死にたくないので炎上上等! 地球への手がかりを探すSFオタクが、銀河最底辺ダンジョン配信でミームから神話になるまで   作:生駒伊織

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――レオパルドンはその細長く暗い階段を降りていく最中であった。

 

 

真っ暗な中、体感時間では一時間ほど経った頃である。

灯は一切ない。時折足元の段に転がる石の破片をエネルギー付与をかけて照明にするが、すぐに切れてしまう。

しかしその中に突如ぼんやりとした淡い白の光が灯る。そうして更に十メートル程降りて行ったその先に、現れたのは引き戸だ。

 

日本家屋でよく見る、ふすまの引き戸。黒枠の中には上半分が白、下半分が青……青の中に淡い桃色の円が三個。逆三角形を描くように並んでいる。

大きさはレオパルドンがつっかえないサイズ。大体二百十センチと言った所だった。

どこかで見覚えのあるデザインである。そうしてレオパルドンがその戸を引くとそこには――部屋があった。

 

「こ、これは! この部屋は!」

 

戸を開けて広がるのは畳が敷き詰められた六畳一間。向かって正面には窓があり、向かって右手側にはスチール製のグレーの勉強机と本棚がある。

向かって左側には押し入れと、クローゼットのような淡いきつね色の収納たんす。細長い印象のある部屋だ。

机の上にはブックエンドで教科書と電気スタンド。本棚の一番上にはサッカーボールとトロフィーとおばあちゃんのクマのぬいぐるみと写真。

 

「うわ、これシュバイツァー博士の伝記でござるよ! 今だったらバはヴァに変換されるでござろうが……」

 

足を踏み入れると、完全な畳の感触。そうして本棚に手を取ると、ずらりと並ぶ漫画本と子供向けの物とは思えない本の数々。

興奮と共にレオパルドンはそっとシュバイツァー博士の伝記を取る。ずっしりとした感触に少し感動を覚えた。この世界では本は廃れた物と聞いていたから。

 

中をパラパラめくると、何も書いていなかった。

他の本を取ってみる。漫画も辞典も全て同じ、白紙だ。

 

「こんな展開の話あったでござるか……? いや、無かった筈」

 

そこで一気に興奮の熱が冷めた。

部屋をよく観察すると、まず気になったのはデザインだ。これは原作でも、ましてや新版でもない。これはレオパルドンが一番好きな旧版の部屋だ。

レオパルドンはまず机の引き出しを確認する。スチール製の机を引くと、中には何も無かった。

 

タイムマシンで帰るルートではないらしい。

 

「では、押し入れ……でござるか」

 

レオパルドンの視線は自然と背後の押し入れに向かう。その中央に薄紫の線が引かれた戸。

向かって左側。下段には段ボール、上段には布団が敷かれている筈だ。枕の下にはスペアのポケットが入ってる筈。

いや、もしかしたら彼がいるかもしれない。

 

異世界転生をして、帰る手段は彼だとしたら……いや今の自分に彼と話す権利はあるのだろうか。

自分は人を殺めてしまった。

ごくり、とレオパルドンは自然と息を呑んだ。それでも一向に待っても何の変化も起きないなら、ここで何かをしなくてはいけない。

 

……プライバシーの侵害だ、と怒られる事を想定してまずふすまを三回ノックする。

 

「……」

 

返事はない。

という訳で、もう一回ノックを試してみる事にした。

 

「…………もしもし、ドラちゃんいるでござるか?」

 

返事はやはり無かった。返事が無かった以上は覚悟を決めて開ける。幸いにも戸は滑るように開いた。

中には誰もいなかった。空っぽのそこには白い布団が一式敷かれている。その上には黒い板が載っている。

手に取ると、それはスマホ――スマートフォンだった。ボタン類は一切なく、黒い背には銀色でリンゴのマークが刻まれている。

 

「アイフォンでござる……旧版はスマホ普及以前の作品でござるぞ?」

 

アイフォンが鳴る。しかもそれは電話のコール音じゃない、ポンという気の抜けた音。

Siriの起動音だ。

 

「ヘイ、Siri?」

《こんにちは》

 

聞き覚えのある女の声だった。ここ数か月ぶりに聞いた地球の声にレオパルドンは思わず感動した。

 

「拙者は、どうしてここにいるでござる?」

《ここは貴方の深層意識を読み込んで再現された応接室です。現在人格情報を転送する準備段階ですので、ここで少々お待ちください》

 

Siriがそう告げた直後、レオパルドンの視界にあの青文字の日本語が走る。

 

 

【レーゾス本遺跡によるデータ引継ぎ確認】

【人格データ読み込み完了】

【EX素子反発式プログラムに変換された深層心理データをEX素子に反映:完了】

 

 

その文章を類推し、レオパルドンはようやく腑に落ちた。

 

「なるほど……つまり、あのロココ調の部屋と同じでござるか」

 

レオパルドンの好きな映画の一つ、二〇〇一年に人類が宇宙に行く旅路を描いた作品。

そこに出て来るある物体に主人公が触れた際、歓待として地球から発生したテレビの電波を拾ってくみ上げた部屋に連れてこられるシーンがある。

レオパルドンの場合は、それが練馬区にあるという家の一室だった訳だ。

 

「地球に帰るにはどれくらい時間がかかるでござるか?」

《約一時間ほどです。もしよければタイマーをセットしますか?》

「お願いするでござる」

 

そこで気づく。このSiri、いやに性能がいい。普段レオパルドンはSiriを使わない、声質のせいで誤変換されやすいからだ。

レオパルドンはグレーの机から緑の椅子を引くと、そこに座り込む。ピッタリだ。おそらくレオパルドンに合わせてサイズを調整して作っているのだろうと思った。

 

「Siri、貴公は本当に地球のアイフォンに搭載されたSiriでござるか?」

《いいえ、違います。私はこの遺跡の力が再現した貴方の歓待用システムです》

 

なるほど、Siriでは無いらしい。ふと自分の横にある窓を見てみる。

そこには青い空に白い雲。青々と茂る緑色の木と、赤みがかったオレンジの屋根。

リアルな風景であるが、これもまたこのアイフォンやSiriと同じ再現物――イミテーションなのだろう。

 

「一時間は持て余すでござる。拙者としばし会話をしてもらっても大丈夫でござるか?」

《はい、私は歓待用システムですのでそのご要望に応えます》

「なら早速でござるが、拙者なんで異世界転生してしまったのでござるか?」

 

レオパルドンの記憶には、YouTubeの動画編集がひと段落したので夕食を取った後に布団で就寝した。そうして目が覚めたら女の子が襲われていたのを見た、というのが全てだ。

いつもと何ら変わり映えのしない日常。トラックが突っ込んで来たり、足元に魔法陣が刻まれたり、ましてやオートバイで道路を走ってたら異世界の扉が開かれたりもしていない。赤い装丁の本だって勿論見つけていなかった。

何故異世界転生する羽目になったのか、さっぱり理解出来ない。

 

《貴方には来るべき危機を防いで貰う為、ギャラクシー・ライブリンク中枢の判断により、地球から来ていただきました》

「来るべき危機とは? そもそも拙者、何で改造人間みたいになってるでござる? 拙者の体は?」

《来るべき危機とは即ち、レーゾスの消失です。レーゾスは因果律秩序において重要な惑星。これの消失を防ぐのが貴方の役目でした》

 

その時、手にしたアイフォンの液晶にリアルタイム動画配信が表示される。そこには北海道は東さっぽろ市にあるアパートの見慣れた一室。見慣れた布団で眠る一人の男の姿があった。

タイムラインは日本標準時刻で二〇二五年十一月三十一日。覚えている日付そのものだ。

 

《貴方の睡眠中の意識を抽出し、データ形式に変換。重力の膜を突破してこの世界の体、その中にある精神核にインストールしました。一時間後には誤差なく戻れるでしょう》

 

新しく画面に映るのは先程自分が鏡で見た、緑色に光る四角い板。やはりこれが人格を司る部位だったらしい。

……その説明に安堵を覚えた。自分の体が生きている、そして両親や友人とまた会える。そう思うと込み上げてくる物があった。

 

「ここでの記憶は残るでござるか、残らぬでござるか?」

《消す事自体は可能。しかし元の人格に影響を及ぼす可能性があるので推奨しません》

 

思い出すのはアルドの事。これを地球の法で罰するのは難しいだろう。

彼の死を思うと自然と手が震える。……しかしレオパルドンはこの事をこう理解した。法に触れなくても、けして彼の死を忘れてはならないと。

多分、これからも罪の意識に苛まれるだろう。自分の事を鑑みれば、おそらく何回か……いや何十回、何百回もきっとあの時異世界の記憶を消しておけばよかったと思うに違いない。

 

「記憶は消さないでござる……それが、拙者なりのアルド殿の死に対する向き合い方でござる」

《わかりました。では人格データには手を付けずに転送いたします》

 

それでもこうする事でしか向き合うしかないのだと、そう思った。

時計を見る。まだ数分も経っていない。

無言よりかはまだ誰かと話したかった。

 

「この体は結局何だったのでござるか? 拙者、イドロダイトが何なのかもわかっていないでござるが」

《貴方の好む言い方をすればチート特典です。ギャラクシー・ライブリンク中枢により、転生者には同形式のアーマーを付与しております》

「というと?」

《貴方以前にもこの世界には地球出身者が来られました》

 

そこでアイフォンの液晶に新たな写真とリストが添付される。十代から三十代と思しき男女の写真が添えられている。

計十二人。殆どが日本人だった。それに何というか、全員妙にチー牛臭い印象を受けた。一部はもうオタクではないという感じも。

 

適当に下にスクロールすると、レオパルドンと同じ同郷の者がいた――彼は札幌市から来たらしい。

 

《この世界で神話として残っている神々は全て地球出身者です。その上で個々の資質に合った能力を付与しております》

「拙者以外にも人が……日本人が多いようでござるが……」

《文化圏、宗教観の違いによる物です。異世界転生という物が育まれた文化、無神論に近い土壌。それらを前提条件にした上で、能力と適正により選出しております》

「……なるほど、なろう系に日本人が多い訳でござるな」

《はい。貴方の以前の持ち主は、この世界で鎧の神と称されております。彼が与えられた任務は星間戦争の終結で、惑星ジャ=クーにて全うされた後に地球へ帰還しました》

 

アイフォンには細見の十代後半の男子高校生が映っている。

眼鏡をかけた高身長で、短い備考には特撮好きかつ幼稚園やデパートでヒーローショーのアクターをやっていたという。

 

《直後返却されたものをEX素子にて保存処理を実行し、今回解凍し貴方の人格データをインストールしました》

「何故今回拙者を……拙者、ぶっちゃけた話ただのオタクでござる。彼のように本格的に体を動かしてる訳でも無ければ、特に目立った技能も無いでござるが……」

 

アイフォンの液晶に新たな情報が送られた。インジケーターが読み込むと現れるのはYouTubeの動画アカウント。

アカウント名は『ゲロッパうどんのSF考察教室』である。

ずらりと並んだタイトルは『今更ながらガン=カタを真面目に考察してみた』、『3をやったから屋久島でキャンプした』、『ガンゲリオンを実際に作ってみた』など様々である。

 

《貴方に求めたのは知能と発想です。また、貴方には動画制作者という点でこの世界との親和性が高いと判断しました。その上で貴方の覚醒に必要な要因として、ミナカ・アラギを配置しました》

 

ミナカ・アラギ。その名を聞いた時、レオパルドンの両肩が震えた。

 

「ミナカ殿を、とはどういう事でござるか?」

《彼女には貴方を利用し戦闘経験を積ませ、並びにレーゾスへの誘導する役目を与えました。そして最後の役目を果たしている最中です》

「最後の役目……?」

 

アイフォンに新たなウィンドウを表示する。配信のアーカイブ動画だった。

レオパルドンは少し躊躇いながら再生ボタンを右手の人差し指で押した。

 

《左舷、弾幕薄いですよ! 何やってんですか!》

 

ミナカだ。ミナカが何故か戦艦に乗って戦っていた。

激しい戦いの中、何故か彼女はアンドロイド達と戦っていた。

 

《後悔なんて死んでも出来る! 諦めるとか、降伏とか、ましてやいくつもの愛を重ねあうとかクソ喰らえそんなもん!》

 

血を流し、涙と鼻水を垂らしながら。流れ落ちる血をピンクと黒の格子のジャケットの袖で拭い。

 

《……やってやる、戦ってやる! この命続く間は、何度でも!》

 

そうしてヴァレンがやって来ても、彼女は足元に縋りついて叫んだ。

 

《わたしだけの力で、お前を倒さないと! お兄様が安心して……地球に帰れないんだ!》

 

――それは彼女が知ってる筈のないセリフであった。

 

「これは、さよならの……のびちゃんの……セリフ」

 

レオパルドンの頭にさまざまな疑問符が浮かぶ。何故彼女が戦艦に乗ってアンドロイドと、そしてヴァレンと戦っているのか。

 

「Siri、これは一体なんなんでござるか……?」

《ミナカ・アラギの役割は案内役にして護衛です。彼女の最後は貴方を守護する為に死亡する役割です》

「死亡……?」

《では、アカシックレコードを限定励起してこれまでの因果をテキストファイルにします。少々お待ち下さい》

 

アイフォンの画面が黒一色に染まる。

しばらくして、青文字が液晶画面の中心に浮かび上がった。

 

 

 

【観測者確認完了】

【惑星レーゾス端末よりアストラル光中継網へフォールバック……】

 

【惑星ラクトゥーの端末内フォトニック純結晶体起動:以後は観測者思考読み取りの自動筆記(第三者叙述)】

 

【アカシック・レコード限定励起】

 

 

 

――――。

――。

 

 

そうして、全ての文章は今に繋がる。

 

「……」

 

数十万文字にも渡る長い文章を読み終わった後、レオパルドンはゆっくりと言葉を選び始めた。ミナカの結末を含めて。文章は今も生起している。

 

「ミナカ殿は……もう死んだのでござるか?」

《現在はヴァレン・スローンとの交戦最中です。彼女の深層心理の夢の文章から始まる結末は、アカシックレコードによる未来予測です》

「これは来るべき危機ではないのでござるか……?」

《ヴァレン・スローンが起こした反乱は、因果律に影響を与えません。貴方の帰還により、彼の神化は失敗。死が確定しています》

 

……レオパルドンは彼女の人生に何があったか。あの日あの時のレーゾスで何を思っていたのかを読んだ。

そうしてレオパルドンは未だ開いていたテキストを読み返す。読み返したかったシーンは二つ。

 

《わたしだけの力で、お前を倒さないと! お兄様が安心して……地球に帰れないんだ!》

 

一つ目はミナカがあのセリフを口にするシーン。

それが終わるとインジケーター、その丸を最期に合わせた。

 

《さよなら、お兄様》

 

その時、レオパルドンが感じたのは悲しみであった。

彼女の人生に触れて、ミナカが何を思っているか、そこに触れた時。レオパルドンが抱いたのは自らへの後悔だ。

 

《エネルギーの充填が完了しました。ゲート臨界点確認完了、貴方の準備が出来次第帰還は可能です》

 

どうやら一時間が経っていたらしい。地球で聞き覚えのあるタイマー音と共に、Siriがそう呼びかける。

 

「………………地球に帰れるのはしばらく後に出来るでござるか?」

《不可能です。ゲートをこのまま放置すれば物理的負荷が上昇し、九十九パーセントの確率で自壊します。自壊後の再構築は不可能です》

「そうでござるか」

 

ミナカの命か、地球への帰還か。

答えはレオパルドンの中で決まっていた。

 

「拙者、長年ドラちゃんのファンをやって来たでござるが肝心な事を忘れていたでござる……ドラちゃんは、どれだけのびちゃんが失敗しても見捨てた事は無かった」

 

その時、レオパルドンは見た。

自分が今まで慣れ親しんだ物語の、憧れた者達――かけがえのない思い出という名の友の姿を。

その全てに別れを告げる。

 

「さらばでござる、皆」

《帰還準備が完了しましたか?》

「あぁ、戻るでござるよレーゾスの地上に」

 

机の上にアイフォンを置く。

頭の中ではあの曲が流れていた。地獄からの使者が、孤独に全てを投げうって戦う事を歌った曲が。

 

《これを逃せば帰還手段を失いますがよろしいですか?》

「ミナカ殿の命には代えられぬでござる」

《ヴァレン・スローンの生存確率が上がり、因果律に悪影響を与えます。彼の神格化の可能性が急上昇します》

「こういう時、オタクでよかったと思うでござる……切り返す言葉のボキャブラリーに困らない」

 

レオパルドンが引くのは、自分の好きな作品。

リアルロボットアニメの金字塔として名高く、主人公は神にNOを言える男のセリフ。

 

「たとえ神にだって、拙者は従わない」

 




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