルドを視界に捉えた。しかも好都合な事に跳躍の、しかも床に着地する真っ最中であった。
加速装置の弱点の一つは、自由落下速度は変わらない事だ。
彼我の距離は目算で五メートル。頭ははっきりしている、戦略は即座に組みあがっていく。まるで脳が二つも三つもある感覚だ。
レオパルドンがまず行ったのは、奥の手を切る事だった。
あれを使うにはここしかない、そう思いながら起動ワードを口にする。
「――チャージ、アップッ!」
口にした瞬間、フィールド・モジュレーターの体表がゆっくりと変わる。赤いバツ型の胸には白いラインが入り、いぶし銀の二又の角は煌めきを放つ。白い靄が首元からマフラーのように流れた。
TVでは放送時期しか披露していない憧れのヒーローの強化形態と同じカラーリングである。
視界の端で黄色い文字が一分のカウントダウンを始める中、レオパルドンは左手の石に爆発エネルギーを最大限まで溜めると、背後に放り投げる。
一拍後、爆発は遅れてやって来た。発生する推力はレオパルドンの巨体を浮かび上がらせる程。
「――」
同時に右腕を目いっぱい後ろにやり、右の投石紐で石をケルベロスに向けて放ち攻撃を誘発させる。何でもいい、一番はレーザー。二番は超低周波。三番は白兵攻撃。
振り返り様に確認すると、石が当たったのは右の頭。顎が開き白いレーザーが光を湛える。
賭けの時間に入ったと思った。
アルドを覆う直線上にいる自分を狙う事がないなら、ケルベロスは彼に当てる為に狙いを修正する――なら狙いは狂う筈だ。
手品の初歩、意識誘導である。
「――」
背中を焦がしながらレオパルドンはアルドが着地した瞬間、浅い滑空をしながら肩から入る体勢――ショルダータックルの態で圏内に入り込む。
彼我の距離は三メートル弱まで狭まった。
同時にレオパルドン達の背後の壁が爆ぜ、アルドの退路を塞ぐ――レオパルドンは賭けに勝った。
こんな時、どう言えばいいのか……レオパルドンはいつもより冴えた。いささか冴えすぎた頭で好きな作品のセリフを引用する。
「射程距離に入ったでござるよ、アルド殿」
アルドが剣を構える。
レオパルドンは左手の手首を開閉すると、中にしまっていたメタルワームの宿石全てを取り出すとエネルギー付与を使ってアルドに投げつけた。
その時、レオパルドンビデオシグナルが終わり世界は急速に元に戻る――加速装置を使ったアルドの姿が再びかき消えた。
「最後の最後で運に見放されたようだな!」
通常の世界に戻った途端。吐き捨てるような、あざ笑うような言葉が木霊する。
しかし、この時点でレオパルドンは既に作戦の最終段階に入っていた。宿石に込めたエネルギーを全て爆ぜさせた。
同時にレオパルドンは両手広げて構える。
音が爆ぜ、衝撃波が帯電した埃吹き飛ばす。
「……貴様、これを狙っていたかッ」
「もうやめるでござる! 拙者達、ここで引き下がるのなら追わんでござる!」
狙っていたのはアルドの体勢を崩し、機動力を削いだ後に再び拘束状態にする事だった。
リプロウェポンの刃を根元まで左胸に受けながら、レオパルドンはアルドの両腕を抑える形を取っていた。刃は胸を越え、背中から両刃の先端が突き出ているが痛みは不思議とない。
「ぬかせ! 離せ、この薬中!」
――レオパルドンは戦いは嫌いだ。
喧嘩なんてしたくないし、痛みは耐える事が多い。
「落ち着くでござる!」
「せめてあの女を殺させろ!」
「そんな事させられる訳ないでござろう!」
ましてや、殺しなどもっての外だ。
刃を突き刺されたまま暴れるアルドをなだめるレオパルドンがその時思ったのは、どうかこの件が上手く収まって欲しいであった。
背後のケルベロスが右前足を振り上げて薙ぎ払う。レオパルドンの背中に花崗岩の破片が幾つも当たった。
アルドの右足が上がる。加速装置を使った蹴りの応酬は、先程の攻撃より更に苛烈さを極めた。
「ぬ、ぬ……!」
イドロダイトに阻まれて、なお伝わる衝撃に徐々に理性が沸点を迎え始める。耐え切れなかった。何故自分がここまでやられなくてはならないのか、何もしていないのに意味が分からなかった。
そうして何度目か分からないアルドの蹴りが、フィールド・モジュレーターの頭から上を真っ二つに断った時――怒りは頂点に達した。
「――――ッ」
アルドの両腕を捻ると、左腕はいとも簡単に破壊出来た。右腕を確認せず、右足を上げて勢いよく踏みつけると両足は脛から先が簡単に砕け散る。
そして最後に頭を振って、腰を逸らしアルドのそのつるりとした顔の無いヘルメットに向けて自分の頭を振り下ろそうとした。
――脳裏に過ったのは、地球にいる家族の姿。
――地球での生活、仕事、趣味、友人関係。
――もし、自分がここで彼を殺した時。自分は果たして、本当にまだ自分と呼べるのだろうか。
最後の一線が彼から殺意を抜く。
その時、急にアルドの体から力が抜けた。
「まさか、お前……」
何かを受け入れるような、分析するような、納得して腑に落ちるような響きを持っていた。
見抜かれたのだとレオパルドンは思った。
自分の中にあるのは、信念を持った不殺ではない。
自分の中にあるのは、ただ人を殺してしまえば、自分は元の通りの自分なのかという恐怖から来る懇願だ。
絶妙な均衡で状況は成り立っていた。そのバランスを崩すのはただ一つ。
《んぇ、わたし……》
ミナカのその声である。
それに反応し、ケルベロスの首が一斉にガラクタの山を向く。ふと見ると、アルドのつるりとした仮面の奥からあざ笑いの声が漏れた。
「よし、死んだな」
「何を言ってるでござる!?」
「知らんのか、あの化け物は脳波を感知して動く。ハルハルのチャフが効かなかったのもそれが原因だ……」
ケルベロスがゆっくりと両足をミナカの方に向ける。脳波に関して一瞬引っかかるも、それより気がかかりだったのはミナカの事だ。
もし今ここで止めなければミナカは死ぬだろう。
しかし、手を離せばアルドは必ずミナカを殺すに違いない。
「もうあの女の命は無い、貴様はここで俺とあの女が死ぬのを見るか、それとも俺があの女を殺すのを見るしかない!」
そこでアルドの右腕に力が籠められる。破壊された両足はフィールド・モジュレーターの腹に絡み、レオパルドンの身動きを止められなくする。
「は、離すでござる!」
「断る。どっちみち、アイツは死ななきゃいけない――それともまさかその綺麗な手を汚せるのか、童貞クン?」
思い出すのは、こんな時自分が好きな作品のキャラクターはどうするか。一つの作品のコマが思い浮かぶ。
いつか、必ず選択する時が来る。
その作品の中で、主人公は不殺の信念を貫いていた。が、しかし相棒が命を賭けて守った物と不殺の信念が天秤にかかった瞬間、彼はその時――
「な――」
――レオパルドンは、自分の腕の中にあるアルドを持ち上げると、両腕で縦横無尽に振り回す。
同時にハンマー投げの足使いで、円を描くように踏む。アルドを振り回すのは毎秒一.二回転。
ここで更にフィールド・モジュレーターを起動。左右ガントレットのエアー・コンプレッサーを起動して流入した空気を、エネルギー付与で瞬間的に加熱。姿勢制御スラスターよろしく、回転方向に更に加速が生まれる。
「貴様! 一体何をするつもりだ!?」
その声すら風速に掻き消える。
ジェット気流が生まれ、周囲には粉塵が巻き上がった。
それを使ったのは、加速装置で逃げられない為。上から下に落とすという条件を守るのともう一つ。
……これを使う事によって、それでもまだ自分が愛した物に縋りたかったのである。
「レオパルドンきりもみシュート!」
手を離し、放り投げるその一瞬。
「……お前、あの女の財布を見てみろ」
それを言い残し、アルドの白い体は二十メートルほど打ち上がるとケルベロスの右の頭――レーザーの部位に直撃し爆散する。
レオパルドンの両手は、自然と握り締められていた。
何かを掴みたかったのか、何かを掴んでしまったのか。それは彼自身にも分からなかった。
ただ、左胸に突き刺さった刃の何の感触もない事が酷く不気味で……まるで人間以外の何かになってしまったかのように感じられた。
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